245階 それぞれの戦い
「へえ・・・言ってくれるじゃない人間」
人間・・・か
ロウニールでもロウでもなく・・・人間と僕を呼ぶか
「街を守る為には必要なんだ・・・僕ではなくローグの力が!」
「ローグ?アレは私の魔核が見せた幻想よ・・・アナタに力なんてない・・・アナタは私にいいように操られてただけ・・・まだ分からないの?」
そう・・・無限とも言えるマナもダンジョンを作ったり魔物を創ったり・・・魔道具の作成も全てダンコがいたから可能だっただけ
今の僕なんてこの場に最も相応しくないただの兵士・・・ロウニール・ハーベスだ
けど・・・
「確かにあの力は・・・ローグはダンコの力そのものだ。けど・・・15年もの間一緒に築き上げてきた力のはずだ!僕と・・・ダンコとで!」
「・・・やめてくれない?その『ダンコ』っていう言うの・・・センスが無さ過ぎて寒気がするわ」
「・・・ダンコ」
「やめなさい」
「ダンコ」
「ハア・・・いい加減に・・・」
「ダンコ」
「・・・もういいわ。死になさい」
ダメか・・・
もしかしたらと思ったけど・・・もう僕の知るダンコじゃない
騙していたのか・・・それとも僕から離れ完全に別の人になってしまったのか・・・とにかくあの頃のダンコはもう・・・
「・・・苦い思い出も多いけど・・・楽しかったよダンコ・・・」
「やめなさいと言ったでしょ?」
そう言うとダンコ・・・いや、サキュバスの両手の爪が伸びる。そしてその爪で僕の心臓を・・・
「くっ!」
ギリギリで爪を躱して反転すると蹴りを放つ
踵でこめかみを狙った意識を刈り取る後ろ回し蹴り・・・だがその蹴りは無情にもサキュバスの頭上を通り過ぎた
「レディの顔を蹴ろうなんて最低ね」
「そうなの?じゃあごめん」
更に体を反転させ屈んで突っ込んで来ていた彼女の顔に膝をぶち込む
「くっ!」
寸でのところで腕でガードされたけど彼女の体は宙に浮き数メートル後ろに吹き飛んで行った
「・・・ちょっとアナタ・・・普通止めるわよね?」
「なんで?」
「なんでって・・・この体格差で普通本気で蹴る?」
うーん確かに身長はシーリスとかどっこいくらいかな?胸は大きいけど
「それに普通の人間はこの格好を見て欲情するはずなのにアナタはちっとも・・・ちょっと頭おかしいんじゃないの?」
まあ布面積はかなり小さいな。ありえないほどハレンチな服が裸で逃げ出すほど・・・胸も大きいし
「私達が精を吸い取るって勘違いされるのは勝手に魅了されるから・・・それなのに・・・あまつさえ顔を蹴ろうとするなんて信じられない・・・」
「妙に顔にこだわるなぁ・・・でも狙いやすいから仕方ないだろ?」
「・・・この鬼畜人間・・・」
「鬼畜?違うな・・・ダンジョンは常に平等・・・だろ?──────」
信じられない
これ程の魔物が実在するなんて・・・
ロウニールの作戦を聞いた時、正直そこまでする必要があるのかと疑問に思った
確かに彼は強くなり、その彼を一蹴する魔物は最大限に警戒するべきだとは思ったけどこちらには至高の騎士ディーン・クジャタ・アンキネスがいる
たとえ相手が魔物の頂点である魔王でも・・・おとぎ話に出てくる魔王でも勝てると思っていた
けど・・・ロウニールの言葉を信じていなかったわけではないけど・・・次元が違い過ぎる
こちらの攻撃は全て防がれるか届かない・・・逆に魔王が手をひと振りするだけで吹き飛ばされダメージを負う。突破口は全く見えず回復を一手に担う聖女さ・・・セシーヌの負担はかなりのものだ
せめてロウニールが力を取り戻すまでの間、時間稼ぎが出来れば・・・そう・・・ローグがこの場にいてくれたとしたらたとえ相手が魔王とて負ける気はしない。ディーン様はなぜこの作戦に乗ってくれたか分からないけど私は本気でそう思う
ただ・・・ロウニールが5歳の時から共に居た者を果たして殺す事が出来るのだろうか?
ロウニールをローグと至らしめたもの・・・共に15年もの時間を過ごして来たもの・・・信じて疑わなかったものを果たして・・・
「小細工は終わったか?・・・いや、実行中か・・・人間は面白いことを考えつくな」
ロウニールとサキュバスの方を見て笑みを浮かべる・・・余裕?何をしようとしているか分かっててその余裕なの?
「確かにサキュバスの『吸魔』の力は有用だが人間にとっては無用の長物・・・考え自体は悪くはないが徒労に終わる事も分からないのか?」
そうか・・・魔王はロウニールが過ごして来た15年という歳月を知らない・・・だから・・・
いけるかもしれない
いえ、それしか道は残っていないのだからやってもらわないと・・・ねえロウニール
「ディーン様!」
「ええ!もうひと踏ん張りだ!」
ディーン様も気付いた・・・いや、ディーン様は気付いていたのかもしれない・・・私はロウニールを知っているからこそ信じていたけど、ディーン様はロウニールとはほぼ初対面と言っていい・・・なのにロウニールの作戦に乗ったのは・・・
「・・・思ったより・・・楽しませてくれるじゃないか」
え?
今の声はディーン様・・・だよね?
恐る恐る顔を見ると魔王を真剣な表情で見据えている。決して楽しんでいる感じでは・・・ない
聞き間違いだと頭を振り気を取り直して魔王と対峙する
まだ戦いは始まったばかり・・・きっとロウニールが・・・ローグが何とかしてくれる・・・その時まで・・・耐えてみせる──────
ダンジョンの入口より魔獣が溢れ出す
想定していた事とはいえ実際に魔獣を目にすると前線を任された冒険者達は浮き足立った
「よーし!お前ら仕事の時間だ!!狩って狩って狩りまくれ!!!」
「冒険者なんぞ当てにせず必ず来ると思い気を引き締めろ!お前らが抜かれたら街が終わる・・・その思いで構えよ!」
フリップの鼓舞、ケインの冒険者を小馬鹿にしたような発言は冒険者達の足を地につけさせ気持ちを昂らせる
「言ってくれるよな・・・エモーンズの衛兵隊長は」
「私達何気にこの街の古参冒険者よね」
「まっ、今は組合無所属のフリー冒険者だけど」
「それでもパーティーで言ったらトップクラス・・・ですよね」
ケン、マホ、スカット、ヒーラが冒険者達の先頭に立つ
エモーンズにダンジョンが出現し一般開放してから冒険者を続けるケン達のパーティーは経験も実力もトップクラスにまで上り詰めていた
ケンは慣れ親しんだ剣を抜き、マホは杖を、スカットは短剣を、ヒーラは両手を組み3人に強化魔法をかける
眼前に迫るは見た事もない魔物
最初に飛び出して来たのは大きく口が裂けた漆黒の狼
「魔獣・・・強そうだな」
「見た目もそうだしあの大きい口・・・私達を食べる気満々ね」
「こんな事なら金を借りてでも捨てるべきだったな」
「・・・あえて何をかは聞きません・・・」
スカットとヒーラの掛け合いを見てケンは微笑む
そして大きく息を吐くと剣先を迫り来る狼の魔獣に向け叫んだ
「さあ、冗談はそこまでにして・・・行くぞ!」
ケン達が魔獣に突っ込んで行く姿を見てジケット達は唾を飲み込み喉を鳴らすと全員で顔を見合せた
「本当に出たな」
「ロウニールを疑ってた訳じゃないけど・・・こればっかりは嘘であって欲しかったわね」
「うむそうだな」
「夢なら覚めて欲しい・・・なんて言ってられないわね。ジケット、作戦は?」
「・・・ない」
「でしょうね。ハア・・・いつもの陣形で迎え撃つ・・・ってのは効率悪いわ」
「え?そうなの?」
「他の冒険者もいるからきっと乱戦になる・・・そうなると魔法は使いにくいし後ろが安全って訳でもない・・・だから横一列に並んで各自一体・・・それが難しければ二人で一体って感じに補うのよ」
「お、おお」
「乱戦になったら交互に前と後ろを見るようにする・・・並びは私、マグ、ジケット、ハーニアの順で並ぶの、分かった?」
「おう・・・で、最初はどうするんだっけ?」
「・・・目の前の敵を討つ!それだけ!」
「わ、分かった!んじゃまあ・・・ケンさん達に続くぞ!・・・ゲッ」
いざ戦地へと勇んで声を張り上げたジケットだったが戦況は刻々と変化していた
狼の魔獣の群れの後ろから足の長い蜘蛛のような魔獣が現れその大きさが二の足を踏ませる
「キモっ」
「むう・・・あれは・・・」
「なるほど・・・時間が経つと敵が増える一方・・・早く処理しないと次から次に出て来てこの広場を埋め尽くすってわけね」
「冷静に分析してる場合かよ・・・どうすんだ?」
「決まってるでしょ?予定通り・・・目の前の敵を討ちまくるのみよ!」
「意外ですね・・・いの一番に突撃すると思っていたのですが・・・」
自慢の大剣を地面にぶっ刺し、腕を組み仁王立ちして一歩も動かないキース
ケインはその横に並ぶと同じように魔獣達を見ながら話し掛けた
「敵の数すら分かってねえのに無闇矢鱈に突っ込めるかよ・・・俺をなんだと思ってんだ?」
「野獣・・・ですかね?」
「・・・まあ概ね合ってるな。相手が魔獣で俺が野獣か・・・・・・そう言えば前にエモーンズに来た時にのろりくらりと俺の手合わせの誘いを断っていたよな?」
「どうして今その話を?」
「魔獣と戦うのに体を温める必要があると思わねえか?」
「思わないですね・・・私は命令を出す必要があるので一旦離れまぐっ」
「小僧にしては逃げ足が遅かったみたいだな・・・喰らうぞ?」
ケインがその場から離れようとした瞬間にキースはケインの首根っこを掴まえ逃がさない
「ぐぅぅぅ・・・んん!?」
「あん?・・・ほう・・・」
尋常ではない力で首を掴まれ意識を失いかけたその時、毛色の違う魔獣の出現によりキースの首を握る力は緩みケインは何とか脱出する
「・・・この馬鹿力が・・・」
「何か言ったか?」
「・・・いえ・・・それであの魔獣も様子見ですか?」
「蜘蛛か・・・うぜえ攻撃してくる可能性が高いから面倒なんだが・・・」
「怖かったら後ろに下がってて下さい。うちの隊員で処理するので」
「本当に言うようになったな・・・まあいい、手合わせは終わってからにしてやる」
地面に刺してあった大剣の柄を握ると一気に抜き肩に乗せる。剣の重量で足が少し沈むのを見てどれほどの重量があるのか驚いているとキースはニヤリと笑い大地を蹴り魔獣の群れに突っ込んで行く
「さあ俺が出たからにはこの戦いはおしまいだ!邪魔だからどけ!お前ら!」
目標の蜘蛛の魔獣を目指して邪魔な狼の魔獣や冒険者を蹴散らかして進んで行く
その姿を見て深くため息をつくと魔王城を見上げ一人呟いた
「向こうも始まったか?・・・頼むぞ団長・・・ロウニール──────」




