243階 魔王城
「予定通り・・・だぁ?」
「うん、だってキースさん・・・外すって言ったら暴れるでしょ?だからサラさんにキースさんが結界前でモタついている間に入っちゃって下さいって伝えてたんだ」
「モタ・・・てめえが剣を掲げろって言ったんだろうが!なんでだ・・・お遊戯に行くわけじゃねえんだぞ!ロウニール!」
「分かってます。理由は無事戻ったら言いますよ」
「待てコラ!ロウニール!待ちやがれ!!」
叫ぶキースを無視して振り返ると目の前には禍々しい雰囲気を醸し出す魔王城・・・ふと視線を感じたので見るとディーン様が僕を見ていた
僕は黙って頷き魔王城へ向けて歩き出した──────
「さて・・・理由を聞いても?」
ようやくキースの怒鳴り声が聞こえなくなった頃、ディーン様は僕の横に並びキースを外した理由を聞いて来た
「申し訳ありません・・・キースさんに外すと言ったら暴れると思ったので」
「それは私も同意だが・・・キースさんは強いぞ?サラさんも弱くはないが・・・」
「多分・・・そうでしょうね」
言わんとしている事は分かる
戦力的にはキースの方が上・・・でも・・・
「魔王ヴォルガード・ギルダンテは言いました。僕は『理の外』にいると・・・そして僕の渾身の一撃は躱そうともしなかったのです。あれは弾かれたとか防がれたとかの次元ではありません・・・単に効かなかった・・・そんな感じでした」
「それは前にも聞いたけど・・・それとキースさんが外れる理由とどんな関係が?」
「今回僕が発案した作戦・・・覚えていますか?」
「もちろんだ。その案に賭けたのだからね」
「・・・この中に・・・1人でも『理の内』にいる人がいたらその人を全力でサポートする・・・それが唯一魔王に勝てる手段です。僕以外の5人の中で勇者パーティーに入ったであろう人・・・『理の内』側にいる人が1人でもいれば・・・」
「キースさんは違うと?」
「多分ですけど違うと思います。キースさんとは何度か手合わせをした事があるのですがパーティーに向かない人って印象でした。とにかく自分で相手をねじ伏せたい・・・そんな考えの人が勇者パーティーの近接アタッカー枠に入ると思います?」
「・・・そう言われると確かにね」
「勇者パーティーの一員じゃないとなるとキースさんは他の人のサポートなんて出来ないお荷物と化します・・・なので可能性が薄いならサポート能力に長けたサラさんを・・・ってところです」
「・・・結構辛辣だね・・・まあ言いたいことは分かるよ」
あの火力は確かに魅力だけど・・・多分魔王には効かない・・・どんなにマナを込めても・・・効かないはずだ
正直この中に勇者パーティーになったであろう人がいる可能性は限りなく低い・・・となると・・・
「私はてっきり私情で選んだのかと・・・」
「さすがにそれは・・・」
「でもロウニール君・・・君は2人にとってかなり大事な人みたいだね」
そう言ってディーン様が後ろをチラリと見るとサラさんとセシーヌの小競り合いを眺めてクスリと笑う
これから魔王を討伐しに行くってのに・・・緊張感の欠片もないな
「・・・だからその名前はどうなんだと・・・」
「いいじゃないですか。私がロウニール様にもらった猫に何という名前を付けようともサラ様には全く関係ないと思います」
「だからって『シロニール』って・・・」
「可愛いと思いません?」
「思いません!」
何の話をしているんだか・・・
ダンジョンの入口の横を通り抜け、舗装された道を進むと数段の階段が目の前に
その階段を上がるとついに城の入口前まで辿り着いた
「この先突然魔王と遭遇するかもしれない。各自戦闘の準備を・・・それと配置の確認をしておこう」
扉の前で振り向くとディーン様はいつの間にか拾っていた石を取り出し地面に円を描く
「コレが魔王としてこっちがサキュバス・・・魔王に対して先頭は私が・・・続いてサラさんにロウニール君、その後ろにシーリス・・・最後尾にダン君その後ろにセシーヌ様で良いかな?」
「はい・・・ダ・・・サキュバスの位置によっては僕とサラさんの位置は変更になると思いますが概ねそれで大丈夫だと思います」
それから戦略的な話に移り僕はその話をぼーっとしながら聞いていた
元々僕が立案した作戦だからって言うのもあるけどなんだか現実味があまりなくて不思議な感覚だった
5歳までは普通だったと思う
そして5歳からずっと一緒にいたダンコ・・・夜通し魔物を覚えさせられた時もあったしダンジョンについて熱く語られた時もあった
胸を触るとそこにはポッカリと穴が空いている・・・傷口は塞がったにも関わらずポッカリと穴が・・・
ずっと一緒にいたのに・・・どうして・・・本当にずっと僕を騙していたのか?
ふとダンの持っている盾が目に入る
確かダンコの種族と同じ『サキュバス』の核で作られた盾・・・能力は確か『吸魔』って言ってたか・・・
「なんだよ人の盾をじっと見やがって・・・やらねえぞ」
「いらないよ・・・さて、そろそろ行きます?」
「そうだね・・・もう引き返せないし、いつその魔獣とやらが放たれるかも分からない・・・行こうか」
まだ実感が湧かない・・・またあの魔王の前に立つ・・・何も出来ずに敗北した魔王の前に・・・
「大丈夫だ・・・きっと上手くいく」
背後からポンと肩を叩かれ振り向くとサラさんは微笑んだ
そうだ・・・大丈夫・・・きっと何とかなる!
「門を開けたら魔王がいるかもしれない。ここからは気を引き締めて行こう。ロウニール君から聞いた通り相手に飲まれれば何も出来ず終わる・・・決して相手に飲まれないように・・・大丈夫・・・勝てる・・・勝つのは私達だ!」
ディーン様が僕達を鼓舞するとひと息ついて門を押し開けた
ギギっと音が鳴り門が開かれると大きな空間が広がり、奥にある階段へと繋がっていた
「ただの通路?魔王は2階か・・・ちょっと待ていろ」
サラさんは目を閉じ手のひらから風を出すと城の中を探索する・・・そして・・・
「っ!・・・ハアハア・・・化け物め・・・」
「サラさん!?」
突然胸を掴み屈んだサラさん・・・もしかして魔王を見たのか?
するとサラさんはゆっくりと階段の上を指さした
階段を上がった更に奥、暗がりの中扉が見えた・・・その奥に魔王がいる
「ありがとうサラさん・・・行こう」
力強く足を踏み出し階段に辿り着くと一段また一段と上がって行くディーン様・・・僕も同じように階段を登るが何故か足に力が入らない
確かに階段を踏んでいるはずなのにフワフワと宙に浮いているみたい・・・緊張しているのか?それとも恐怖で・・・
「・・・どうしました?ディーン様」
先頭のディーン様が突然しゃがんで階段を手で触る。何か罠でもあったのかと思ったけど、どうやら違うみたいだ
「参ったね・・・これが浮き足立つってやつか・・・」
ああ・・・そうか・・・僕だけじゃないんだ・・・
あのディーン様ですら緊張する・・・そう考えるとかなり気が楽になった
もしかしたら僕達の緊張を解す為にわざと言ったのかもしれないけど、僕には効果絶大だった
2階へと到着した頃には足裏はしっかりと地面を踏みしめていた
「・・・準備はいいかい?」
もうあれこれ言っても仕方ない・・・ディーン様は振り向いて僕達が頷いたのを確認すると扉に手をかけ一気に開いた
大きな広間
地面には赤い絨毯が敷かれ、その先には玉座と思わしき椅子があり魔王が座っていた。そしてその傍らにはダンコ・・・改めて見ると人間がサキュバスを性的な魔物だと思うのも無理ない格好をしていた
「・・・あれが?」
「ええ・・・椅子に座っているのが・・・魔王ヴォルガード・ギルダンテです」
僕達が入って来たにも関わらず悠然と構える魔王・・・焦るどころか笑みすらも浮かべて僕達を見下ろしていた
「・・・どこぞのネズミが侵入したかと思えば・・・余の前に二度現れたのはお主が初めてかも知れぬな。それに・・・ほう?」
「ディーン様!貴方だ!!」
魔王と語る気なんてない
必要な情報は出揃った・・・奴はセシーヌと同じような能力である者を嗅ぎ分ける・・・理の外にいるものか内にいるものかを
僕と初めて対峙した時に見ただけで僕を『理の外』と断じていた・・・なので防御する素振りすら見せなかった・・・『理の外』からじゃ『理の内』にいるものを傷付けられないから・・・でも・・・
「アースポール!!」
「・・・{跪け}」
「きゃっ」「ぬあっ!」
魔王は僕が魔王の目の前に土の柱を出すと同時に言霊で全員を跪かせようとした。でもさすがと言うべきか・・・それが効いたのは2人・・・シーリスとダン以外は言霊を弾き返し動いている
「四式・竜巻!」「オールキュア!」
サラさんが風牙龍扇で竜巻を起こし、セシーヌが動けない2人に回復魔法をかける
竜巻は僕の出した土柱を崩しながら魔王を中心に吹き荒れその姿はあっという間に見えなくなる
「・・・目眩しか・・・小賢しい・・・ムッ!」
土柱を崩しながら渦巻く風・・・その中にいても余裕の発言をしている魔王に向かってひとつの影が忍び寄る
「剣気瞬突!」
ディーン様の突きが土煙を起こす竜巻に穴を空ける
剣は止まり竜巻も静まると剣先には魔王がいた
「防いでいる・・・やっぱり!」
ここは本来なら防がれた事に悔しがるべきだろうけど、対魔王となると話は別だ
以前に僕が放った一撃より弱ったから防いだのかもしれない・・・けど、恐らくそうではない・・・僕の一撃は『理の外』から・・・でもディーン様の一撃は『理の内』から放たれた一撃だったから防いだのだと思う
「さすがにこれで終わり・・・って訳にはいかないか」
「・・・ふん、やってくれる」
指一本でディーン様の突きを止めた魔王だが前より余裕がないように見える
「これでいいのかな?ロウニール君」
「はい・・・これで確率はゼロからイチに上がりました」
『理の外』からの攻撃は何をしても効かないのなら魔王を倒せる可能性はゼロ・・・でも『理の内』であろうディーン様がいるのなら・・・確率はゼロじゃない!
「なるほど・・・ついうっかり反応してしまったが・・・余の反応を見ていたか」
取るに足らない人間を見ても何とも思わないだろう・・・けど勇者だって1人じゃない。6縛り・・・つまり勇者以外に5人の仲間がいるはず・・・その5人の内1人でもこの中にいればっていう分の悪い賭けだったけど・・・
「余と勇者・・・それに関わるものは何人かいる・・・確かにそのものなら余を傷付ける事は可能だ。そのものは恐らく勇者に関わるものか仲間か・・・まあどうでも良い。それで?」
「それは嬉しいね。どれほど関わるか分からないけど勇者の物語に名を連ねる可能性があるなんてね。さて・・・いきなり無礼を働いて何を言うかと思うかもしれないけど・・・人間を殺すのをやめてくれないかな?」
「なぜ?」
「なぜって・・・ここに勇者はいないんだろう?主役がいない宴なんてつまらなくないかな?」
「主役・・・そうか・・・人間から見れば勇者は主役であろうな。だが余から見れば主役は余になる。今回は早起きしたのでな・・・眠気覚ましにここら一帯を滅ぼし物語に色を付けようと思うのだが・・・そなたの言う宴とやらとしてな」
「嫌な宴だね。物語に色を付けるって言ってたけどそれは盛り上げるって事かな?」
「まあそういう事だな」
「それなら一番盛り上がる演出を知っているけど・・・」
「ほう?話してみよ」
「一度ピンチになってみる・・・で、最後に勝利する・・・盛り上がると思わない?」
「・・・ふむ・・・圧倒的な力を有しながら一旦滅ぼされそうになり盛り返し勝利するか・・・確かに過去そのような事があったような・・・」
「その時は盛り上がったんじゃない?」
「どうだろうな・・・大概危機に瀕するのは人間側・・・なので勝利を収めた後の事など知らぬが・・・面白そうではあるな」
ディーン様と魔王・・・物語の中の者同士で会話は弾む
これが『理の内』側同士の会話ってこと?もしかしてディーン様の役目は勇者パーティーに加わることじゃなくてこうやって魔王を宥める役だったとか?
いや・・・それなら僕が早く魔王を復活させたのも『理の内』ということになる。それなら僕も『理の内』側の人間って事に・・・それが違う時点で早期復活は今回の物語に組み込まれてないはず・・・
「・・・ふむ・・・確かにあまりに理と逸脱した行為は想定外の事態を招く可能性もある。勇者は未だ啓示を受けておらず・・・いや、その産声すら上げていないやも・・・その状態で余が侵攻すれば何が起こるか・・・」
魔王は顎に手を当てて考え始めてしまった
やはり魔王に影響を与えるのは『理の内』側の人だけってことか・・・攻撃だけではなく話すらも効くなんて・・・
こんなことならいきなり攻撃を仕掛けるんじゃなかったな・・・いきなり有無も言わさず攻撃を仕掛けられたら印象は最悪だろうし・・・
「魔王様・・・もし早期復活が『理の外』ならば制限が掛かるのでは?」
「どういうことだ?サキュバスよ」
「はい・・・我らは魔王様を復活の為に日々尽力しておりました。切磋琢磨し誰が魔王様を復活させるか競っていたのです。なので我らの努力次第で早くもなるし遅くもなる・・・遅くなれば勇者に有利となりましょう。ですが早くなれば魔王様に有利・・・つまり今の状態は早期復活のご褒美かと・・・」
こらダンコ
「褒美か・・・確かにな。それにわざわざ不利になるのも愉快ではあるがそれを上回るほど不快でもありそうだ。それに人間は調子に乗らすと何をしでかすか分からんからな・・・やはり当初の予定通りといこうか」
そう言うと魔王は玉座から立ち上がる・・・交渉決裂・・・しかもダンコのせいで・・・っの野郎
「チッ・・・あのセクシー姉ちゃん余計な事を・・・」
「みたいだね・・・あれが元ダンジョンコア・・・って事でいいかな?」
「・・・はい・・・」
どうやらダンとシーリスはセシーヌの回復で動けるようになったみたいだ。ダンが盾を構えながら愚痴るとディーン様がそれに同意して僕に尋ねる
僕は申し訳ない気持ちいっぱいで頷くと大きく息を吐き呼吸を整えた
「どうやら交渉決裂したみたいだ・・・予定通り魔王を倒し国を救う・・・みんな力を貸してくれ」
「はい!」
ディーン様以外の攻撃は通じない・・・恐らく魔法も関係なく効かないだろう・・・僕達はあくまでディーン様のサポートに徹して剣が届くようにするのみ・・・目眩し陽動・・・なんでもやってやる!
「二回戦・・・といったところか・・・サキュバス・・・準備は?」
「整っております」
「では放て・・・ここら一帯を恐怖で埋め尽くすのだ──────」




