223階 コロッセオ
「何が『きっと、ね』よ・・・気持ち悪い」
「そう言うでない。あれでもコロッセオの剣奴部門のトップ・・・爵位こそないがそこそこの地位にいる男・・・気持ち悪いのは同意だけどな」
いやいや、そう言うでないと言いつつ同意なの!?
「てかバ・・・お義母さん、せっかくVIP席に案内してくれようとしたのになんで断ったんだ?」
「・・・死にたくないなら黙っておきな。息を吸うのだけは許可してやる」
「わーい、ってなんでだよ!」
「ラディル様・・・何故ですか?」
「VIP席は闘技場と離れている。近くで見た方がいいだろ?」
「・・・感謝します」
「サラには普通に答えんのかよ!」
「どうやら死にたいらしいね・・・喋るなと言うたよなぁ?」
怖い怖い・・・てか闘技場内で私闘禁止って言ってなかったっけ?めっちゃ右手から炎が迸ってるのですが!
あのキースが顔を引き攣らせ口を肛門みたいにすぼめる。やはり宮廷魔術師の名は伊達じゃないって事か
「ハア・・・サラ行こう・・・一緒に居ると同類と思われる」
「ソニア・・・それはどういう意味だい?」
「悪い子と一緒に居ると良い子も悪い子と思われるってこと・・・暴れるならサラとシシリアには近付くんじゃないよ・・・2人とも」
その一言とひと睨みでラディル様とキースをシュンとさせるソニア・・・貴女が最強です。けど・・・私ってシシリアと同等扱い?良い子って・・・
ソニアのお陰で何とか無事に観客席に到着し最前列に陣取った
そこから闘技場内を見ると一面砂で敷き詰めてある円形状の砂場のようだった
観客席はかなり高い位置にあり闘技場を見下ろす形となっている。それに剣奴が逃げ出さないようにと観客が落ちないように細い鉄網で囲われていた
「ほう・・・かなり砂を積んでやがるな。あれじゃ足は沈み動きは遅くなる・・・足を封じど突き合せる為か」
私が下を覗き込んでいると横に並び腕を組みながら闘技場の感想を言うキース。その目は自らが闘うとしたらどうするか考えているような目だった
「貴方なら?」
「俺は元々ど突き合い専門だからな・・・ちょこまかと動かれるよりやりやすい。足を止めて真っ向勝負・・・それしかねえな」
だろうな
私も同じ戦法を取る・・・この砂の中で動けば無駄に体力を失うだけ・・・それならば足を止め正面から挑んだ方がいいだろう。しかし・・・
「となると体格差がモロに影響するな。後は武器か・・・サラ、お前さんならどうする?」
「私は・・・私なら接近戦に持ち込む」
「ほう・・・まあ武道家ならそうするしかないか」
「剣も振れないような超接近戦・・・けどそれはマナが使えたらの話。もしマナが封じられたら・・・武道家に勝ち目はない」
素手でも体格差が倍以上あっても倒せる自信はある・・・だけどそれは相手も素手の場合だ。もし相手が体格差で上回り更に武器を手にしていたとしたら・・・勝ち目はないに等しいだろう
「まあそうだろうな。相手がノロマなら話は別だがその超接近戦に持ち込むには相手の得物を潜り抜けなきゃならねえ・・・でもその足が封じられてたら難しいだろうな」
剣奴はマナ封じの首輪を付けられていると聞いている
そして武具をひとつだけ与えられ闘いに挑むと
私ならどうする?使い慣れた鉄扇に近い武器を選ぶか?それとも足場を考慮して長い得物を?
「クックッ・・・真剣に悩み過ぎだ。お前が闘う訳でもねえのに・・・あー、それとひとつ聞きてえ事があったんだ」
「なんです?」
「ローグの野郎はどこ行った?」
「っ!・・・どうして・・・」
「ゴーンのジジイから愚痴られて堪んねえんだよ。なんか連絡用の道具を渡されたけど一向に返事がないって・・・不定期でもいいからたまに会う約束してたらしいんだけどな・・・まあ俺も個人的に会いたいってのもある」
「ゴーン様が・・・キース殿も?」
「ああ・・・あの野郎勝ち逃げ・・・いや、負けてねえぞ?どっちかって言うと俺の勝ちだ・・・が、ちゃちゃが入ってうやむやになっちまったからな・・・」
「戦ったの!?ローグと!?」
「うるせえうるせえ・・・耳元で喚くな・・・戦ったさ・・・奴の屋敷の庭でな。一本目は俺・・・二本目はローグ・・・三本目は・・・チッ!」
「詳しく聞かせてもらいましょうか」
「目を輝かせてんじゃねえ!・・・邪魔が入っただけだ・・・決着の瞬間に悲鳴を上げた奴がいてな・・・ローグは気を散らし俺はそのまま剣を振った・・・結果奴は吹き飛び立ち上がれなくなったから俺の勝ち・・・と言いたいところだが・・・」
「だが?」
「俺は集中していた・・・奴は集中が切れた・・・勝負にもしはねえがあの時・・・声の主がシシリアだったら?ソニアだったら?負けてたのは俺かもしれねえ・・・それに誰も来なかったら・・・どうなってたか分からねえってのが正直な話だ」
Sランクの・・・あのキースにそこまで言わせるなんて・・・ローグ、アナタは一体・・・
「もう一度やりてえって思った奴は何人もいる・・・が、やらなきゃなんねえって思ったのはローグ・・・アイツだけだ・・・で?ローグはどこで何してんだ?」
「・・・さあ」
「さあ?オイ・・・確かお前んとこの組合長だろ?さあってなんだよ、さあって」
「・・・爵位を授かりに王都へ向かった後から音信不通です・・・連絡手段は通信石のみなので何度もそれを使い試みたのですが・・・一切返事はありません・・・ローグが王都に屋敷を構えているというのも今初めて聞きました・・・」
「え?あ・・・そうなのか?・・・・・・あれだけの奴が簡単にくたばるとは思えねえが・・・」
「元々神出鬼没な人なので・・・」
実際ロウニールの件がなければ草の根を分けても探そうとしていただろう・・・けど私もキースの言う通りローグなら大丈夫と思いその気持ちを封印していた
しかしロウニールと同じく一年以上は・・・長過ぎる・・・
「ま、まあ人を食ったような性格の奴だ・・・意外とひょっこり出て来るかもしれねえし・・・それに・・・」
「それに?」
キースの続けようとした言葉を聞こうとしたがいつの間にか観客席は埋まり、歓声が私の声をかき消した
観客の視線は闘技場に向かっている・・・振り返り見ると私から見て正面の扉と真下の扉が音を立て開き中から腰布だけを身に着けた剣奴と思われる者が砂の上を歩き中央へと向かっていた
「・・・始まったか。小僧の顔は覚えているけど・・・違うよな?」
「ええ・・・全く」
正面から出て来た剣奴も別人・・・それに後ろ姿しか見えてない剣奴も別人だ
「残念だか良かったんだか・・・」
「・・・残念は分かりますが良かったとは?」
「そんなに見てえのか?弟子の殺し合いを」
っ!・・・見つけるのに必死でそこまで頭が回らなかった・・・
この場で見つけるという事はロウニールの試合を・・・殺し合いをまざまざと見せつけられる事になるのか・・・
そんな事を考えている間に闘技場に動きがあった
互いに剣を握り締め、しばらく見合ったと思えば一合交える。それを皮切りに血が舞い肉が削れる
先程まで自分があの場に立った時の事を想像していたが、それは単なる妄想であった・・・現実は泥臭く醜い
いや、死にたくないって気持ちの表れなのだろう・・・あの場に居ないと分からない緊張感がそこにはあるように見えた
鍔迫り合いをし押し切った方が相手を倒す
そのまま剣を押し込み勝負あったかに見えたが下になった方は腰を浮かせて何とか窮地から抜け出した
2人は再び立ち上がり・・・
「クソつまんねえな・・・なんだこりゃ」
隣で腕を組み不機嫌そうな顔をして席に戻るキース・・・席の並びが何故か端からソニア、ラディル様、私、キースとなりラディル様とキースに挟まれる事になってしまった
居心地の悪さを感じながら試合の続きを見ているとようやく決着がついた
ボロボロになりながら倒れた相手に剣を突き立て、体重を乗せて更に奥深くに刺し込む
しばらくはもがいていた相手も次第に動きが遅くなり、最後は震える手で相手を掴もうとした腕が地面に落ち動かなくなった
静まり返っていた場内も勝者が雄叫びを上げると万雷の拍手と共に勝者を褒め称える
今まさに人が1人死んだというのにも関わらず・・・
「相変わらず吐き気がするね・・・この雰囲気は」
「同感だ・・・真剣勝負じゃねえぜこんなの」
珍しく意見が合う2人・・・私も同感だ
こんな事が行われている事も・・・それを楽しんで見ている者も・・・最悪だ
しかし私は見続けなければならない
もちろんロウニールが出て来るのを待つ為・・・だが、もしロウニールではなくとも見なくては・・・これがロウニールが歩んで来た道なのだから──────
「・・・ふぅ・・・」
「大した精神力だな。よく見続けてられるぜこんなのをよ」
「・・・付き合わせてすみません。もし今後も一般開放するのなら今度から私一人で・・・」
「気にするな・・・が、実際どうなんだバ・・・お義母さん」
「一般開放の事かい?いずれはそうなるかも知れないけどまだすぐにはならないだろうね。ダッツ所長の言っていた特別な試合がない限りね」
確かに刺激が強過ぎる・・・これを見て剣奴になりたいって人はいないだろうけど何かしらの悪影響はありそうだ・・・それにお金に余裕がある貴族ならともかく一般人が賭けにのめり込むのも良くないだろうし・・・
「てか後何試合あんだよ・・・もういい加減飽きてきたぜ」
「アンタはほとんど寝てただろうが・・・もう既に四試合・・・次がラストじゃないかい?」
四試合・・・8人の剣奴が出て来たがその中にロウニールの姿はなかった
次がラストかまだ続くのか・・・もうこれ以上見続けるのは精神的に限界に近い
そんな事を思っていると会場内全体に何者かの声が響き渡る
〈皆様大変お待たせ致しました。これより本日のメーンイベントが始まります。お気づきの方もいらっしゃると思いますが改めて御紹介をさせていただきます・・・メーンイベントの対戦は倍率が変動しません。誰が、いくら賭けても変動しないのです!なぜなら・・・ほとんどの方が勝者となり得るからです!〉
ほとんどの人が勝者?つまりそれだけ圧倒的な差があるって事か?それにしてもこの声はどこから・・・
〈魔人・・・皆様も一度は耳にした事があるでしょう・・・そうあの魔人です。なんと今宵・・・その魔人が剣奴と闘うのです!!〉
魔人・・・だと?
ザワつく会場・・・ラディル様とキースを見ると互いに険しい表情を浮かべ向こう側の扉を凝視していた
「チッ・・・ババア、いいのかこんな事して」
「知らないね・・・知ってたとしてもあたしの範疇じゃないよ」
2人の見ている方向・・・向こう側の扉を注意深く見てみるとおぞましい気配を感じる事が出来た・・・2人はこれを感じて・・・
〈ではまず初めに魔人に挑む挑戦者の入場です!この対戦は今から出て来る勇気ある剣奴によって実現しました・・・つまり無理矢理闘わせられるのではなく本人たっての希望なのです!その無謀な挑戦者を暖かい拍手で迎えて下さい!剣奴入場!!〉
胸が息苦しくなるくらい高鳴る
これまで剣奴が出て来る度にロウニールであってくれと願っていた・・・けど今は・・・ロウニールではないことを強く願っていた・・・しかし・・・
「嘘こけ・・・どうせ騙して引っ張り出したんだろ?じゃなきゃただのアホだぜ」
「ほう・・・お主でも避けるか?『大剣』」
「俺ならやる・・・が、俺以下なら普通はやらねえよ。どらどら・・・その勇者の姿を見てやるとするか・・・?おい、どうしたサラ」
違う違う違う・・・ダメだ・・・そっちに向かっては・・・ダメだ!
「・・・おいまさか・・・嘘だろ?」
「何を言って・・・・・・まさかそうなのか?」
私はラディル様の問い掛けに頷き返す
背中しか見えていない
見た事のない傷もある・・・筋肉も前よりついている
けど間違えるはずがない・・・あの姿は間違いなく・・・
「・・・ロウニール・・・」
キースが傍で何か叫んでいる
ラディル様と言い争っている?でも耳に何も入らない
目は中央に向けて歩くロウニールだけを追っていた
顔は見えない・・・いや、何か付けてる?・・・仮面?なんで?貴方はロウニール・・・ローグじゃないのに・・・
「って事で決まったわ・・・サラ、好きにしなさい」
「・・・え?」
「聞いてなかったの?私とキースでこの融通の効かないお婆ちゃんを抑えるから助けに行きなさいって言ってるの」
「ソニア!国を敵に回してもいいってのかい!」
「旦那の決定に従うわ・・・それにファーネからよろしく頼むって言われちゃってるしね・・・でしょ?キース」
「・・・ああ、何が正しいかなんてくだらねえ・・・助けたきゃ助ける・・・それだけだ」
「・・・キース殿・・・ソニア殿・・・」
「聞き分けのない子達だね・・・シシリアはどうすんだい!」
「家族3人ならどこでも生きていけるわ」
「あたしゃ家族じゃないのかい?」
「家族よ・・・だから殺さないであげる」
「ソニアァ・・・」
どうして?なんで?
これまで冗談めいた感じと違う・・・互いに殺気を放ち牽制していた
助ける?ロウニールを?でも今の話だと私が助けに行ったら2人は・・・なんで?なんでそうなるの?私はどうすれば・・・
「早く行け・・・お前なら魔力を封じられた魔人ごとき余裕だろ?」
「そうよ・・・手遅れになる前に早く!」
助けに・・・そうだ・・・助けに行かないと・・・
立ち上がりフラフラと前に進む
突然消えてしまった弟子が目の前に・・・手の届く距離に・・・でも・・・私が行けば・・・・・・
「・・・ロウニールは勝ちます」
「あん?お前何言って・・・」
「アナウンスでもあったと思います・・・自ら志願したと・・・だから・・・ロウニールは勝ちます」
「・・・いいのね?始まったら間に合わないかも知れないわよ?」
「・・・勝ちます」
ここまで来て・・・ようやく会えて・・・目の前で死んだら許さない・・・許さないから!──────
闘いは終始劣勢・・・観客の興味は勝ち負けではなくいつ死ぬかにあった
何をしても通じない絶望感が私にも伝わってくる
あの地下での時を思い出した・・・あの時ローグが助けに来てくれなかったら今の私はない・・・ならやはり私のする事は・・・
「そうじゃねえ!かぁーあの野郎なんで素手で・・・仮面を選ぶなんてローグの野郎の真似事かよ!」
そうだ・・・あの時のローグのように今度は私がロウニールを・・・
「行きなさい・・・私達の事は考えずただやりたいようにやるのよ」
ソニア・・・ダメだ・・・2人を・・・シシリアを巻き込む事など出来ない・・・私はどうしたら・・・
「小僧!何突っ立ってんだ!殺られるぞ!!」
え?
見るとロウニールは棒立ち・・・魔人は拳を引き絞り今にもロウニールにその巨大な拳を突こうとしていた
これまでの大振りじゃない・・・あの距離で突かれたら確実に・・・
私は無意識に走り出し鉄網を掴んで叫んでいた
「諦めるな!ロウニール!!」
その声が届いたのか分からない
それでも彼は動き出した
そして奇跡を起こす──────




