217階 剣奴
今の僕の身分は剣奴だ
剣闘士奴隷・・・略して剣奴
無実の罪・・・でもないか・・・で死刑宣告された僕は処刑されずにコロッセオに送られた。この国ではかなり昔から死刑はコロッセオ送りとなり人生の最後をここで迎える事になる
たかだか貴族を殴っただけでと思っていたけど聞いた話によると前代未聞の重罪らしい。それを知っていればマナ封じの首輪を付けられる前に逃げたのに・・・もう時すでに遅しだけど・・・
そして剣奴となった僕は生きるか死ぬかの闘いを強いられる・・・剣闘士と違ってどちらか一方が死ぬまで続けられる闘い・・・その死闘を乗り切ると1週間以上寿命が伸びるって訳だ
昔は連日闘った時代もあったらしい・・・その時代なら僕はとっくに死んでいるな
勝利すると最低1週間の休養が与えられ、その間は食事は三食出るし何も強制される事はない。強いて言えばこの鉄格子から出られないって事くらいか
初めは格子に寄っかかり伏せていた時期もあったけど1年も過ぎれば堂々としたものだ
部屋・・・とは言えないな。牢屋の中で大の字になって寝たり体を鍛えたりして次の闘いを待つ・・・ただそれだけの人生
死刑宣告された剣奴に未来などない
王都のギルドにいたミオは市民権を得る為にと言ってたけど、それに死刑囚は含まれない
市民権を得る為に闘っているのは・・・
脳裏に浮かぶのは初めて闘った時
相手は少し伏せ目がちに僕を見ていた
自分が剣奴になった経緯から相手も死刑宣告を受け一日でも長く生き延びようとしているのだと思った
だから必死に・・・僕を殺そうとしているのだと──────
「好きなものを選べ。闘いの最中は変更出来ないから慎重にな。今回合わなかったら次の闘いの時は変更可能・・・次があればだがな」
そう言ってニヤリと笑った男の名はナーク。この収容所の刑務官だそうだ
どうやら僕の担当になったらしく色々と教えてくれた
用を足す時は牢屋の隅にある穴にしろ、大声を出すな、暴れるな・・・説明と言うより注意事項のような感じから入り徐々に心構えみたいなのを言われた後、ポンと肩を叩かれ先程の台詞を言われた訳だけど・・・
突然連れて来られて心の準備も出来てないのにいきなり闘うのか?でも他に選択の余地はないし・・・
渋々武器が置かれている場所に入ると予想以上の数に思わず見入ってしまう
ズラリと並ぶ武器・・・見た事のない武器からスタンダードのまで様々な武器がある中で端の方にひっそりと防具が置かれていた
「あー防具を選んでも良いが一つだけだからな。つまり防具を選ぶと武器が選べない・・・さっき説明した通り相手が死ぬまで闘技場から戻って来れないからやめといた方がいいぞ?」
盾を選んで防ぎながら殴り殺すって手もあるけど、お互い盾を選んでたら泥仕合確定だな・・・やはり無難に剣を・・・ん?これは・・・
「まさかそれにするって言わないよな?今日が命日でも良いって言うなら止めはしないけど・・・」
防具が置かれている一画にひっそりと置かれていた見覚えのある仮面・・・シンプルに目の部分だけ空いているその仮面は僕がローグになる時につけていた仮面そのものだった
ただ材質は鉄で出来ていてかなり重い。それにあの仮面はダンコお手製で顔に付けるだけで落ちないけどこの仮面は三本のゴムバンドでガッチガチに顔に固定するみたいだ
視界も狭くなるし重いとなれば誰も選択する事はないだろう・・・けど
「・・・」
「・・・ハア・・・まあ別にいいが・・・本当にそれで良いんだな?後で後悔しても知らねえぞ?」
頷いて仮面をつけて・・・いきなり後悔した
めっちゃ息苦しい・・・意外とあの仮面は高性能だった事に今更ながら気付いた
それでも僕はこの仮面を選んで良かったと思っている
いきなり逮捕されて、死刑宣告されて・・・マナ封じの首輪を付けられて、ダンコとも話せない・・・もう知り合いの誰とも会えないかもしれない状況でやっと知り合いに会えたような気がした
「・・・まあ今日の相手は・・・とりあえず行ってこい」
背中を押され闘技場に出る通路を歩く
歓声が聞こえる
死を望む歓声が
悪趣味を通り越して狂気の沙汰とも言えるショーを観に来ている観客達・・・闘技場に出て観客席を見回すと席の数ほど人数がいる訳でもなかった
「どうしたぁ?相手は私達じゃないぞぉー!」
観客の1人が僕に向けて馬鹿にしたように叫んだ。それを聞いた周りの者達がクスクスと笑う
とんだ地獄に迷い込んだようだ・・・そんな風に呆れていると僕に注がれていた視線は背後へと注がれる
砂を蹴る足音・・・振り返ると目前に迫り来る男が仮面の奥に映り込む
今日の対戦相手だ
男は気付かれた事に舌打ちするが勢いを止めず剣を振り上げた
身長は低いが筋肉質な体・・・見た目は僕より幼く見えるが実際はどうか分からない
一体彼はどんな罪を犯したのだろう・・・見た目からは死刑になるような犯罪を犯す人物には見えなかった
「っ!」
そんな事を考えていると剣が目の前に・・・慌てて躱すが砂に足を取られて上手く動けない
辛うじて躱すが続けざまに男は剣を振る
剣術とは程遠いおぼつかない剣の扱いも腰布しか巻いてない状態では脅威となる。少しの油断が命取り・・・その意識が更に動きを鈍らせる
「そこだっ!殺っちまえ!」「殺せ殺せ!」「殺したら仮面を剥ぎ取るのを忘れるなよ!」
野次に気品の欠片も感じないな
こいつらはどういう層なんだ?
「くっ!」
余計な事を考えている間に男はどうにかして僕を捉えようと考え立ち回りを変化させる
大振りではなく躱されないよう鋭く突きを放ち、躱しにくい腹部を中心に狙いを定めてきた
そう来られると素手の僕は一気に劣勢となる
やはり剣を手にするべきだったか・・・そう悔やんだ瞬間に好機が訪れる
向こうも砂の上の闘いは慣れていないのか突きを放った瞬間に足を取られ前のめりに倒れかけた
隙だらけの顔面が突き出す男・・・僕は咄嗟にその顔面に膝蹴りを放つ
「グバァ!」
膝を食らい仰け反る男
それに合わせて今日一番の歓声が上がる
その歓声に後押しされたかのように僕は初めて自分から仕掛けた
回し蹴りをみぞおちに放ち拳を突き上げ顎を捉える。そして浮き上がった体に思いっきり拳を突き立てた
再び男の体はくの字に曲がると首筋が露になる
そこに狙いを定め両手を組んだ状態で振り下ろすと男は呻き声をあげて砂の地面に沈んだ
ピクピクしているけど、もうさっきみたいには動けないだろう・・・つまり・・・勝った・・・のか?
「・・・殺せ・・・」
え?
「殺せ」「殺せー!」「殺せ殺せ!」
そうだった・・・ナークの話では闘技場を出れるのは1人・・・対戦相手が死んだ場合のみだ
僕かこの男が・・・どちらかが死ななければこのショーは終わらないんだ・・・
相手が死刑囚とはいえ・・・僕が殺さなければ反対に僕がこの男に・・・
人を殺した事はある
それは僕の正義感に基づく正当な殺し
じゃあ目の前の男は?
彼が何をしてここに入れられたのか・・・剣奴に身を落とした理由は何か・・・僕は知らない
彼が誰なのか・・・生い立ちも性格も・・・名前すらも知らない
正当な理由・・・正当な理由・・・彼を殺さないと僕が殺されるから・・・でもそれって正当な理由になるのか?
でも他に方法が浮かばない
マナが使えない状態ではここから逃げる事も出来ない・・・目の前のこの男も協力したとしても油断している刑務官1人を倒せる程度だろう
・・・そうか・・・僕は他の選択肢がないことを理由にこの男を・・・殺さなければならないのか・・・
自分が助かる為に・・・いや、1週間生き延びる為に
出来ない・・・だって僕は・・・彼の事を何も知らない
せめてもっと凶悪な面構えだったら気にせず殺せたかも・・・でも彼は死刑囚とはとても思えない顔をしていた
「ぐっ!」
呆然と立ち尽くしていると太ももに鋭い痛みが
見ると彼がいつの間にか顔を上げ剣を僕の太ももに突き立てていた
彼は必死なんだ・・・生きようと・・・必死なんだ・・・
だったら僕も必死になろう
まだ望みがないわけではない
セシーヌやエミリが助けてくれるかもしれない・・・けどそれも死んだら終わり・・・だから・・・
「・・・名前は?」
「・・・アーブ・・・」
「・・・そっか・・・ごめんな・・・」
アーブは覚悟を決めた目をしていた
もうここから逆転出来るとは思ってはいなかったみたいだ
それでも生きようと必死にもがき剣を握り締めている
だから僕も・・・必死になるよ──────
決着がつき、大歓声を背に闘技場をあとにする
出て来た通路を戻るとナークは何とも言えない表情で僕を迎えた
「武器・・・とは言い難いな。仮面はここで預かる。来た道は覚えているな?誤って別の場所に行くと脱走と勘違いされて罰を受けるから気を付けろよ」
「・・・」
仮面を外しナークに渡すと言われた通り来た道を戻ろうとした・・・が、少し気になり足を止めると振り返らずに疑問に思った事を問い質す
「・・・アーブは・・・彼は何をして剣奴に?」
「・・・さあな。ここに来る連中は1058みたいな死刑囚か・・・奴隷だけだから・・・まあ、あの様子だと今日の相手は奴隷だな」
「・・・奴隷?」
「うん?知らなかったのか?奴隷商人が身寄りのない子供や捨てられた子供・・・噂じゃ攫ってきた子供とかの中から闘えそうな奴を厳選して剣奴にするんだ。10連勝すれば市民権が得られると言ってな」
え?じゃあアーブは・・・何の罪もないただの・・・
「もしかして死刑囚だと思ってたのか?おいおい、そんな事気にしている場合じゃ・・・ってちょっと待て!吐くなら自分の牢屋に戻ってから・・・やりやがった・・・」
僕はその場で吐いてしまった
胃の中の物を・・・いや、自分の中のどす黒い何かを絞り出すように・・・吐き続けた──────
剣奴には2種類いる
死刑囚と奴隷
同じ剣奴なのに全く違うその2種類・・・相手がどっちかなど知る由もない
「1058!出番だぞ!」
あれから1週間が過ぎ出番が来る
今日はどっちだろうか・・・この前はどっちだったか・・・
「ほらよ・・・今日も勝って来いよ・・・仮面剣奴」
ナークから仮面を受け取ると素早くつけて歩き出す
僕を迎える大歓声・・・その先には剣を持ち震える男が立っていた
その姿はアーブと被る・・・でも関係ない。また1週間・・・僕が生き残る為の・・・
糧となれ──────




