197階 聖女親衛隊
「ふう・・・ようやく降りられた・・・あのままだったらどうしようかと思ったぜ」
久しぶりの地面の感触を味わうかのように踏み付け、ジャックはヘラヘラと笑っていた
「・・・ヒナの仇はいずれ取る・・・」
「まだ言ってんのか?そんなのお互い様だろ?どうしてもって言うなら『いずれ』じゃなくて今からでもいいんだぜ?俺は」
「このっ・・・」
「エミリ・・・もう彼に戦う理由はない。こちらにあるのなら万全の時に挑め・・・」
「・・・」
そう・・・もうジャックが僕を狙う理由はない
なぜなら親衛隊が依頼を取り下げたからだ
成功報酬をそのまま支払うという条件で
金さえ払えば誰でも殺すという暗殺者ギルドは基本成功報酬だ。つまり僕を殺せばお金が入る仕組み・・・それを依頼主である親衛隊が僕を殺さないでも金を払うと言えば聞かない道理はない。人を殺すのが趣味じゃない限りだけど・・・
「いやあしかしこんな依頼は初めてだ。金の件もそうだが標的に雲の上まで運ばれるとはな」
「そのまま放っておいたらどうした?」
「ん?まあ何とかなるだろ・・・それともあれくらいで俺を倒せるとでも?」
具体的なやり方には言及しないがコイツならやりそう・・・やっぱりまともに戦わなくて正解だな
「まっ、貴重な体験が出来て満足だ・・・金も入ったしな。今後は標的にされねえようにするんだな・・・されたらまた俺が来るぞ?」
「気を付けよう・・・『高過ぎジャック』」
「切り過ぎ、だ・・・高過ぎってお前がやったんじゃねえか・・・まあいいや。それとエミリ・・・復讐したいのなら今のままじゃ無理だぜ?勘を取り戻したきゃ戻って来い・・・お前ならいつでも歓迎だ」
「黙りなさい・・・いずれ私が取りに行くまで・・・その首を洗って待っていなさい」
「おお怖っ・・・じゃあ俺はもう行くわ・・・ひとつ聞いていいか?」
「なんだ?」
「そいつらどうすんだ?」
そいつらとは親衛隊の事
今は大人しく正座してこれまでの事を深く反省している最中だ
100人以上の大の大人が正座している姿はかなり壮観・・・気になるのも無理はない
「それはこの者達次第だ」
「ふーん・・・あっそ。殺るのが手間なら格安で受けるぜ?エミリと久しぶりに競い合うのも悪くねえからな」
そう言ってチラリとエミリを見るが当の本人はそんなものに興味はなく殺意を込めてジャックを睨む
「要らんお世話だ・・・去れ」
「ハイハイ邪魔者は去りますよ・・・またな」
ジャックは振り返ると片手を上げてその手をヒラヒラさせながらこの場を去って行った
一時はどうなる事やらと思ったが案外あっさり引いてくれて助かった・・・でも最後の『またな』は誰に向けてなのか・・・復讐を誓ったエミリなのかそれとも・・・
「・・・あの・・・私達はどうなるのでしょうか?」
「好きにしろと言ったはずだが?条件を守ればな」
「・・・暗殺依頼を取り下げ・・・二度と聖女セシーヌ様に近付かない・・・」
「違う・・・セシーヌを悲しませない、だ」
「そ、そこが分からないのです!私達は決して悲しませたりは・・・」
アブールの発言にエミリの目が光る
あー、話が進まなくなりそうだから放置しておこう
「では今回の目的はなんだ?」
「・・・聖女セシーヌ様の解放・・・」
「このっ!ぬけぬけと・・・」
「エミリ!今は私が話している・・・邪魔をするなら外してくれ」
「・・・」
エミリの気持ちは分かるけど多分永久に分かり合えないから責めても無駄なんだよな
「しかしアブールとか言ったな?・・・私の耳にはかなり卑猥な言葉も届いていたが?セシーヌの解放の意味も分からないがその卑猥な言葉は必要なのか?」
「・・・死を覚悟する為の・・・自分を奮い立たせる為の言葉なのです・・・聖女セシーヌ様の為に死は覚悟の上・・・ですがいざ死を目の前にすると怖気付いてしまう・・・そんな時に自分の欲するものを口に出し勇気を振り絞っているのです・・・」
それが髪をくれや爪をくれになるのか・・・まあ分からんでもないが・・・
「それで?解放とは何からの解放なのだ?」
「・・・ローグ殿は聖女セシーヌ様の現状をご存知で?」
「・・・詳しくは・・・王都の教会にて怪我や病気を患っている者に治療を施す・・・くらいだな」
「ええ、概ねその通りです。そしてそれだけです・・・聖女セシーヌ様は・・・寄付金という名の金集めの道具にされているのです!」
「無礼な!セシーヌ様は・・・」
我慢出来なくなったエミリが叫ぶがそれを制するようにアブールではなくノーマンが立ち上がりいきり立つエミリに詰め寄る
「違うと言うか!?ならば答えよ!そこに聖女セシーヌ様の意志はあるのか?」
「当たり前だ!セシーヌ様は自らの意志で・・・」
「それは本当に自らの意志か?食卓にリンゴだけ並べられたら腹が減ればそのリンゴを自らの意志で手に取るだろう・・・しかし肉や魚が置かれていたら?」
「何を・・・」
「選択肢がなければ意志ではなく強制と同じだ・・・ちゃんと提示されているのか?他の生き方を・・・。聖女セシーヌ様は知っておられるのか?セシーヌとしてではなく普通に過ごすという事を」
「それは・・・」
「貴女も感じられているのでは?今回の旅で聖女セシーヌ様とご同行された貴女なら特に」
「・・・」
黙ってしまうって事は彼女も感じていたのだろう・・・セシーヌが今回のエモーンズへの布教活動を楽しんでいたということを
聖女としての役割を持って生まれたセシーヌにとって王都を離れることなど普通はないに等しい。なぜなら王都には聖女であるセシーヌに会いにわざわざ遠くから足を運んで来る人が大勢いるからだ
多額の寄付金を積めば話は別だが、それはセシーヌの意志ではなくあくまで寄付金を出してくれる人が居たらの話だ
「私達は・・・確かに周りから見たら褒められたものではない集団でしょう・・・ですが根底にある思いはひとつなのです・・・聖女セシーヌ様に自由を・・・ただそれだけなのです・・・」
「ならば解放とは・・・聖女であるセシーヌをただのセシーヌとして暮らせるよう仕向ける・・・そういう事か?」
「そうです。自由・・・とでも言いましょうか・・・とにかく私達は・・・」
「もういい・・・その気持ちは理解した」
て言うか最初から理解出来てた
決してセシーヌを傷付けないように武器を持たず、攻撃されてもセシーヌを追い求める姿に悪意はなかった・・・いや、怖かったけど・・・とにかく彼らにしてみれば僕らはセシーヌの鳥かご・・・高く飛び立つ事を邪魔する鳥かごなんだ
セシーヌと共に馬車に乗り話をしていると出てくる話はこの旅の事ばかり・・・エモーンズまでの道のりで何があったか、エモーンズでは何をしたか・・・王都に居る時の事は話さない・・・それもそのはず王都では来る人来る人の治療を行うだけの毎日・・・話す内容などありはしないから
「おお・・・それでは・・・」
「だが考えが足りな過ぎる・・・このような事をしてセシーヌが喜ぶとでも?侍女の1人が死に得た自由を受け入れるとでも?」
「ち、違う・・・あれは・・・」
「ジャックが勝手にやった事・・・そう言いたいのか?暗殺者を雇えば容易に想像出来たのでは?たとえ侍女が死ななくても私が死んでいたかもしれない・・・それでセシーヌは喜ぶとでも思ったか?それに君達が来たと知った時のセシーヌの顔・・・君達に見せてやりたい・・・恐怖に歪んだその顔はとても解放しに来てくれた者達を迎える顔ではなかったぞ?」
「それは聖女セシーヌ様が自由を知らないから・・・私達と共に来て自由を知ればきっと理解してくれるはず!」
「バカを言うな・・・それこそ選択肢のない強制ではないか。自由は与えられるものではなく自ら得るもの・・・そうじゃないのか?」
「くっ・・・知ったげな口を・・・」
「・・・そうだな・・・考えの押し付け合いはやめよう・・・大事なのはセシーヌの意志・・・であろう?」
「そうです!その為に・・・」
「必要ありません」
ここに存在しないはずの彼女の澄み切った声が親衛隊全員に響き渡る
アブール、ノーマン・・・そしてエミリ達でさえその姿を探して周囲を見渡すが誰も見つけられる事は出来なかった
「せ、聖女セシーヌ様!私は・・・」
「全てお話は聞いておりました。確かに周りから見れば私は聖気という名に縛られているように見えるかも知れません・・・あなた方の言うように自由などないように見えるかもしれません・・・ですがそれは私に限った事ではありません。人は誰しも使命を持って生まれてくる訳ではありません・・・が、中には使命を持って生まれてくる方がいらっしゃるのです。例えば物語に出て来る勇者様は魔王を討伐するという使命を持って生まれてきます。その勇者様をあなた方は不幸とお思いですか?」
「い、いえ・・・」
「私が勇者様と同じようにとは何ともおこがましいとは存じますが・・・少なからず私も勇者様のように使命を持って生まれて来たと思っています。私の能力・・・魔蝕を治療出来る能力で人を癒す事が使命であると」
「・・・聖女セシーヌ様・・・」
「・・・あなた方の行いは私を思っての事と理解しました。ですが、その行いのせいで尊い命が失われた事実を私は許す事が出来ません。本来ならこうしてお話する事も・・・ですが同じ過ちによりまた尊い命を失う事は決してあってはならない事です。なのでお願いです・・・もう私に・・・あっ!」
「?・・・聖女セシーヌ様?」
危ない危ない・・・セシーヌはもう二度と親衛隊と関わりたいとは思わないだろう・・・けど、それは少し勿体ない気がした。なのでちょっとここでセシーヌには退場してもらって・・・
「ローグ殿・・・セシーヌ様は・・・」
「あー、少し混乱しているようだ。続きは私が話そう。親衛隊・・・好きにしていいと言ったが今のセシーヌの話を聞いてどうするつもりだ?」
「・・・」
「・・・まあ、すぐに答えは出ないだろう。なのでひとつ提案がある」
「・・・提案・・・ですか?」
「親衛隊を続けろ」
「っ!?ローグ殿!」
「慌てるなエミリ・・・本当の親衛隊をって意味だ」
「本当の?それは一体・・・」
「セシーヌの意志は確認出来ただろ?自らの意志で聖女として生きている。なら親衛隊の役割はその意志を尊重するべきではないか?」
「意志を尊重・・・確かに・・・」
「が、セシーヌは侍女の死にひどく心を痛めている。当然だ・・・君達のせいで1人の人生が幕を閉じたのだから・・・セシーヌの意志とは真逆の事が君達のせいで生じてしまったのだ」
「・・・」
「このままでいいのか?セシーヌの中で親衛隊は無用の集団から敵対する集団となった・・・もう一度聞く・・・このままでいいのか?」
「て、敵だなんて・・・」「よくない!絶対に!」「ど、どうすれば許しを・・・」
「許しを乞えばいい・・・ただし許しを得るのは難しいだろう・・・君達を見ると彼女は侍女の死を思い出し悲しむだろう・・・だから許しを得るのではなく乞え・・・陰ながら彼女を守り続けるんだ・・・彼女が気付かないようにな」
「え?それではいつまで経っても・・・」
「当たり前だ。だから言ったろ?許しを得ようとするなと。なんだ?親衛隊とは見返りが必要なのか?さっきはご立派に『聖女セシーヌ様に自由を』と言っておいて結局は見返り目当てだったのか?」
「ち、違う!見返りなど・・・」
「なら彼女の笑顔を守る為にひたすら陰で彼女を守るんだ・・・それでこそ真の親衛隊じゃないか?」
「真の・・・親衛隊・・・」
「聖女である彼女には幾多の困難が待ち受けているだろう・・・王都には彼女を守る聖騎士がいて、彼女の傍にはエミリ他侍女達がいる・・・けど今日みたいに何が起こるか分からない・・・その時に備えて鍛え何としても彼女を守り抜く・・・命を懸けてな。侍女であった彼女の遺志を継ぎ陰ながら聖女を守る親衛隊・・・名付けて『聖女親衛隊』」
《そのまんまね》
うっさい
「聖女・・・親衛隊・・・」
「一生許しは得られないかもしれない。見返りもない・・・それでもやるのならやればいい・・・ただしやらないのなら・・・一生彼女に近付くな。視線に入るな・・・それが出来ないと言うのなら遠慮なく言え・・・私もどこまで上げられるか興味あるのでな・・・足元の地面を力の限り盛り上がらせてやろう」
「ひぃ・・・や、やります!やらせて頂きます!聖女セシーヌ様と関わりを持たない人生など意味はないですし・・・その・・・貴方の言う『彼女の笑顔を守る為に』という言葉・・・私達が求めていた親衛隊の姿そのものです!決して打ち上げられたくない訳ではありません!」
うん、怖いよな・・・自分でやってもちびる自信あるぞ僕は
「ローグ殿・・・その・・・勝手に・・・」
「なーに、大丈夫だ。セシーヌの承諾を得る必要は全くない。だってそうだろ?陰ながら・・・意味分かるよな?」
たっぷり殺意を込めて言ったら理解してくれたみたいで親衛隊達が慌てて頷く姿を見てエミリも渋々納得してくれた
これで一件落着・・・にしても暗殺者ギルドか・・・世の中にはまだまだ僕の知らない事が多くありそうだな──────




