194階 非武装集団
デバインの夜に炎の大蛇が舞い降りた・・・そんな都市伝説紛いな噂話はともかく、デバインでの一日が終わりまた王都へ向けての旅が始まった
そう言えばジヤン達が見送りに来てくれてその時に変な事を言ってたな
『最近この付近で非武装集団をよく見かける』
武装集団なら警戒もするが非武装集団なら特に気にする必要もなさそうだけど・・・気になったのは馬車の中でその話を聞いた時のセシーヌとエミリの反応だ
聞き取れるか取れないかくらいの小さい声で驚きの声を上げるセシーヌ・・・振り向くと少なからず動揺している彼女と眉間に皺を寄せているエミリ・・・はいつも通りか
とにかく『非武装集団』に心当たりがあるようだったけど、その場では聞く事が出来ずジヤン達に見送られて今は次の街を目指している
「・・・セシーヌ様、さっきの非武装・・・」
「ロウニール様!そう言えばデバインの街でお魚を食べたとか・・・あの街は他の港街と提携して魔法で凍らせた魚を仕入れているので新鮮で美味しいらしいのですがどうでしたか?」
「え?あ、はい、美味しかったです。それで非武・・・」
「私も外で食べてみたいです!いえ、教会の食事が美味しくないという意味ではなくやはり外で食べると楽しそうというか周りに知らない人がいてワイワイ食べるというのに興味があるだけでして・・・」
うん、何となく分かった
理由は分からないけど聞かれたくないんだな・・・つまり2人には『非武装集団』に心当たりがある、と
非武装か・・・あまり危険な匂いがしない感じだけど魔法使いの集団とか武闘家の集団ってのも考えられるしなぁ・・・
とにかく2人が反応するくらいだ・・・もしかしたら危険な集団なのかもしれない
僕も馬車の外で警戒した方がいいかも・・・後列の2人は離れてるしこの馬車と併走しているファーネさんは二日酔いで使い物になりそうないし・・・唯一頼れるのがジェイズだけじゃ心許ない
「セシーヌ様、僕もちょっと外で・・・っ!?」
そう言いかけた時に馬車が突然停止した
その勢いでセシーヌが前のめりに倒れそうになったので慌てて抱き留めるといい匂いと柔らかさと殺意が込められた視線が・・・殺意!?
「い、いや・・・エミリさんこれには訳が・・・」
「・・・セシーヌ様・・・やはり奴らです」
僕の言い訳を無視して馬車から顔を出し何かを確認するとエミリは苦虫を噛み潰したような顔で呟く
やはり?奴ら?・・・もしかして『非武装集団』?
「親愛なる聖女セシーヌ様!そこにいらっしゃるのは分かっています!今日こそその可憐なる乳房を拝見させてもらいますぞ!」
・・・は?
今なんて・・・
「私は爪の垢を!」「俺は汗を!」「だ、唾液を!」「小べ・・・ぶっ!」
次々に巻き起こる大合唱
卑猥な事を言おうとした奴は途中で強制的に止められたが、各々が声を荒らげて求める・・・セシーヌを
声の数からしてかなり多いぞ?
そう思って馬車から外を見た瞬間、言葉を失ってしまった
身の毛のよだつとはこの事を言うのだろう・・・毛が逆立ち穴という穴から冷や汗が噴き出してくるのが分かった
前方に道を塞ぐようにして立ち並ぶ集団・・・その数は100をくだらない
「な、なんですかアレ!てか今の今まで気付かなかった!?」
二日酔いのファーネさんや後ろの2人はともかく先頭を行くジェイズがなぜここまで気付かなかったんだ?
「アレは・・・」
「セシーヌ様が奴らの事を話す必要など・・・代わりに私が説明します。奴らは『聖女親衛隊』を名乗る屑共・・・いや、汚物共!影でコソコソ動きセシーヌ様に近付こうとする不届き者の集団・・・王都であれば聖騎士達に容赦なく撲殺されるはずなのですがどこで聞き付けたのか王都から出たセシーヌ様を追ってここまで来たようです」
「汚物・・・もしかしてかなりヤバい集団ですか?」
「セシーヌ様に触れる為なら命すら投げ出すほどに・・・」
それはヤバい
「てかジェイズさんは寝てたのか?ここまで近付けさせるなんて・・・」
「奴らの中には特殊な技・・・幻術魔法と呼ばれる幻を作り出す者がいると聞いた事があります。恐らくその魔法で幻を見せられここまでの接近を許したのでしょう」
スモークフラッグの煙みたいなもんか・・・にしても使い所が残念過ぎるな
「もしかしてあの中に結構手練とかいるんですか?」
「それは分からない・・・ただ屈強な聖騎士が手を焼いているとは聞いています。もしかしたら中にはそのような者もいるかと・・・」
「実力は未知数・・・しかも数はこちらの10倍以上・・・」
「油断した・・・最近は大人しくエモーンズに向かう途中は何も無かったのに・・・」
「お返事がないということは了承ということでよろしいですかな?」
「止まれ!近寄らば斬るぞ!」
見るとジリジリと距離を詰めて来ていた
ジェイズが剣を抜き相対するが多勢に無勢・・・さてどうするか・・・
「聖女様・・・許可頂ければ全員燃やしますけど」
僕が窓から顔を出して前を見ているとファーネさんが馬の上から窓を覗きセシーヌに尋ねた
そうだ・・・この護衛隊にはファーネさんがいる・・・いくら相手が実力未知数でもファーネさんなら・・・
「危険です。もし燃え上がった奴らが決死の覚悟で突撃して来たら・・・」
エミリさんの言う通りかも
全身火だるまになった奴らが一気に襲いかかって来たら木で出来た馬車に燃え移りこっちが危険に陥る
かと言って魔法を使わずにあの人数と斬り合いになったら何が起きるか・・・
「アタシ達が追い払います」
その言葉を発したのはシーリス
オドオドしたサマンサを連れて後ろの馬車に乗っていたシーリスが僕達の馬車を通り過ぎ塞がれた道に向かって歩いて行く
くそっ・・・その姿を見て少しカッコイイと思ってしまった
高級そうなローブをなびかせ、お揃いの杖を片手に歩いて行きそのまま馬から降りて剣を構えるジェイズの横に立つ
ここからじゃよく見えないな・・・僕も前に・・・うん?
馬車から出ようとしたけど服が何かに引っ掛かる。振り返り見るとセシーヌが震えながら僕の服の裾を掴んでいた
「セシーヌ様・・・」
「お願いします・・・ここに居て・・・下さい・・・」
恐怖で震えながら必死に声を振り絞るセシーヌ・・・いつも笑顔の彼女からは想像も出来ないほど恐怖に歪んだその表情を見て僕は馬車から出るのをやめて座り直した
「・・・ロウニール様はここでセシーヌ様とローグ様をお守り下さい。セシーヌ様・・・私達が決してこの馬車に奴らを近付けないので御安心を・・・」
エミリは立ち上がりセシーヌに向けて深々と頭を下げると馬車の外に出た
そして既に待機していた侍女達と共に奴らの元へ
「あーあ、エミリ達まで・・・こりゃ跡形も残らないわね」
ファーネさんが馬上から身を乗り出して窓にもたれ掛かると奴らに憐れみの視線を送る
「ファーネさんは行かなくて大丈夫なんですか?」
「ジェイズから待機命令が出たからね・・・まっ、確かに私が魔法を使ったら馬車に燃え移るかもしれないし馬が怯えて暴れるかもしれないし・・・大人しくここで見物ね」
火魔法か・・・他の属性に比べて殺傷能力は高いけど対象以外を傷付ける可能性が高い属性でもあるんだよな・・・言ってみれば諸刃の剣
さすがにまだ王都までの道のりは長いしここで馬車を失う訳にはいかないからファーネさんが出ないのは正解かな
にしても不気味だ・・・奴らの目的は分かったけど果たしてどう出るのか・・・まっ、ジェイズと宮廷魔術師候補のお手並み拝見ってところだな──────
「・・・エミリさん達まで来る必要ないのに・・・アタシ達だけで十分・・・ねえ?サマンサ」
「ア・・・アタシ達ですか?」
「当たり前でしょ?何の為に先生から魔法を習ったと思ってるのよ・・・こういう連中をぶちのめす為でしょ?」
「へ、平和的解決は無理なのでしょうか・・・」
「平和的・・・ねえ。もしかしたらアンタのオシッコをあげれば引き下がるかもよ?」
「オ!?・・・で、でもそれで引いてくれるなら・・・」
「いえ、そんな汚いもの必要ありませんが?」
「・・・」
穿いていた下着を脱ごうとまでしたサマンサに無慈悲な言葉を投げかけた『親衛隊』代表アブール
なけなしの勇気を振り絞って脱ごうとした下着をグイッと上げて提案してきたシーリスを睨むが彼女は既に次の行動に移っていた
「だと思った・・・まっアタシも話し合いで解決しようなんて全く思ってなかったし・・・」
「ヒ、ヒドイ」
「習った魔法を存分に使える機会なんて早々ないから・・・あまり早く逃げ出さないでね」
シーリスは持っている杖の先でコツンと地面を叩いた
すると親衛隊の目の前に2mを越える土壁が現れ彼らの行く手を遮る
「その壁を少しでも越えたら容赦なく埋める!」
たとえ何人だろうと撃退出来る・・・人間相手の実践に臆することなく杖を持ち待ち構えるシーリス
だが・・・初めての実践で彼らの相手は酷過ぎた
親衛隊・・・彼らが非武装である理由は聖女であるセシーヌを傷付けない為。そして・・・戦うわないから必要がない為である
「乗り越えて・・・ならっ!」
震える手を誤魔化すように力強く杖を握りシーリスが出した土壁をよじ登り降りてこようとしている者に向けた
一瞬の躊躇・・・だがすぐに唇を噛み締め魔法を唱える
「アースブレッド!」
土の弾丸が乗り越えようとした者を撃ち抜く・・・だが・・・
「止まるな!進め!聖女様はすぐそこだ!」
「・・・進め?・・・まさか・・・」
「シ、シーリスさん!上からも横からも・・・来ます!」
サマンサの言う通り壁を乗り越えようとしている者、壁を迂回する者が迫って来る
そこでようやく気が付いた
彼らは攻撃を仕掛けたシーリスを見ていない
シーリスどころかジェイズもサマンサも見ていない
見ているのはただ1人・・・視線の先にいるであろう聖女セシーヌただ1人
「コイツら・・・」
先程は『壁を乗り越えようとしている』という状況下で放った一撃。条件反射で出した魔法だった
だが今は気付いてしまっている
自分に殺意を向ける訳でもなく、ただ目標に向かって走っているだけの人間達である事に
その人間を魔法で狙って撃つのは戦いではない・・・ただの殺戮だ
「・・・と、止まりなさいよ・・・」
先程までの威勢は完全に消え、振り絞って膨らんだ勇気は音もなく萎んでいった
「ヒィ・・・こ、来ないでぇ!!」
サマンサが放ったウォータースピアは辛うじて奴らに向かうが当たらず
それでも近くを通り過ぎ普通なら身構えるはずが彼らにその兆候は見られない
まるで何事もなかったように聖女を目指しひたすらに駆ける
「・・・な、なら・・・」
もう一個壁を作るかそれとも宣言通り壁を越えた者を倒すか・・・迷っている間に奴らはすぐそこまで迫っていた
「今行きます!聖女さ・・・ま?」
シーリスを通り過ぎ、いざ聖女の元へ、と勇んだ男はシーリスを通り過ぎ難関は越えたと歓喜の叫び声を発する・・・が、もはや遮るものは何もないと考えた矢先に細切れにされその短い生涯を閉じた
「シーリス殿サマンサ殿・・・出来ないなら邪魔です」
2本の小剣を左右それぞれ逆手に持ち、平然と細切れになった肉片を踏み付けながら言い放つ
「絶対にここを抜かれないように・・・皆さん掃除の時間です──────」




