191階 謝罪という名の・・・
「ロウニールの『ドラゴンバスター』加入を祝して・・・俺の奢りだ!ジャンジャン飲んでジャンジャン食べろ!無礼講だ!」
ゲイルさんのその一言は広い店内を埋め尽くす冒険者達を大いに盛り上げた
店員さん達が一時も止まることなく動いても全然足りない速度で料理や飲み物は消費されていく
店内でこの状態だきっと厨房は戦争状態だろうな・・・
「おうロウニール!飲んでるか?」
「ゲイルさん・・・大丈夫ですか?この勢いだと結構お金が・・・」
ボーッと眺めていたら突然後ろから髭攻撃が・・・振り向くと何故か既に出来上がっているゲイルさんがいた
「んなもん・・・足りなきゃ皿洗いすりゃいいだろ」
おい
「冗談だよ・・・お前と行ったドラゴニュートの討伐報酬も丸々残ってるし今日もだいぶ稼いだ・・・少しくらい使っても土下座すりゃ何とかなるさ」
「土下座?誰にですか?」
「あん?カミさんにだよ。財布の紐握られちまってるからな・・・後で大目玉食らうのは確実・・・まっ、こんな時に使わねえでいつ使うって話だろ?」
「そ、それはそうかもしれませんが・・・それよりも・・・ゲイルさん結婚してたんですか?」
「・・・悪ぃか?」
「いや悪くはないですけど・・・勝手に独り身だと思い込んでました」
何となく生活臭が見えないって言うか・・・1人で酒瓶抱いて寝ている姿が似合いそうって言うか・・・
「馴れ初め・・・聞きてえか?」
「いえ特に」
「あれはな・・・俺がドラゴニュートを見て逃げ帰った後・・・」
今僕断ったよね?なんで語り出してんの??
「慰めてくれた女性が今の奥さんですよね?もう何度も聞きましたって」
「てめえマクト!俺はロウニールに・・・」
「ハイハイ・・・ほら、入口で手招きしている人がいますよ?行かなくて良いんですか?」
「あん?誰・・・・・・悪ぃロウニール・・・ちょっと行ってくるわ・・・」
そう言ってゲイルさんは酔って紅潮した顔を青ざめさせうつむき加減で店の入口に行き割腹のいい女性に首根っこ掴まれて外へ連れ出されて行った
多分あの女性が奥さん・・・結婚って大変だなぁ・・・
「良かったっすね!あの話は長いと1時間くらい掛かりますから・・・ところで飲んでます?」
さすがに他人の馴れ初め話に1時間は苦痛だな・・・ある意味ゲイルさんの奥さんは救いの女神だ
「明日は朝早いし程々にね」
「あっ・・・そう言えば明日街を出るんでしたっけ・・・」
「うん・・・そうなんだ」
何故かしんみりとしてしまう2人・・・周りは騒いでいる中でこの空間だけお通夜状態になってしまう
「・・・寂しいっすね・・・今日が楽しかったから尚更・・・」
「楽しかった?ダンジョンが?」
「ええ・・・駆け足だったけどロウニールさん・・・俺達に気を使ってくれてたでしょ?誰が倒せば効率が良いとか立ち位置なんかも常に気にしたり・・・なんかすげえ自分が強くなった気になって・・・でも思い返せば全部ロウニールさんが上手く回してくれてたんだなって・・・」
気付いたのか・・・まあほとんどダンコのおかげだけどね
魔物の特徴やマクト達の戦闘スタイルを見て瞬時にどう動けば効率がいいか教えてくれてたからそのままマクト達に伝えただけ・・・ダンコとしてはなるべく他のダンジョンで僕のマナを使わせたくなかっただけだけど・・・
「すげえ戦いやすかったっす。31階って結構俺にはギリギリなのに余裕すら感じるほどに・・・まあロウニールさんと組合長が居るってだけで余裕なんっすけどね・・・でも自分もやれるって・・・そんな気になったっす」
「マクトは強いよ・・・戦い方も新しいし・・・」
お世辞じゃなくて本当に強いと思った
近接魔法使い・・・自分も傷付く覚悟はいるけど強力な魔法を必中に近い形で放てるのはデカい。下に行けば行くほど遠距離からの魔法を躱す魔物も増えてくるし・・・
「そうすっか?へへっ、ロウニールさんにそう言われると自信になるっす。この街に来た甲斐があったってもんっすよ」
この街に来た・・・そう言えばマクトは別の街からカルオスに来たんだっけ
「どうしてこの街に?」
「あー・・・よくある話っす・・・」
マクトはカルオスの先にあるデバインという街で冒険者をしていた。その街では領主と衛兵、それにギルド長がグルになり冒険者から金を巻き上げていた・・・いわゆるリベートってやつだ
冒険者は当たり前のようにリベートを払い、払わなければ陰湿な嫌がらせを受けるのだとか
中にはそれが原因で牢屋に入れられたりする冒険者も・・・
よくある話・・・なのか?
そういう時の為に組合があるのでは?と思ったけどさすがに街の権力者が相手だと組合も意味をなさず長い物には巻かれろ的な感じで泣く泣くリベートを支払い続けていた
マクトも内心では強制的に払わされる事に腹を立てていたけど周りに合わせて支払っていた・・・ある事件が起こるまでは・・・
「黙って言う事聞いているから調子に乗ったんでしょうね・・・段々奴らの態度はエスカレートしていって・・・俺は孤児だったんで問題なかったっすけど両親がいる奴らなんかは『逆らえば両親の仕事がなくなるぞ』なんて脅されたりして・・・ある時弱味につけ込んで衛兵達が同期のダチを路地裏に連れ込もうとしてたのを見てカッとなって・・・やっちまいました」
うん・・・それはやるな・・・僕でもやる
「一応喧嘩って事で処理されて俺も罰を受けなかったんっすけど・・・そっからえげつねえイビリが始まりましてね・・・精神的に参っちまいまして逃げるようにこの街に・・・」
「なるほど・・・でもよく捕まらなかったね・・・喧嘩で処理されても一方的にマクトが悪者扱いされて普通なら逮捕されそうだけど・・・」
「奴らも自分らのやってる事がどんな事か分かってるんっすよ・・・下手に捕まえれば上にバレる・・・多分そう考えて事件にせず虐めて追い出した方がいいって判断したんでしょうね・・・まんまと俺はやられたって訳っす」
僕がギルドに顔出した時にマクトが絡んで来た理由が分かった・・・にしてもよくある話か・・・
「俺に直接来るんならまだしも奴らは俺のダチをターゲットにして・・・だから俺は・・・」
「上・・・例えば王都に手紙を書くとかしたらダメかな?」
「無理っすね。手紙や直接訴えに何度も行ったみたいですけど変わらず・・・結局握り潰されて終わりっす。誰に言えばいいか分かんないですしたまたま奴らと繋がりのある人に届いちまったらそれこそ・・・」
告発した人の身が危ない・・・か
せめて誰が味方になってくれるか分かれば・・・セシーヌなら味方になってくれそうだけど彼女そういうの疎そうだし・・・
どこまで腐っているか分からないから下手に手を出すとマクトの言う通り正してくれる人に届く前に闇に葬られ告発した人もまた・・・もしかして王様もそういうのを容認していたとしたら訴えるだけ無駄になる
ムルタナの時はたまたま総ギルド長がそういう行為を許さないって感じだったから上手くいったけど、もし総ギルド長が悪の元締めみたいな感じだったら僕もヤバかったかもね
一部が腐っているのか国自体が腐っているのか・・・
そんな時にふとレオンの事を思い出す
『タートル』のやろうとしていること・・・もしかしてそういった国を変えようと?・・・それでも『タートル』のやっていることは許されることじゃないけど・・・
「せっかくの機会なのに暗くなっちまったっすね・・・どうでもいい過去の話なんてやめて楽しい話をしましょうよ!」
「だね」
笑顔で酒の入ったグラスを差し出されると僕は自分のグラスを軽く当てて中のものを飲み干した
無理に作った笑顔
残った知り合いの事を考えると心から笑う事なんて出来ないのだろう
《ロウ・・・アナタにお客さんよ》
ダンコの声に反応して何気なく店の入口を見た
すると予想外の人物が入口に立ち店内を見回している最中だった
「・・・ファムズ?」
僕が名を呟いたタイミングでファムズはお目当てのものを見つけたらしく彼の影に隠れていたデクトに声を掛け近付いて来た
そう・・・お目当てのものとは僕・・・
「アイツら!」
「大丈夫・・・さすがにこの状況で喧嘩売るほどバカじゃない」
仕返しに来たと勘違いしたマクトが勢いよく立ち上がり拳を握るが仕返しはないだろう・・・多分・・・
「・・・ロウニール・・・」
2人が神妙な面持ちで僕の前に立ち何か言おうとモジモジしている
マクトは2人を睨み、他の人達も気にしてかチラチラとこちらの様子を伺っていた
そんな中でファムズが信じられない事を口にする
「・・・さっきの件・・・なかった事にしてくれねえか?俺達はお前に殴られなかった・・・いや、今日は一切会ってない事に・・・それを聖女様とローグ・・・様に・・・」
《呆れた・・・この人間共はとことん腐ってるわね・・・もう殺せば?》
まさか酔っ払っているダンコの言葉に同意する日が来るとは・・・
まだそこまで飲んでないからまともに話せてはいるが思考回路は酔いのせいか極端になっているダンコ・・・でもその意見には概ね賛成だ
コイツらは腐ってる
「・・・何故ですか?」
「何故って・・・俺らは被害者なんだぜ?それをなしにするって言ってんだ・・・理由も何も必要ねえだろ?」
「ならその話はなかった事に・・・別に先輩方を殴った事で咎められても構いませんので。なかった事にするって事は先輩方の冒険者に対する暴言もなかった事になるって事でしょ?理由もないのにそれは虫が良すぎはしませんか?」
「うぐっ・・・いやでもほら・・・これからまだ王都へ行くのに同じ護衛隊として・・・」
「僕は同じ護衛でも先輩方と護衛対象は異なります。なので今更チームワークなど必要ないかと」
「ロウニール・・・てめえこっちが下手に出りゃ・・・」
「デクト先輩・・・いつファムズ先輩が下手に出たんですか?『なかった事にしてくれ』って事が下手に出てるとでも?何故かは言ってくれませんでしたが、大方聖女様に僕が悪者になるよう嘘をつき、それを見抜かれたからなかった事にしようとしている・・・そんなところでしょう?ついでにローグさんが何故王都に行くのかも聞いたから取ってつけたように様呼びして・・・透けて見えるんですよ・・・先輩方の思考なんて」
コイツらがこの短期間で改心するはずがない。けどさっきの事をなかった事にしたい理由なんてたかが知れてる・・・シャドウセンジュが扮しているローグは部屋から一歩も出ていないはずだからコイツらが店にまでわざわざ来てそんな事を言う理由としたらセシーヌくらいだろう。見え透いた嘘をつき『真実の眼』で看破され僕に泣きついて来た・・・んで謝るのは癪だから恩着せがましく『なかった事に』か・・・呆れを通り越して笑えてくる
「ぐっ・・・そもそもお前が衛兵でありながら冒険者なんかの肩を持つから・・・」
「冒険者なんか?よく言えますね・・・この人数の冒険者の中たった2人の衛兵がそんな発言して無事でいられるとでも?」
デクトの発言を聞いてみんなが手に持っていた皿やコップをテーブルに置き立ち上がる
「なっ・・・お、お前も衛兵だろうが!コイツらと知り合いなら何とかしろ!」
「何言っているんですか?僕は今・・・この街の組合『ドラゴンバスター』の一員ですよ?その僕がなんで冒険者を貶した人を助けなきゃならないんですか?」
「このっ・・・ま、待てお前ら・・・俺達に手を出したらどうなるか・・・」
「なーに別に手荒な真似はしません・・・ただ冒険者なりの歓迎の仕方をするだけです・・・さあ一緒に飲みましょう先輩方・・・お2人が言う冒険者なんかがどんなものか一晩で教えてあげますよ──────」




