188階 喜び
あれから大変だった
すぐにセンジュを呼び何があったのか根掘り葉掘り聞いてみた
簡単に言うと嫉妬だ
どうやらあの2人はセシーヌのファンらしく、セシーヌと談笑する僕に嫉妬したらしい
それで路地裏に連れ込みグチグチと説教し挙句の果てに手を上げられそうになったのでセンジュは確認したらしい・・・殺していいかと
その辺の倫理観をしっかりと教えつつデクト達がいるであろうテントに戻るとまた問題が起きそうなので宿にいるよう伝えて僕はダンジョンへ
スラミは僕を見つけるとこれ幸いとダンジョンの修復を頼んできて仕方なく壊れた部分の修復をして、それが終わると次は念の為に魔物の補充をしておいて欲しいと言われて結局朝まで魔物を創る羽目に・・・
くそっ・・・これも全部あの2人のせいだ・・・センジュにあの2人だけは殺していいと伝えてやろうか・・・
宿に戻るとすっかり朝日が上り、宿屋のすぐ近くに設置されたテントは既に片付けられていた
「まずい・・・多分ロウニールが居ない事はとっくに気付いているはず・・・どう言い訳するべきか・・・」
《そんなの簡単じゃない・・・この一行で誰が一番偉いの?》
「そりゃあセシーヌ・・・そうか・・・」
全ての事情を知るセシーヌならロウニールが護衛をサボって夜中どこかに行っていたとしても何とかとりなしてくれるはず・・・問題はどこに居たことにするかだよな・・・
その前にセシーヌに今の状況を説明しなきゃ・・・でも常にエミリが近くに居るし・・・うーん・・・
《何を悩んでいるの?》
「いや・・・どうやってセシーヌに頼もうかと・・・」
《別に・・・ローグとして頼めばいいんじゃない?》
「え?どうやって?」
《難しく考える必要ある?ローグとロウニールが知り合いなのは周知の事実だし『眠くなかったから部屋に呼んで朝まで話をしていた』でよくない?》
それもそうか
正体を明かす訳でもないし下手にエミリの前だからと言って隠すと変な勘繰りをされるかもしれないし・・・だったら普通に言えばいいだけ・・・さすがダンコ
すぐにセシーヌを訪ねダンコの言った通りに話すと察してくれたセシーヌは僕の代わりにジェイズに説明してくれて更にロウニールをローグ専属の護衛にと言ってくれた
本来護衛は聖女であるセシーヌを護る為だけど、その護衛対象から言われたらジェイズも断る事が出来ず結果ロウニールに扮したシャドウセンジュはローグ専属の護衛になった
初めからこうしてれば・・・でも自分を自分で護衛するなんて発想は普通浮かばないから仕方ないか
なんだかんだあったけど無事にムルタナから出発
ラル達が見送りに来てくれて手を振るラルに手を振り返す際に見たムルタナは何となくだけど以前より活気があり発展しているように見えた
今回は目的があったからゆっくり出来なかったけど今度時間を取って来ようかな・・・バデットや村長・・・それに新しく来たギルド長に会いに・・・
馬車は再び王都を目指して走り出す
僕が寝ていない事を知ったセシーヌは気を使って『ゆっくりして下さいね』と言ってくれたからお言葉に甘えて仮面の下で目を閉じた
馬車の細かい揺れが心地好くぐっすりと寝てしまったようだ。馬車が止まった事により目を覚まし薄らと目を開けると僕を覗き込む人影が・・・そういえば後頭部が妙に柔らかい・・・座って寝ていたはずなのにいつの間にか横になってたみたいだ・・・って事は誰かに膝枕されてる?もしかしてセシーヌ!?
エミリに殺されると思い焦って目を見開きその人影を確認するとニヤケ面の僕が僕を覗き込んでいた
「あ、おはようございますマッブッ!」
ニヤケたままの顔で『マスター』と言おうとしている事に気付き起き上がりがてら頭突きをお見舞いしておいた
コイツはもう少し教育しないとダメだな・・・簡単に人を殺そうとするし僕をマスターと呼ぼうとするし・・・でもなんで僕はセンジュの膝枕で寝てたんだ?確か出発した時は馬に乗ってたはずなのに・・・
「ふふっ・・・ようやく起きましたね。うつらうつらとされていたので膝をお貸ししようとしたらエミリに止められまして・・・それならばとエミリにお願いしようとしたのですが断られてしまったのです。それでお暇そうにしていたロウニール様に膝枕を・・・」
お願いした、と
絵面的には自分に膝枕されていたって訳か・・・しかもニヤケ面の
なんでニヤケていたのかはさておき相当きつい絵面だな・・・常に無表情のエミリが笑いを堪えているのがその証拠だ
「・・・少し外の風に当たってくる」
「それでしたら私も・・・」
「いや、すぐに戻って来るからここに居てくれ」
セシーヌについて来られたら何の為に外に出るのか分からないからな
立ち上がり馬車の外に出るともうすっかり日は落ちていた。どうやら馬車が止まったのは休憩と思っていたけど野営の為らしい・・・どんだけ爆睡してんだ・・・しかもシャドウセンジュの膝の上で・・・
なんだかとても切ない気持ちになりながらテントをせっせと設営するジェイズ達から離れ人気のないのを確認するとダンコに声をかけた
《・・・なによ》
「いや、セシーヌから離れないと暇だと思って・・・」
セシーヌの『真実の眼』で見られないよう隠れているダンコ・・・そういえば隠れるってどうやって隠れているんだろ?
《別に・・・おかげで色々と知る事が出来たわ》
「知る?何を?」
《色々、よ。それより本当は聞きたいことがあるんでしょ?》
「んーまあ・・・ちょっと気になっただけなんだけどね。言い難いって言うかなんと言うか・・・」
《はっきり言いなさいよ》
「・・・実はさっきまで・・・シャドウセンジュの膝の上で寝てたんだけど・・・」
《え・・・気持ち悪っ》
「言うな!・・・でさ・・・その時のシャドウセンジュが・・・その・・・僕の顔を見てニヤケてたって言うか・・・」
《更に気持ち悪っ》
「・・・」
《冗談よ・・・で?》
「シャドウって・・・メス?」
《はあ?シャドウに性別なんてないわよ・・・魔物で性別がある魔物は限られてるわ。しかも人間みたいに男と女って感じで分かれてないし・・・》
「え?そうなの?」
《そうよ。例えばゴブリンは男だけ・・・みたいなね。ゴブリンの女って見た事ないでしょ?》
言われてみれば・・・見た事ないな
「じゃあどうやって増えるの?まさか人間の女性を・・・」
《まあそれもあるわね。でも実際は創れるからそういった行為で増やす必要がないのよ・・・だから生殖機能は人間ほど発達してないから出来にくいかもね》
なんだか生々しいな
「話が逸れたけど・・・じゃあシャドウセンジュが僕の寝顔を見てニヤけてるたのは変な意味はないって事か・・・」
《寝顔も何も仮面つけてたら見えないでしょ?それに変な意味って何よ?》
「いやほら・・・恋愛感情的な・・・」
《・・・ハア・・・そんな感情ある訳ないでしょ?アナタはシャドウのマスターなのよ?言わば主従関係・・・恐らくニヤケてたのは嬉しかったのよ》
「嬉しかった?」
《アナタの役に立っている事が、ね。人間はどうか知らないけど魔物はマスターと認識している者の役に立つのが至上の喜びなのよ。例えどんな事だろうと・・・だから殺されようが何されようがマスターには絶対服従なの》
「家出はするのに?」
《家出も服従の証よ。何の為に外に出ると思ってるの?》
マナが足りなくて・・・そうか・・・マスターの為にマナをかき集めに外に出るんだから確かに服従の証かも・・・
「役に立つ事が至上の喜び・・・か。じゃあ逆に最も嫌う事は?」
《ないわ》
「え?」
《強いて言うならマスターの言う通りに出来なかった時かしら・・・ほら、『宝箱を絶対守れ』みたいな命令だと守れなかったら悔しいでしょうね》
・・・なんだか魔物が可哀想になってきた・・・
《もしかして憐れんでる?やめてよね・・・人間とそもそも価値観が違うんだから・・・》
価値観が違う・・・か
魔物は魔物・・・使ってこそ意義がある・・・でも僕は・・・
《・・・アナタは信じてくれるだけでいいのよ・・・命令して信じてくれれば・・・それに魔物は応えるだけ・・・信じてくれれば・・・人間にとっては悲劇も喜劇になる・・・それだけよ》
信じるだけでいい・・・か
「魔物って・・・難しいんだね」
《そう?人間よりよっぽど単純だけどね・・・さっ、そろそろ戻らないとかなり大物をひねり出してると思われるわよ?百年の恋も冷めるほどのね》
どんな大物だよ・・・って確かにセシーヌにはすぐに戻ると言って来たからな・・・早く戻らないと心配して探しに来てしまうかも
「・・・モテる男はツラいな」
《やめてよ・・・笑い殺す気?》
「・・・」
馬車での旅は欠伸が出るほど順調で退屈なものだった
ムルタナを出て何のトラブルもなく四日間・・・もっと何かしらのトラブルが起きるかもと思っていたけど何事もなくある街に着いた
懐かしの・・・カルオスの街に
この街ではシャドウセンジュと交代し僕はロウニールに、センジュはローグになる事にした
馬に乗るより馬車の方が圧倒的に楽だけど馬車の中ではあまり動けないし体が鈍ってしまう・・・だからセシーヌに無理言ってカルオスでは二泊する事にしてもらった
夕方に到着したのでその日はカルオスにある教会で一泊・・・そして今日は一日自由時間・・・当然行く所は決まっていた
「おい!どこに行くんだロウニール!」
「・・・ローグさんから許可は貰っていますよ?デクト先輩」
「こいつっ・・・調子に乗りやがって・・・」
「やめとけデクト・・・コイツにちょっかい出すとまたあの仮面野郎が突然現れるぞ?」
「・・・ああ、そうだったな・・・何せ相思相愛だもんな・・・仮面野郎はコイツを助け、コイツは仮面野郎に膝枕してニタニタと笑うってか?道理で聖女様に靡かねえと思ったらそういう事かよ」
「・・・え?」
「とぼけんなよ・・・いい趣味してるぜ・・・どうせ仮面野郎が同伴してんのもお前が聖女様に頼み込んだんだろ?」
コイツら何言ってんだ?ローグは叙爵式に出る為に・・・もしかして・・・コイツら知らないのか?ローグが伯爵位を得ることを・・・
思い返してみればそうだよな・・・コイツらローグを呼び捨てにしたりしてたし・・・一応まだ爵位を貰う前だからとも思ったけど王都に着けばすぐに伯爵になる人物にわざわざ恨みを買うような奴なんていない・・・衛兵なんて家柄がよっぽどいい人じゃなければ伯爵の一言で余裕で首が飛んでしまうだろうし・・・
「ねえ先輩方・・・ローグさんが一緒に来ている理由・・・本当に知らないんですか?」
「だからお前が連れて来たんだろ?大方聖女様の護衛が務まるか不安だったから一緒に来てくれって泣きついた・・・そんなところか?」
「良かったな・・・頼もしい護衛が一緒に来てくれて・・・まあ護衛の護衛なんて聞いた事もねえけどな」
そう言って2人は僕を指さして笑っていた
そうか・・・知らないのか・・・そうかそうか・・・
「忠告しておきますよ・・・ローグさんが王都に行く理由・・・調べない方がいいですよ──────」




