186階 チェンジ
王都への旅路の隊列はいつの間にか固定されていた
先頭にジェイズ、続いて二番目の馬車を挟むように僕とファーネ、そして殿にデクトとファムズだ
時間が経つと徐々に馬の扱いにも慣れてきて馬車と併走しながらセシーヌと話していても余裕になってきた
王都へは平坦な一本道・・・急ぐ旅でもないから馬車の速度も比較的遅いのもあってセシーヌと色々話す事が出来た
「そうですか・・・やはり無理されていたのですね・・・果実のハチミツ漬け・・・」
「ええ・・・食べれはするのですが好んでは食べないですね」
「では果実はそのままで食べる方が?」
「ですね。そのまま皮を剥いて・・・・・・」
「どうしました?」
「いえ・・・エモーンズを出てから結構時間が経ったと思うのですが何もないのが逆に気になってしまって・・・」
サラさんを護送している時にも思ったんだけど・・・平和だな
まあ魔物はダンジョンブレイクが起きない限り外には出ないし野盗もいるらしいけど護衛がいる馬車は襲わないだろうし・・・護衛の役目はぶっちゃけ護る事よりも抑止力なのかもしれないな
「そうですね・・・まだ魔物も溢れかえっておりませんし、この辺は比較的治安も良く・・・ロウニール様?」
「えっと・・・セシーヌ様・・・『まだ』魔物もってどういう意味ですか?」
『まだ』という言葉に違和感を覚えた
『まだ』・・・つまり『いずれ』魔物が溢れかえる??
「ええ。歴史書がそれを記しております。『魔王が復活せし時、魔物が巷に溢れかえり人々を襲う』・・・ほとんどの歴史書はこのような件から導入されますが・・・ロウニール様は歴史書を見た事がありませんか?」
「あ、ありません・・・その歴史書には何が記されているのですか?」
「その時その時の勇者様の軌跡が記されてます。魔王が復活し、この世界が混沌に陥る中、勇者様がどのようにして魔王を討伐されるか・・・もちろん歴史書なので勇者様の活躍ばかりを記しているのではなく何が起きたかに重きを置いていますが・・・」
あの本と同じ?
でも妙に気になる・・・まるで勇者が必ず勝つような口ぶり・・・あの本では勇者が勝ったり魔王が勝ったりしていたのに・・・
魔王が復活したら魔物が溢れかえるってのも気になるし・・・セシーヌが嘘をついているとは思えない・・・となると・・・
僕が魔王を創ってしまったら魔物がダンジョンの外に出てしまう?でもそんな事ダンコは一言も・・・
もしそうなら魔王を創るのはやめといた方がいいのかな?でも僕が創らなくてもいずれは他のダンジョンが創るだろう・・・それならいっそう僕が創って管理した方がいいのかな?
「ロウニール様?」
「え?あ、すみませんちょっと考え事してて・・・」
「考え事ですか?」
「え、ええ・・・勇者が魔王に負けたらどうなるんだろうって・・・」
「ふふっ・・・勇者様が負ける事はありませんよ?」
どうしてそう言い切れるんだ?勇者はそれだけ特別って事?魔王だって負ける為に生まれてくる訳じゃないし・・・
「それに勇者様が負ける事があれば人類は滅亡してしまいます・・・勇者様以外魔王を討伐出来る方はいないのですから──────」
しばらく進むとジェイズが馬上から停止を指示する
何事かと思ったらどうやら休憩時間のよう・・・僕達と馬の水分補給や食事を取るためだ
僕達衛兵は急いでテントを組み、そのテントにセシーヌ達を案内すると次に食事の準備・・・意外にも?ファーネは料理が得意らしくセシーヌ達の料理は彼女が担当し侍女達がそれを手伝う
僕達男連中は馬の世話をして交代で見張りをする事に・・・最初の見張りはデクトとファムズが担当する事になりようやく僕もひと息つく事が出来た
「ダンコ」
トイレに行くと言って少し離れた場所でその名を呼ぶとまるで寝起きかのような声で返事が返ってくる・・・もしかして本当に寝てたのか?
《・・・なに?》
「魔王が創られると魔物がダンジョンから出るの?」
《何それ・・・魔物が魔王に反旗を翻すって事?》
「いやそうじゃなくて・・・セシーヌが魔王が復活すると魔物が巷に溢れかえるって・・・」
《ああ・・・そういう事ね。魔王が復活したら力ある者は誰もが自分が勇者だって勘違いするのよ・・・それでダンジョンがおざなりになる・・・それで各地でダンジョンブレイクが起きるわけ》
なるほど・・・確かに魔王が出現しているのにダンジョンどころじゃないわな・・・でも・・・
「その各地のダンジョンももうマナを集める必要がないんじゃないの?だって全部のダンジョンの最終目的は魔王でしょ?」
《それもそうね・・・もし私が他のダンジョンに先を越されたら・・・・・・それでも魔物を創り続けるかも・・・他にやることないし》
なんだそれ・・・待てよ・・・魔物を創り続ける・・・僕達のダンジョンみたいに待機所ないし冒険者も魔王討伐に目がいって来ない・・・ダンジョン内は魔物が飽和状態に・・・魔物達の不満が爆発・・・ダンジョンブレイク!?
「それなら魔物も溢れかえるかも・・・あっ、それと勇者って必ず勝つの?」
《はあ?そんな訳ないじゃない・・・勝つか負けるかなんてその時次第・・・当たり前でしょ?》
だよな・・・魔王だってわざわざ負ける為に生まれてくる訳じゃないだろうし・・・でもセシーヌはやけに自信満々だったし・・・うーん・・・
歴史書・・・か・・・王都に行ったら見てみるか・・・それを見て判断しよう
ダンコとの会話を終え、休憩地点に戻るとジェイズが待ち構えていた
まさかトイレが長過ぎるとか言われるのか?・・・と思ったけど違った・・・
「ロウニール・・・少しいいか?」
「はい」
「・・・聖女様と少し近過ぎやしないか?確かに馬車に揺られるだけでは暇だ・・・手持ち無沙汰になられているのは分かる・・・が、君の仕事はあくまで聖女様の護衛・・・話に夢中になり周辺への警戒を怠るのはどうかと思うぞ?」
「あ・・・すみません。以後気を付けます・・・」
「わ、私が言ったと言うなよ?あくまでも自分で考え職務を全うすべく・・・」
「ジェイズさん!交代の時間です」
「あ、ああ!今行く!・・・分かったな?あくまでも自分から、だそ?」
デクト達と交代する時間になり僕とジェイズが見張りをする事に・・・と言ってもセシーヌ達が休憩しているテントの周りに立って周囲を警戒するだけ・・・見晴らしがいい場所なので何かが近付けばすぐ分かるし特別警戒する必要もなさそう
ただ護衛の人数がギリギリの為に僕の休憩時間なんてトイレくらい・・・ご飯も昼は食べれないし・・・肉体的よりも精神的に疲れそうだな
そんな事を考えながらボケーっと突っ立ってるとセシーヌがテントから出て来てエミリを従え僕の方へ歩いて来た
チラリと離れた場所で見張っているジェイズを見ると・・・めっちゃ睨んでるよ・・・僕の事を
「ロウニール様!お疲れなのでは?もし良かったら共にテントで・・・」
「い、いえいえ職務中ですのでお構いなく・・・」
「そうですか・・・ファーネ様が作って下さった料理・・・とても美味しかったのですがお持ちしましょうか?」
「いえ、職務中ですので」
「でも・・・お腹空きませんか?」
「空きま・・・職務中ですので」
正直お腹空いた
でもそれよりもジェイズの視線が痛い・・・
「あーなるほど・・・ジェイズ様に何か言われたのですね?」
僕が答える度にジェイズの方を見ていたのに気付いたセシーヌは状況を飲み込むと顎に手を当て何かを思案しているようだった
そして・・・
「エミリ、先にテントへ戻って下さい。私は少しロウニール様とお話があります──────」
「それでですね、エサをあげていた猫を飼いたいとお父様に言ったのですがダメと言われてしまって・・・しばらく外で私の食事の残りを・・・」
「そうか・・・セシーヌは猫好きなのだな」
「ええ、とっても。もちろん犬も好きですよ?でも猫の方が好きです」
ああ・・・視線が痛い・・・
今度の視線はジェイズではなくエミリだ
まあそりゃあ休憩するまで一言も喋らなかった奴がいきなりセシーヌと楽しげ?に話してれば怪しんで睨みたくもなるわな
一体どういう状況かと言うと・・・僕の受け答えと視線で全てを察したセシーヌがこう提案した
『ローグ様とロウニール様・・・入れ替わること出来ませんか?』
一瞬なんの事か分からなかったけど、要はシャドウセンジュがロウニールとなり、僕がローグとなるって事
まあ馬に乗って馬車の横を走るだけだからシャドウセンジュにも出来そうだけど・・・と、軽い気持ちで承諾しテントを片付けている時に人目を盗んで早変わり・・・こうして僕はローグとしてセシーヌと馬車に乗り、シャドウセンジュは僕の姿に変身して外で馬に乗っている
馬車に乗っているだけだから楽だ・・・と思ったらセシーヌの隣に座るエミリの視線が痛い・・・痛過ぎる
ジィーっと僕を見つめるエミリの視線を気にしつつセシーヌと会話する・・・ロウニールとしてセシーヌと話すとジェイズに睨まれ、ローグとしてセシーヌと話すとエミリに・・・一体僕はどうすりゃいいんだ!?
「・・・ん?」
セシーヌの話を聞きながら表向きは平然としつつも頭を抱えていると馬車が急に停止した
「あら?着いたようですね」
着いた?王都に?・・・ってまだ初日だし王都まで1週間以上かかるからそれはないか・・・となると・・・
「ここは・・・」
窓から外を眺めると見覚えのある光景・・・エモーンズから王都に行くにはふたつのルートがある。ひとつはケセナの村を通るルート。もうひとつは・・・
「・・・ムルタナ・・・」
どちらかと言うと王都への最短ルートはケセナを通るルートだ。なのにムルタナの方を選択したってことは・・・
「ふふっ・・・馴染みのある方がよろしいかと思いまして・・・」
どうやらセシーヌがルートを指定したようだ
ムルタナか・・・久しぶりにラルに会いに行くか──────




