170階 陰謀
カルオスへの旅は思いの外快適だった
ファーネやゲッセンが私を気遣い、辛そうに見えたらすぐにタンブラーに言い馬車を止める
食事も他の衛兵達と変わらぬものをくれ、水分補給も十分にさせてくれた
問題は生理現象・・・今はファーネがいるから問題ないがカルオスに着いてからはバクアート子爵の私兵が私を護送する・・・食事は何とか我慢出来るが生理現象に関しては不安でいっぱいだ
牢から出るのは生理現象の時のみ・・・食事も何をするにしても出る事は許されなかった
鉄格子に囲まれた牢の中は昼は暑く夜は寒い・・・名も知らぬ衛兵が夜に毛布をくれたがこの待遇ももう少ししたらなくなると思ったら少なからず不安が押し寄せる
そうこうしている内にカルオスに到着
予定通り3日目で到着しここからバクアート子爵の私兵が私を護送する
「着いて行きたいけどダメみたい・・・ごめんね」
ファーネは心から心配そうに私を見つめながらそう言った
フリップに頼まれたから?・・・いや、どうやらそうではなさそうだ
「気にするな・・・ありがとう」
「・・・アタシの名はファーネ・ノーク・・・貴族の生まれじゃなくて力になれないけど・・・『ソニア』・・・向こうで名を出して助かる可能性があるとしたらこの名だけ。アタシの名を出していいからソニア姉さんを頼って」
「ソニア姉さん・・・姉妹か?」
「アタシの師匠よ・・・きっと力になってくれるはず」
ソニア・・・まさかSランクパーティーの『爆炎の魔法使い』ソニア・ヒョーク?
そう言えばファーネは王都にいたのだったな・・・ならば王都を中心に活躍するソニアと知り合いでもおかしくない・・・もしかしたら突破口になるかも・・・
私はファーネの言葉を心に刻み感謝の言葉を述べると頭を下げた
こうしてエモーンズの衛兵達とここカルオスで別れ私の身柄は最悪な集団へと引き継がれる
「バクアート子爵様直属の部隊隊長のヤドスだ。・・・健康状態は問題なさそうだな・・・何かあればすぐに申し出ろ」
高圧的な態度ではあるがそこそこ融通は効くのか?
いや、隊員全てが長槍を持っているのが鉄格子の外から私を刺す為という可能性も・・・
「ジテルス様をあまりお待たせする訳にもいかない・・・すぐに出発する」
そう言ってヤドスは指揮を取りすぐにカルオスを発つ
馬車の速度は急いでいる為か今までより速く牢は激しく振動する
これは・・・どうやらあまり水分は取らない方が良さそうだな──────
「デクトがいない?」
「はい・・・ここまで来る間も様子がおかしかったのでもしかしたら体調が悪いのかも知れません」
「・・・引渡しも終わったからすぐに戻りたかったが・・・仕方ないしばらくここで待つ。あまりにも遅いようなら・・・真っ二つだ──────」
旅路は思ったよりも快適だった・・・振動以外は
食事も普通に与えられるし水分も・・・休憩は私に合わせてではなく、馬を休ませる為だけだが・・・それでも予想よりは遥かにいい
問題は生理現象だが・・・バクアート子爵直属の隊員は全て男・・・囚人扱いの私が1人で行動する事はなく、牢から出て花を摘みに行くにもついてくる
当然逃がさないように私から視線を外すこともなく見られながらになる・・・だが・・・
「おいハッシュ!槍が邪魔だって!」
「いや虫が・・・このっこのっ!」
ことある事にハッシュという隊員が他の見張りを邪魔してくれた
「なー」
「今話しかけるな」
「お前なんて名前だっけ?」
「ハッシュ!お前・・・あっ・・・もう済んだのか?」
ハッシュが隙を作り私が用を足す・・・この流れを理解してから私は素早い用の足し方を会得した・・・今後使い所がないかもしれないが非常に役立つ技だ
そしてハッシュのお陰で羞恥に晒されることも無く4日の長い時間を経て王都へと辿り着く
エモーンズと同じくらいの壁に覆われた王都フーリシア
だが外から見ても壁の厚みがエモーンズと比べ物にならないくらい分厚いのが分かる
「これより牢に幕をかける」
ヤドスはそう言って予め準備していた牢を全て覆えるほどの幕を取り出した
「・・・晒し者にするつもりはない、と?」
「・・・」
ヤドスは答えるつもりはないみたいで黙って隊員に幕を渡すと牢は覆われ視界は閉ざされた・・・王都を少し見てみたかったが・・・残念だ
だがなぜ幕を?
今から向かうのは恐らくバクアート子爵の屋敷・・・となると道順を覚えさせない為か?それとも別の理由が?
しばらく馬車は王都内を走り、やがて止まる
「着いたぞ」
その瞬間心臓が激しく脈打ち冷や汗が滲み出る
結局どうすれば生き残れるか考えつかなかった
相手の出方次第・・・最後の方はそんな甘い考えをしていたが・・・どうやらそれは間違いだったようだ
本能が伝える・・・もはやここは死地なのだと
「出ろ」
幕を外され目に飛び込んで来たのは今まで見た事のないような巨大な屋敷・・・これが王都で貴族をする者の屋敷か・・・
「これから貴様に自由はない。無用な発言は痛みを伴う・・・覚えておけ」
そう言うとヤドスは隊員に命令して後ろ手に手錠をかける
これで私はマナも使えず両手も自由に使えない
味方もおらずたった一人で立ち向かわなくてはならない・・・息子殺しの嫌疑をかける貴族に
「歩け」
ドンと背中を押されると先行するヤドスのあとを着いていく
屋敷に入り執事やらメイドに迎えられ2階に上がるとある部屋に通された
「待ち侘びたぞ・・・ほう、女冒険者と聞いていたがなかなかどうして・・・ワシがもう少し若ければ妾に迎えていたかもな」
どうやらセンジュは母方に似たようだな
醜く肥えただらしのない体型に醜悪な顔・・・想像通りと言えばそれまでだがなんともはや・・・性格は顔に出るとはよく言ったものだ
「跪け」
ここで反抗しても意味はないだろう・・・私は言われた通りに跪くとあまり見たくなかったので視線を床に落とす
「・・・ふむ・・・少し惜しくなってきたな・・・確かAランク冒険者だったか?」
「答えろ」
ヤドスに髪を掴まれ無理矢理顔を上げさせられる
くっ・・・堪えろ・・・
「・・・はい・・・」
「見目もよく実力もある・・・大方色仕掛けで油断させ殺したってところか・・・小狡い奴が考えそうな方法だな」
「私は、ぐっ!」
「控えろ」
「よい・・・もしかしたら真実を話す気になったやもしれん」
真実だと?まさか聞く耳を持つのか?・・・いや、どう見てもそうは見えないが・・・
「はっ!・・・話せ」
私の頭を押さえ付けていたヤドスが手を離す
開放された私は目の前にある醜悪な貴族の顔を見つめどう出たら正解なのか考えながら静かに話し始めた
嘘偽りない真実を
「・・・ふむ・・・つまり襲われ仕方なく抵抗し勝利した・・・そして行方知れずの弟子を探している間に我が子センジュは何者かに殺された・・・そういう事か?」
「・・・はい・・・その通りです」
「そうか・・・ワシは冒険者をした事がないからもちろんダンジョンとやらに入った事がない。ヤドスよダンジョンとは身動きが取れない状態で放置されても無事で済むものなのか?」
「ダンジョンとは魔物の棲家・・・身動きが取れない状態で放置されれば当然・・・」
「であろうな。冒険者ではないワシでも当然その答えに行き着く・・・が、そこの者は冒険者であるにも関わらず身動きの取れないセンジュを放置し私は死なせてないと言う・・・なかなか滑稽な話ではないか」
そう言われてしまえばおしまいだ
動けないセンジュを放置したのは事実・・・だがそれも自らが蒔いた種・・・だがそうは言えない・・・
「まあそんな事はどうでもいい」
・・・なに?どうでもいい・・・だと?
「ワシが聞きたいのはセンジュをどう殺したかではない。誰に依頼されて殺したか、だ」
依頼?何の話だ?
「チャナス子爵辺りか?それともゴーダ子爵かナルマハ子爵・・・個人的にはチャナス子爵だと睨んでおるが・・・違うか?」
「・・・仰っている意味が分かりません。私はただ・・・」
「あー皆まで言うな分かっておる。当然依頼主の事を話すのは御法度なのだろう・・・なのでワシが喋りやすいように準備をしといた。まだ準備は整っていないからそれまでゆっくりと休め」
ただ忍び寄る手を払い除けただけ・・・なのに依頼主だと?
まるで全て分かっていると言いたげに・・・なんだこのブタは・・・人語を理解出来ないのか?それとも私が豚語を理解出来ないからか?
それから私は何故か風呂に入れられた
数名のメイド達に囲まれていい匂いのする泡で体の隅々まで洗われ・・・もしかしたら身綺麗にして襲う気かと身構えるも風呂の後は豪華な食事を出され牢屋ではない普通の部屋をあてがわれた
意味が分からない・・・奴からしてみれば私は息子の仇・・・なのにこの待遇はどういうつもりだ?
それに準備とはなんだ?私が喋りやすいように準備していると言っていたが・・・
ベッドのみの殺風景な部屋・・・その唯一の家具であるベッドに横たわり首元に手を伸ばす
手錠は外されたが当然マナ封じの首輪はついたまま
部屋の外には逃げないよう見張りがついている
一応確認したが窓も外側に鉄格子があり簡単には抜け出せない・・・マナが使えれば造作もないが・・・
脱出は不可能に近い
あのブタを人質にとるか・・・しかし兵士は恐らくかなりの手練・・・常に2人以上がブタの周りにいて、私の傍にも何人かいる。それに会う時は手錠をつけられるだろう
人質も無理・・・となると望みは・・・
ファーネの言っていたソニア・・・だがどうやって連絡を取れば・・・ここに味方はいない・・・屋敷の外に連絡をつけてくれる者など・・・
いや・・・味方がいないなら作ればいい
でもどうやって?
色仕掛け・・・は却下だ。私に上手く出来るとは思えない
話術・・・など持ち合わせていない
買収・・・金はない
力尽く・・・で味方になるはずもない
ハア・・・八方塞がりとはこの事だな
「真実とか言っていたな・・・私を使って何かを企んでいるか・・・その話に乗ればもしかしたら生きて帰れるかも──────」




