169階 護送
「すぐに連れて来い」
「し、しかしまだ容疑がかけられたというだけで・・・」
「聞こえなかったのか?すぐに連れて来いと言っているのだ!」
「は、はっ!直ちに!」
王都にあるクルアク家の屋敷に怒号が鳴り響く
クルアク家当主であるジテルス・バクアート・クルアクは机に置いてあるグラスの中身を飲み干すと苛立ちに任せグラスを投げつけた
「・・・荒れてますね父上」
「ジースか・・・何の用だ」
ジテルスは配下と入れ違いで部屋に入って来た男、ジース・バクアート・クルアクを睨みつける
「・・・部屋の前を通ったら大きな声が聞こえましてね・・・『連れて来い』とは誰の事ですか?」
「決まっているだろう・・・センジュを殺した女狐だ」
「襲おうとしたら返り討ちにあったんでしたっけ?センジュらしいと言えばそれまでですが・・・。それで何の為にエモーンズくんだりから連れて来るのですか?向こうで捕らえているのならさっさと死刑にしてしまえば・・・」
「バカを言うな。それではシッポが掴めぬではないか」
「・・・シッポ?」
「今回の件には裏にどこぞの子爵が噛んでいるに決まっている。クルアク家を伯爵にさせじまいと動いていたのだよ・・・だからセンジュを・・・Sランクになると思っていたから悪事に手を染めても揉み消してやっていたのにこのザマだ・・・バカがあっさりと引っ掛かりおって・・・」
「裏で誰かが糸を引いている、と・・・ですがそのような話は聞いてませんが・・・」
「だから連れて来させるのだ。ワシ自らが尋問し吐かせる・・・そしてそれ相応の報いを受けてもらう・・・クルアク家に手を出した事を・・・死ぬほど後悔させてやる──────」
「・・・では失礼します」
ジースは一礼し部屋を出ると自室へ戻るべく廊下を歩く
「陛下は?」
薄暗い廊下で1人呟くジース
ジースの他に人の気配はない・・・が、すぐにその問いかけに答える声がした
「特に・・・ただかなり期待を寄せていたようで落胆された御様子・・・」
「となれば父上の愚行も見逃すやも知れんという事か」
「恐らくは」
「まずいな・・・陛下が諌めて下されば父上も思い留まったであろう・・・が、そうでなければ止まらん・・・下手すれば貴族間で争いが起きるぞ」
「・・・本当にどなたかが裏で動いているのでしょうか?」
「いや・・・多分身から出た錆だ。散々各地でやらかしていたらしいからな・・・いずれこうなるのは目に見えていた」
「では何も起こらないのでは?」
「いや・・・Aランクとはいえ怒りの矛先にしては的が小さ過ぎる。振り上げた拳を下ろすにはもう少し大きな的が必要になるだろう」
「となると・・・」
「ああ・・・都合のいい相手に罪を被せる。拷問しクルアク家にとって都合のいい相手に頼まれてセンジュを殺したと言わせるのだ。そうする事により大義名分が生まれ攻められる・・・濡れ衣を着せられ攻められた貴族はたまったものではないな」
「国が放っておくでしょうか?すぐに仲裁が入ると思いますが・・・」
「入らない」
「・・・なぜそう言い切れるのでしょうか?」
「陛下がセンジュの死に落胆されているのは戦える者を失ったからだ。だから陛下は戦いを止めない」
「私にも分かるよう言って頂けると助かります」
「戦える者を失った今・・・新たに戦える者を得る為には戦いが必要なのだよ。戦える者は戦いの中でしか生まれないからな」
「なるほど・・・では流れに身を任せ戦いに身を投じますか?」
「まさか・・・まだ早い。だから是が非でも止める」
「どうやって止めるのでしょうか?」
「・・・ふぅ・・・友を頼る・・・あまり好ましくはないが、な」
廊下を歩きながら話していると正面から人の気配がしてジースは口を噤んだ
傍から見ると独り言・・・だが、気配はしないが確実にジースの他にもう1人いた
「・・・あー、何か飲み物を持って来てくれ。喉が乾いた」
「はい、ジース様」
正面の人の気配はこの屋敷のメイドだったのでジースは通り過ぎる際に飲み物を持って来るよう命令し自室へと急いだ
手遅れになる前に頼れる友へ連絡する為に──────
さてと・・・どうしようか
まさかセンジュの奴が貴族でここまでややこしい状況になるとは思いもしなかった。過去に色々とやってきたような事を言ってたが捕まらなかったのもその影響か?・・・とにかく今はどうするべきか考えなくては・・・
センジュの親であるバクアート子爵は私をどうするつもりだ?
殺すつもり・・・だったらすぐに死刑を言い渡せばいい。捕らえて音沙汰がないということは何か他に狙いがあるのか?もしかしたら子であるセンジュを殺した私を自らの手で殺すつもり?
実際はセンジュを殺したのは私ではないが恐らくそんな事を言っても無駄だろう
かと言って今更ファーネの言ってたように証言を変えるつもりはない。フリップが口裏を合わせてくれるような事を言っていたがそうなるとフリップに良からぬ事が起きるやも・・・私は間違った事はしていない。ここは正々堂々と戦うべきだ
「出ろ・・・王都まで連行する」
突然の宣告に一瞬頭の中が真っ白になる
まさかエモーンズから王都まで連行されるとは思いもしなかった・・・私なら自ら出向いてトドメを刺す・・・そうならないって事はそれほど怒り心頭ではないのか?
「随分と余裕だな。怒り狂ってここまで来ると思ったが・・・」
「貴様こそ余裕だな。まぁその余裕も向こうに着けば消え失せるだろうよ・・・さっさと出ろ!」
もう少し長く居ると思っていた牢屋に別れを告げ、2日ぶりに地上へ
ダンジョンディーン長期間潜った時と比べて何故か陽の光が異様に明るく感じた
「これより格子付きの馬車にて貴様を護送する。期間はおおよそ1週間・・・その間は硬い床で自慢のケツがズルムケないよう精々気を付けるんだな」
別に自慢ではないが・・・
それにしても大層な護送になりそうだな
タンブラー、ゲッセン、ファーネの3人・・・それに他にも見た事がある衛兵がちらほら・・・合計10名で王都まで・・・か
「ちょうど中間地点であるカルオスでバクアート子爵閣下の配下に引き渡す。そこからは地獄と思え」
ケインの副官のジェイズと言ったか・・・表情ひとつ変えずに抑揚のない声でそう告げるとタンブラー達を一瞥し去って行く
「本当は王都まで一緒に行きたいけど・・・残念ね」
「いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「バカがバカな真似をしないように四六時中見張ってたらそりゃ仲良くなるわよ・・・ね?」
「なるほどな・・・まあ俺様の前でバカな真似をしたら・・・真っ二つだ」
どうやらこの護送のリーダーはタンブラーらしい
周囲にいる衛兵達に睨みを利かせると数人の衛兵が目を逸らす
「ねえ俺もこの中に入っていい?馬だと寝れなくて・・・」
「・・・却下だ」
どうやらゲッセンはやる気がないらしい
鉄格子の中に入れず肩を落として自分の馬へ歩き出すとすぐにその足を止めた
「何の用・・・かな?」
顔を上げて見た先には私の知る顔がズラリと並ぶ
いつの間に・・・
「ちょっといいッスか?」
「だって・・・どうする?タンブラー」
ゲッセンが振り返り尋ねるとタンブラーは深いため息をついて道を塞ぐ者達の前に出た
「サインが欲しいなら後にしな・・・小僧」
「要らねえッス。サラ姐さんを解放するって書面へのサインなら今すぐ欲しいッスけどね」
「生憎俺様がサインしたところで効果はねえよ。他を当たりな」
「・・・力尽くって手もあるッスよ?」
「やめとけ・・・真っ二つになりたくないならな」
「やっすい脅しッスね・・・そんなもんで俺らが引くとでも?」
「脅しかどうか試してみっか?」
肩に担いだ大剣の柄に手が伸びる
タンブラーがどんな性格か知らないが何となく分かる・・・奴は冗談ではなく本気で先頭に立つケンを・・・
「よせケン・・・みんなも道を開けろ。一度王都に行ってみたかったんだ・・・邪魔をするな」
「サラ姐さん!行っちゃダメッスよ!バカの俺でも分かる・・・このまま王都なんざに行っちまったら・・・」
「もう一度だけ言う・・・邪魔をするなケン」
「うっ!」
「凄い殺気だね・・・味方に放つものじゃない・・・優しいね君は」
殺気を放って優しいと言われたのは初めてだ
ゲッセンの言葉を無視して私は自ら鉄格子の扉を開き中に入ると中の居心地の悪さを確認する
この中で1週間か・・・なかなかの拷問だな
「サラ姐さん!」
「安心しろ。必ず戻って来る・・・お金は没収されてるから土産は無理だがな」
風牙龍扇も没収されてしまった
まあこの首輪を外さない限りはただの鉄扇にしか過ぎないが・・・何となく手持ち無沙汰感は否めないが仕方ない
「おら聞いたろ!これ以上邪魔するなら容赦しねえぞ!真っ二つにされたくなきゃ道を開けろ!」
「その言い方は逆効果だよ。彼女の意を汲んだ方がいい・・・こうしていても国の決定は覆らないし彼女の罪が重なるだけ・・・彼女の道中を過酷にしたいのかな?遅れれば急がなければならない・・・そうなると中の振動は激しくなり苦しむのは彼女だけど・・・それでも邪魔するかい?」
罪はともかく揺れが激しくなるのは勘弁して欲しいな
「くっ・・・あっ」
道を塞いでいた冒険者達が左右に分かれる
ゲッセンの言う通りにした訳ではなく奥から来る人物に道を開ける為に
「ギルド長・・・アンタでも同じだぞ?」
「分かっている・・・少しくらい構わないだろ?」
「・・・好きにしろ・・・ただし下手なことをしたら・・・」
「真っ二つ・・・か。脅すんじゃねえよ・・・昔の血が騒いじまうからな」
気勢は衰えていないな・・・そんじょそこらの冒険者より冒険者している
「まさかギルド長自ら見送りとは・・・恐れ入ります」
「ここにほとんどの冒険者が集まっちまってるからな・・・ギルドは閑古鳥が鳴いてらぁ・・・・・・お前が一言言えばここを騒がしく出来るぜ?」
「望んでません。静かに見送ってくれればそれで満足です」
「・・・俺の事を考えてくれてるなら・・・」
「自分の身が1番可愛いのでそれはありません。それに行って帰って来るだけなのに大袈裟ですよ」
「サラ・・・すまん・・・」
「ギルド長が謝る事など何一つありませんよ・・・組合のフォローだけお願いします・・・みんな寂しがりなので私が戻るその時まで」
「・・・分かった・・・出来る限り手を尽くす」
「お願いします・・・それでは」
「行くぞ!もっと道を開けろ冒険者共!」
いつの間にか全員馬に乗り馬車が動くと同時に馬を進める
全員が鉄格子の中の私を見つめるが・・・これはこれで恥ずかしいな
「サラ姐さん!」「サラさん!」「組合長!」
今にも飛び出しそうなケン達に微笑み、思いもしなかった形でエモーンズを出る
出口に差し掛かると門番をしているヘクト殿と・・・ロウニールの姿が見えた
彼は私に一切視線を送らず真っ直ぐに外を見つめている・・・それでいい・・・立場としては衛兵と囚人・・・それで・・・いい
「・・・坊やには期待外れね」
「そうか?私には立派な立ち振る舞いに見えたが、な」
街を出た後、ファーネは横に並びそう声を掛けてきた
どうやらロウニールが何かするのではと警戒・・・いや、期待していたらしい
もし何かしようとしたら・・・私はどうしていただろう・・・やはりケン達にしたように・・・
「・・・そっ、貴女がそれでいいなら別にいいけど・・・」
「おら!無駄口叩いでねえでさっさと行くぞ!遅れれば何を言われるか分かったもんじゃねえ!それに・・・その後の対応も変わってくる・・・分かったか!」
「はっ!」
その後の対応・・・か
一応タンブラーも私を心配してくれているのかな?
何にしてもカルオスに向けて出発した
これが死出の旅になるかただの観光で終わるか・・・考える時間は沢山ある・・・今は考えよう・・・生き抜く為に──────




