168階 逮捕
「・・・ですから・・・お帰りく・・・」
・・・なんだ?外が妙に騒がしいな
外が妙に騒がしく目を覚ます
ここまで熟睡出来たのはいつぶりだろうか・・・そのせっかくの睡眠を邪魔されて苛立ちながら目覚めた原因の声の主を一目見ようと窓から外を覗き込む
どうやら衛兵達が教会に押し掛け聖女様の侍女達と押し問答を繰り広げているようだ。一体何が・・・教会に犯罪者でも立てこもっているのか?
「おい!あそこにいたぞ!」
1人の衛兵が窓から覗いていた私を見てそう叫ぶ
ん?・・・つまり衛兵は私を?
必死に制止する侍女達を押し退け雪崩込む衛兵達
やがて足音が近付いて来て部屋のドアが荒々しく開けられた
「神妙にしろ!サラ・セームン!貴様をセンジュ・バクアート・クルアク殺害の容疑で拘束する!」
・・・なに?センジュ・・・バクアート・クルアク?──────
「申し訳ありませんロウニール様・・・何とか止めようとしたのですが強引に・・・」
仕事場に行く前に教会へと立ち寄るとセシーヌが出て来て説明してくれた
サラさんが朝早くに連れ去られた、と
しかも連れ去ったのは衛兵達・・・つまりサラさんは容疑をかけられ逮捕された事になる
「・・・ケインの野郎・・・」
「え?」
「あ、いや・・・しかしなぜ・・・」
昨日の件ならサラさんはむしろ被害者だ。それなのに衛兵達はサラさんを・・・治療は終わったとはいえ病み上がりなのに・・・
事情は全く掴めないが何かがおかしい
普段はやる気のない衛兵が早朝に動くのも変だし、もし仮にセンジュの件でサラさんに被があったとしてもダンジョン内で起きたこと・・・確かダンジョン内での出来事は法に触れることはないはずなのに・・・
「どうやらセンジュは貴族の子息だったみたいなのです。恐らくですがセンジュの死を知ったバクアート子爵が圧力をかけサラ様を・・・」
「貴族・・・アイツが?」
もしかしてこれまで何しても罪に問われなかったのは貴族だから?・・・とにかくサラさんを助けないと・・・
それにしても急過ぎる・・・昨日の今日だしどうやってセンジュの死を知ったんだ?昨日ギルド長は生死不明のセンジュがサラさんを襲うことがないよう衛兵に伝えると言っていた。まさかあの後55階に?
ううっ・・・よく分からない・・・とりあえず何か知ってそうなギルド長に聞きに行くか・・・その前にヘクト爺さんの所に行って・・・
「ロウニール様?」
「あ、すみません・・・とりあえずセンジュが貴族かどうか知りませんがサラさんは被害者でセンジュが加害者です。なぜ拘束されなきゃいけないのか衛兵長に聞いてみたいと思います」
衛兵ならすぐに危害を加えるようなことはしないはず・・・まずは事情を知った後でケインを問い質す・・・いや、僕だとまずいか・・・でもローグはこの件に絡んでないしな・・・
「何かお力になれることはありますか?強制力はないですが聖女の地位を使えば・・・」
「いえ、何とか1人で頑張ってみます!ありがとうございました!」
「あっ・・・」
セシーヌに頭を下げヘクト爺さんの待つ門に向かう
サラさんに会っても間に合うように早く家を出たからまだ来ていないと思っていたのにヘクト爺さんは当然のごとく門の前に立ち、街にやって来る人達を迎える準備を終えていた
「ロ・・・何かあったのか?」
「申し訳ありません・・・急用が出来て・・・」
「・・・そうか・・・気にせず行ってこい。そんな顔で立たれては誰も寄り付かなくなるわい」
そんな顔って・・・僕はどんな顔をしているんだ?
ヘクト爺さんにお礼を述べて今度はギルドへ
ゲートを使えば一瞬なのに・・・もどかしさを感じつつ歩いていると道行く人達が僕を見ては視線を逸らす
門に向かっている時も同じ感じだったけど・・・なぜみんな視線を逸らすんだ?
ギルドに入り真っ直ぐに2階を目指す
チラリとペギーちゃんを見ると心配そうな顔・・・もしかしたらペギーちゃんもサラさんが捕まった事を知っているのかな?
そのまま2階に上がりギルド長室のドアをノックする
返事が返ってきたので中に入ると沈痛な面持ちのギルド長が机に座り僕を見据えた
「・・・ロウニール・・・か・・・」
「用件は分かってると思います。なぜ師匠・・・サラさんは捕まったのですか?」
「・・・俺のせいだ」
「ギルド長のせい?」
「Aランク冒険者が死亡した場合は即時に本部へ報告する義務がある。その報告を聞いた本部がすぐにセンジュの家に連絡をした・・・」
「だからなんだと言うのです?犯罪者が死んだだけでは?しかもダンジョン内で・・・そもそも奴が死んだかどうか不明だったはずですよ?」
「・・・ギルドには冒険者の生死が分かるようになっている。お前さんが帰った後に確認するとセンジュは既に死んでいる事が分かった。なので報告した・・・もちろん詳細も含めてな」
「だから・・・それでなんでサラさんが捕まるのですか?」
「言いたい事は分かる。お前さんの話ではサラが襲われ返り討ちにした・・・ただそれだけだ。が、相手が悪かった・・・センジュはクルアク家の次男・・・バクアート子爵の子息だ」
「だから?」
「・・・ハア・・・貴族にゃ道理が通じねえのさ。ダンジョン内で・・・しかも正当防衛と言ったところで『息子を殺したただの冒険者』って扱いだ。それにセンジュは貴族の子息ってだけじゃなくてAランクの中でも最上位・・・Sランクに最も近く国王陛下の覚えもいい・・・バクアート子爵が根回しせずとも簡単にサラを犯罪者扱い出来るってわけだ」
「つまり・・・奴のやった事は全て目をつぶり、サラさんのやった事だけ見て判断した・・・と?」
「そうなるな・・・センジュがサラを襲った事実はねえ・・・あるのはサラがセンジュを殺したって事実だけだ」
「サラさんは奴を動けなくしただけで殺してない・・・と言っても?」
「死だけが真実だ。事実なんざどうとでもなる・・・貴族の腹の虫が収まるよう捻じ曲げればいいだけだ」
「なるほど・・・それでなぜギルド長は『俺のせい』と?」
「Aランク冒険者の損失は国の損失・・・詳細を話す義務がある。もし偽れば・・・・・・だから俺は全てありのまま話した・・・こうなる事なんざ容易に想像出来るのに・・・な」
「別にギルド長が悪いわけではありません」
「いや・・・自分可愛さにサラがどうなるか考えなかった俺の責任だ。たとえどうなろうとサラは俺が助ける・・・だから衛兵所に乗り込むなんて馬鹿な真似はするなよ?」
「・・・そんな事はしませんよ」
「そうか?今にも飛び出して乗り込もうって面してるぞ?ロウニール──────」
《あのギルド長っていうのはバカなの?なんでロウが衛兵所に乗り込むのよ・・・・・・乗り込まないわよね?》
ギルドを出た後、真っ先に向かった先はダンジョンの司令室・・・自分で作った椅子に座りながら考えていた・・・どうやってサラさんを救い出すかを
「・・・ダンコ・・・知恵を貸してくれ」
《イヤよ。私が人間の中で最も嫌いな部分を教えてあげようか?それはね・・・『権力』ってやつよ。何もないゴミムシが『権力』とやらで自分が強くなった気でいる・・・そういう人間を見ると虫唾が走る》
「だったら尚更・・・」
《純粋に関わりたくないのよ・・・踏み潰すって言うなら協力するけどサラを助ける為に関わるだけなら損しかないわ。ダンジョンの足しにもなりゃしないし》
「踏み潰す・・・か・・・」
《やめときなさい。ろくな事にならないわよ?それとも番にサラを選ぶ?》
「なんでそうなるんだよ」
《だってそうでしょ?サラはもう表舞台では活躍出来ないわ。その子爵って奴をどうにかしない限りね。でも貴族に手を出せば国も黙ってないでしょ?サラは執拗に追われ当然アナタも・・・で、そうなるとアナタの事だからサラを放っておくはずもなく・・・2人で仲良くダンジョン経営するしかなくなるわけ》
それも楽しそう・・・っていやいやダメだ。でもダンコの言う通り助けるとしたらそれしか道は・・・ギルド長が助けるとは言ってたけどアテにはならないし、かと言って僕は・・・
『ブラックパンサー』相手にサラさんを助けた時とは訳が違う。ケイン達が国の命令で動いてる・・・そこから助け出すってことは国を敵に回すことに・・・
そうなるとやっぱり・・・
「ダンコ・・・ひとつ教えてくれ──────」
「おら!とっとと歩け!」
また1人・・・この牢屋のある地下に連れて来られた者が私の隣の牢に入れられた
この空間にいくつ牢があるのか知らないがかなりの人数が入れられている・・・マナ封じの首輪をつけられて
「・・・随分と盛況だな」
「そうなのよね・・・キースを避けて門番してた時は平和だったのに・・・もう1回門番しようかしら?坊やも可愛いし」
「坊や?」
「ロウニール・・・だっけ?あの子戻って来たでしょ?お爺さんとじゃ日永ボーッとしているだけだったけど・・・坊やとなら色々楽しそうじゃない?」
「・・・仕事をなんだと思っているんだ」
「生きる為に仕方なくする事、よ。貴女は冒険者だったわね・・・何の為にダンジョンなんて鬱蒼とした場所に行くわけ?生活する為?もしかして名誉目的?」
「・・・言われてみば・・・考えた事はないな。初めは生活の為だったが・・・」
今は生活の為かと聞かれたら違うと答えるだろう。もちろん名誉の為などでもない・・・ではなぜ・・・私はダンジョンに潜り続けるのだろう・・・
「まっ、その辺はどうでもいっか・・・アタシとしては素直に吐いてくれればそれで」
「素直に吐くも何も全て伝えたはずだ。ダンジョンでセンジュに襲われ抵抗した。その際に奴を動けなくさせるのに成功しダンジョンを出た・・・その後奴がどうなろうと知った事ではない。大方魔物の餌食にでもなったのだろう」
「そうだとしても・・・もっとあるんじゃないの?実はダンジョンでセンジュに会ってないとか、ね」
「?・・・私に嘘の証言をしろと?」
「・・・さあね。アタシはどうだっていい・・・ただこの街のギルド長は報告に誤りがあったと報告するつもりだってさ・・・それも本人が乗り気じゃなければ意味はない・・・だからギルド長はアタシに言ってきたのさ・・・貴女を説得するように、ね」
「なぜその役目が貴女なのだ?・・・ファーネ」
「消去法・・・衛兵長は出世欲が高過ぎるからね・・・事を荒立てるなんてありえない。他の衛兵達は信用ならない・・・っていうわけでアタシに白羽の矢が立ったのよ」
フリップが報告の内容を覆しても私が最初の報告通りに証言したら意味がない。かと言ってフリップが直接私に言えば口裏合わせたと言われてしまう・・・だからフリップは私に近付かずに証言を変えるようファーネを使って・・・
「今更証言を変えたところで通じるのか?」
「さあね・・・ただ今よりはマシになるんじゃない?」
「と言うと?」
「バクアート子爵は衛兵長よりも更に出世欲が高く、センジュのSランク昇格が伯爵への足掛かりだった・・・伯爵への道が閉ざされたも同然のバクアート子爵はセンジュを亡き者にし伯爵への道を閉ざした貴女を・・・簡単に死なせるとは思えない。あらゆる苦痛を与え、殺して欲しいと切に願うほどの地獄が待っているでしょうね──────」




