166階 眷族
サラさんが向かっている場所に先回りしてじっと待つ
失った腕を押さえながら足を引きずる姿に涙が出そうだけどグッと堪えた
もっと近くに移動すれば良かったと後悔しながらしばらく待つと満身創痍のサラさんは僕を見つけて微笑んだ
「・・・迷子になったらその場で待つのは基本だぞ?ロウニール」
「アイツから何とか逃げようと思って・・・うぷっ」
地面に座っていた僕に倒れるように体を預けるサラさん
いい匂いと血の匂いが混じった不思議な香りがした
「・・・心配したぞ・・・」
「・・・ありがとう・・・ございます・・・」
こんなボロボロになっても僕を捜してくれていた・・・心からの感謝を伝えると僕が無事で安心したのかはたまた限界を迎えたのか彼女は僕の胸の中で気を失ってしまった
《どうするの?》
「当然僕が運ぶさ・・・その前に・・・」
僕は彼女を背中に背負い立ち上がるとゲートを開く
その先は出口ではなくアイツが居る場所・・・そこでものを言わなくなったアイツの傍に落ちているサラさんの腕を拾う
「さて・・・お次は・・・」
再びゲートを開くと僕はとある場所に向かった
運良く人気がなく見つからないで済むと中に入り大声で叫んだ
「セシーヌ様!急患です!どうか助けて下さい!!──────」
教会の一室で治療を待つ間、あの状況をどう説明するか考えていた
セシーヌにも・・・サラさんにも説明が必要になるだろう
センジュはサラさんに僕の手足の骨を折ったと言ったはず・・・でも僕はサラさんを背負ってダンジョンから出て教会に辿り着いた・・・誰にも見られずに・・・
骨を折られた状態でサラさんを背負うのもありえないし誰にも見られずにここまで来られるのも無理な話・・・その言い訳を考えないと・・・
とりあえず手足を折られたというのは嘘だった事にしよう。サラさんはその現場を見た訳じゃないからセンジュが嘘をついたで説明がつく
あとはどうやってここまで来たか・・・やはりアレを使うしかないか・・・
にしてもセンジュの奴・・・無茶苦茶しやがって・・・
『蹂躙無尽』とか言ってたか・・・あの技は凶悪過ぎて僕には対処出来なかった
シャドウセンジュは斬られ剣は2本ともあっさり斬られ、その後でなまくら剣で両手足を折られ・・・身動きが取れなくなった僕を嘲笑うと奴はサラさんを連れて来ると言い残しダンジョンから去って行った
普通ならそこで何も出来ずにいるか魔物に襲われるかどちらかだが、僕はダンジョンマスターだ・・・こんな怪我などお手のもの・・・とはいかなかった
折られた痛みと慣れない回復魔法に四苦八苦しているとダンコからアドバイスをもらった
それは魔物に治療をしてもらうというもの
魔物にも治療が得意なものもいる
その名も『ヒーラーアント』
もし治療の方法を知っていたら僕はこのアドバイスを素直に受け入れはしなかっただろう・・・なにせヒーラーアントの治療方法は・・・お尻から出した分泌液を治療相手に飲ませて治すというもの
つまり身動きの取れない僕は・・・ヒーラーアントのお尻から直接・・・・・・ううっ
だけど回復効果は凄まじく、折れた手足はすぐに完治した。ダンコ曰くキレイに折られてたから治ったけど粉々に砕かれていたら数日はかかったらしい・・・数日間ヒーラーアントのお尻から飲む?・・・冗談じゃない・・・この時ばかりはキレイに折ってくれたセンジュに感謝したくらいだ
んで、僕とシャドウセンジュはゲートで一旦司令室に身を隠す事に・・・しかし驚いたな・・・センジュに真っ二つにされてしまったシャドウセンジュが生きていたなんて・・・僕のコピーであったシャドウロウニールは大木ごと斬られて死んでしまった・・・けど、シャドウセンジュはそれを見て学習していたんだ
配置される前にスラミの横でコピーする相手・・・すなわちセンジュを観察させていた・・・そこで真っ二つにされて殺されてしまった同族を見てシャドウセンジュは自らの魔核を頭に移していた
そうすることで縦に真っ二つにされない限り生き残れる・・・シャドウは魔核さえ無事なら少量の黒い液体さえ残っていれば平気らしいからね
で、後はセンジュとサラさんが来るのを待って2人の戦いを観察・・・いざとなったら出て行くつもりで構えていたけど零式・風喰いが決まりサラさんの勝利に終わる
・・・まっ、少しだけ手伝いはしたけど・・・センジュの後ろに小さなゲートを開いて声をかけ注意を引いている間にサラさんの切り落とされた右手から風牙龍扇を取り無事であった左手に渡した・・・それだけだ
風牙龍扇の能力があったとはいえSランクに最も近い冒険者であるセンジュを倒すか・・・凄いなサラさんは
僕はあの技『蹂躙無尽』の前で何も出来なかった
もし奴が僕を殺す気なら今頃は・・・ゾッとしないな
まだまだ僕は弱い・・・もっと強くならないと・・・
「ロウニール様!治療は無事終わりましたよ!」
「ちょ、セシーヌ様!?」
早い・・・さすが聖女・・・てかノックくらいして欲しい・・・心臓に悪い
「さすがに気絶されている方を優先させなくてはと思い先にあの方を診ましたがロウニール様もお怪我をされたのでは?」
うっ、近い・・・いい匂いが鼻腔をくすぐる・・・
「あ、えっと・・・僕は大丈夫です!ほらこの通り・・・」
「ちゃんと診ないと分かりません!もしかしたらロウニール様が気付いていないだけでどこか痛めてるやも・・・あっそちらの部分が少し腫れているような・・・」
それは違う!セシーヌがベタベタ触るから・・・てか、少し言うな!
「セシーヌ様お戯れしている時間はありません。ただでさえ治療を待つ人々を待たせてサラ・セームンの治療にあたったのですから・・・速やかにお戻りください」
エ、エミリ!?いつからそこに・・・
「むぅ・・・目立った外傷はないようなので大丈夫だと思いますが念の為に明日また来てください・・・その頃にはサラ様も目覚めてられると思います」
「は、はい・・・お願いします・・・」
セシーヌからようやく解放され僕は逃げるように教会を出た
ひとまずサラさんのことをギルド長に伝えないと・・・それにセンジュのことも・・・なんか色々と忙しくなりそうだな
「ロウニール君!無事だったの!?」
「え、あ・・・ペギーちゃん・・・無事だったって?」
「え?・・・センジュさんがロウニール君が行方不明になっちゃったって・・・」
ギルドに入ると既に就業時間は過ぎているであろうペギーちゃんが血相を変えて駆け寄ってきた
もしかしたら僕を心配して?・・・てか、センジュの奴人を動けなくしといて行方不明になったとかほざいてたのか・・・
「えっと・・・うん、大丈夫・・・ごめん、ギルド長に話があるから・・・」
「あ・・・そ、そうよね・・・ごめん・・・」
くそっ・・・本当はペギーちゃんに事情を説明したいけど人目もあるし今は無理だ
「あ・・・ロウニール君!」
僕がそのままギルド長のいる2階に上がろうとした時、後ろからペギーちゃんに呼び止められた
「・・・どうしたの?」
「これ・・・それと・・・おかえりなさい」
ギルドカードを差し出しながらペギーちゃんは微笑みながらそう言ってくれた
「あっえっと・・・ただいま・・・」
何故か気恥ずかしくなりギルドカードを受け取ると階段を急いで登る
ここの冒険者が羨ましい・・・ダンジョンに行って帰って来るだけであの笑顔が見れるのか・・・
ギルド長室を訪ね事情を説明するとギルド長は黙って耳を傾けていた
もちろん僕がダンジョンマスターである事は話さず、辻褄が合うように話を変えて説明したけど・・・矛盾してないよね?
「・・・なるほど・・・つまりセンジュの野郎は初めっからサラが狙いだったのか・・・それでお前さんをダンジョンに連れて行き人質にして・・・にしてもよく逃げ出せたな」
「た、たまたまポーションを持ってたので・・・あの・・・カルサスでドラゴニュートを討伐する時に準備したポーションでして・・・」
マナポーションと違いポーションは簡単な傷なら治せる薬だ。けどマナポーションより高価だし持っている冒険者も少ない・・・だから言い訳としては苦しいけど・・・
「カルサスか・・・そう言えばそんな話も聞いたな・・・それである程度回復して逃げていた場所にサラが来たってわけか・・・センジュの野郎は?」
「その・・・無我夢中で・・・よく分かりません・・・」
シャドウセンジュに首を落とされて生きてられるなら生きてるかも・・・まあそんな人間はいないか・・・
しかしあの直後にひとつ問題が発生した
ついつい・・・いや、あれは仕方ない。あんな簡単になる方がおかしい
だって・・・ただ単に『これでお前が本物の『センジュ』だね』って言っただけなのに・・・
シャドウが眷族化してしまった
いや、悪いと思ってるよ?でもあんな一言で眷族化すると思う?普通
スラミの時は名前を付けようと思って言ったけど、シャドウの時はただセンジュが死んでセンジュをコピーしていたシャドウがいたからつい言っただけなのに・・・それで名付けになる?
「・・・ロウニール?」
「あ、すみません・・・で、なんでしたっけ?」
「お前・・・まあいい・・・センジュのことはこちらで何とかしよう。生きてなけりゃそれでいいが、生きてた場合だな・・・衛兵にも話を通しておくか・・・」
生きてたらサラさんをまた襲うかも・・・そう考えているのだろう。こんなことならもう死んだって伝えた方が良かったかな?
「・・・ふぅ・・・まあこれを機に少しでも休めたら不幸中の幸いかもしれないな」
「・・・師匠ってそんなに休んでなかったんですか?」
「ん?おお・・・まあな。ローグがいなくなってからは特に・・・しかも聖女の件もあったししばらく根詰め過ぎてたな。昼も夜も・・・サラとしてはローグがいなくなっても上手く組合が回るようにしたかったんだろうよ・・・とつぜんいなくなったことに批判が起きないように、な」
「・・・」
「そこを上手くセンジュの野郎につつかれた感じだな・・・今回の件は。もしローグがいたら・・・なんて俺でも考えちまう」
確かにローグがいれば防げてたかもしれない・・・サラさんは無茶しなかったし、センジュはローグを警戒して行動に移さなかったかも・・・
「まっ、復帰したらまた無茶をしないように言うしかねえな・・・弟子のお前さんからも言ってくれ」
「・・・はい。でももう大丈夫だと思いますよ?」
「あん?それはどういう・・・」
「多分帰って来ますよ・・・そのローグさんが、ね──────」




