161階 食物連鎖の頂点
「姐さん・・・姐さん・・・サラ姐さん!」
「ん・・・・・・ケン・・・か?」
体を揺すられ目を開ける
目の前にはテーブルにうつ伏しているフリップと周りに立つケン達
その光景を見て蘇ったのは昨日の出来事だった
3人でフリップ秘蔵の酒を飲み、途中からゴーン伯爵に化けたローグを本気で伯爵と思い込んだフリップが管を巻き始め、ローグはローグで伯爵の真似をし始めるからさあ大変・・・収拾がつかなくなりその後は・・・記憶がない
どうやら私は酔って寝てしまったようだ・・・それといくら辺りを見回しても・・・ローグの姿はなかった
「何やってんッスか?ギルド長とサシ飲みッスか?にしてもサラ姐さんが酔い潰れるなんて・・・」
「・・・色々あってな・・・それよりもう朝か?」
「見りゃ分かるでしょ?みんなが2人を見て面白おかしく色々言ってたッスよ?」
ギルドに集まった冒険者達・・・それに受付のペギーガこちらを見ていた
私が振り向くと一斉に視線を外すがどうやらケンの言う通り変な妄想を浮かべていたらしい
「・・・ローグは?」
「へ?ローグさん居たんッスか?俺達が来た時には2人しか・・・うわぁマジッスか・・・会いたかったのに・・・」
「いずれ会えるさ・・・ところでケン・・・ギルド長を上に運べるか?」
「え!?・・・え?・・・まさか担げってことッスか!?ギルド長を!?」
「なんだ?図体がデカくて無理と言いたいのか?スカットと2人なら何とかいけるだろ」
「俺も!?」
何をそんなに驚いているんだか・・・ガタイのいいフリップを1人で・・・まあ強化を使えば何とかいけるか
そうなるとスカット1人で・・・いや、スカットだけだと持ち上げられたとしてもあちこちぶつけそうだ・・・やはり2人に任せたた方がいいだろうな
2人はブツブツと文句を言いながらフリップを担ぎ上げ2階へと運んで行く
それを見送ると私は酔い醒ましにと置かれていた水を飲み残った2人マホとヒーラに振り返る
「すまないな、これからダンジョンか?」
「はい・・・ところでローグさんとギルド長とで一体何を話してたんですか?もしかして結婚式の日取り?」
「けっ!?・・・なぜそうなる!?」
「仲人はギルド長で結婚式はちょうど出来たばかりの教会がありますし・・・もしかして今なら聖女様から祝福を受けることも出来るかも・・・羨ましいです」
「おい・・・ハア・・・話が飛躍し過ぎだ。ちょっと色々あってな・・・私もローグに会うのは久しぶりだった。結婚などとても・・・」
「結婚?誰と誰がですか?」
背後から私達の話を聞いて尋ねてきた人物が・・・振り返るとそこにはロウニールが立っていた
「ぶはっ!?ロウニール・・・なぜギルドに!?」
「なぜって・・・今日は休みだから訓練するぞって言ったのは師匠でしょ?忘れたんですか?」
あーそう言えばそんなことを言ったような言わなかったような・・・
「と、とにかく乙女の話を盗み聞きするのは良くないぞ!」
「誰が乙女ですか誰が・・・」
「むっ・・・と、とにかく急に話に割り込むな。単なる雑談だ」
「そうですか・・・その割にはマホさんとヒーラさんがニヤニヤしてますけど・・・」
「マホ!ヒーラ!」
「はーい、すみませーん・・・そう言えばロウニール君・・・昨日の夜どこ行ってたのかな?みんなで家に押し掛けたのに留守だったけど・・・」
「えっ!?・・・あー、ちょっと用事がありまして・・・」
「用事?・・・へえ・・・お姉さんにそこんとこ詳しく聞かせてくれない?」
「ちょっとマホ・・・そこはもう少し聞き方を考えないとダメです・・・そう言えば最近歓楽街が再開しましたよね?」
「い、いやいや!別に歓楽街なんて行ってな・・・」
「誰も行ったなんて言ってないですよ?ロウニール君?」
ふう・・・どうやらロウニールがターゲットにされ話がそれたようだ・・・良かった良かった
「師匠!早く訓練に行きますよ!」
「お、おい!」
「あー逃げた!」「逃げても無駄ですよ!今日の夜行きますから覚悟しておいて下さいね!」
私の手を引きギルドから逃げるように出たロウニール
年下のせいか勝手に弟のように思っていたが・・・思いの外力が強い・・・まあそれはそうか・・・なんて言ったって私の弟子だしな
「師匠すみません!このまま訓練所に!」
「・・・ああ、行くか」
会った当初はまだ少年に感じていたが今ではすっかり青年と言えるくらい成長していた。もう3年か・・・成長もするわけだ
「・・・そろそろ手を放してくれるか?走りづらいのだが」
「あっ!すみません!」
慌てて放す様はまだまだ少年だな・・・ローグなら・・・いや、考えまい
今はただ目の前の弟子を立派な武道家にすることに集中しよう──────
「あーぎづがっだ・・・」
今日のサラさんは特に激しかった気がする・・・酔いを醒ます為に汗をかきたかったのかな?
昨夜の飲みは酷かった・・・ギルド長には絡まれ続けるしサラさんは独り言をブツブツ言ってるし・・・たまに僕を睨んでは『なんでいきなり居なくなるのよ!』と文句を言われもしたな・・・ハハッ・・・
《ロウ・・・あの人間がこっちに向かってるわよ》
あの人間?
訓練所で大の字になって寝ていた僕は起き上がり扉を見た
「いよっす!派手に鍛えられたみたいだな」
「センジュ・・・さん」
なぜ訓練所にセンジュが?
「もしかしてサラさんを探しているんですか?でしたらもう・・・」
「違ぇよ・・・俺が用があるのはロウニール・・・お前だ」
「僕?一体何の・・・」
「ダンジョン行くぞ」
またか
センジュは一度一緒に行ってから僕を見かける度に・・・更には門番をしている時にも押しかけて来てダンジョンに誘って来ていた
その度に断っていたのに・・・
「お断りします」
「なんでだよぉ!いいじゃねえか」
「僕にはさほどメリットがないので・・・」
「だから言ってんべ?手に入れた魔核は全部やるし魔物は全部俺が・・・お前はちょこっとサラに俺の活躍をそれとなく伝えてくれりゃいい・・・な?破格だろ?」
「それならその辺で暇してる冒険者に頼めばいいじゃないですか」
「アホか。それじゃ効果ねえだろ?自分の弟子が言うから効果あるんじゃねえか・・・なっ、頼むよ!」
うーしつこい・・・ダンコにはこれっきりって言われてるからダメなのに・・・
《いいんじゃない?》
え?ダンコさん?
《今は話せないだろうから勝手に言うわね。もう少しで魔物はともかく階層は100階に届きそうなの・・・だからマナを多く使ってくれそうならたとえ命令を変えてでも歓迎するわ・・・あまり気乗りはしないけどこの人間と行くなら50階以上って事でしょ?ならマナも稼げるし別にいいわよ》
もう少しで100階か・・・魔物が追い付かないとはいえ目標の100階に到達するというのは感慨深いものがあるな
「分かりました・・・いつ行きます?」
「おっ!助かるぜ!じゃあ行こうか」
「え?今から?・・・何も準備してないのですが・・・」
「別にやる事ないだろ。また休みの日に合わせるのもめんどくせえし、お前はついてくるだけでいいから準備も要らねえだろ?」
なんか酷い言われようなんだけど・・・まあ実際午後から予定なんてないけど・・・
こうして僕は再びセンジュとダンジョンへと潜る事になった
訓練所から直接ゲート部屋に向かい52階のゲートへ
何階まで行く気か知らないけどセンジュは鼻息荒く両手に剣を構え振り向いた
「今日はトコトン行くぜ!ちゃんとついて来いよ!」
まるで嵐だな・・・センジュは両手の剣を振り回しながら走り魔物を倒しながら奥へ奥へと進んで行く
魔核を回収する暇なんてありはしない・・・魔核は全部くれるって言ったのに回収出来なかったら意味ないだろ
「遅れんなよ!フハハハハ!!」
たまにチラチラと僕がついて来ているか見るけど基本1人で進んで行くセンジュ・・・わざと迷子にでもなってやろうか
トントン拍子で進んで行き、あっという間に55階
ここを作るのは結構苦労したな・・・28階と同じく外の世界を表現した階で今回は虫や小動物なんかも放してある
「この場所好きだぜ・・・魔物以外の動物もいるし木や草も生えててよ・・・中央付近には川も流れてるし本当の森と見間違えるくらいだ。魔物が動物達を襲わないのは不思議だが・・・」
そりゃそうだ
魔物はあくまでも侵入者を襲う・・・このダンジョンの住民となった動物を襲うことはない
「でもよ・・・鳥は虫を食うし、その鳥を他の動物が捕まえたりもしていた・・・食物連鎖ってやつか?」
「・・・意外ですね・・・センジュさんはあまりそういう知識と無縁だと・・・」
「おいおいバカにすんなよ?まっ、そう見られても仕方ねえか・・・普段は何も考えてないフリしてっからな」
「フリ?実は思慮深い人だったんですね・・・」
「おうよ!常に気に入った女をどう落とすか考えてる・・・今回はかなり手強いから今まで以上に思考を巡らせ時間をかけて・・・」
そっちに全振りかよ・・・うん?今回?
「これまで全部失敗したんですか?確か・・・その・・・童貞って・・・」
「はっ・・・んなわけねえだろ?簡単に股を開く女は腐るほど・・・開かねえ女は無理矢理・・・もう何人の女とやったか分からなくなるほどヤリまくってるよ」
あれ?だって・・・え?
「今回が一番大変だぜ・・・気に入った女にゃ惚れた男がいて、その男が去ったと思ったら・・・あー、めんどくせえ・・・でもそれももうすぐ終わる・・・」
「えっと・・・センジュさん?」
「クソ商人が俺の事を噂してる時は参ったぜ・・・しかも聞いたのがお前だったとは・・・まあ誤魔化せたから良かったが・・・もし噂してた奴を見つけたらぶった斬ってやるのによぉ」
センジュはこちらを向かずに淡々と話す
冗談?本気?
分からない・・・でも・・・もし本気なら・・・ヤバい!
「センジュさん冗談キツイですよ・・・あまり面白くないですし・・・」
「なあ・・・さっき言った食物連鎖・・・魔物と人間はどっちが上だと思う?」
「は?・・・人間・・・ですかね?」
「だろうな・・・まあほぼ横並びだが僅かに人間が上かもな・・・じゃあその人間を食うのはなんだ?」
「・・・」
「分からねえか?答えは・・・人間だ」
振り向いたセンジュの目には殺気がこもっていた
これは冗談じゃない・・・本気だ・・・
「・・・嘘をついたのか?あの時僕に言ったのは・・・嘘だったのか?」
「当たり前だろ?俺が童貞?・・・クックック・・・ありえねえ・・・まさかコロッと騙されてくれるとは・・・お陰で計画は順調・・・だったのによぉ・・・」
「・・・計画?」
「サラ・セームン・・・あの女を落とすには必要なものがある。心と体を同時に手に入れ最後に真実を明かす・・・もしかしたら発狂するかもな・・・楽しみで仕方ねえ」
・・・コイツ・・・
「聞きたいだろ?聞きたいよな?なんてったって愛しのお師匠様の事だもんな。お前には特別に教えてやるよ・・・」
そう言って語ったのは何ともおぞましい計画だった
エモーンズを訪れたセンジュはサラさんを見てモノにしたいと考えた。そして色々と調べていく内に1人の存在が邪魔になると考える
それがローグだ
だがセンジュはローグの存在を利用しようと考えた
サラさんの心の中を占めるローグ・・・その代わりを演じる事に徹した
常にサラさんの近くにいて、時には冒険者を助け、時には冒険者の相談に乗る・・・そうやってローグの存在と自分が重なるように行動した
そうやってローグからサラさんを奪うつもりだったが問題が発生する・・・ローグ自らがサラさんの前から姿を消してしまったのだ
「あの時は焦ったぜ・・・もう少し俺=ローグって感じになってからならまだしも、まだサラの心の中の大半はローグが占めていたからな。まっ、それでも他にやりようがあると思っていた矢先に新たな問題が発生した」
「・・・問題?」
「お前だよ・・・ロウニール」
「僕?」
「サラの心にはローグしかいない・・・そう思ってたがお前を見るサラの目を見て確信した・・・ローグがいなくなったとしたら次にサラの心を占めるのは俺じゃない・・・お前だ」
「そんな事は・・・」
「ない・・・と思うだろ?俺も最初はそう思っていた。話を聞く限りだとただの弟子だと・・・でもお前がカルオスから帰って来た時・・・その時のサラの様子を見て考えが変わった・・・お前はサラの心の何割か既に占めてるんだよ・・・それが初めての弟子に対する感情かどうかは分からないがな」
「・・・だとしたら・・・どうするつもりだ?」
「ん?決まってんだろ?ローグが去り、俺に来るはずだったのにお前に行きそうだ・・・だからそれを利用しようと思ってな・・・ローグにロウニール・・・2人がいきなりいなくなったらサラの心にはポッカリと穴が空くはず・・・その穴にスッポリ収まってやろうって話しよ・・・心の穴だけじゃなくて体の穴にもだけど・・・意味分かるか?童貞」
「・・・お前が最低の野郎っていうのは分かったよ・・・それで僕をダンジョンに連れて来て殺す・・・ってわけか」
「まあそうだな・・・本当はダンジョンに置いてけぼりにして魔物に殺させようとも考えたけど・・・万が一生き残ったら計画が台無しだしな・・・めんどくせえけど俺が殺して死体を魔物に食わせた方が確実だ」
「訓練所から直接ダンジョンに来たのも一緒にダンジョンに入る所を見られない為?」
「おおっ!賢いじゃねえか・・・その通り・・・本当は何回か一緒にダンジョンに入った後でやろうと思ってたけどなかなか入ってくれねえからな・・・まあ1回行って無事に帰って来たし、入る所を見られてなけりゃ疑われることはねえだろう・・・さて、そろそろネタバラシも終わりだ・・・恨んでもいいぜ?その恨みが更に俺を沸き立たせる」
僕って人を見る目ないな
こんな奴とサラさんをくっつけようとしてたなんて・・・
「準備させなかったから簡易ゲートも持ってねえだろ?まあ、持ってたとしても使う間なんて与えねえけど・・・」
「・・・今の話を聞いて逃げるとでも?・・・ふざけんなクソ野郎・・・食物連鎖の頂点が誰か教えてやるよ──────」




