12階 おぼこいあの子
「ヘクトさん!お疲れ様でした!」
「うむ!・・・ってそんなに急いでどこに行くんじゃ?」
「ちょっと!・・・じゃあまた明日!」
日が暮れると村に訪れる人は極端に減る。なので門番は立たず夜勤の見張りの兵が代わりに手続きをしてくれるようになった
ダンジョンが出来る前は完全に入村禁止になってたが今は夜でも少ないとはいえ人が訪れるようになったからそういう人を受け入れる為の措置だ
しかし兵士の数は未だに増えていない為にかなりみんな苦労している。連勤何日目だって机にうつ伏す先輩兵士を見てつくづく門番で良かったと思う・・・門番は夜勤の見張りも日中の見回りも免除されてるし休みもヘクトさんがいるから普通に取れるし
そんな事はさておき、僕が向かっている先は冒険者ギルド
冒険者ギルドも受付は日が暮れるまで・・・いずれは夜中でも開けるようにするとか聞いたけど今はそこまで手が回らないから閉めるのだとか
日中に鳴り響いている大工の釘を叩く音が止み始め、僕は焦りを感じながら猛ダッシュで仮設の冒険者ギルドを目指す
そして・・・
掘っ建て小屋に手書きの看板
この中に・・・僕は喉を鳴らすとギルドの扉を押し開けた
広さは仮設とは思えないくらいある。手前には椅子とテーブル、奥にはカウンターがあり、そこに受付の女性が座っていた
入って来た僕に気付くと受付の女性は驚いた顔をした後で微笑む
僕は真っ直ぐにカウンターに向かい目の前に立つと張り付いた喉を無理矢理こじ開け声を絞り出す
「や、やあペギー・・・さん」
同じ授業を5年間も受けていて話した事など殆どない。もしかしたら僕の事を知らない可能性も・・・いやそれはないか・・・悪い意味で僕は目立ってたし・・・
「ロウニール君・・・もしかして冒険者になるの?兵士になったんじゃ・・・」
あっ・・・昨日のパーティーが言ってた受付がペギーちゃんだと思ったから気になって見に来ただけで来た理由まで考えてなかった・・・そうだよな・・・ここは冒険者ギルド・・・来るのは冒険者だけ・・・
「え、えっと・・・どんなものか見に来たんだ・・・ほら今まで村になかったし・・・冒険者ギルド・・・それよりペギー・・・さんはなんで受付に?」
「え?・・・うん・・・ちょっと、ね」
ペギーちゃんは僕と同じ戦闘職の授業を受けていた
その授業を受けていた人の就職先は冒険者か兵士って相場が決まってる・・・なのになんで・・・
「この後時間ある?」
《ないわ》
「ある!・・・あ、ごめん・・・全然あるよ」
「そう・・・もう終わりだから一緒に食事でもどう?」
「う、うん!そ、外で待ってるね!」
う、うわぁぁぁ!
勢いで食事の約束をしてしまった!
しかもペギーちゃんからのお誘いで!
いいの?これいいの?
ただの同じ授業を受ける人から一気にランクアップ・・・夢なら覚めないでくれ!
《今日の~魔物の~補充~》
「わ、分かってるよ!食事が終わったらやるから!」
ギルドの外でペギーちゃんを待っているとダンコが地の底から聞こえるような声で僕にダンジョンの補充を促す
《明日も仕事なんでしょ?て言うかとっとと辞めたら?これからどんどん忙しくなっていくし体が持たないわよ?》
そうなんだよなぁ
今後は魔物と宝の創造と設置からダンジョンの補修までこなさないといけない。初日は休みを貰って冒険者が倒す度に魔物を補充したけど今後は夜にまとめて補充するしか・・・そうなると寝る暇なんてなくなってしまう
まだ5階までしかなく、冒険者の数も少ないからそんなに時間はかからないと思うけどいずれは・・・
そんな事を考えていると扉が開き中からペギーちゃんが出て来た
「・・・その格好・・・」
「うん、まだ制服は支給されてないから」
受付の時に着ていた服のままだったけど・・・そうか・・・私服だったのか・・・
「さっ、行こ!」
「う、うん」
ペギーちゃんは僕の手を引く・・・つまり手を握ってる・・・いいのか?僕なんかがこんな幸せで・・・いいのか!?
「ここのお肉が美味しいの!」
「へ、へえ・・・」
って昨日来た店だ・・・まあエモーンズにそんなに店はないから被るよな・・・
店員にテーブルを案内されて向かい合って座る。目の前にペギーちゃん・・・だけどまともに見れなかった・・・何と言うか目のやり場に困る・・・だって・・・
「ほらこのお肉!ロウニール君もこれにする?」
メニューを僕に見せる為に前屈みになると・・・ああ・・・こぼれそう・・・
《変態》
「うるさい!」
「え?・・・お肉・・・嫌だった?」
「ち、違うよ!・・・その・・・目の前にハエが・・・」
《私はハエか!》
もう黙ってダンコ!
何とか誤魔化せた?・・・にしても改めて見ると・・・
授業の時とは違い胸元がガバッと開いた服が僕の視線を釘付けにする。見てはいけないと思いつつも一度見てしまうとなかなか視線を外せずにギュッと目を閉じてどうにか煩悩を振り払う
「ロウニール君?」
「あ、いや・・・肉・・・うん、僕もその肉で!」
「う、うん」
怪しげな行動をする僕に向けて首を傾げるペギーちゃん・・・その仕草も可愛い・・・じゃなくてしっかりしろロウニール!せっかくのチャンスなのに!
注文して料理が運ばれて来るまで何の会話もなく無言状態が続く
何か話さないとと口を開きかけるが何を言っていいのやら・・・そんなこんなでいつの間にか料理が目の前に運ばれて来たと思ったら昨日食べた料理だった
「どう?見た目も匂いも良いでしょ?味も最高だよ!」
「うん・・・そ、そうだね」
演技しなきゃ・・・まるで初めて見る料理のような振る舞いを・・・じゃないとせっかくペギーちゃんが教えてくれてるのに知ってたとバレたら・・・ペギーちゃんを悲しませる事になる!
緊張で手が震えながらたっぷりソースのかかった肉をフォークで刺し口に運ぶ
昨日は味なんて分からなかった・・・けど、今日は全然違う!噛む度に広がる肉の旨味、ソースは少し甘辛く柔らかい肉にマッチしていた
「美味い!」
演技ではなく心から言えてほっとした
ペギーちゃんも笑顔になり「でしょ?」と言って彼女も目の前の料理に舌鼓を打つ
意中の相手と食べてるからなのか、これが本来の味なのかは何とも言えないけど・・・今まで食べて来た料理の中で一番美味しいと言っても過言ではない
「ねえ・・・本当は何しにギルドに来たの?」
「へぅ!?」
完全に油断してた
咀嚼中の肉を思わず飲み込みながら頭をフル回転・・・そうだよな・・・いきなりギルドが閉まる直前に走って来て様子を見に来たなんて理由は通じないよな・・・理由を考えないと・・・
《愛しのペギーちゃんを見に来たのよ》
「う・・・ん!んん!・・・なんかほら・・・その・・・」
思い付かない!
しかも危なくダンコに怒鳴りそうになってしまった・・・他の人にはダンコの声は聞こえないから気を付けないと・・・
「・・・まあいいや。ねえ・・・兵士の仕事は楽しい?」
「兵士の仕事?・・・うーん・・・今は門番をしてるけど楽・・・しいよ。一緒に門番しているヘクトさんは優しいし・・・ダンジョンが出来てからは人が多く来るから時間が過ぎるのも早く感じるし・・・」
「そっか・・・そうなんだ・・・」
なんか・・・普通に会話してる・・・あのペギーちゃんと・・・
「その・・・ペギーさんはなんで・・・」
「同い年でしょ?さん付けはやめてよね・・・まるで私が年上みたいじゃない」
「あ、うん・・・じゃあ・・・ペギー・・・ちゃん・・・」
ひぃあー!
心の中では何度も呼んだ『ペギーちゃん』と言う名をまさか本人に言う時が来るとは!これはもう何かの記念日になるに違いない!
「ふふ・・・それにそんなに緊張しないで?私達は同じ授業を受けていた仲だし・・・同じ境遇だし、ね」
そうは言ってもペギーちゃん!・・・ん?同じ授業は分かるけど・・・同じ境遇?
「それってどういう意味・・・」
「確かロウニール君も残留希望出してたけど兵士になったんだよね・・・私も・・・そうなの・・・」
え!?・・・いや、僕の場合はなったと言うより強制的に・・・てかペギーちゃんは残留決定してたような・・・
「・・・この前ね・・・授業中に突然来たの・・・王国の宮廷魔術師のラディル様・・・聞いた事ある?」
どっかで聞いた事あるようなないような・・・
「その方がね・・・入ったばかりの子を王都に・・・御自分の後継者にって・・・」
うん?宮廷魔術師のラディル様が来て自分の後継者として王都に連れてった?・・・ええ!?
「宮廷魔術師ってその・・・魔法使いの頂点みたいな人だよね!?その人の後継者がこの村から・・・」
「候補・・・らしいけどね。・・・私になんて目もくれず・・・ラディル様はその子を選んだ・・・魔法を習いたての頃は良かったけど・・・私なんて・・・」
そう・・・ペギーちゃんは10歳の時点では誰にも負けないマナの量と教えたら何でも出来る吸収力でたちまち村の話題になる程だった
それこそダンより期待されて・・・でもマナの量が思ったよりも増えずどんどん他の子に追い抜かれ・・・
「下級魔法を10発唱えられれば半人前・・・一人前と呼ばれるには20発は唱えられないと・・・でも私は8発くらいが限度・・・昔からちっとも成長していない。こんな私が宮廷魔術師の後継者になれるはずもないのに期待しちゃって・・・当然ダメで・・・考えちゃったの・・・私はこのまま何を目指せばいいんだろうって・・・」
「・・・ペギーちゃん・・・」
「そんな時に冒険者ギルドの受付を募集してるって聞いて・・・どうせ冒険者になれないならスッパリ諦めようって思って応募したら・・・受かっちゃった」
寂しげに微笑むペギーちゃんを見て・・・不謹慎にも綺麗だと思ってしまった
「全然・・・全然僕と同じじゃないよ・・・僕は先生に言われて・・・ペギーちゃんは自分で・・・」
「そう?むしろロウニール君の方が可能性はあると思うな・・・私はもう・・・自分で決断しちゃったから・・・」
相当悩んだ末の決断だったのだろう・・・だから簡単には変えられないって事か・・・こんな時に僕は彼女になんて言葉をかければ・・・・・・そうだ!
「僕からみればペギーちゃんは凄いよ!昨日もギルドから出て来た冒険者が言ってたんだ・・・『受付の子が可愛くておぼこい』って」
「え?」
さすがに『巨乳』とかは言えないからな・・・後『ロリコン』も・・・女の子は褒められると喜ぶって言うし人気があると分かれば落ち込んだ気分も・・・・・・あれ?
「・・・お代・・・ここに置いておくね」
「え?ちょっと・・・ペギーちゃん!?」
何故だが急に不機嫌そうな顔をしてお金をテーブルに置くと立ち上がり店を出て行ってしまった
あんなに美味しそうに食べていた肉も半分くらい残して
一体何が・・・夢なら・・・覚めてくれ・・・




