146階 聖女の決意
特に話す事はないので無言のまま待っているとしばらくしてローグが応接室にやって来た
「待たせた」
応接室に入って来たローグは私の隣に座り聖女と向き合う。ソファーは余裕で2人座れる大きさなのだが侍女であるエミリは立ったままだ
「いえ、お約束もないのに突然お訪ねして申し訳ありません。先ずは多額の寄付に感謝を」
「さっきも言ったように治療に対する対価だと思っているから気にしなくていい。私もああは言ったが治療をしてくれて感謝している・・・ありがとう」
一体誰の治療を頼んだのだろう・・・ムルタナに寄ったと言っていたからムルタナの住民かな?しかしムルタナにローグがお金を払ってまで聖女に治療をお願いする知り合いが?
「いえ、当然のことをしたまでです。それで・・・ひとつお聞きしたいのですが・・・」
「なんだ?」
「ロウニール様とはどのような御関係でしょうか!?」
え?聞きたい事って・・・それ?
「・・・セシーヌ様・・・」
「うぅ・・・だって・・・分かりましたよ!聞きたい事は・・・今のもかなり聞きたいのですが・・・なぜ貴方は多額の寄付を出してまであの女性を助けようと?」
なんだ聞きたい事はロウニールとの関係ではなかったのか・・・うん?あの女性?
「あの女性の子が私の命の恩人だからだ」
あの女性の子・・・ホッ
「本当にそれだけですか?」
「それだけだ」
「そう・・・ですか。あ、いえ、特に問題がある訳ではないのです・・・そうですか・・・命の恩人への恩返しで・・・」
「おかしいか?」
「・・・いえ、とっても立派な事だと思います。ただ・・・」
「ただ?」
「あれだけの大金を他人の為に使う人はあまり・・・いえ、聞いた事がありません。なので少しばかり邪推してしまったのです・・・何かあるのかと」
どれだけお金を払ったんだ?ローグは
「何かあるとは?」
「そうですね・・・本来なら口に出すのも憚れますが・・・例えばその・・・代わりに年端のいかない少女の身請けをするとか・・・」
「ラルを?・・・なかなか想像力が豊かなのだな、聖女様は」
「例えばです!・・・善意を素直に受け取りたいのですが現実は・・・」
聖女の言いたいことも分かる・・・信じてしまえればどれだけ楽か・・・一度でも裏切られてしまうとどうしても疑ってかかってしまう。私もかつてはそうだった・・・いや、今でもか・・・
「ふむ・・・だが、もし私がラル達に見返りを求めたとしても聖女様には関係ないのでは?」
「縁は大事にしたいのです。たとえもう会うことがないとしても・・・。なのであの家族がこれからどう生きるのか気になってしまって・・・」
「損な性格だな」
「ええ・・・自覚しております」
「・・・聞きたい事はそれだけか?」
「・・・出来れば・・・あの・・・最初にお聞きした・・・」
「ロウニールとの関係か?」
「はい!」
なぜ聖女はローグとロウニールの関係をそんなに気にするのだ?・・・そう言えばローグがギルド長室に入って来た時にロウニールと勘違いして抱きついていたな・・・考えてみればつまり聖女とロウニールは会えば抱きつくような関係・・・ってことか?
「ただの顔見知りだ」
「・・・ただの顔見知りの方にあのような大金を預けたと?会うかどうかも分からない私に渡せるように?」
「・・・言い忘れていた。私とはただの顔見知りだが彼は・・・隣にいるサラの弟子だ。サラは組合で私の補佐をしてくれている最も信頼している者だ・・・その弟子とあらば何も心配することはないだろう」
最も信頼・・・嬉しいけど・・・うーん、もう一声!
「そうですか・・・とても信頼されているのですね」
「まあな・・・それでロウニールとの関係を聞いてどうするんだ?」
「もし・・・深い関係でしたら・・・」
「失礼します」
深い関係ってその言葉だけ聞くとなんだか別の意味に聞こえてくるな
そんな事を考えているとちょうどペギーがお茶を出す為部屋に入って来た
「ロウニール様の若かりし頃のお話でも聞けないかと思いまして」
「若かりし頃ってロウニールはまだ若いが・・・聞いてどうする」
「最愛の方の事を知りたいと思うのは当然では?」
──────時が止まる
いや、実際は止まってはいないが・・・ペギーが運んで来たコップを聖女の前に置こうとした姿勢のまま動かなくなるからまるで時が止まったように感じただけだ
それにしても・・・『最愛の方』???
「あの・・・どうかされましたか?」
「え!?い、いえ!その・・・お茶です!」
聖女が動かないペギーを不思議そうに見ていると素早い動きでコップを3つ置き部屋を出て行ってしまった
4人いるのにお茶が3つか・・・これはあれだな・・・ローグは仮面をつけているから飲めないって事で3つなのだな・・・お盆にもう1つコップがあったような気がしたが・・・気のせいだろう
「少し口を挟んでもよろしいでしょうか?その『最愛の方』というのはロウニールの事ですか?」
「はい」
即答だこの聖女・・・いつからロウニールとそんな関係に??
「多分ですがもうそろそろカルオスから戻って来られる頃かと・・・その前にロウニール様のお話でも聞けたらと思ったのですがなかなかお話を聞く機会がなく、途方に暮れていたところです。そこでロウニール様に大金を託すほどの間柄であるローグ様ならお話を聞けるのではと思いまして・・・あっ、もちろん御礼を言いに来たのが本来の目的です。ついでに聞ければと思っただけなので・・・サラ様はロウニール様のお師匠様なのですよね?でしたら差し支えなければ色々とお聞きしたいのですが・・・」
堰を切ったようにめっちゃ喋る聖女・・・聞いてて若干引いている私がいた
「で、弟子にしたのは最近で・・・そこまで昔の話は知らないのです」
「そう・・・ですか・・・」
落ち込み過ぎ!小さい頃の話を聞けなかったくらいで・・・・・・でも、私もローグの子供の頃の話を聞けると期待してて聞けなかったら・・・同じように落ち込むかも・・・
「先程の女性・・・ペギーはロウニールと同期なので小さい頃の事をよく知っているかもしれません」
少しばかり同情してしまいつい余計な事を言ってしまった
聖女はパッと明るい顔をしてペギーが去ったドアの方を見つめると次にエミリへと振り返る
「エミリ、あの女性をここに連れて来て下さい」
「聖女様・・・それは・・・」
「彼女はギルドの受付だ。私が居ない間にどうやら冒険者の数が増えたみたいで忙しい身のはず・・・飲み物を運んでくれたのも忙しいにも関わらず合間を縫って届けてくれたのだ・・・これ以上手間を取らせるな」
「・・・そうですね・・・つい周りが見えず我儘を言ってしまったようです・・・申し訳ありません」
素直に頭を下げ謝る聖女・・・の後ろでローグを睨みつけるエミリ・・・さすがに今のは聖女が悪いのに・・・
「最後にあの・・・ロウニール様が帰られたら教えて頂けますか?用事が済んだら帰ると仰ってたのですが日付までお聞きしてなかったものですから・・・」
「なぜ私に?ただの顔見知りと言ったはずだが?」
「でも・・・エモーンズの組合長なのですよね?ロウニール様が帰って来られたらお耳に入ると思ったのですが・・・」
「組合長である事とどう関係が?」
「冒険者が他所から帰って来られたら連絡が入るなどないのですか?」
「そんな決まりはない。それにロウニールは冒険者ではないしな」
「え?・・・でもカルオスではダンジョンに行くと・・・」
「カルオスでは知人に頼まれてダンジョンに行くとは言っていたがロウニールは冒険者ではなく街の兵士だ」
「・・・え?」
「兵士だから当然組合にも所属していない・・・という訳だ」
・・・まさか『好みは冒険者』というのは・・・
「あぅ・・・エミリ、領主様にあの発言は間違いであったと伝えて下さい・・・」
「畏まりました」
「領主?」
「・・・はい・・・その・・・領主様に色々と聞かれまして・・・私共も私がこの街に来ている事を広く喧伝して頂きたいとの思いで答えていたのですがその中で・・・どのような男性がお好きですかと聞かれてつい・・・『冒険者』と・・・」
「・・・なるほど・・・だから見た事のない冒険者が多くいたのか・・・」
聖女がこの街にやって来た理由は布教・・・その為にはこの街の住民だけではなく近隣の住民も集めたいと考えたのだろう。それで領主の質問の中に聖女の趣向を聞くものがあり『好みは冒険者』と答えた・・・今の話から聖女はロウニールが冒険者と思っていたからそう答えたのだと分かる・・・まあそれはそうだな・・・聖女の立場からおいそれと好きな者の名前は言えまい
それにより他から冒険者が殺到するとは思いもしなかったのだろう
・・・しかしそれがロウニールとは・・・アイツも隅に置けないな
「・・・訂正する事はないと思うぞ?」
「な、なぜです?もし私の発言がロウニール様に伝わってしまったら・・・」
「では今度は『好みは兵士です』と答えるつもりか?近隣の兵士が殺到したり兵士に志願する者が増えるのは勘弁して欲しい・・・せっかく増えた冒険者の数が減ってしまうからな」
うん、多分そうなるな
「でも・・・」
「ロウニールには私にそう答えるよう依頼されたと伝えればいい。冒険者をエモーンズに集める為の放言だと言えば納得するだろう」
「ほ、本当ですか?」
「私から口添えしても構わない。とにかくしばらくこのままで・・・せめて聖女がこの地を去るまではな」
「・・・分かりました。ですが去るまでと仰っていましたが何年か居る事になりそうです」
「なっ!?聖女様!?」
エミリの反応からそんな予定ではなかったのだろう
聖女・・・一体何を考えているのだ?
「お父様は布教の目処がつくまでと仰られていました・・・つまり明確な期限はありません。ですので数年・・・私が満足するまでこの地に留まりたいと思います──────」




