145階 ローグの帰還
エモーンズ冒険者ギルド──────
「まだローグは帰って来ないのか?」
「ええ・・・連絡もありません・・・」
「そうか・・・それで?ほとんどの奴が組合には入らないって言ってんだな?」
「はい・・・他の組合に所属しているか短期間だけだからという理由で・・・」
「せっかくまとまってきたってえのに・・・面倒くせえ・・・」
フリップが面倒臭がるのも理解出来る。いきなり冒険者が増えててんやわんやなのに誰も組合に属さないから誰が誰やら・・・もしダンジョン内で行方不明になったとしても探すのは困難を極めるだろうな
ここ数日、エモーンズは冒険者でごった返している。『ブラックパンサー』の時の再来・・・いや、それ以上かもしれない
それも聖女があんな事を言うから・・・そもそも聖女見たさに集まって来るとは予想されてはいたが、まさかの一言でその予想は大きく外れてしまった
『好みは冒険者』
そんな事を言ってしまえばこうなる事は目に見えていただろうに・・・聖女に好みを聞く方も聞く方だが、まさかあんな答えを口にするとは・・・厄介極まりない
それに聖女の来訪で影響を受けているのは何も冒険者ギルドだけではない
聖女の来訪に合わせて教会と高級宿屋が急ピッチで建設された・・・その煽りをもろに受けたのは衛兵所の建設を計画していた衛兵達だ
兵士長であったケインは晴れて衛兵長に昇格・・・それに合わせて本来なら衛兵所が建設される予定だったが国は聖女の方を優先させた
更に聖女に何かあっては全員の首が飛ぶと昼夜問わず警護を強いられている
建設を後回しにされ警護に駆り出され・・・しかも不用意な発言でリスクを上げられ・・・考えてみるとギルドより衛兵の方が悲惨だな
ギルドは・・・ローグさえ帰って来れば・・・
「ギルド長!アスタさんって人が2日ほど戻ってないのですが・・・」
ペギーが部屋のドアを開け、開口一番でフリップに悩みの種を植え付ける
見るとフリップの顔は茹でダコのように真っ赤になり頭の上から蒸気を発生させていた
「知らん!アスタって誰だ!」
「誰だと言われましても・・・」
「だろうな!前と同じようにそのアスタを知る奴を探せ。で、見つけたら協力を要請しろ・・・報酬はたんまり払うと言ってな」
「・・・またですか・・・」
「仕方ねえだろ!文句なら聖女に言え!」
「ギルド長が直接言って下さい」
「あん?言えるわけ・・・げっ!」
「言いそびれましたが聖女様が是非ともギルド長とお話したいとお見えになってます」
ペギーの後ろには2人の女性が立っていた
1人は小さく可愛らしい少女・・・もう1人は思いっきりフリップを睨んでいる・・・もはや殺気すら放っている女性だ
「ペギー・・・そういう事は先に言えよ──────」
帰りたい
突然訪ねて来た聖女と侍女の2人・・・当然追い返すことなど出来ずギルド長室のソファーに向き合って座ることに・・・ってなんで私まで!?
「セシーヌ・アン・メリアと申します。こちらは侍女長を務めていますエミリです。どうやら私のせいで御不便をお掛けしているみたいで・・・」
「い、いやいや、そんな事は・・・あー、エモーンズでギルド長をしているフリップ・レノス・サムスです」
「レノス・サムス・・・レノス卿はサムス家の方でしたか」
「とうに離れた身です・・・フリップと呼んで下さい」
爵位があるのに省略すると罪に問われると聞いた事がある。フリップはあまり自分が貴族の生まれである事をよく思ってない節があるから本当は名乗りたくないみたいだ
「ではフリップ様と・・・本日ここに来た理由はひとつお聞きしたい事があるのです。ローグ様は何処にいらっしゃいますでしょうか?」
なに!?ローグ!?
「ローグならしばらく留守にしてまして・・・何か用事でも?」
「ええ、多額の寄付を頂いたので御礼をと思いまして・・・それとお聞きしたい事がありますので・・・そうですか・・・いつ頃お戻りになられますか?」
「こちらも帰りを待っている状態でしてね。数日とはいえ連絡もないのは初めてで何とも・・・」
「そうですか。ではお帰りになられたら教えて頂けますか?」
「それくらいなら・・・ちなみにローグのやつとはどこで?」
「いえ、お会いしてはいません。ある方にお金を預けられていまして・・・」
「失礼します。ギルド長にお客様が・・・」
「・・・なんだ今日は忙しいな・・・」
聖女の言葉を遮るように部屋のドアがノックされ、再びペギーが現れる。忙しい時に限って来客が多いとボヤきながらフリップはペギーに向かって手を振った
「今は来客中だ。待たせておけ」
「はい・・・ですがよろしいのですか?」
「何がだ」
「ギルド長が待ちかねた方ですが・・・」
フリップが待ちかねている?・・・まさか・・・
「立て込んでいるなら後にしよう」
この声・・・間違いない!
「ロー・・・」
ペギーの後ろに立つ人物が視界に入り、私が立ち上がり名前を呼ぼうとした瞬間、目の前の少女が私より早く動く
「ロウニール様!!」
いきなりローグに抱きつく聖女・・・なんて事を・・・て言うか・・・ロウニール!?
「・・・どこの誰だか知らないが人違いだ」
「え?・・・あれ?・・・すみません、てっきりロウニール様かと・・・」
自分でもなぜローグとロウニールを勘違いしたか分からない様子で首を傾げる聖女・・・いいから離れろ!
「ローグ!どこに行って・・・いや、ともかくよく戻った!」
本当に嬉しそう・・・それはそうだ、ローグが居ないのと居るのとでは天と地の差がある・・・かくいう私も泣きそうなくらい嬉しい・・・
「長い間留守にしてすまんな。ムルタナの後も少しゴタゴタしていて・・・それでギルド長、少しいいか?」
「おう!・・・と言いたいところだが・・・」
フリップが口ごもっている間にいつの間にか侍女長エミリがローグの前に立っていた
「ローグ殿でいらっしゃいますね?少しお話をしてもよろしいですか?」
「よろしくないな。こっちの報告が終わってからにしてくれ」
「・・・聖女様のお話より優先する事があると?」
「聖女?君が?」
「私ではなく・・・そちらのセシーヌ様です」
エミリに紹介されやっとローグから離れると聖女セシーヌは深々とお辞儀をした
「初めましてローグ様。私は・・・」
「聖女か・・・後にしてくれ。至急伝えるべき事があるのでな」
おお・・・ローグ・・・聖女の前でもブレないな・・・さすがだ
「無礼な!聖女様の言葉を遮りあまつさえ後回しにするなど・・・」
「どんな大層なお話があるか知らないが優先順位はこちらの話の方が上だと思うぞ?」
「組合長ごときの話が聖女様のお話より?」
「上だな」
「・・・こちらはそちらの願い通りムルタナに寄り治療をした・・・それなのに恩を感じてはないと?」
「治療をしてくれた事は聞いている。それについては感謝しているよ。だが、こちらも寄付という名の治療費は払っているはずだが?つまり持ちつ持たれつの関係・・・その上で何かを求めるなら少々恩着せがましいと言わざるを得んな」
「貴様っ!」
「エミリ!・・・申し訳ありません、フリップ様とのお話が終わりましたら少しお時間を頂いても?」
「構いませんよ、聖女様」
なんだろう・・・ローグはエミリに対して少しトゲがあるような・・・気のせいだろうか・・・
道を塞ぐ形で立っていた聖女が道を開け、それに続いてエミリも渋々道を開けるとローグがこちらに向かって歩いてきた
今にでも抱きつきたい衝動を抑えながらフリップを見るローグを穴が空くほど見つめる
「ダンジョンでアスタという冒険者を保護した」
「なに!?それは本当か!」
「8階の部屋でトラップに引っかかっていてな・・・恐らく宝箱をろくに調べずに開けようとしたのだろう・・・ソロだったらしく抜け出せないと嘆いていたので助けてゲートまで送っておいた」
「・・・はっ、さすがローグだ。助かったぜ」
「ギルドに見ない顔が多くいたが・・・またどこぞの組合でも引っ越してきたか?」
「いんや・・・まあその話はまた後にしよう・・・それだけか?」
ローグが頷くとフリップはローグの後ろに立っていた聖女に視線を移す
「お待たせしました。込み入った話なら応接室が空いているのでそこを使ってもらって構いません」
「ありがとうございます。それではローグ様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「ああ」
ローグは返事をすると私を見た・・・これは同席しろって事よね?もちろん!
「彼女は?」
「私の補佐だ。何か問題でも?」
「いえ・・・」
「問題ありです。聖女様の許しも得ずに・・・せめて断ったらどうです?」
またか・・・聖女はいい子っぽいけどこの侍女長は何かにつけて文句を言ってくるな
「ふむ・・・どうやら貴女は私の事が気に食わないようだな」
「当然です。聖女様の前であるにも関わらず仮面をつけたままの輩を気に入るとでも?仮面をつけたまま、言葉を遮り、話し掛けたら後回し・・・無礼極まりないと思いませんか?」
「他人の事情はお構い無しか?」
「聖女様の事情を何より優先すべきです。しかも優先順位がどうとか言ってた割にはさほど重要な話でもありませんでした・・・もう既に助けた者の事を報告する程度なら聖女様のお話を後回しにするべきではありません」
「なんだ単なる世間知らずだったか」
「・・・なんですって!」
「人命救助の報告が遅れればどうなるか知らない・・・それを世間知らずと言わずなんと言うんだ?助けただけで何も報告しなかったらどうなるか想像もつかないか?アスタは罠にかかって2日目だった・・・そうなるとギルドでは捜索願いが出されている可能性がある。だがアスタはソロ・・・どの階で行方知れずになったか知る者はいない可能性が高い・・・アスタがどんな状態か分からない為に捜索は迅速に・・・大規模に・・・となると捜索する側にもリスクが生じる。だからこそ救助したら報告はすぐに行わなくてはならない。二次災害を防ぐ為にもな・・・それでも聖女様のご高説は人命救助の報告よりも優先すべきだと言うのか?」
「それは・・・」
ああ・・・これは間違いない・・・ローグはエミリが嫌いなんだ。初対面みたいだが態度かな?それとも・・・そういえばローグって総ギルド長にも平然と対応していたし権力者に対してへつらう事をしない・・・うん、さすがローグ!
「ローグ様の仰る通りです。大変失礼致しました。ここは出直して・・・」
「・・・そこまでする必要は無い。ギルド長、応接室を借りても?」
「ああ、構わない。サラ、お二人を案内してくれ・・・それとローグ、お前さんは少し残れ」
多分フリップはローグに忠告するつもりだな
聖女は国の宝と言われている・・・もし怒らせたら国を敵に回す事になりかねない
私も権力を振りかざす者は好きではないが、こと聖女に関しては丁重にもてなした方が無難だろう・・・侍女はともかく聖女はな
私はフリップに言われた通り2人を応接室へと案内しローグが来るのを待った
久しぶりに会えたというのに・・・何も問題が起きなければいいが──────




