137階 石柱
セシーヌ達がカルオスを出て3日が過ぎ、ようやくムルタナ村に辿り着く
「へブラム卿?一体どこに?」
馬車が停止するや否やダンジョン研究家を自称するダンジョンオタクのゴーン・へブラム・アクノスは入村の手続きしているエミリの横を通り過ぎフラフラと歩き出す
「私はその辺を散歩してから村に入る。気にせず君達は中に入っておきたまえ」
「いえ、そういうわけには・・・」
「ここは俺に任せて先に行け。この爺さんに付き合ってるといつまで経ってもエモーンズに辿り着けねえぞ?」
「キース殿・・・分かりました。私共はセシーヌ様と先に中へ・・・この辺りは魔物が出ないと聞いていますが十分お気を付けて下さい」
キースがそう言うならとエミリは馬車から離れて行くゴーン達を見送り、手続きをし中へ
村の中は栄えているとは言い難く、王都暮しの者達にとってはとてもじゃないが居心地の良い空間とは言えなかった
「ここですね!ラルという子のお母様がいらっしゃる村は」
村の中を馬車で走るには道が狭く、道も舗装されていない為、馬車を一旦村の入口に置き歩いて探す事に
セシーヌは嬉しそうにはしゃぐがシーリスとサマンサ、それにエミリ以外の侍女達は困惑した表情・・・それもそのはずもう少しで目的地であるエモーンズに着くはずなのに何の説明もないまま辿り着いたのは辺鄙な村だったのだから
「へブラム卿はどこに?それにこの村は・・・」
「へブラム卿は分かりませんがこの村に来たのはロウニール様に頼まれてある方を治療しに来たのです」
馬車を降りて来たシーリスが事情を知っていそうなエミリに聞くと、彼女の代わりにセシーヌがクルリと回り笑顔で答える
「セシーヌ様・・・ロウニールではなくローグという方に頼まれて、です」
あくまでも依頼して来たのはローグであり、ロウニールは伝言を頼まれただけ・・・カルオスを出る前にロウニールから言われていた事をエミリは再度セシーヌに伝える
「そうでしたね・・・うっかりしてました。では早速参りましょう・・・へブラム卿を待っていたら日が暮れてしまいそうなので」
ロウニールの名前が出た瞬間露骨に顔をしかめるシーリスを横目にセシーヌは治療をする者・・・ラルの母親を探す為に歩き出す
「セ、セシーヌ様!先に行くのはおやめ下さい!」
慌ててエミリそして侍女達続き、置いていかれる形となったシーリスの横にようやく馬車から降りて来たサマンサが並ぶと不思議そうにシーリスの顔を覗き込む
「行かないんですか?」
「・・・行くよ・・・一応護衛だしね」
ゴーンにはキースが護衛に付いている・・・となるとシーリスとサマンサの護衛対象は自ずとセシーヌとなる
「お、怒ってます?」
「別に・・・さっさと行くよ!」
「ええ!?や、やっぱり怒ってますよね?私何かしました??」
「うるさい!埋めるよ!」
「ヒィ!」
先に進むセシーヌ達に追い付こうと早足で歩き出したシーリスとサマンサ・・・追い付いた時にセシーヌ達は村の人にラルの居場所を尋ねていた
「・・・アレですね・・・分かりました、ありがとうございます」
小さな村で人を探すのは容易い。どうやらセシーヌ達は既にラルの居場所を聞き出したらしい・・・しかも分かりやすい目印付きで
「もう治療の相手は分かったのですか?」
「ええ・・・アレの近くの家に住んでいると聞きました」
シーリスが尋ねるとセシーヌは村の中央・・・その上を指さした
「・・・柱?それもかなり高い・・・なんであんなものが村の中心に?」
「なんでも最近村で騒動があったらしく、その騒動の時に出来たものらしいですよ?」
「なぜそのままに?倒れたらかなりの被害が出そうですが・・・」
「私も撤去しましょうかと申し出たのですがどうやらわざと残しているみたいです」
「わざと?その理由は?」
「そこまでは知らないみたいですね。後で村長に会って聞いてみたいと思います。それよりも先ずは治療に向かいましょう」
セシーヌは柱に向かって歩き出し、侍女達もそれに従いついて行く
シーリスは納得出来ない表情でしばらく柱を見つめた後、サマンサに急かされようやく動き出した
村のどこからでも見ることの出来る柱・・・近付いて見るとその高さと大きさに圧倒される
「あちらの家のようですね。セシーヌ様と私とで行ってきますのでこちらで待機願います」
見るからに小さい家だった為、最少人数で行くと言うエミリに護衛はどうするのか聞こうとしたシーリスだったがこの村の雰囲気で聖女に害をなそうとする者など居るはずもないと考え直し黙って2人を見送った
2人がラルの家に向かった後、手持ち無沙汰になったシーリスは道端に存在感を示す石柱に興味を持った
間違いなく魔法で作った石柱・・・押せば倒れるのでは?と力いっぱい押してみるがビクともしない。それもそのはず倒れないように周囲の地面まで石と化しておりしっかりと固定されていた
「ふぁぁ・・・すごい高いですねぇ・・・」
「この石柱を出した魔法使いは大したものね・・・とてもじゃないけど今のアタシじゃ無理」
「でも・・・シーリスさんはかなりのマナ量があるって・・・」
「アンタねえ・・・本当に宮廷魔術師候補の1人?マナ量が多かったって1回で使える量はその魔法使いの技量による・・・常識でしょ?」
「あっ、そっか・・・そうですよね・・・でも何回かに分けて出せば・・・」
「柱に継ぎ目が見当たらないから1回でこの柱を作り出してるはずよ。何の為に出したか知らないけどこの大きさの柱を一気に出せるなら恐らく上級魔法すら使えるはず・・・しかも土属性・・・会ってみたいものね」
柱を見上げ呟く
まさか柱を魔法で作ったのが実の兄だとは露知らず同じ土属性の適性を持つであろう人物に尊敬の念を向けるシーリスであった──────
セシーヌとエミリはシーリス達から離れ、近くを通る者に聞いたラルの家の戸を叩く
すると中から少女が現れ2人を見て首を傾げる
「えっと・・・」
「ラルさんですか?」
「え・・・はい・・・」
「突然お訪ねして申し訳ありません。私はセシーヌ・・・ロウ・・・ローグ様の紹介で来たのですがお母様とお父様は居ますか?」
「!・・・はい!」
怪訝そうな顔をしていたラルだったがローグの名を聞いた途端表情を変え2人を家の中に招き入れる
「?・・・お姉ちゃん達入って入って!」
「え、ええ・・・ちょ、ラルさん!?」
あまりの無警戒ぶりに2人は顔を見合わせ戸惑いの表情を浮かべているとその様子を見たラルは2人の後ろに回り込みトンと背中を押した
押されて中に入るとテーブルだけが置いてあるこじんまりとした部屋があり、その奥から物音を聞いて出て来たラルの父親が杖をつきながら出て来る
「報告にしてはあまりにも早いと思うのですが・・・」
「報告・・・ですか?」
「お父さん!ローグお兄ちゃんの友達だって!」
「おお・・・ローグ様の・・・。どのようなご用件でしょうか?」
友達と言われて複雑な表情をするセシーヌにラルの父親であるハーキン・ムジーナはラルと同様にすぐに表情を崩す
「・・・奥様はいらっしゃいますか?」
「!・・・妻は・・・その・・・ローグ様より聞いてはおりませんか?その・・・とても人前に出られるような状態では・・・」
「だから来たのですよ」
「え?」
「私の名はセシーヌ・アン・メリア・・・恥ずかしながら巷では聖女と呼ばれています。ローグ様の依頼により奥様を治しに来ました──────」
聖女が家にやって来た・・・にわかに信じられない現実に放心状態だったハーキンはラルに揺らされようやく我に返るとセシーヌを妻であるムルの元に案内した
セシーヌが集中するから2人っきりにさせてくれと言ったので、今はエミリとラル、それにハーキンがムルの治療が終わるのを居間で待っている状態であった
「・・・少しお聞きしても?」
「は、はい!なんなりと!」
「そう畏まらないで下さい。私はただの侍女ですので。お聞きしたいのは先程私達を見て『報告』と仰っておりましたがその『報告』とは?」
「え、ええ・・・毎日1回、ダンジョンに何人入ったか組合から報告が入るのです。その報告内容をローグ様にお伝えするのが私の役目でして・・・」
「役目?」
「はい・・・私は冒険者をやっていたのですが無理をして足を・・・以来仕事など出来ずラルが裏で取れるリンゴを誰かに買ってもらい日銭を稼ぐ毎日・・・妻の症状も日に日に悪くなっていく中、まるで死を待つだけの日々を過ごしておりました・・・ですが先日リンゴを高額で買って下さった方がおりまして、その方が家を訪ね動けない私に仕事を下さったのです・・・1日1回、その報告をするという仕事を」
「その方が・・・ローグ殿」
「はい・・・感謝してもし足りません・・・十分食事も取れるようになり妻も笑顔を見せるようになりラルも嬉しそうに・・・しかも今度は聖女様を・・・」
「・・・そうだったのですね。今回私共が伺ったのはもちろん奥様を治す為です・・・が、誰でも彼でも治しに行くというのは難しく国で定められております寄付金を納めて頂いている次第です」
「あっ・・・お、おいくらですか?その・・・ローグ様に頂いたお金が少しなら・・・」
「いえ、既に人伝にローグ殿より頂いております」
「そ、そうですか・・・ちなみにその寄付金とはおいくらなのですか?」
「寄付して頂いたお金は100万ゴールドほどです」
「ひゃ・・・そ、そんなに・・・」
「ある者に『聖女様に会ったら支払うように』と託していたようです。貴族の方でも余程親密ではない限りポンと出せるような金額ではありませんが・・・なぜそこまでして下さるか心当たりがおありですか?」
「・・・ローグ様はラルが命の恩人だと仰ってました・・・」
「ラルさんが?」
エミリは部屋の隅で積み木をして遊ぶラルに視線を移す
まだ幼い子供・・・その子供が命の恩人という言葉に違和感を抱く
「ラル、このお姉さんにローグ様をお助けした時の事をお話して」
「お兄ちゃんを?・・・うーん、首に巻いてある輪っかを触ってマナを流したら外れたの!それでえっと・・・お兄ちゃん喜んでた!そしたら土がグーンってなってお空に行って・・・」
「首の輪っか・・・マナ封じの首輪?それに土が・・・まさか外の石柱はローグ殿が?」
「うん!最初は土だったけど後から石に変わっちゃってたの!なんか倒れないようにって!」
「・・・石化・・・最初から石柱を作るより遥かに難しいはず・・・そのローグ殿はどちらにいらっしゃいますか?寄付金のお礼と少しお話を聞きたいのですが・・・」
「ローグ様は村を去りましたのでお会いするのは難しいかと・・・私も居場所は知らされておりませんので・・・恐らくですがエモーンズにいらっしゃるかとは思いますが」
「?・・・それではその毎日の報告はどうされているのですか?」
「ああ、それはこの渡された通信道具で・・・」
ハーキンが懐から出した石・・・それを見てエミリは驚く
通信道具など個人が持つような代物ではない。しかもギルドで見た事がある物よりもかなり小型であった
「・・・本当にそれで連絡が出来るのですか?」
「ええ。毎日これで連絡しております。あっ、申し訳ありません・・・その3日前くらいにローグ様より忙しくなるので連絡はローグ様からと・・・なので・・・」
「あ、いえ大丈夫です。お会い出来ればと思ってお聞きしただけなので・・・そうですか・・・通信道具・・・」
1人呟くエミリ
ハーキンとラルが顔を見合わせて首を傾げてその様子を見ていると奥の部屋のドアがカチャリと音を立てて開く
「・・・え・・・」
「・・・ごめんねラル・・・寂しい思いさせて・・・」
「おか・・・お母さん!!」
ずっとベッドの上で寝たきりだった母親ムルがそこに立ちラルに微笑みかける
その瞬間ラルは持っていた積み木を放り投げムルに駆け寄ると勢いよく抱きついた
「お母さんお母さんお母さん!!」
「ちょっと・・・もう。・・・あなたにも心配かけました・・・もう大丈夫って・・・言わ・・・」
治療が無事終わった事を報告しようとラルを抱き締めながらハーキンを見るとムルは言葉を詰まらせた
共に暮らし自分の足を失っても涙ひとつ見せなかったハーキンが無言で涙を流し優しい眼差しを向けていたから──────




