134階 魔蝕
「治療・・・ですか?」
「はい・・・ヒーラーに頼んだみたいなのですが治らなかったみたいで・・・」
ち、近い・・・
セシーヌの計らいでさっきの小部屋とは違ったちゃんとした応接間に通されたと思ったらセシーヌは僕の隣に座った。普通テーブルを挟んで両方にソファーがある場合って対面に座るんじゃないの?・・・その対面に座っているエミリの視線が痛い・・・
「・・・どのような症状かお分かりですか?」
「えっと・・・前触れなく突然具合が悪くなったりするらしくて・・・本人達も原因とか不明でして・・・」
「顔色はどうでしたか?どれくらいの期間その症状が?」
「顔色は悪かったですね・・・青白いというか・・・期間はすみません・・・聞いてませんでした」
「そう・・・ですか・・・恐らくその方を苦しめているのは『魔蝕』ですね」
「ましょく?」
「魔力が体を蝕む病気です。治療法が確立されていない厄介な病・・・長い期間苦しめ死に至しめる・・・恐ろしい病気です」
魔力・・・確かダンコに教えてもらった・・・マナは本来魔力と呼ばれているらしく、人間や魔物は魔力を体内に取り込み魔核で変換したものをマナと呼ぶ
つまり大気中に漂っているのは正確にはマナではなく魔力なんだとか
で、何故変換する必要があるかと言うと魔力自体は人体に毒らしく体に悪影響を及ぼすからだとか
「なぜ魔力が?魔核が変換しきれてないとかですか?」
「人の場合は魔核ではなく器と呼んでいます。原因は分かっていないのですが『魔蝕』はその器に傷が入っていてそこから魔力が流れ出て体を蝕むのです」
「魔核・・・じゃなくて器に傷?」
「はい。穴なのか傷なのか・・・とにかく変換していない魔力が原因です。程度によっては僅かな時間で人を死に致しめると聞きます」
「そんな・・・では死を待つしかないって事ですか?」
「いえ・・・治療法が確立されていないだけで治す術はあります」
「その方法は?」
「・・・今のところ我がメリア一族だけが・・・魔蝕を治せる・・・つまり器の修復が出来るのです」
メリア一族・・・セシーヌの血筋の人だけが?じゃあやっぱり聖女が治せるっていうのは本当だったんだ・・・
「お願いです!ラルの母親を・・・救って下さい!」
「もちろ」「いけませんセシーヌ様」
セシーヌが承諾してくれそうになったのにぃ・・・とことん邪魔する気か!
「エミリ!どうして・・・」
「お忘れですか?この度は布教の為・・・その為にセシーヌ様の予定に合わせて皆が動いております。エモーンズではセシーヌ様に合わせて教会を建てております・・・それも間に合わせるよう無理をして・・・なのにセシーヌ様が寄り道をし予定より遅れるとなればその者達の努力を踏みにじる事になります。それに別目的の方が御同行されているのです・・・勝手な真似は出来ません」
「ですが人の命が・・・」
「治療を望む者は他にも沢山おります。その方だけ特別扱いすれば不満を訴える者もいるでしょう・・・かと言って全ての人を治していたらいつまで経ってもエモーンズには辿り着けません・・・聖女として全ての人を平等に扱わなくてはならないとなっているはずですが?」
「うっ・・・でも!」
「それにその村の方が寄付金を払えるとはとても・・・」
エミリはチラリと僕を見た
なるほど・・・寄付金という名の治療費か・・・
「ロウニール様のご友人から寄付金など募る気はありません!」
「それはなりません。それこそ不平等・・・セーレン教の教えに反する考えです」
セーレン教・・・不平等を嫌うのか・・・まるでダンジョンみたいだな
「では、私が払います!」
「財政は全て御父上・・・ゼン・アン・メリア様が握っていますが?そう言えばセシーヌ様もお小遣いが500ゴールド程・・・ああ、それも確か買い食いをして・・・」
「い、言わないで下さい!・・・ううっ・・・」
買い食い・・・聖女も買い食いするんだ・・・
「あの・・・ちなみにこの寄付金っていくらなんですか?」
「・・・冒険者でもポンと出せる金額ではありません・・・1人につき10万ゴールド・・・それに出張治療の場合は別途費用が発生します。場所によって違いますが・・・そのムルタナという村でしたら更に10万ゴールド必要ですね」
コイツ・・・僕が払えないようにわざとふっかけてるのか?
「エミリ!元々エモーンズには行く予定ですし寄るだけで10万ゴールドは高過ぎます!」
「もしですもし・・・先程もお伝えしたようにこの旅は気ままな旅では御座いません・・・寄るだけと仰いますが大人数が動くのです・・・それだけの費用が発生するのは当たり前です。まあもし寄付が出来たとしても行く事はありませんが」
「へブラム伯爵には私から・・・」
「セシーヌ様!」
「っ!・・・ごめんなさい・・・」
へブラム伯爵?それが別の目的で同行している人か・・・ふむ・・・
「お尋ねしたいのですが、予定ではこの街を出るのはいつなのですか?」
「・・・それを聞いてどうするのです?」
「明日です」
「・・・」
エミリは僕の質問に答えるつもりがなかったのか素直に答えてくれたセシーヌ様に抗議の視線を向ける
「明日・・・ですか・・・ムルタナに寄るだけなら一日もあれば十分・・・つまり今日出発すれば予定通りエモーンズに着くということですね?」
「例えそうだとしても・・・」
「セシーヌ様・・・そのへブラム伯爵様に頼んでもらっても宜しいでしょうか?着く日は変わらないので今日ここを出発して寄り道したい場所がある、と」
「もちろんです!」
「・・・ハア・・・話を聞いていましたか?例え寄ったところで寄付金がなければ・・・」
「あればいいんですよね?」
そう言って僕はゲートを開くと中から袋を取り出しエミリの前に置いた
ドスンと重量感たっぷりな音を立てて置かれた袋を怪訝そうな顔で見つめるエミリ・・・次に僕を睨みつけるがその視線を笑顔で跳ね返す
「お確かめ下さい・・・余分に入っていたら寄付しますよ」
エミリは僕の言葉を聞いて慌てて袋の中身を確認すると驚愕の表情を浮かべて再び僕を見た
「どうして・・・一介の冒険者が・・・しかもそれは・・・」
「ゲートというものでここではない場所と繋げる能力です。ある方からこの腕輪を借りまして・・・この中に入っているものは好きに使っていいと言われたので使わせてもらいました」
「ある方?」
「ええ、セシーヌ様・・・実は今回の治療して頂きたい人はその方の知り合いでして・・・僕はその方にもし聖女様と会う事があったらお願いしてくれと頼まれただけなんです」
「まあ・・・その方とは?」
「エモーンズの冒険者組合『ダンジョンナイト』組合長・・・ローグさんです」
「ローグ・・・様・・・」
「組合の組合長か・・・」
なぜ僕が大金を持っているか今のでどうやら合点がいったようだ
僕のような一介の冒険者では20万ゴールドを貯めようと思ったら至難の業・・・でも組合長なら大金を持っている可能性は十分ある
「これでひとつの条件はクリア・・・後は同行者の許可が得られれば大丈夫って事ですよね?」
ラルの母親の命が懸かってるんだ・・・ここは絶対に引けない
もしこれでもダメならいっそうローグになってセシーヌをゲートでムルタナまで連れて・・・
「エミリ・・・予定通りに到着出来て寄付金もあれば問題ないのでは?」
「し、しかし・・・」
「へブラム伯爵は私が説得します!それで良いですよね!」
「・・・はい・・・」
セシーヌの圧力に耐え切れずとうとうエミリは承諾した
これでへブラム伯爵さえ説得出来ればラルの母親は・・・助かる!
「ロウニール様!ここで待っていて下さい!必ずや了承を得て参ります!」
セシーヌは立ち上がると僕の手を握り足早に部屋を出て行く・・・えっと・・・エミリと2人っきりにしないで欲しいのだけど・・・
「・・・チッ・・・やはり帰らせずにあの場で殺しておくべきだったか・・・」
ヒィ!心の声漏れてますよ!
《あの人間が戻って来る前に手短に言うわ・・・目の前の人間には気を付けなさい・・・実力を隠している・・・私にも分からないくらいに巧妙にね》
それは何となく僕も気付いた
あの廊下でいきなり襲って来た時・・・ダンコが声をかけてくれなかったら不意打ちとはいえ僕はあの時やられていたかもしれない・・・それに容赦なく短剣を振れる残忍さ・・・修道服に騙されたけどこの人はただの侍女じゃない
「・・・目的はなんだ?」
先程まで丁寧だった口調は変わりあからさまに僕を睨む
「目的・・・ですか?さっきも言ったように知り合いを・・・知り合いの知り合いを助けて欲しいだけです」
ラルの母親を治してもらいたい一心で行動してたけど、いざ治してもらえそうになって改めて気付いた・・・ラルと知り合ったのは僕ではなくローグだった
このままセシーヌがラルの母親を治しにムルタナに行き僕の名前を出そうものなら『ロウニール=ローグ』というのがバレてしまう・・・まあまたローグがロウニールに変装してたって事にすれば誤魔化せるかも知れないけど・・・
「・・・その話を信じろと?」
「信じるも何も真実ですから・・・」
「・・・バカバカしい。貴様とそのローグはエモーンズの者であろう?今回病に侵されているのはムルタナの者・・・知り合いとはいえそこまで深い関係ではあるまい。更に知り合いの母親だと言うし・・・その者の為にこの袋の中身を全て寄付すると?1万金貨が100枚は入っているぞ?たかだか数年前に出来たダンジョンの組合でそこまで稼げるとは思えん。それとその腕輪・・・他人に貸すような代物ではないのは明白・・・ゲートで他の空間に繋げるだと?それが本当なら国宝級の代物だ・・・それひとつで一生遊べるぐらいの価値がある・・・赤の他人の治療に100万ゴールドを出し、他人に国宝級の代物を貸す、組合の組合長・・・そんな存在があってたまるか」
いや、実際いるのですよ
でも信じられないのも無理はないか・・・金貨も腕輪も自分で作った物・・・それを知らなければ疑いたくなる気持ちも分かる気がする
かと言って『自分で作りました』なんて言えないからな・・・どう答えるべきか・・・
「目的は・・・聖女セシーヌ様か?」
「へ?」
「好意を寄せられていることをいいことに何かを企んでいる・・・そうだろ?でなければ辻褄が合わない・・・何を企んでいる?吐かぬなら・・・」
殺気・・・まさか僕を・・・
エミリがどこからともなく短剣を取り出し構えた次の瞬間・・・ドアが激しく開け放たれる
「ロウニール様!へブラム伯爵が?今日出発しても良いそうです!これで一緒にムルタナまで行けますね!」
「・・・えっと僕はここに残りますが・・・」
「・・・え?」
絶頂から絶望へ・・・そんな落差のある表情の変化は初めて見た──────




