131階 兄妹
教会の朝は早い
朝日が昇ると共に神は人々を見ている・・・そう伝えられている為に神聖な場所は日が昇る前に綺麗に掃除しなくてはならないからだ
護衛として帯同している宮廷魔術師候補の2人も例外ではなく寝ているところを無理やり起こされ掃除道具を渡されると否応なしに掃除へと駆り出されていた
「・・・最悪・・・」
「そ、そうですか?ほら、早起きは3ゴールドの得って・・・」
「じゃあ3ゴールドあげるからアタシ寝てていい?」
「あう・・・それはちょっと・・・」
「冗談よ・・・さっさと終わらせましょう・・・まだ寝足りないから」
「は、はい」
シーリスとサマンサはまだ暗いうちに教会の外の掃き掃除を終えると今度は礼拝堂に向かった
ここで朝の祈りを捧げ、迎える準備が出来たと報告する事になっていた
礼拝堂に入ると迎えたのはセシーヌの侍女長エミリ
「シーリス殿にサマンサ殿おはようございます。掃除は終わりましたか?」
「はい!」「・・・ええ・・・」
2人の反応の違いにエミリは微笑み、礼拝堂に置かれた女神像の前に進み出て床に膝をつき両手を組んで祈りを捧げる
シーリスとサマンサもそれに倣って後ろで祈りを捧げていると礼拝堂にセシーヌが入って来た
「おはようございます」
同性から見ても息を呑む美しさ
まだ年端もいかない女の子・・・なのに礼拝堂の雰囲気とも相まって気品高く見え、絶世の美女と呼び声高いのも頷ける
「シーリス・・・食後に少しお話があります」
そんな絶世の美女からの誘いに男ならば飛び上がって喜ぶはずだがシーリスは女・・・それに昨日見たものが疑惑から確信に変わり深くため息をつく
「・・・分かりました・・・聖女様──────」
フーリシア王国には2人の『至宝』がいる
1人は若くして騎士団団長となった『至高の騎士』ディーン・クジャタ・アンキネス
もう1人は歴代の中でも群を抜いた回復魔法を使う『聖女』セシーヌ・アン・メリア
この2人の内1人にでも何かあれば国が傾くとさえ言われている超重要人物
なので街の中を出歩く時さえ護衛が必須となる
セシーヌは護衛という名目でシーリスを連れ出した・・・話を聞く為に
「久しぶりに街中を歩いた気がします・・・王都ではすぐに囲まれてしまい歩くのもままならないので」
王都の教会に普段は居るセシーヌは訪ねて来る者達に治療を施す日々・・・ほんの少しの合間の休憩時間でさえ簡単に出歩く事は出来ずにいた
それがここカルオスではセシーヌは単なる修道服を着た少女であり、見た目ゆえに多少は目立つものの誰彼と話し掛けられることはなかった
「・・・それで・・・アタシに話とは?」
歩きながらシーリスが尋ねるとセシーヌは微笑みながらこう言った
「貴女のお兄様の事です」
馬車の中からロウニールらしき人物を見かけて咄嗟に隠れた事を思い出す。他人の空似であれば良かったのにと表情を崩さず心の中で舌打ちし、彼女が自分に何を聞こうとしているのか思考を巡らせる
「・・・アニキが何か?」
「昨日この街で偶然お会いしまして・・・結婚を申し込みました」
「けっ!?・・・正気ですか!?せ・・・」
「シーリス・・・セシーヌと呼んで下さい。せめて街中では」
聖女と呼ぼうとしたシーリスを制して一瞬周囲に目を配り小声で伝える
シーリスも迂闊だったと同じように誰かに聞かれていないか確認した後で一度深呼吸してセシーヌの真意を見抜こうと必死に考える
停止していた思考を再び巡らせ、聖女であるセシーヌがなぜあの兄に求婚したか考えるが・・・どう考えても答えには辿り着けそうになかった
「・・・セシーヌ様・・・なぜ・・・」
「なぜ?私が素敵だと思ったからです。まだ返事はもらえてませんが・・・それよりも私は不思議に思うのですが・・・貴女はなぜ『なぜ?』とお思いで?」
「なぜって・・・セシーヌ様はアレを知らないのです・・・アレは・・・」
「実の兄を『アレ』呼ばわりはやめてもらえませんか?聞いててとても不愉快です」
「・・・アニキを知れば結婚したいなんて口にする事はないと思います・・・ア・・・アニキはどうしようもない人なので・・・」
「どうしようもない?なぜですか?」
「・・・アタシは・・・母の心からの笑顔を見た事がありません」
「お母様の?・・・どうしてでしょうか?」
「・・・・・・アタシはアニキより5つ年下です・・・私が物心ついた時には既にアニキは学校で色々と学んでいました・・・最初の頃は特に気にしていませんでしたが・・・ある時気付いたのです・・・母はアニキを憂いて笑顔になれないのだと」
「・・・」
「マナも使えないくせに周りが別の道を勧めても聞く耳持たず冒険者を目指し白い目で見られ、家では突然独り言を発するアニキを見て母がいつもため息をついていた事を昨日の事のように覚えています・・・そんな母を見てアタシはいつしかアニキを憎むようになっていました・・・母の笑顔を奪ったアニキを・・・」
「・・・なるほど・・・さぞお辛かったでしょうね・・・ロウニール様は」
「はぁ?」
同情を誘うつもりはなかった。だが、少なくとも自分の話を聞いて考え直すきっかけになるのではと思っていたシーリスは思わず顔を歪める
「そうではありませんか?マナを使えない事も独り言を言ってしまう事もロウニール様の問題であり貴女やお母様の問題ではありません。なのに体裁を気にして周りが気にすれば気にするほどロウニール様にはさぞかしプレッシャーとなっていた事でしょう」
「体裁って・・・別に母は・・・」
「ではなぜお母様はロウニール様を見てため息を?」
「それは・・・」
「マナを使えずとも独り言を呟こうとも我が子である事には変わりないのでは?ロウニール様は私にお話をして下さった時にそれはそれは悲しげな表情をされていました。当然ですよね・・・誰も理解してくれない中で唯一理解してくれるであろう身内にも理解されず孤独な日々を過ごして来たのでしょうから・・・」
「・・・セシーヌ様は知らないからそのような事を言えるのです・・・」
「そうでしょうか?我が子を案じ行く末を心配する事は理解出来ます・・・ですが、貴女の話を聞いているととてもそのようには感じなかったので・・・」
「だったら・・・子も親の気持ちを汲んでも良いのでは?身の丈のあった道を選び、夜な夜な独り言を呟くのをやめて・・・そうすれば母だって・・・」
「周りの目を気にする必要がなくなると?」
「違います!安心する事が出来るようになるのです!」
「そして貴女を見てくれる・・・そういう事ですか?」
「っ!・・・違う・・・アタシは・・・」
「・・・変わらぬ過去をとやかく言っても仕方ありませんね・・・母親を独占したい気持ちは誰しもが持つもの・・・その事を今更責めるつもりはありません」
「・・・」
「私が望むのは『これから』です。私が見初めた方がどのような人か・・・これまでのしがらみを捨て忌憚のない目で見て頂けたらと思います」
「・・・どうしてそこまでアニキを・・・」
「評価しているか・・・ですか?そうですね・・・私は相手のマナ量を知る事が出来ます・・・宮廷魔術師であるラディル様も知る事が出来るらしいのですが私の方がより詳しく見れるのです。恐らくラディル様は貴女のマナ量を見て宮廷魔術師候補にしたのでしょう・・・私から見ても貴女はかなり・・・私の知る限りでは最もマナ量が多いのです・・・ですがその評価は数日で覆りました・・・貴女のお兄様であるロウニール様は・・・その貴女をも軽く凌駕する程のマナの持ち主・・・恐らくこの世で最もマナ量の多い御仁でしょう」
「・・・アニキ・・・が?」
「もしかしたらマナを使えなかったのもそのせいかも知れませんね・・・緩流の川を渡るのは容易く激流の川を渡るのは容易ではないのと同じでマナを扱うのもまた至難の業だったのでしょう」
「・・・マナが多いからと言って使えなければ・・・それに今の事が本当だったとしてもマナ量が多いのと恋心は関係ないのでは?」
「子は親の特性を継ぐ・・・もちろん全てではないのですが・・・私の一族は神の声を聞き代弁者となり人々を救うのが使命なのです・・・ですが救いの手もマナが足りなければ全ての人に行き渡らない・・・一族の永遠の課題です」
「・・・まさか・・・」
「はい・・・一族は奇跡の力を行使する為に努力してきました・・・その内のひとつが配偶者のマナ量です。マナ量が増えればそれだけ力を発揮出来る・・・マナポーションだけでは足りない時も多々あります・・・それを克服出来るのです」
「・・・それだけの理由で・・・」
「それだけ・・・ですか?1人でも多くの人を救う為・・・それがそれだけと果たして言えるでしょうか?」
「でも!・・・その為には・・・好きでもない人と・・・」
「何を言っているのですか?マナ量の多い方と添い遂げ子を成せばマナ量の多い子が産まれる可能性が高まり、それで救われる人が多くなる・・・誰もが幸せになれる未来が待っているのに好きにならない訳がないじゃないですか」
「・・・え?」
シーリスはようやくここで理解する
シーヌは聖女として人々を救う為に生を全うするつもりであり、シーリスはごく一般的に自分の幸せを願って生きる・・・その2人が話したところで意見が合う訳もなく理解出来るとは到底思えない
価値観が違い過ぎるのだ
「あら?何か音が聞こえます・・・どこかで争いでも起きてるのでしょうか・・・」
話に夢中になりいつの間にか街外れまで歩いていた2人
人気も少なくなり閑散としている場所には似つかわしくない音が確かに聞こえてきていた
セシーヌの考え方にショックを受けて呆然としていたシーリスはその音を聞き我に返るとその音がする方向に視線を向けた
「・・・誰かが魔法を使ってます・・・危険ですので」
「行きましょう」
「へ?いや、セシーヌ様!?」
危険だから引き返そうと提案しようとしたシーリスを置いてスタスタと音のする方角へと歩き出すセシーヌ
慌てて引き止めようとするがセシーヌは何も警戒することなく足早に音がする方角へと向かい止まることが出来ない
「・・・ハア・・・ハア・・・セシーヌ様・・・少しは自覚を持って・・・」
「・・・お兄様はマナが使えない・・・そう仰ってましたよね?」
「は?今それを聞いて何の意味が・・・」
「見て下さい・・・激流の川を渡ったあの方の姿を」
「激流の川?」
シーリスは思い出す
セシーヌは緩流の川を渡るのは容易く、激流の川を渡るのは容易ではないと言ってた事を
今思い返せばまるでロウニールが激流の川を渡ったような口振りだった
つまり・・・マナを使えるようになっている・・・そう彼女は言っていたのだ
しかしシーリスはその言葉を聞いてもピンと来なかった
なぜなら・・・シーリスにとってロウニールは『母を悲しませる出来損ないのアニキ』なのだから・・・
しかし・・・
「上げてきたな!ロウニール!!」
「ゲイルさんこそ!」
生き生きとした表情で魔法を駆使するロウニールがそこにはいた──────




