130階 セシーヌ・アン・メリア
予定では二三日ムルタナに滞在してダンジョンを見てみようとしていたのだけど実際は一日・・・しかも牢屋に宿泊のおまけ付き
ロウニールとしていようとしていたけど、結局ロウニールに変身したローグという訳の分からない設定になってしまった為に用事を済ますとすぐにムルタナから出ることにした
「バデット・・・いいな?必ず毎日ダンジョンに誰かしら行かせること・・・無理はさせなくていいがマナは消費しろと伝えろ」
「分かってるってえの・・・それと毎日報告だろ?」
「君以外の・・・なるべく女性がいい」
「ハイハイ・・・傷付くぜ・・・俺様ってそんなに顔怖いか?」
「・・・仮面作ってやろうか?」
「要らねえよ!さっさと行っちまえ!」
せっかく厚意で言ったのに・・・まあ体格のいいバデットが仮面をつけて歩いていたら通報されるな・・・多分
追い出させるようにムルタナを出てしばらく歩くとゲートを開きカルオス近くに移動する
「さて・・・少し早いけどドラゴニュート退治に行きますか」
《油断しない事ね・・・どれくらい経験を積んでるか不明だし味方が足を引っ張るかも知れないし》
「足を引っ張るって・・・・・・まあ有り得なくもないか・・・」
連携が上手く取れてないと足の引っ張り合いになる可能性は十分にある。剣士が無謀に突っ込んでその後ろから魔法が・・・なんて場面を何度見たことか・・・
それにもし味方を守りながら戦わなければならないとしたら・・・何度も倒した事のあるドラゴニュートだけど失敗する可能性が出てくる
《アナタ1人で行った方が確実なのにね》
「あくまでも僕は手伝い・・・これはゲルドさんの戦いなんだ」
《ハイハイ・・・けど準備だけはしといてね。アナタの命は・・・》
「ダンコの命でもあるって言いたいんだろ?分かってるよ・・・もう今回みたいになるのは僕も嫌だし・・・」
今回もしラルが首輪を外してくれなければ・・・僕は村に侵入して来た魔物に殺されていただろう
あんな経験はもう懲り懲り・・・ダンコの言う通り何があっても対処出来るように準備万端で挑もう
仮面とマントをゲートを開いてしまい、少し歩くとカルオスに到着
ギルドカードを提示して中に入るとそこには2年前とほとんど変わらない街の姿があった
「まっ、エモーンズが急激に成長しているだけで普通はそんなに変わるものでも・・・」
《ロウ!後ろ!》
ダンコの鋭い声が危険を知らせる
僕はその声に反応して転がりざま振り返り構えるとそこには・・・馬?
「おう兄ちゃん!入口で突っ立てられると邪魔じゃねえか」
馬が喋った・・・訳ではなく、男が馬上から僕に話し掛けてきた
「それと・・・その手をそのまま離しな。その気はなくとも抜けば斬る」
あっ
思わず剣を握ってしまっていたので慌てて離すと男はニヤリと笑い首から下げたネックレスを触る
「良かったな。あと少しでも遅けりゃ真っ二つだ」
よく見るとネックレスには小さな剣の形をした飾りがついていた。まさかあの飾りで僕を?
邪魔にならないように道を譲ろうと端に避けると今頃になって気付く
男の後ろには護衛と思われる騎士に囲まれた馬車が3台も連なっている事に
「うわぁ凄いな・・・普通の馬車とは違って豪華な装飾もあるし・・・どんな人達なんだろう・・・ん?」
すれ違う馬車・・・その馬車の中に見た事のある人が居たような・・・でもその人は僕と目が合うとすぐに隠れてしまいはっきりと確認出来なかった
「・・・まさか、ね」
何かの見間違いだろうと首を振り、馬車が通り過ぎるのを待っていると2台目の馬車が通り過ぎようとした瞬間に突然止まる
そして馬車の扉が開いたと思ったら中から女の子が降りて来た
年の頃は僕より下っぽい・・・けどなんと言うか・・・着ている修道服と相まって神々しさを感じる
その子はスっと視線を下から上に・・・そして僕と目が合うと微笑み歩み寄る
なんだ?もしかして道を塞いでいた事に怒って文句を?
「初めまして。結婚して下さい」
「・・・は?──────」
それから大変だった
3台目の馬車から慌てて同じような修道服を着た女性がワラワラと出て来て彼女の元に
そしてまるで僕の事を痴漢でも見るような目で睨み聖女と呼ばれた女の子と僕を引き離した
「は、離して下さい!私はこの方と・・・」
「聖女様!このような公の場で・・・とにかく教会に・・・」
「嫌です!私はここから一歩も動きません!」
そんなやり取りを繰り返していると野次馬が徐々に増え始めてきた
それを見た彼女達は何故か僕を見てため息混じりにこう言った
「・・・分かりました・・・では、この方にも着いて来て頂きましょう」
で、僕は今カルオスの教会の応接間にあるソファーに座っている・・・隣に座る聖女に腕に抱きつかれながら
軽く自己紹介を終えた後で僕はニコニコと腕に抱きつく聖女・・・セシーヌ・アン・メリアに尋ねる
「・・・あの・・・一体これは・・・」
「教会の応接間ですよ」
いや場所じゃなくて・・・
「聖女様・・・なぜこのような方を・・・」
テーブルを挟んで前に座る侍女のエミリが僕を睨みながら口を開くとセシーヌはギュッと腕を掴む手に力を入れて彼女を睨む
「エミリ『このような方』なんて失礼ですよ?私の将来の旦那様に対して・・・」
将来の・・・旦那様!?
「またそのような!何が聖女様をその気にさせているのか分かりかねますが聖女様には相応の方と・・・」
「私が夫に是非と思ったからこそ言ってるのです。今回の従者の中にもかなりのマナ量を持った方がいらっしゃいましたが残念ながらその方は女性でした・・・落ち込み私に相応しい男性など存在しないのではと思っていた矢先に現れたのです・・・しかもその女性をも上回るマナ量を持って・・・この方・・・ロウニール・ハーベス様が」
ん?聖女の旦那の条件ってマナ量なの?・・・てか、聖女って人のマナ量が見える!?
「従者・・・そんな方がいらっしゃいましたか?」
エミリが尋ねるとセシーヌは必死に名前を思い出そうと頭を捻る
「ええ・・・確か名前は・・・シーリス・ハーベス・・・・・・ハーベス?」
「・・・シーリス?」
互いに顔を見合せ首を傾げる
今セシーヌは確かに『シーリス』と・・・
「・・・『ハーベス』性の方は結構居るのでしょうか・・・確か出身は今向かっているエモーンズだったかと・・・」
「多分・・・僕の父と母の間に産まれた人ですね・・・その人・・・」
「まあ!・・・っていうことは・・・シーリスはロウニール様の妹・・・」
「・・・世間一般的に言えば・・・そうかもしれません・・・」
やっぱり1台目の馬車に乗ってたのは彼女だったか・・・まずいなぁ・・・
「ハーベス家の方は代々マナ量が多いのでしょうか・・・ともかく今から呼んできますね」
「ちょっ、誰を!?」
「?・・・それはもちろんシーリスを・・・」
「やめて下さい!彼女は僕を兄なんて思ってません!僕は家では厄介者でして・・・その・・・向こうも会いたくないかと・・・」
「・・・なぜロウニール様が厄介者扱いされているのですか?」
ゾクッとするほど冷たい声・・・見るとセシーヌの表情は今までのニコニコ顔から一転無表情へと変わっていた
「その・・・幼い頃からよく幻聴が聞こえてて・・・それに応えてたら不気味な奴って思われちゃって・・・そりゃあそうですよね・・・誰も居ないのに独り言を繰り返していたら誰だって・・・」
そう・・・みんなは悪くない・・・僕がダンコと話している姿は僕だって傍から見たら変だと思うし・・・
「・・・ロウニール様・・・今でもその幻聴は聞こえますでしょうか?」
聞こえない・・・と答えれば今後独り言を見られた時に言い逃れ出来ないしここは・・・
「たまに・・・本当にたまに聞こえます・・・変でしょ?僕って・・・だから仕方ないんですよ・・・厄介者扱いされても・・・聖女様?」
謎の声が聞こえる怪しい人物・・・僕を見る目が変わるだろうなとセシーヌを見ると別の意味で変わっていた・・・なぜ目がキラキラと輝いているんだ!?
「ああ・・・やはり運命・・・まさか聞こえる方がメリア家以外でも・・・」
「・・・まさか・・・聖女様も?」
そう尋ねるとセシーヌはコクリと頷く
セシーヌもダンジョン人間??
思わず視線が胸元に・・・もしダンジョンコアを飲み込んでいるのならダンコみたいに表に出てきてるかも・・・
「あの・・・御所望でしたら2人っきりの時に・・・」
「あっ!いや・・・すみません!」
セシーヌの胸元をガン見してしまい、その視線に気付いたセシーヌが頬を赤らめ、エミリが顔を赤らめた・・・エミリ怖い・・・
「ガッハッハッ!良いぞ小僧!そのまま押し倒しちまえ!」
壁に寄りかかり事の成り行きを黙って見ていた男が僕を煽る
ダンコがコソッと教えてくれたけど、あの男には絶対に逆らっちゃダメらしい・・・なんでもディーン様やレオンクラスの化け物とか・・・さすが聖女の護衛ってところか
「キース殿!・・・もしそのような事をしたら・・・分かってますね?」
壁に寄りかかる男キースを窘めたあと、エミリの視線が僕の股間に・・・何?何するつもり!?
「エミリ!・・・気にしないで下さい・・・私はいつでも・・・」
いやいや・・・まだ1回も使用していないのにバイバイしたくないので遠慮しておきます!
それにしてもセシーヌはダンジョン人間なのかな?・・・そう言えば彼女は『メリア家』と言っていた・・・ダンジョンコアって引き継がれるの?
「その・・・聖女様はどんな声が聞こえるのですか?」
「・・・ごくたまになのですが・・・私の進むべき道を教えて下さいます・・・父も父の母・・・祖母も聞いた事があると・・・『神の声』を」
うん、違うね
ダンコは『神の声』って言うより『悪魔の囁き』だし
「多分聖女様のお聞きになっている高尚な声とは違うと思います・・・」
「ではロウニール様のお聞きになっている声はどのような?」
「文句が多いです。あれやれこれやれと注文も・・・。それとよく怒ります」
「まあ・・・なかなか楽しそうですね」
そうか?楽しく・・・ないとは思うけど・・・
「その話は親御様に?」
「いえ・・・話しても信じてもらえないと思うので・・・」
「そうですか・・・気持ちは分かります。私の祖先も昔は信じてもらえず苦労したと聞きますので・・・」
「そうなんですね・・・でも今は信じてもらえたのですね・・・ということは僕もいずれは理解されるのかな?・・・」
まあ僕の場合は理解されたらえらいことになるけどね
「・・・ロウニール様・・・今日はどこにお泊まりになられるのですか?」
「へ?・・・ああ・・・適当に宿をとって・・・」
「そうですか・・・今日はここまでにしましょう。キースさん、夜も遅いのでロウニール様を宿屋までお送りして頂けますか?」
「いや!大丈夫です!それじゃあ失礼します!」
なんだなんだ?
話を切り上げたと思ったらキースさんを使って追い出そうとした?
突然拉致されていきなり帰らされて・・・セシーヌは一体何がしたかったんだろう──────
「・・・お帰りになられましたか?」
「はい・・・頭の上に?を浮かべながら・・・聖女様は一体彼をどうするおつもりですか?」
「?聞いてなかったのですか?」
「聞いていました・・・ですが私は反対です!素性も知らぬ者を・・・その・・・夫に迎えるなど・・・」
「素性なら分かっているのでは?エモーンズ出身で宮廷魔術師候補のシーリスのお兄様・・・ですよね?」
「そうですが・・・しかし・・・」
「私はもう決めたのです・・・これは運命・・・そう・・・運命なのです・・・ですから私は・・・未来の旦那様にあのようなお顔をされるのは・・・我慢がならないのです・・・」
「『あのようなお顔』・・・ですか?」
「ええ・・・私がきっと・・・解決してみせます・・・聖女の名にかけて──────」




