128階 嘘と罰
ゴクリと喉を鳴らし冷や汗をかくフリップ・・・緊張する彼を見るのは初めてかもしれない
ローグお手製の通信道具とギルドに備え付けられている緊急用の通信道具を向かい合わせ、繰り広げられる会話を固唾を飲んで見守る
〘気持ちは分かる・・・が、ダンジョンブレイクが起きたダンジョンは処理しなければならないのだ。過去にダンジョンブレイクが起きたダンジョンを放置して何度もダンジョンブレイクが起きたダンジョンが・・・〙
〘だから・・・ダンジョンブレイクは起きてないと何度も言ってますが?たまたまギルド職員が動物の群れを見て魔物と勘違いして・・・おい!嘘をつくな!・・・その報告を受けたクルドが慌てて救援要請をしてしまったのです〙
ローグ・・・バッチリクルドの声が入ってるよ・・・
〘ふむ・・・ここからでは判断が出来ん・・・村長はそこに居るのだろう?君は魔物を見ていないか?クルドの間違いと?〙
〘・・・その・・・総ギルド長!!コイツらはダンジョンを守っ・・・あ、いや・・・はい〙
〘・・・〙
〘すみません、度々雑音が入りまして・・・もう大丈夫です〙
こ、殺してない・・・よね?
〘調べれば分かるのだぞ?もし虚偽の報告をしたとあらば・・・〙
〘虚偽?何を以て虚偽としますか?〙
〘なに?〙
〘もしかして調べに来た時に魔物が出たと言う人が居るかもしれません。でも私は魔物は居なかったと言っています・・・さて、どちらが虚偽の報告と判断されるのですか?意見が分かれたら多数決でも取りますか?〙
〘・・・〙
〘恐怖のあまりに動物と魔物を見紛う人もいるでしょう。逆もまた然り・・・その中に虚偽はありますか?私は見たものを素直に言っているだけです・・・あれは動物だったと・・・それが虚偽と言われても困るのですがね〙
〘君の目には動物に映っても他人には魔物に映る可能性がある・・・か・・・〙
〘はい。ちなみにダンジョンブレイクが起きたら近くの村や街はどうなります?壊滅に近い大打撃を受けるのでは?救援要請が来て何時間経ってます?この短い間に解決出来るとお思いですか?〙
〘むう・・・確かに言われてみれば・・・しかし・・・〙
〘責任は私と・・・エモーンズの冒険者ギルド長フリップが取ります〙
「おい!そんなの・・・ムグッ」
フリップお黙り
〘・・・少し経過観察してもいいのでは?私の言う通りダンジョンブレイクは起きていない・・・これからも起きない・・・まあ、ダンジョンブレイクが絶対に起きないダンジョンなど皆無ですのでこれから起きないかどうかは何とも言えないのが正直な話ですが・・・私の見る限りムルタナのダンジョンはそうそうダンジョンブレイクが起きそうにはないと思いますがね〙
〘・・・なかなかダンジョンに詳しいみたいだな〙
〘ええ・・・一応ダンジョンナイトと言われるまでには詳しいかと〙
ダンジョンナイトがダンジョンに詳しいという理由になるかはともかく、ローグの自信たっぷりな物言いに総ギルド長もローグの言葉を信じ始めているように思えた
でも多分・・・ダンジョンブレイクは起きていたはず・・・
〘・・・いいだろう・・・ひとまず君の言う事を信じる事にしよう。ただ事態が事態だ・・・調査はさせてもらうが、ね〙
〘ええどうぞ。ただし証拠もないのに疑いをかけるのはやめて欲しいですね・・・それと犯罪者の言う事を鵜呑みに・・・まっ、総ギルド長殿がそんな事をする訳がないですね・・・聞かなかった事にして下さい〙
〘・・・フッ・・・そう言えば名前を聞いてなかったね〙
〘エモーンズの組合『ダンジョンナイト』の組合長ローグです〙
〘私はフーリシア王国王都フーリシアの冒険者ギルドの長にして総ギルド長を務めるセデス・アジート・アルファスだ・・・君とはいずれ会えるような気がするよ〙
〘では私は会わないよう祈る事にします〙
〘・・・〙
〘・・・〙
〘・・・そうだクルドを殺すなよ?奴はギルドの信用を失墜させた・・・私の手で罪を償わせなければ気が済まない〙
〘それでしたらお早めのお引取りを・・・さすがに自害された責を取らされるのは勘弁して欲しいのでな〙
〘自害するようなタマでもあるまい・・・が、なるべく早く送ろう〙
〘そうして下さい〙
〘ちなみにこちらから使者を送るのではなく君に護送をお願いしたとしたら?〙
〘丁重に断りますね〙
〘・・・依頼しても良いか?〙
〘断っても良いのなら〙
〘・・・なかなかどうして豪胆な奴だ・・・私が誰かもう一度名乗ろうか?〙
〘ギルド村の村長でしたっけ?〙
〘・・・まあそんなようなものだ。ふむ・・・これ以上は時間の無駄か・・・また会おうぞ・・・ローグよ〙
〘一度も会ってませんし会いたくもありませんよ総ギルド長殿〙
非常に気まずい雰囲気になった後、ギルド所有の通信道具がその光を失った
フリップはと言うと・・・冷や汗を滝のように流し虚ろな目をしていた
「ローグ・・・お前さん・・・誰と話してたか本当に分かってんのか?」
〘何度確認するつもりだ?総ギルド長だろ?〙
「そうだけどそうじゃねえ!・・・あの方はなあ・・・元第一騎士団の団長を務めた俺らにとっては雲の上の存在だ!それをお前・・・」
〘ギルド長にとっては雲の上の存在でも私にとっては同じ地上にいる人間だ・・・まだこっちでやる事があるので切るぞ〙
ええ!?私全然話してないのに!!
「待て待て!・・・本当にダンジョンブレイクはなかったんだな?」
〘さて・・・どうだろうな〙
「お前~・・・あっ!切りやがった!あの野郎・・・ん?サラ・・・お前さんなんで震えて・・・お、おい!拳を下ろせ!なんでっ!?」
結局何も話せないまま通信は終わってしまった
色々と話したい事があったのに・・・フリップ許すまじ
でも・・・どうしてローグはムルタナ村に?
エモーンズ以外のダンジョンや組合をどうたらとか言ってたけど本当は・・・
知れば知るほど謎が深まるローグ・・・一体貴方は・・・何を──────
深い森の中
アドス達は難を逃れたと安心し村に戻ることなくそのまま次の村へと突き進む
「今頃どうなってっかな?」
「あの冒険者の数じゃ1時間も持たねえだろ・・・今頃村の中に魔物が入り込んで地獄絵図じゃね?」
「だよな・・・受付嬢狙ってたんだけどな・・・もったいねえ」
「もしかしたら生かされてるかも知れねえぞ?ダンジョンを出た魔物って繁殖狙いで女を攫うって言うじゃん」
「・・・そうなったらそうなったでこっちから願い下げだけどな」
「ひでぇ・・・まっ、さすがに魔物とアナ兄弟は勘弁か」
くだらない会話をしながら突き進む一行
次の村では明るい未来が待っている・・・そう信じて疑わなかった者達の前にある人物が立ち塞がり絶句する
「っ!・・・・・・なんで・・・」
「嘘だろおい・・・もしかしてアンナも逃げて来たのか?」
先程まで噂していたギルドの受付を担当しているアンナ・・・彼女が目の前に立っている事に驚愕し思考は停止した
真っ先に逃げたと思っていたのにアドス達よりも早く逃げた者がいたのか、それとも先回りして助けを求めに来たのか、普段ならそのような思考をするはずなのについ先程の会話が脳裏をかすめその思考には至らない
「・・・こりゃあ願ったり叶ったりってやつだな・・・神様ってやつはちゃんと見てくれてるってわけだ」
「最初は譲るが次は俺だぞ?」
「そう慌てんなって・・・さすがにここは近過ぎる・・・もっと村から離れて・・・」
「逃げるの?」
アドスとウェッジが下衆な会話を繰り広げているとアンナはポツリと呟いた
逃げる?何から?
様子のおかしいアンナを見て首を傾げながらもじわりじわりと近付くと再びアンナが呟いた
「村を見捨てて・・・逃げるの?」
ようやく意味を理解した彼らは顔を見合せ笑みを浮かべると更に距離を縮める
「ムルタナには何の思入れもねえ。命を懸けて守る価値もな。だがお前は違う・・・怖いなら守ってやるよ・・・俺達がな」
「怖い?私が怖がってると?」
「違うのか?わざわざ俺達に近付いたって事は守って欲しいからだろ?安心しな・・・守ってやるよ・・・対価は頂くが、な」
「対価?お金なら沢山あるわ」
そう言って手のひらを開けてアドス達に見せたのは1万ゴールド数枚・・・身を守ってもらうには十分過ぎる価値のある金額に一瞬心を奪われた
しかし・・・
「足りねえな・・・足りねえ分はどうするか・・・分かるだろ?」
アドスの視線は手のひらから下半身に移りそのまま上にあがり舐めまわすように全身を見る
その視線の動きに気付いたのかアンナは微笑みを浮かべコクリと頷いた
「ええ・・・足りない分は・・・体で払うわ」
「・・・物分りがいいじゃねえか・・・まっ、そりゃあそうか・・・女1人じゃ森を抜けるのも困難・・・それにこの先の村に辿り着いてもどうする事も出来ねえしな。でも俺らが居りゃ問題ねえ・・・なあそうだろ?アンナ」
アドスはアンナの目の前まで歩み寄り頬に触れようと手を伸ばした
「アンナ?・・・そうか・・・この女性の名はアンナというのか」
「・・・あ?」
もう少しで触れそうな距離でアンナは目の前から消えてしまう。理解不能な言葉を残して
幻だったのか・・・そう思った次の瞬間、背後から声が聞こえる
「ギャッ」「あ゛っ」
振り返ると短く断末魔をあげる2人
だがその声を発したであろう口は既にない・・・口どころか首から上がなくなり首の根元から血飛沫が舞っていた
「・・・あ?」
再び起こる理解不能な出来事
つい先程までいたアンナは消え、仲間は2人命を落とす
視線の端にウェッジが映り、見ると目を見開き口を半開きにし2人を見つめていた
「ウェッジ!何が・・・」
ウェッジは見たと判断し問い質そうとした瞬間、2人の死体が倒れその背後に居た人物が姿を現す
仮面にマント・・・二度と会う事はないと思っていた人物だ
「・・・ダンジョン・・・ナイト・・・」
「対価を貰いに来た」
剣を振り、付着した血を払うと仮面の男ローグは呟く
「対価・・・だと?」
「君達のやり方だと足りなければ体で払う・・・が基本なのだろう?命に価値は付けられないがあえて価値を付けるのならば私を刺した対価は数百万ゴールド・・・到底払えないだろうから体で支払ってもらった」
「刺した?俺はお前なんて刺していない!俺らを追い出しただけじゃ飽き足らず何しやがんだ!!」
「刺してない?・・・ああ、そうか・・・まだ気付いてなかったんだな。てっきり気付いていると思ったのに・・・」
「あ?気付いてないって何に・・・・・・あ・・・」
ローグがおもむろに仮面を外すとそこには見慣れた顔があった。ここには決して存在しないはず・・・その思いがアドスの言葉を詰まらせる
「そんなバカな・・・あの時お前はアドスに刺されて・・・待て・・・まさかお前がダンジョンナイト?・・・嘘だ・・・そんな訳・・・」
「さてな・・・もしかしたらローグの真似して仮面とマントを付けているだけかもよ?確かめてみたらどうだ?街の兵士如き余裕で殺せるだろ?Dランク冒険者」
「・・・の野郎・・・ふざけやがって・・・俺を舐めんじゃねえ!ロウニール!!」
ここにいるはずのない存在
確かにウェッジは見た・・・村が魔物の接近で混乱する最中、アドスのナイフはロウニールの腹部に深く突き刺さっていたはず
もし万が一生きていたとしても・・・ここにいるはずがない男がウェッジの胸に剣を突き立てる
「ガッ・・・て、てめえ・・・」
「・・・」
足掻き苦しみながらもロウニールを掴もうとした手は空を切る
剣を抜かれ血が噴き出すとウェッジはゆっくりとアドスに振り返りそのまま息途絶え倒れていく
「ウェッジ!!・・・よくも・・・よくも!!」
「よくも?それは僕のセリフだ・・・逆恨みして僕にナイフを突き立てたのはどこのどいつだ?」
「くっ・・・」
「君達は救いようのない悪だ・・・少しでも・・・ほんの少しでも君達が善意を見せてくれれば僕も・・・」
「・・・善意・・・だと?」
「ペギーちゃんに手を出そうとした時の事は僕もやり過ぎたと思って反省した。ムルタナの冒険者ギルドで揉めて僕が牢屋に入れられた事も・・・その後刺された事も僕の油断からくるものだった・・・けど君達はそれに飽き足らず村を見捨て自分達だけ助かろうとして逃げた・・・そして先程の女性の弱みに付け込み・・・・・・君達はもう更生の余地はない・・・恐らくまた別の被害者が出るだろう・・・だから僕は・・・元組合員の君達に処分を下す・・・組合長として・・・これ以上他の人に被害が及ばないように」
「組合長・・・マジでロウニールがローグ・・・クソッタレ・・・」
アドスはようやくロウニールがローグであると認識しナイフを取り出し構える
「やる気か・・・でも僕は君に手を下すつもりはないよ」
「・・・なに?」
「見逃すつもりもないけどね・・・さあかかって来なよ・・・僕は手を出さないからさ」
「・・・ふざけやがって・・・ぶっ殺してやる!!」
アドスはナイフを逆手に持ち体を沈め大地を蹴る
ここを乗り切れば自由が得られる・・・仲間は失ったが生きていればまた仲間を作ればいい
その障害となるロウニールさえ殺せば・・・
強化された脚力はアドス自身をあっという間にロウニールのそばまで運ぶ
後は手に持ったナイフを急所に当てれば勝てる・・・はずだった
「ゲート」
ロウニールの声を聞いたのはそれが最後・・・森にいたはずのアドスはいつの間にか見た事のある風景の中にいた
夢でも見ているのかと辺りを見回すと見慣れた風景に見慣れないモノがいる事に気付く
「・・・なんだ?・・・誰だ!てめえ!」
「自ら来て誰だと尋ねるか人間よ」
「あ?」
「あまり楽しめそうにないな・・・まあいい」
そのモノはゆっくりとアドスに近付く
ここはダンジョン
アドスのとっては見慣れた場所
四方が壁に囲まれた出口のない部屋
そしてそのモノは呟く
「弱き人間よ・・・我が強くなる為に・・・我の糧となれ──────」




