121階 自己弁護
久しぶりの仕事
やっと復帰出来た事に喜びを感じながらニコニコ門の前に立っていると突然後ろから声を掛けられる
「昨日は大暴れだったようだな・・・ロウニール」
「・・・師匠・・・」
既に昨日の夜の件がサラさんの耳に入ってたみたいだ
ペギーちゃんが?それともジケット達が話したのだろうか?
チラッとヘクト爺さんを見るとサラさんは門の支柱に寄り掛かりながら首を振る
「別にそのままで構わないので聞いてくれ。大した用事ではないしな」
「そうですか・・・それでどうしたんです?」
「昨日ロウがのした冒険者がいきなりロウニールにやられたと喚いてるのだ」
「え?だってアイツらが・・・」
「何かしたのか?」
何かしそうになった・・・けど、何かした訳ではない・・・よな?
「奴らは『ダンジョンナイト』の組合員でな・・・組合長の補佐としては無視する訳にもいかん。話を聞かせてくれ」
アイツら・・・サラさんに泣きついたって事か・・・
「向こうからちょっかい出して来たんです。僕達が食事をしていると割り込んで来てペギーちゃんに触れようとして・・・」
「触れてはないのか?」
「肩似手は回してました!・・・でも・・・その・・・触れてはないですが・・・」
「ふーむ・・・それにしてはやり過ぎだな。2人ともかなり重症だ・・・参ったな」
「でも!やられる前にやらないと・・・」
「それはそうだな・・・が、現実にはそうはいかん。今は私が預かっているがもし奴らが兵士にこの事を話せば捕まるだろう」
捕まる?・・・僕が?
「奴らが手を出したとあれば喧嘩両成敗となるだろう・・・その辺はどうなんだ?」
「えっと・・・1人はペギーちゃんに手を出そうとしたから蹴り飛ばして、もう1人は掴みかかって来たのでそれを捌いて・・・」
「掴みかかってか・・・弱いな。殴りかかって来たのなら問題ないが掴みかかって来たのなら暴れるロウを止めようとしたとも取れる・・・このままだと・・・」
そっか・・・当然なんだ・・・街中で暴力を振るえば捕まる・・・喧嘩ならまだしもアイツらは直接手は出ていない・・・出そうとしただけ・・・
「ダンジョンではしばしばこういう揉め事はあるがな・・・ただダンジョンの中では別に喧嘩しようが殺し合おうが罪には問われない。目撃者が居たらな話は別だが基本魔物にやられたと判断されるからだ。切った張ったでいちいち調査していたらキリがない。冒険者でもあるロウなら分かるだろ?」
自分が如何に世間知らずか思い知らされた気分だ
ダンジョン生活が長過ぎた・・・感覚が少しズレてる
「大した用事ではないと言いつつ大した事になってますね・・・」
「奴らの言っている事が嘘だと思っていたからな・・・まさか本当だったとは・・・」
「・・・師匠ならどうしてました?」
「ん?私の仲間に私の目の前で手を出す度胸がある奴がいるかどうか・・・だがまあ同じ事をしたと思うぞ?まあ手加減はするが、な」
そりゃそうだ・・・サラさんが目の前にいてサラさんの知り合いに手を出す命知らずはそう居ない・・・それにサラさんなら戦い慣れているから手加減も上手く出来るだろうし・・・
「・・・まあいい。話は分かった・・・とりあえず私の方で何とかしよう」
「え!?」
「弟子を犯罪者にする訳にはいかないからな・・・それと土地の件だが領主に許可を得たぞ?場所は・・・まあアレだが問題はないだろう。じゃあ仕事頑張れよ」
「え、ちょっ・・・師匠!?」
何とかするって・・・もしかしてアイツらに被害を届けないよう交渉するつもり?
あんなペギーちゃんを強引に誘ったり胸を触ろうとしていた奴らと?
「ヘクト爺さん!」
「・・・お主は復帰して早々・・・まあロウ坊らしいと言えばらしいか・・・行ってこい・・・ワシも同僚が犯罪者になるのはイヤじゃからな」
「ありがとう!すぐに戻って来るよ!」
復帰してまだ1時間も仕事してないのに・・・でもサラさんに任せっぱなしじゃダメだ・・・僕が出来る事を・・・僕は・・・何が出来る?
仕事を放り出してサラさんを追い掛けてはみたものの追い付いて何が出来ると言うんだ?
僕が代わりに交渉する?・・・いや、絶対揉める・・・じゃあサラさんが交渉する場に僕も?・・・居て何が出来る?逆にアイツらの神経を逆撫でするだけじゃ・・・
立ち止まり考えても思いつかない・・・きっとこのままサラさんに追い付いても仕事に戻れと言われるだけ・・・
《行かないの?組合長さん》
「だって行っても・・・組合長?」
そうだ・・・僕が何も出来なくても・・・組合長なら──────
アドスのパーティーの評判は以前から聞いている
良い評判ではなく悪い評判のみ・・・ギルド職員であるペギーからも何とかしてくれと頼まれた事もあった
しかしちょうどその時に『ブラックパンサー』が設立されアドス達は我先にと移籍していった
まあそれは構わない・・・『ブラックパンサー』が消滅して『ダンジョンナイト』に戻って来たのも歓迎する・・・だがどうやら性根を叩き直す必要があるみたいだ
今回の件は世間一般的に見ればロウニールが悪い事になるだろう
しかしこれまでの悪評と周囲の声を聞く限りだと元凶はやはりアドス達にある・・・『ブラックパンサー』から戻って来た時点で注意しておくべきだった・・・これは私のミスだ
「おっとサラさん・・・話は聞けたか?」
ギルドに戻ると私を待ち構えていたアドス達・・・重症と聞いていたが・・・
「治療してもらったのか?」
「高ぇ金払ってな・・・さて、組合としてどうあのロウニールって奴に落とし前つけるのか・・・教えてもらおうか」
「・・・ここではなんだ・・・2階に行くぞ」
「部屋にご招待ってか?」
「ふざけるな・・・2階の応接室を借りる。ついて来い」
「残念・・・おい、お前ら行くぞ」
ペギーが心配そうに見つめる中、ギルドの奥にある階段を上がりフリップの部屋の前・・・応接室に入った
ほとんど使われる事がない部屋だが、中央にテーブル、そのテーブルを挟んだ形でソファーが置かれており、私は右側、アドス達は左側に腰掛ける
「んで?」
「・・・ロウニールに話は聞いて来た・・・大方お前達が言った通り・・・手を出したのはロウニールだけ・・・」
「だからそう言ったろ?組合員を信じねえなんてどうかしてるぜ?」
「一方の意見だけを鵜呑みには出来ない・・・それでお前達は何を望む?謝罪か?賠償か?」
「話が早くていいね・・・謝罪、賠償は当たり前・・・腕のひとつでも切り落としてぇところだがそれは勘弁してやる・・・ロウニールって奴は兵士って聞いたが・・・街を守る兵士がやるこっちゃないよな?・・・当然兵士は辞めてもらう」
「謝罪と賠償だけで十分だろ?」
「足りないね。無抵抗の人間に暴力を振るう兵士なんざ要らねえ・・・精々牢屋の中でやらかした事を後悔しながらシクシク泣いているのがお似合いだ」
「・・・謝罪させ、金を払わせ更に刑に服せと?」
「当然だろ?何だ?アンタまさか組合員より自分の弟子を庇うつもりか?」
知っていたか・・・いや、調べたか
そう言えばロウニールが兵士だと言う事も知っていたし・・・
「そういう事ではない。ただロウニールが何もしていないアドスを蹴り飛ばしたのではなく仲間を守る為に、と聞いてな。その後も掴みかかって来たので仕方なく・・・」
「おいおいサラさんよぉ・・・俺らは何にもしてねえって言ってんだろ?確かに話に割り込んだがそれだけだ・・・それが蹴られたり殴られたりするような事か?」
「肩に手を回すのが『話に割り込んだ』だけになるのか?」
「肩に手を回すのなんざスキンシップのひとつだろ?それとも肩に手を回してはダメって法律でもあんのか?」
「・・・ない、な」
「なら『仲間を守る為』なんて通用しねえよな?そうだろ?」
「・・・」
まずいな・・・これでロウニールを庇っては事態が悪化する・・・かと言って仕事が好きだと言っていたロウニールに兵士は辞めさせたくはない・・・
アドス達にとってロウニールに仕事を辞めさせるのはただの鬱憤晴らし・・・だとしたら・・・
「・・・他の方法はないのか?」
「他の方法って?」
「謝罪と賠償はしよう・・・だが刑罰は・・・」
「なるほど・・・俺らは別に構わねえぜ・・・俺らが納得する代替案を提示してくれりゃあな」
「いくらだ?」
「あん?まさか金で済まそうとしてんのか?・・・おいおい・・・こっちは治ったとはいえ凄まじい痛みを感じたんだ・・・精神的苦痛もな・・・それを金で解決出来ると思ってんのか?」
「なら何を望む」
「抱かせろよ」
「なに?」
「1人1晩・・・安いもんだろ?愛弟子が勤め先も失わずに済むと考えれば・・・な」
コイツら・・・
「それ以外では?」
「ない・・・交渉するつもりもねえ。抱かせるか牢屋に入るか・・・その二択だ」
「・・・」
・・・ロウニール・・・
フッ・・・そう言えば最初にロウニールを弟子にする時約束したな・・・『門番の仕事に支障がないようにする』と
「どうしたんだ?さっさと答えねえと兵士の所に駆け込むぞ?」
「・・・私は・・・」
その時応接室のドアが開く
・・・なんでこう・・・いつもタイミング良く・・・
「・・・ローグ・・・」
「この部屋を使っていると聞いてな・・・それで?組合員が怪我をさせられたと聞いたが・・・」
ローグは部屋を入るなりアドス達を一瞥すると私の隣に座る
明らかにイヤそうな顔をするアドス達・・・でもローグはなぜここに?普段はギルドなど用事がある時以外は来ないのに・・・
「サラ?」
「あ、うん・・・この者達がロウニールに・・・」
「暴力を振るわれたと・・・それは酷いな。それで理由は?」
「えっと・・・ロウニールが言うには仲間に手を出されそうだったと・・・その・・・」
「・・・組合長さんよぉ、話はもうついてんだ・・・今更混ぜっ返されても・・・」
「サラはあくまで組合長補佐・・・決定権は私にある。で?彼らが言うには?」
「・・・あくまで話に割り込んだだけだと・・・肩に手を回しはしたがそれ以外は特に・・・」
「ふむ・・・それは酷いな。組合長として組合員が暴力を振るわれた事に憤りを感じる・・・これは断固としてロウニールを許す訳にはいかないな」
「ローグ!でも・・・」
そっか・・・私にとってはロウニールは弟子でもローグにとっては赤の他人・・・組合員がやられたとあれば怒るのも当然だ・・・でも何だかセリフじみているのは気のせいかな?
「ハッ!組合長が話の分かる奴で良かったぜ・・・でよぉ・・・俺らはロウニールを兵士に突き出そうとしてんだけどサラさんがよぉ・・・」
「そうしよう」
「あ?」
「ロウニールを兵士に捕まえてもらうのだろう?だからそうしようと言ったのだ」
「ローグ!ロウニールは・・・」
「サラ」
ローグは振り向き私を見つめる
仮面の下の目が私に訴えかける・・・『私を信じろ』と
「あ・・・ああ・・・だけどよ・・・ロウニールって兵士らしいんだわ・・・だから捕まったら・・・」
「関係ない。それが望みなんだろう?」
「・・・まあそうだけどよ・・・」
「但しロウニールを兵士に突き出す時は全て正確に話せ・・・嘘偽りなく、な」
「おいおい・・・俺らが嘘ついているとでも?」
「昨日の件の目撃者からは君が女性の胸を触ろうとしてそれを止める為にロウニールが君を蹴り飛ばしたと聞いている。いきなり襲いかかって来たのとそれでは話が違って来るのでな」
「何もしてねえって!その目撃者って奴もロウニールも勘違いしてんだよ!たまたまそう見えただけで・・・」
「ふむ・・・突然話に割り込み背後から肩に手を回し胸を触ろうとしているように見えた・・・セリフはそう・・・『デカ胸の無駄使い』などと言いながら・・・」
え?そんな事言ってたの!?
「状況を整理し頭に思い浮かべると私でも勘違いしてしまいそうだな・・・そのセリフと怪しい行動を見れば」
それはそうだ・・・セリフなしとありとではだいぶ話が変わってくる。そんなセリフを吐きながら胸に手が伸びていたら誰だって触ろうとしていると思うはずだ
旗色が変わってきたのに焦りを覚えたのかアドスは眉間に皺を寄せ小さく舌打ちして背もたれにもたれ掛かる
「・・・あのなあ・・・触ろうとしたのが罪なのか?殴られるほどの事なのか?別に触ってねえしフリだよフリ!ちょっとからかっただけだっつーの!」
「なるほど・・・フリか」
「ああ・・・フリだ」
「死なないといいけどな」
「あ?」
そう言ってローグは突然剣を抜きアドスの首元に・・・目にも留まらぬスピードにアドスは身動きひとつ取れず首元に当てられた剣先をただ見つめていた
「・・・なっ・・・に・・・」
「なーに、殺すフリをしただけ・・・お前の言う『ちょっとからかっただけ』だ」
「ふざけ・・・」
ローグが剣を引き、アドスが立ち上がろうとすると再び剣が振り下ろされる
もちろん寸止めだが、立ち上がろうとしたアドスは腰が抜けたのかそのままストンとソファーに腰を落とす
「ふざけるなと言おうとしたか・・・私も同意見だ・・・恐らくロウニールも同じだろう。フリなどやろうとしている方のさじ加減・・・仲間がやられそうになっているのにそのまま見過ごすはずもなく私でも止めに入る。ロウニールは確かに少しやり過ぎたかもしれない・・・だが兵士に『いきなり何もしてないのに暴行された』と言うのと『女性の胸を触るフリをしたら殴られた』と言うのではかなり心象が違う・・・私がもし兵士ならその話を聞いたら触るフリなんて紛らわしい事をする方が悪い・・・と言うだろうな」
「・・・少しだと?・・・気絶するくらい蹴る事のどこが少しだ!」
「少しだろ?私なら即座に触ろうとした腕を切り落としている。良かったな・・・腕が残ってて」
「くっ・・・組合長さんよぉ・・・アンタがその気ならこっちにも考えがあるぞ?組合員を守らずに何処の馬の骨とも知らねえ奴を庇ったんだ・・・他の組合員がそれを聞いてなんて思うか・・・」
「君が組合員・・・ならな」
「なんだと?」
「度重なるギルド職員への迷惑行為・・・それに今回の件・・・いくら出入り自由な組合とはいえギルド公認の組合の長としては看過出来ない・・・従って君達には組合を辞めてもらう」
「んだと・・・」
「口に気を付けた方がいいぞ?組合員だから大目に見ていたが組合員ではないとなると話は別・・・一言言ってやる・・・誰に口聞いてんだ?」
言いながら殺気を放つローグ
その殺気に気付いたアドス達は額に大汗をかいていた
「き、汚ぇぞ・・・」
「『汚ぇぞ』?それは私に言ったのか?」
更に殺気を強める・・・向けられていない私ですら体が反応してしまいそうな程・・・
「・・・」
「賢明だな・・・喋らなければ口の利き方も気にしなくて済む・・・気を付けるんだな・・・私の居ない所でも」
「ぐっ!・・・・・・お前ら行くぞ・・・」
「アドス!」
「いいから!・・・行くぞ・・・」
無理もない
アドスは先程の攻撃するフリを食らっている。もちろんフリなので傷などついてはいないが殺気を放っているローグがもし先程と同じ行動に出たのなら・・・今度はフリではなく実際に斬られると思うのが普通
多分ローグは実際に斬らないはず・・・アドスもそれは分かっているが賭けるのは自分の命だ・・・もし万が一・・・そう考えたらこの場は去るしかない
これで一件落着か・・・アドス達が部屋を出て邪魔者が居ない状態でローグと2人っきり・・・もしここで肩に手を回され押し倒されたら・・・
「サラ」
「な、なに?」
「恐らく彼らはこの街に居られずに出て行くだろう・・・だが、もし残って何かしそうな雰囲気があったら教えて欲しい」
「う、うん・・・それはいいけどどうしてローグは今日の事が?何も言ってなかったのに・・・」
「・・・・・・たまたま歩いていたらロウニールと会ってな・・・彼の話を聞いて・・・」
ああ・・・そういう事ね
・・・たまたまローグに出会すなんてロウニールって相当運がいいわね。私なんて1回もそんな事ないのに・・・
「・・・それでは私はこれで・・・何かあったらいつでも連絡してくれ。些事でも構わない」
「え?・・・ええ・・・今日はありがとう」
・・・行ってしまった
応接室に1人残りソファーに背を預けると天井を見上げてため息をつく
今度からは些細な事でもローグに相談しよう
そして・・・いつ何が起きてもいいように下着は常に持っておこう
今回は部屋がすぐ近くで良かった
いつの間にか準備万端になってしまった私は自室までの短い距離を誰とも会わずに辿り着けるか心配しながら立ち上がり応接室を後にした──────




