113階 VSシークス・ヤグナー
とうとう約束の日の朝を迎えてしまった
やっとローグに会えるという嬉しさとあの2人が、戦うという緊張感で結局一睡も出来なかった
ローグが勝つと信じている・・・けど期日が近付くにつれてろくでもない事を考えてしまっていたのも事実だ
コンコン
部屋がノックされ誰かと思い出たらペギーだった
彼女は少し不機嫌そうに彼らが来た事を告げる
「いつの間にここが待ち合わせ場所になったんだか・・・」
「ジケット達から聞いてます・・・サッサとギルドから出てって欲しいのですが・・・」
「そう言うな・・・今日で奴らはギルドに寄り付かなくなるだろうから、な──────」
「やあサラ・・・おはよう!」
まるで友のように降りて来た私に手を振るシークス
あれだけのことをしといて・・・更にこれからローグと戦うくせにどうしてそう振る舞えるのやら
「なぜここに来た?場所は訓練所だろ?」
「どうせサラも来るんでしょ?それにボク達は受付しないと中に入れないからギルドに来る必要があるし・・・どうせだったら一緒に行こうと思ってね」
ああそうか・・・訓練所の使用にも普通は受付が必要・・・私やローグは入場料免除になっているから忘れていた
「当然行くがお前達と行くつもりはない。勝手に行ってサッサと負けて来い」
「つれないなぁ・・・けど仲がどうとかで一緒に行く訳じゃないよ?保険だよ保険・・・彼が逃げたらどうなるか・・・サラと一緒に行けば彼も気付くんじゃないかな?」
「逃げるだと?勝ち戦に逃げる理由があると?」
「勝ち戦?なら1ヶ月後にした理由はなんだろうね・・・ボクはその間に逃げるって事も視野に入れてるけど・・・勝てると踏んでいたらすぐに戦っても良かったんじゃない?ぶっちゃけボクはその場で戦っても良かったんだけどね」
「その言葉・・・そっくりそのまま返してやる」
「・・・確かにあの場で戦ってたらボクが負けてたかも・・・意外と強かったからね・・・『ブラックパンサー』は。まっ、今のボクなら余裕で制圧出来そうだけどね」
それだけ上げて来たって事か・・・でもローグは・・・それでも・・・
「良いだろう。人質にでも何でもなってやる。ローグは逃げも隠れもしないからな」
と、私が言った途端に二つのテーブルについていた者達が一斉に立ち上がる
「って事で俺達もついて行くッス!」
「そうそう見れるものじゃないですしね・・・高ランク同士の戦いなんて」
「ケン・・・それにジケット・・・」
ケン達とジケット達は付いて来る気で待っていたらしい
万が一ローグが負けたら何をされるか分からないと言うのに・・・みんなもローグを信じているのかそれとも私を気遣ってか・・・どちらにしてもいい仲間を持ったものだ・・・この私が・・・
「どうなっても知らないぞ?」
「どうせローグさんが勝つんで問題無いッス・・・ちなみに『ダンジョン亭』を人数分予約してるッス・・・1ヵ月ぶりの再会と祝勝会を兼ねての食事会を開く為に」
「ケン・・・」
「・・・ならボクが勝ったら無料でご飯が食べれるのかな?それは思わぬ副賞だ・・・さあウダウダ言ってないで行こうか・・・今日のもう1人の主役が待ち侘びているかもしれないからね──────」
訓練所に近付く度に胸の高鳴りが激しさを増す
1ヵ月・・・これ程までに長く感じるとは・・・
そして遂に・・・扉の前まで来た・・・
「ねえ・・・いつまでそうやってんの?もしかして今更『居ないかも』って思い始めた?」
バカを言うな
そんなのでは無い・・・まあ、今の私の気持ちなどシークスなぞに分かるはずもないか
この先に彼が居る・・・そう考えるだけで手が震えるのだ・・・彼を目にした私がどんな行動を取ってしまうか分からないから・・・・・・怖いのだ
「まどろっこしいなあ・・・いいよ、ボクが開けてやる」
そう言って私を押し退けシークスは扉を開け放つ。すると・・・
「ハハッ・・・マジか・・・まさかとは思ったけど・・・」
扉を開け立ち尽くすシークス
まさか・・・そんな・・・
「さてさて・・・どうしようか?空いた時間の暇潰しに・・・付き合ってくれるよね?サラ・セームン」
「・・・」
ありえない・・・そんな事は・・・日にちを間違えた?それとも来るのが早過ぎたか?とにかくローグが来るまで時間を・・・
「早く入れシークス。お前が進まないと入らない・・・それともここに来て怖気付いたか?」
声がする
一番後ろに居たエリンより更に後ろから・・・懐かしい声が
思わず零れそうになる涙をグッと堪え、私は前を塞ぐシークスに呟いた
「聞いた通りだ。早く入ったらどうだ?シークス・ヤグナー」
「・・・ハッ!遅れて来て偉そうに・・・すぐにその偉そうにしているであろうその面拝んでやるよダンジョンナイト──────」
ローグとシークスが部屋の中心で対峙する
1ヵ月ぶりのローグ・・・触れたいのに触れられないもどかしさがなお一層その原因であるシークスに憎悪として向けられる
「おいおい・・・今にも飛びかかって来そうな感じだけど、もしかして2人がかりでやるつもりか?」
「気にするな。それとも気になって負けた・・・なんて言い訳にでもするつもりか?」
「・・・相変わらず読めねえがそんなに強いのか?ローグゥ」
「まあな。それより提案があるのだが・・・」
「・・・言うだけ言ってみなよ」
「この勝負は私が勝つ。だが君を殺すつもりはない」
「・・・・・・で?だからボクも君を殺すな、と?」
「いや、ありえないが殺すつもりで構わない。そんな事は起きないがな。で、だ・・・生き残った君にしつこく狙われるのも面倒だし他の誰かが狙われないとも限らない・・・だから約束してくれ・・・負けたら冒険者には一切手を出さないと」
「いちいち癇に障る奴だね・・・提案と言ったがただのお願いじゃない?それ」
「いや、勝った者が負けた者に従うっていうルールの追加を提案したい」
「つまりボクが勝てばボクに従うと?死んだ奴に何を従わせろと・・・ああ、そうか何も君だけを対象にする必要もない、か」
そう言うとシークスは私を見た
「サラ・・・ボクが勝ったら君はボクの奴隷になれ」
「なっ!そんなの・・・」
何故か私より周りが激しく反応している
私としては『なんだそんな事か』といった感想でしかないが・・・
「構わない」
「ぶっ!?・・・サラ姐さん!?」
「なんだケン、ローグが負けるとでも?」
「それとこれとは・・・」
「話は同じだ。これでローグからの提案は成立・・・だろ?シークス」
私が尋ねるとシークスは面白くないといったような感じで首を振りため息をつく
「話が早くて助かるけど・・・君達はどうも癪に障る・・・自分達の勝利を微塵も疑わないその姿勢・・・ボクが舐められているのか自惚れなのか・・・まあいいや・・・君の提案は成立だダンジョンナイト・・・ボクが負ければ冒険者には一切手を出さないと約束しよう」
「それは良かった。これで殺さなくて済む・・・それと記憶力がないのか?私はローグだ」
「ああそうだったな・・・だがまあ覚える必要もないよね?今日死ぬのだから・・・ね!!」
これは試合ではない・・・殺し合い
当然始まりの合図などあるはずもなく始まりを告げる
先に動いたのはシークス
間合いを一気に詰めると目にも留まらぬ速さで攻め立てる
全ての動きが洗練されていて無駄がない。しかも傍から見ているだけで感じる・・・一撃一撃が喰らえば必死の一撃であることに
「ハハッ!避けるのは上手いな!ダンジョンナイト!!」
「・・・なるほど・・・やはりその細目は狙っている場所を悟られたくないからわざと・・・」
「・・・余裕でいられるのもこれまでだ!!」
来る
私に向けられた訳では無いのに感じる圧力・・・シークスの本気が──────
「・・・そんな・・・」
ローグが勝つと信じていた
だがここまで・・・ここまで圧倒的な差があるとは・・・思いもしなかった・・・
本気を出したのかスピードを一段階上げての蹴り・・・確かに大振りになってはいた・・・が、常人では躱すこと・・・ましてや受け止める事などほぼ無理だろうと思われる強力な回し蹴り・・・その蹴りをローグは難なく受け止め、更に隙だらけとなったシークスの懐に潜り込むと掌打を放つ
喰らったシークスは激しく揺れ、口から泡を吹いたと思ったら地面に沈んでしまった
呆気ない・・・あまりの呆気ない勝利に私達は喜ぶこともせず、シークスの仲間達も何が起きたのか理解出来ず、ただ呆然と2人の事を見つめる
「・・・えっと・・・サラ姐さん・・・勝った・・・んッスよね?」
「あれでローグが負けたと言う奴が居たとしたらそいつの目がおかしいか特殊なルールの国からやって来た奴だろう・・・『地面に這いつくばった方が勝ち』・・・そんなルールの国があるとすれば、な」
紛れもなくローグの勝ち・・・それは分かっている。だが私はある事情ですぐに喜びを爆発する事は出来なかった。今動くとマズイ・・・・・・・・・漏らした訳じゃないよな?
「そんな・・・シークス・・・クソッこんなの・・・」
ヤット達が動き出す
奴らは納得していないようで殺気を放ちながら
まあそうだろうな・・・こいつらが素直に負けを認めるわけ・・・
「まだ終わってない」
え?
そう言ったのは奴らではなく・・・ローグ
動き出したヤット達を視線で牽制すると気を失っているシークスに近付きゲートを開くと何かが入った小瓶を取り出した
そして蓋を開けシークスの頭の上で逆さにし・・・
「てめえ何しやがる!!」
「安心しろ・・・ただの水だ。こうでもしないと目が覚めないだろ?それとも君達の誰かが目覚めのキスでもしてやるか?私は御免だ」
「俺も御免だよ!!クソッ・・・シークス・・・」
私も絶対に御免だ
ややするとローグの目覚めの水が効いたのかシークスが目を開け辺りを見回す
目の前には空瓶を持ち無傷で立っているローグがいて、後ろには心配そうに見つめるヤット達・・・そこでようやく自分の置かれている状況を把握した
「・・・何をした?」
「蹴りを受け止め隙だらけの腹に掌打を打ち込んだ。で、死なない程度にマナを流してみたが・・・どうやら適量だったみたいだな」
「・・・ハハッ・・・言い訳はしない・・・だけどまさかこれ程とはね・・・」
「悔いが残るか?」
「当然だよ・・・まだ実力の半分も・・・」
「ならもう一度だ。何なら回復魔法をかけてやってもいい」
「・・・なに?」
「まだ意識が朦朧としているのか?もう一度やると言っているんだダンジョンキラー──────」




