110階 会話
エモーンズの街郊外の森の中
非常時に予め集まるよう指定した場所に5人の姿があった
「・・・久しく使ってなかったが・・・『レッド』か・・・」
5人の内の1人、セシスの姿をした男が呟くと『レッド』と判断した男、オードが頭を下げる
「申し訳ありません!あの場所を知られては恐らく・・・」
あの場所とはアジトの地下室
3つの檻がある地下室に捕らえていたはずのサラ達が居なくなっていた時点でオードは『レッド』と判断した
彼らは基本目的に沿っていれば自由だ。何をしようが咎められる事はない。だがある取り決めがあった
3つの隠語『ブルー』『イエロー』『レッド』
『ブルー』は目的に支障をきたす場合がある時、注意を促す時に使われる
『イエロー』は目的が頓挫する可能性がある為、最大限の警戒をせよと忠告する時
そして『レッド』は即時撤退を意味する
何もかも捨て、逃げに徹する『レッド』は破れば死を意味する・・・それはたとえ撤退せずに生き延びたとしても仲間から死を与えられる程強力な掟
「いや、判断は間違ってないだろう。まだ国を敵に回す時ではない。通常は『ブルー』『イエロー』と流れ『レッド』になるのだが・・・してやられたなダンジョンナイトに」
突然即時撤退になったのは決まりを作って初めての事だった
普通なら何かしらの予兆があり、『レッド』もあり得ると想定していたが今回は何の予兆もなく『レッド』に至った
慢心・・・そう言わざるを得ないと男は自嘲気味に笑うとオード達に何が起こったか詳しく聞いた
「オードが地下に居る時です・・・1階が何やら騒がしく見に降りると『ダンジョンキラー』が暴れておりまして・・・」
「初めは拙僧の誘いに乗ったのかと・・・彼らなりの挨拶かとも思ったのですが・・・」
へガンとブルが当時の事を振り返り説明すると男は更に笑みを深める
「『ダンジョンキラー』を囮に使ったか・・・その隙に地下に・・・だがどうやって隠し部屋を?」
「それは・・・分かりません・・・」
1階で応戦していたへガンとブルは予想外の強さをみせる『ダンジョンキラー』に苦戦し地下に居るオードに応援を頼んだ。オードが地下を去った後、外部から何者かが侵入しサラ達を救出・・・しかし隠し部屋は一部の者・・・設立メンバーである4人と幹部候補の者達しか知らないはずであった
「裏切り者か見られていたか・・・建てた大工は金を握らせ他の街に行かせたのだろ?」
「はい・・・十分な金を渡してます。エモーンズを出て行くのも確認したので抜かりはないかと・・・」
「ふむ・・・潜入者はあの4人以外にも居たか・・・」
「いえ・・・それは考えにくいかと・・・幹部候補は全部で8人・・・その8人には色々やらせてます・・・もちろん殺しも」
「となると裏切り者の線は消えるか・・・」
「・・・はい・・・」
「見られた?でも3階に上がった部外者ってサラちゃんだけなんだよね・・・あの時マナを使った感じはしなかったけどなぁ」
ニーニャが首を捻りながらサラがアジトに訪れた時の事を思い出す
もしサラが探索系の魔技を使って部屋を調べていれば間違いなく気付いたはず・・・だがサラはそんな素振りは見せてはいなかった
「直接本人に聞いてみるか」
そう言って男は懐から2つの石を取り出す
「えっ・・・でもそれはこの石と・・・」
そう言いオードも1つ石を取り出した
ロウニール作の通信道具・・・サラから2つ、ケンから1つ奪った彼らはそれをすぐさま活用していた
「通信道具は対になっていることが多い。こっちがオードの持つ石と・・・そしてもうひとつは・・・」
男が石にマナを流すと淡い光を放った
オードの持つ石は無反応・・・それを見て男は確信する
〘無事に逃げられたか?〙
「ああ、お陰様でな・・・ダンジョンナイト」
「!?」
オード達が驚く中、石から聞こえてきた声に男はニヤリと笑い応えた
〘人の道具を勝手に使うのは良くないな〙
「返しに行こうか?それとも取りに来るか?」
〘どちらも遠慮しておこう。出来れば二度と会いたくないからな〙
「なんだ?私が怖いのか?」
〘ああ・・・まだ怖いな〙
「クックッ・・・正直な奴だ。それにまだか・・・まるでいずれ私を超えるとでも言いたげだな」
〘現実にそうなる。まあ出来れば会いたくないっていうのが本音だ。その通信道具は手切れ金と思ってもらえれば助かるんだがな〙
「手切れ金にしては安すぎないか?この道具が君の命と同価値か?」
〘ふむ・・・ならばそこに居るであろうオードとニーニャの命も追加でどうだ?〙
「なに?」
〘君・・・セシスそれとも『タートル』だからカメとでも呼べばいいか?〙
「・・・セシスでいい」
〘分かった。セシスはどうやら変装が得意らしい・・・私もすっかり騙された・・・が、得意なのは自分だけと思わない方が良いぞ?〙
「・・・つまりダンジョンナイト・・・君も変装が得意と?」
〘そういう事だ〙
「それと2人の命がどう関係している?」
〘有名な『タートル』の組合長の割には察しが悪いな。私は君と同じで変装が得意だ・・・君が幼い少年セシスに扮して誰にもバレなかったように、私も誰にもバレずに変装することが出来る〙
「・・・そういう事か・・・」
〘そういう事だ。これまで君以外が国に目を付けられなかったのは他の組合員は表向き『タートル』の組合員ではなかったから・・・だが私がニーニャとオードに変装して兵士長の前で兵士を斬り付けたら?国はすぐに指名手配するだろう・・・そうなると困るのではないか?大事な駒が2人も表立って行動出来なくなれば〙
「・・・2人以外にも多数いる・・・表の仕事はそいつらに・・・」
〘『ブラックパンサー』それに『マジシャン』・・・2つの組合長が指名手配となればその組合と関わりがあった者にも調査の手が及ぶのでは?そうすると何人居るか知らないがかなりの大打撃と思うのだが?〙
「なるほど・・・賢しいな。そこまで計算して動いていたのか?」
〘正直言うとそうでもない。この変身の力も最近手に入れたものでな・・・君達の建物に潜入する際に使用した時に思い付いただけ・・・もう少し考える時間をくれればもっといい方法も浮かんだかもしれないが・・・〙
「そうか・・・地下へは変装して・・・」
〘ああ・・・適当な奴に変装し3階を探っている時にオードが出て来た・・・なのでその出て来た所からオードに変装し地下に降り救出したって訳だ。謎が解けたか?〙
「優しいな・・・ネタばらしに感謝する」
〘気にするな。未練がましくまた来て欲しくないので・・・後腐れない方が諦めがつくだろ?〙
「分かってないな・・・有能であればあるほど私は欲しくなる・・・力尽くでも、な」
〘ほう?有能な部下を2人以上失っても私が欲しいか・・・随分と惚れられたものだな〙
「脅しに屈するほどヤワじゃない。私も・・・仲間達も、な」
〘しつこい奴だ・・・今回の件はたまたま上手くいったが、また仲間を攫われたら手も足も出ないだろう・・・決着をつけてやる・・・場所を指定しろ〙
「・・・ほう・・・『いずれ』はもう来たのか?」
〘どうだかな・・・少なくとも仲間が狙われるよりはマシだから・・・とでも言っておくか〙
「・・・小賢しい奴め・・・」
〘君ほどではない。さてどうする?〙
「今はやめておこう・・・どうやら君は思った以上のようだ」
〘素直に褒め言葉と受け取っておこう。それで次はどこで悪さをするつもりだ?〙
「さあな・・・王都にでも乗り込むか」
〘それはいい。何を企んでいるか知らないが早々に決着がつきそうだ〙
「・・・タヌキが」
〘そういう君はカメか?それとも別の?〙
「・・・また会える日を楽しみにしている・・・ダンジョンナイト」
〘ローグだ・・・セシス〙
無言の2人
しばらくすると石は光を失い通信が切れた事を告げる
「くそっ・・・まさかあの時潜入してたとは・・・」
「気にするなオード・・・今回はダンジョンナイト・・・ローグが一枚も二枚も上手だった・・・それだけだ」
「けど・・・」
「・・・しばらく地下に潜る・・・活動は一旦休止だ」
「えっ?」「なんで・・・」
「私はお前達4人の前で通信をしていた・・・さて、ローグは誰の前で私と話していたと思う?」
「・・・そりゃあサラ達の前で・・・」
「そうかもしれない・・・だがそうではないかもしれない」
「??」
「奴の知り合いがそいつらだけならな・・・だが奴は色々とやる事が残っていた・・・1階で暴れていた奴らはどうなった?」
「え?・・・いや、『レッド』を発動させてすぐに出たから・・・でも多分あれだけ騒げば兵士達が・・・あっ」
「そういう事だ。騒ぎを起こせば兵士達が突入し場を収めようとするだろう。当然拘束されるのは突入された方ではなくした方・・・つまりシークス達になる」
「協力者をそのままにするはずがない・・・それに地下の事も兵士にチクるはず・・・となるとダンジョンナイトは・・・」
「兵舎に向かうはずだ。もしこのタイミングで兵舎に居たとしたら?」
「会話は丸聞こえ・・・あの野郎・・・結局俺達2人のことを・・・」
「実際は分からないが、な。しかし恐らくローグは兵舎に居るだろう。最初から不利になる事は言わないようにしたが否定しなければ肯定したも同じ・・・国は指名手配など出さずに我々を監視し一網打尽にしようとするだろうな」
「でもいつ気付いたんですか?ニーニャは全然分からなかったのですが・・・」
「ローグはいくつか気になることを言った。最初に引っかかったのは奴が決着の場所を私に決めさせようとした時だ」
「え?それが何か?」
「指定する方が有利に思えるがそうでもない。指定した場所に兵士共を送ったり周囲を包囲したりと出来るからな。指定した方もされた方も仕掛けようと思えば出来る・・・問題は精神的なものだ。指定させる事によって精神的優位を感じさせその場に居なければという義務感を持たせる・・・自分から指定した場所に来なかったら逃げたと思われるだろ?そう思われたくないから行くしかなくなる」
「そっか・・・相手が指定したら罠を仕掛けているかもって思うけど自分が指定したらその可能性もあまり考えないかも・・・」
「それと国は私の正体を把握している節がある。公然とは声に出してないが、な。ローグが私の正体を知っているような言い草だったので国・・・兵士と接触した可能性がある。兵士が私の正体をローグに告げ、奴は私を脅してきた」
「そうでしたっけ?脅された感じはあまりしなかったのですが・・・」
「私にはヒシヒシと感じたよ。『来るなら来い。来たらお前も終わりだ』とな。対ローグがいつの間にか対ローグと国になれば今は地下に潜るしかあるまい。さすがに国を相手するのはまだ早い」
「・・・でもあれですね・・・こっちに気付かれるって事はダンジョンナイトも大したことないって言うか・・・」
「さあどうだろうな。ただの警告のつもりかも知れないしもしくは・・・時間が稼げれば良いと思ったのかもな。本当にしばらくすれば私に勝てるかも知れないと思って・・・このレオンにな──────」




