106階 セシス・フェイ
「おろ?今日は負けたかぁ~」
訓練所に入って来るなり僕を見つけて悔しがるニーニャ
昨日の事が頭から離れなくて僕はほとんど眠れなかったと言うのに・・・ニーニャはぐっすりと寝たのか寝癖までつけて元気いっぱいって感じだ
「・・・さて、どう後悔させてくれる?」
「せっかちだね・・・もう少しトークを楽しもうよ」
「トークを楽しめない状況に追い込んだのは君だろ?」
「あっそっか・・・仮面で表情が分かんないからてっきり・・・。そっかそっか・・・一応焦ったりはするんだね」
「・・・朝というのは曖昧だったな。これも作戦か?」
朝一で来てみたらニーニャはおらず1時間ほど待ったと思う
もしかしたら騙されたかも知れないと思ったけど入れ違いになったらマズイと思いイライラしながら待ってたらようやく来たってわけだ
「ニーニャの朝とローグちゃんの朝の時間が違ったってわけね・・・ごめんごめん・・・結構待った?」
「そこそこな・・・それで何をするつもりだ?」
「うーん現在進行中・・・かな?」
「なに?」
「大丈夫・・・ちゃんと選ばせてあげるから・・・ニーニャ達の仲間になる?それとも・・・サラ・セームンを見捨てる?」
「・・・どういう意味だ?」
「わぉ・・・仮面越しにも怒りが伝わってくるよ・・・怒気ってやつ?」
「ニーニャ・ブロッサム!!」
「なーに?ローグちゃん・・・大丈夫って言ったでしょ?で、どっちを選ぶの?」
仲間になるとサラさんを・・・なんだって?
一体どういう意味なんだ?
仲間にならなければサラさんをどうするつもりだ
サラさんは今どこに?
ダメだ頭が回らない
冷静に・・・な・・・
「ローグちゃん・・・本当はね、ローグちゃん以外要らないんだよ。ローグちゃんがニーニャ達の仲間になってくれれば他は要らない・・・ちょっとサラちゃんも惜しいけど・・・ローグちゃんに比べたらって言ってた。だからね・・・ローグちゃんを手に入れる為ならサラちゃんを壊しても良いんだって。どうせ手に入らないなら壊すのが彼のやり方だから・・・仲間になればサラちゃんを生きて返してあげるよ。でも断れば・・・ローグちゃんもサラちゃんも徹底的に壊してあげる。さあ選んで!ニーニャ達の仲間になればきっと楽しいよ!だから・・・ガッカリさせないでね──────」
「セシスは特に何もしなくていい。私が先に行くから着いて来い」
「はい!」
本来ならセシスを先に行かせて危なかったら手伝うというやり方をするが、今回はダンジョン攻略が目的ではないしサッと行ってサッと帰ってこよう
10階であればマナの消費も少なくて済む・・・それにここに来てから私のマナの総量はかなり上がったように感じる・・・来た当初から比べると倍・・・いや、それ以上か
どうして急激に増えたのか分からないが・・・もしかしたらローグなら分かるかも・・・今度聞いてみるか
順調に10階を進み1時間くらいか・・・寄り道もせず真っ直ぐ進めばこんなものだな
「あ、ありがとうございます!すぐに探して来ます!!」
待機部屋に着くや否やセシスは昨日自分が居たあたりだろうか・・・地面を熱心に探し始めた
御守りとはそんなに小さい物なのか?もう少し・・・手のひら位のサイズを想像していたが・・・
「ないのか?私も探すのを手伝おう・・・大きさや形を教えてくれ」
「あっ、はい!その・・・小指の爪位の大きさで黒い玉なんです・・・母が大事にしててそれを僕が・・・」
なるほど・・・それは簡単に見つからない訳だ
しかしそうなると私の風で探すと飛ばしてしまうか?風魔法を使った探索は少なからず風を起こすし・・・ハア・・・地道に探すしかないか
無駄に広いなこの部屋は・・・しかも小指の爪程の大きさでは立って探すのは困難だし・・・セシスと同じように四つん這いになり探すが見つからない・・・今度はこっちを探すか・・・
「しかし黒い玉とは珍しいな・・・宝石か何かか?」
「ええ・・・黒い真珠で魔除に効くとか・・・不幸を遠ざけ幸運を呼び込む不思議な宝石・・・『ブラックパール』と言うらしいです」
声が近い・・・あまり近くを探しても意味がな・・・い・・・
「セシス?」
振り返るとセシスは探すのを止めて私の背後に立っていた
「『ブラックパール』・・・少し『ブラックパンサー』に名前が似てませんか?サラさん」
「・・・まあな・・・ところで見つけたのか?」
「いえ・・・ですが手に入れる為の駒ならここに・・・」
手に入れる?見つけるではなく?
スっと私に手を伸ばすセシス・・・まさかコイツ・・・
「お前まさか・・・『ブラックパンサー』の?」
「いえ?僕は『ダンジョンナイト』の組合員ですよ?でも・・・私は違うが、な」
「なっ!?」
顔の形が変形する・・・いや、体付きまで・・・さっきまで私と同じくらいだった身長は伸び細かった腕は太くなる・・・ブカブカだったローブが体にピッタリと・・・
「初めまして『風鳴り』サラ・セームン。私の名は・・・申し訳ないが教えられない。少し話を良いかな?」
「私を騙しておいて素直に話をするとでも?」
「ふむ・・・抵抗されるのは想定内・・・だがあまり傷付けては今後に差し支えるのであまり気が進まないのだが・・・」
「・・・今後?」
「ある人物に対する駒・・・それが今の君の立場だ。君がどうなっても構わないのだが、あまり傷付けると・・・私は奴隷ではなく仲間が欲しいのだよ」
「・・・意味が分からない・・・私を傷付けると奴隷?が手に入り、傷付けないと仲間が出来る?」
「そう・・・彼が君の事をどう思っているのかイマイチ分からなくてね。もしかしたら君を傷付けたら凄い怒るかもしれない・・・そうなると交渉は決裂し私は彼を壊して一から仕込まないと・・・それは少々面倒でな・・・出来れば素直に言う事を聞いて仲間になってもらいたい」
「彼?・・・彼とはまさか・・・ローグの事か・・・」
「それ以外に居るか?彼はいい・・・どんな犠牲を払ってでも手に入れたいと思ったのは初めてだ。ダンジョンナイト・・・君は知らないだろう?彼がどれだけの化け物かを」
「化け物・・・だと?・・・ローグは化け物なんかじゃない!彼は・・・」
「私は人を見る目に自信があってね。最初見かけた時は取るに足らないちっぽけな存在だった。適当にセシスとしてダンジョンに入り低階層でピンチに陥るような雑魚とパーティーを組み、暇で死にそうになってた時に彼は現れた。颯爽と現れ魔物を倒す彼はこの街ではそこそこに強い存在・・・それが私の第一印象だったのだが・・・次に見かけた時は信じられないくらい強くなっていた・・・まるで中身が入れ替わっているのではないかと疑うほど別人のような強さ・・・幾多の者を見てきた私が自分の目を疑ったのは初めてだ・・・そう・・・彼は私の目を超えたのだ!」
「何を言ってる!ローグは初めから強い!」
「本当にそうか?君は彼が戦った所を何度見た事がある?彼には確かに私でも知らない不思議な能力を持っている・・・が、はっきり言おう・・・彼は君より弱い。今でも、な。私が初めて見た時など万年Dランク冒険者辺りが関の山・・・だが今ではBランク上位にもなれる強さだ・・・どうやってそこまで成長した?もし他の冒険者にも同じ事が出来るのなら・・・私の計画は確実に成功するだろう」
計画?コイツ何を企んで・・・それにローグが私より弱い?何を言っているんだか・・・彼は強い・・・私では計り知れない程・・・そう・・・コイツも計れてなかったんだ・・・ローグの強さを!
「まだ納得していないって顔だな。まあいい・・・そろそろ行かないと来てしまう・・・何せエモーンズダンジョンはピンチになればダンジョンナイトがやって来る・・・からな」
「お前なんか私が・・・っ!?」
立ち上がり仕掛けようとした瞬間、目の前で爆発が起きる
咄嗟に防御したがいつの間に・・・
「便利だろ?仲間の技なんだが便利過ぎてついつい使ってしまう・・・相手に気付かれないよう小さな火種を撒いておく・・・そして起動させれば・・・」
!?まさか・・・
「くっ!『暴風』!!」
周りを見るとヤツの言う火種が周囲を取り囲む。このままではとすぐに風牙龍扇を取り出し全開に開くと風で火種を吹き飛ばした
「さすが『風鳴り』・・・危なく私も吹き飛ばされるところだったよ」
後ろ!?なら・・・
「君は強い・・・けど退屈だ。せめて私を楽しませる駒となれ」
がっ・・・ダメ・・・意識を失っては・・・ローグ──────
「どうしたの?さっきから黙っちゃって・・・早く答えないと・・・」
「ダンコ!奴と僕の差は!?」
「へ!?ダンコ??僕??」
《ちょっロウ!?アナタ正気!?》
「答えろ!奴と僕の差だ!」
「えっと・・・どうしたん?悩みがあるなら聞こうか?」
《もう!!言い?一つだけ約束して!絶対あの人間には手を出さないって!たとえサラがどうなろうとも》
「いいから早く!」
「ふぇ!?何が??」
《目の前の人間なら1年も経たずに超えられる・・・けどあの人間は・・・どんなに頑張っても3年は必要よ》
3年・・・まるでそんなの・・・ディーン様と同じくらい強いって言ってるのと同じじゃないか!
目の前でサラさんが攫われて行くのをただ見ているだけしか出来ないのか・・・僕は・・・ダンジョンマスターじゃないのか!?・・・そうだ!!
「ダンコ!アイツの床を落とせ!そうすれば・・・」
《無理よ!もう簡易ゲートを開いてる!今からあの部屋の下に空間を用意して落としたとしても・・・》
「空間なんて用意しなくていい!くそっ!だったら僕が・・・」
《ダメ!手を出さないって約束したでしょ!》
「だからって・・・あ・・・」
奴は気を失ったサラさんを連れて簡易ゲートでゲート部屋へ・・・そしてまた姿を変えると今度はサラさんを背負ってダンジョンの外へと向かった
なんなんだ奴は・・・サラさんが風牙龍扇を使って爆発が起きたと思ったらいきなりサラさんの背後に・・・この目でも追いきれなかった・・・どうやってあんな動きを・・・
「えっとね・・・ローグちゃんが面白いっていうのは十分分かったからそろそろ元に戻って欲しいかなーって・・・」
「・・・サラをどこに連れて行くつもりだ?」
「へ?なんで??ニーニャそこまで話したっけ?」
「答えろ・・・どこだ!」
「ニーニャ怖〜い・・・でも話す気はないよ?仲間なら別だけどね」
「・・・サラを人質にして『ダンジョンナイト』を手に入れるつもりか・・・」
「違うよ。『ダンジョンナイト』は『ダンジョンナイト』でも組合じゃなくてローグちゃん自身・・・君がニーニャ達の仲間になればみんな助かる・・・けどもし断るなら・・・」
僕が仲間になれば?・・・コイツらの狙いは初めから僕?・・・いやでも僕よりサラさんの方が・・・
何を考えているのかさっぱり分からない。どすればいい・・・どうすれば・・・
「うーん・・・少しなら返事を待ってもいいよ。けど無事に返して欲しければ早い方がいいと思うなぁ・・・サラちゃんキレイだし」
「・・・サラに手を出したら殺す・・・」
「うわぉ、怖い怖い・・・でもね、手を出させるのはローグちゃんだよ?優柔不断なローグちゃん・・・君のせいで穢されるんだ・・・何人も何人も・・・さてどれだけ耐えられるかな?生きてても壊れてたら要らないよね?そうならないように返事は早くした方がいい・・・でも安心して・・・殺しはしないから」
「・・・ハア・・・確かにお前が言うように後悔した」
「でしょ?さっさと仲間になっていれば・・・」
「そこじゃない」
「へ?」
「もっと早く・・・強くなっておくべきだった・・・みんなを守れるように・・・」
「ちょっ、どこに行くのよ!?いいの?サラちゃんがどうなっても!」
「・・・」
訓練所を出るとすぐにゲートを開き司令室へと行き、いつもの椅子に腰掛けると天を仰いだ
「ダンコ」
《なに?》
「サラさんを助けられて奴らの仲間にならない方法は?」
《奇跡が起きない限りないわ》
「・・・どうやってその奇跡を起こす?」
《奇跡は起こすものではなく起きるもの・・・ここで寝て待てば起きるかもね・・・その奇跡が》
起きるわけないだろ
ダンコは僕と奴を関わらせないようにしているだけ
しかし方法があればダンコは教えてくれるはず・・・つまり・・・
「ダンコ」
《ダメよ》
「まだ何も言ってない」
《どうせ助けに行くって言うつもりでしょ?いい?アナタにはふたつの選択肢があるの・・・ひとつはサラだけが死ぬ・・・もうひとつは3人死ぬ》
「3人?」
《サラとアナタと・・・私よ》
「っ!・・・やな言い方するなよ・・・ハア・・・」
《残念だけどサラは・・・!?・・・あの人間・・・》
「どうしたの?」
あの人間ってダンコが最も警戒しているアイツの事だよな。もしかしてどこかに現れた?じゃあサラさんは?
どこだ・・・どこに・・・あっ・・・さっきの訓練所──────
「あっ!もう終わったんですか?」
「ああ・・・渡して来た。で、彼は?」
「うーん、よく分からないのです。仮面のせいで表情も見れないし・・・でもサラちゃんの事は大事に思ってるのは間違いないですね」
「なら仲間になるか・・・それとも・・・」
「助けようにもローグちゃんじゃあの3人は無理でしょうし・・・結局壊して使うって感じですね」
「面倒だが結局そうなるか・・・まあ気長に待とう・・・悩み抜いて戻って来るか怒りに任せて殴り込みに来るか・・・」
「怒りに任せて来る方に1票です!」
「だろうな。なるべく手を出すなと言っておいたが・・・オードの顔を見る限り無理だな」
「ええ・・・随分気に入ってましたし・・・多分すぐじゃないですか?あんな女のどこがいいんだか・・・」
「そうむくれるな。ニーニャは十分魅力的だ」
「へへ・・・ニーニャは貴方様のもの・・・その為にニーニャは誰にも負けない・・・貴方様以外に穢されないように・・・」
「そうだ・・・負ければ誰かのものになる。だから負けなければいい。勝ったものに従うのが世の常・・・ダンジョンナイトよ・・・お前の負けだ──────」




