104階 盗聴
「きゅう・・・しゅう?」
ニーニャだけではなく後ろに立つ3人も大層驚いている
急に来て吸収してくれなんて言われるとは思ってもなかったはずだから当然か・・・
「はい」
「うーん・・・なんで?」
「元々『ダンジョンナイト』はエモーンズに組合がない為に無理矢理作った組合です。組合長であるローグも私が無理を言って頼み込み、ようやく実現したのです」
「へぇ・・・それでうちの組合に吸収されたいって思ったの?」
「はい。そこまで代わり映えのない組合がこの街にふたつも必要でしょうか?似ているからこそ起きる争いもあると思います・・・ですのでそうなる前により大きい組合が小さい組合を吸収するべきかと・・・」
「先に出来たのはそっちなのに?」
「先と言っても歴史がある訳でもありません。それに先にも言ったようにやりたくてやっている訳では無いので続ける事に不安があります。ただの寄せ集めの組合よりも信念を持って設立された組合が残るのは当然かと」
「ふぅーん・・・まっ、こっちとしては願ったり叶ったりだけど・・・」
それはそうだろうな。こちらの組合員をも勧誘しているくらいだ
問題はその理由・・・ただ単に大きくする為なのか、それとも・・・
まあいい・・・恐らくその理由を尋ねても答えてはくれないだろう。だからひとつ仕掛けてやる
「ただし・・・私としたら組合員は家族のようなもの。その家族を預けるのだからそちらの組合の話を色々と聞きたい」
ようやく私の意図に気付いたのか3人の表情が変わる。ニーニャは特に顔色を変えずにいるが・・・役者なのかそれとも後ろめたい事がないのか・・・
「聞くって言っても見た通りのままだけど?サラちゃんの言った通りそっちの組合とほとんど変わらないし」
「それならいいのですが少し良くない噂を小耳に挟んでまして・・・」
「噂?」
「最近冒険者の死亡率が高い・・・しかも『ブラックパンサー』の冒険者の、です」
「・・・それで?」
「吸収されるからにはそちらの意向に従う事になると思います。ですが先程も言ったように組合員は家族のようなもの・・・条件が同じでも無謀な事をさせるような組合には加入させたくはありません。なのでなぜ死者が増えたのか御説明頂けたら幸いです」
「・・・うーん、ちょっと忙しくてその辺把握してなかったけど、もしかしたらアメが甘過ぎたのかも」
「アメ・・・ですか?」
「うん。ある条件を出してそれをクリアしたら幹部候補にしてあげるって約束したの。条件はその人によって違うけど期限を設けてそれまでにって感じでね。で、その幹部候補はね、将来『ブラックパンサー』の幹部になる人の事で何もしなくても月に1万ゴールドの支給とアジトの2階使用許可・・・それにニーニャ達設立メンバーの直接指導を受けられる・・・かなり破格でしょ?」
「・・・確かに・・・一般の方は月に2千ゴールドから3千ゴールド貰えれば良い方・・・月1万ゴールドだけでも破格と言えますね」
「でしょ?でもみんながみんな幹部候補になったらいくらお金があっても足りなくなっちゃう・・・だから条件を高めに設定してそれをクリアしたらって感じなの・・・もしかしたらちょっと高めに設定し過ぎたかな?でも低くして幹部候補だらけになっちゃうのも困るのよねぇ」
それはそうだな
100人居たとして100人全員が幹部候補になってしまったら組合は月に100万ゴールド支払わなければならなくなる。しかも稼がなくても入って来るのだ・・・誰もダンジョンに行かなくなれば月マイナス100万・・・そんなのは無理に決まっている
「欲に目が眩み高めに設定されている条件に挑み死者が増えた・・・そう言いたいのですね?」
「そそ・・・難しいよねぇ・・・やるなとは言えないしさ」
「その条件を聞いても?」
「いいよ。人によって違うけど・・・一番多いのは『今現在の到達地点から10階分降りられれば幹部候補』かな?もちろん期間はあるよ。大体1週間が多いかな」
ローグの聞いた条件と一緒か・・・人によるってところが引っかかるがな
「なるほど・・・ほとんどのダンジョンは10階単位でボスが出る・・・エモーンズダンジョンも例に漏れず10階単位にボスが・・・つまりその条件は期間内に次のボスを倒せと同義ですね」
「そうなるね」
「期間が短過ぎるのでは?やはりそれだと焦ってしまい無茶をする者も・・・」
「待って・・・それは別の組合の人に言われたくないなぁ・・・ニーニャ達も真剣に考えて出した条件なんだよぉ?」
「・・・出しゃばりました・・・申し訳ありません」
「別にいいよ・・・もしかしたらサラちゃんの心はもう既に『ブラックパンサー』の組合員だから出た言葉かも知れないしね」
「そう言って下さると助かります。ですが私はもし加入したとしても幹部候補にはなれないですね」
「なんで?」
「エモーンズダンジョンは現在48階・・・私はその地点に到達しています。その条件だと私は1週間で58階に到達しなければなりませんので」
「人によって違うって言ったじゃん。サラちゃんみたいな場合は私達が見極めるしかないかもね・・・って、サラちゃんなら即幹部候補・・・ううん、幹部にだってなれると思うよ?幹部になれば期限の事だって口出し出来るし・・・今すぐなっちゃえば?」
「・・・それは嬉しいですね。ですが私はあくまで組合長代理ですので・・・今の話を組合長に話してご返答させてもらいます」
「組合長・・・ね。二度手間だから本人が来れば良かったのに」
「彼は色々と忙しくて・・・」
「ふぅーん」
「ちなみに皆さんはダンジョンはどこまで行かれたのですか?皆さんお強そうですしかなり・・・」
「あっ、用事あるから今日はここまででおしまい!続きはもっと仲良くなってからねっ!」
「・・・それは残念ですね。ではまた今度・・・世間話に花を咲かせましょう」
「?・・・そうだねっ!」
結局ニーニャ以外一言も話さなかったか
恐らくそれは事前に決められていた事・・・ニーニャだけが喋る事により矛盾を生み出さないように・・・
私はすぐさま立ち上がり頭を下げると部屋を出た
本当は2階に寄ってみたいがやはりまだ危険だな
そのまま真っ直ぐ1階に降りて心配そうに私を見つめるケン達に気付かないフリをして外に出た
そして奴らの言う『アジト』から十分に離れた後で1人呟く
「・・・もう少しでギルドに着くから少しそのまま待ってて・・・ローグ──────」
部屋に着くとすぐに懐から通信道具を取り出す
まだ光ってる・・・良かったあの時の会話は聞けたはず
「ローグ、部屋に戻ったわ・・・それとごめんなさい・・・勝手にこんな事して」
〘いや、問題ない・・・無事で良かった。それにしても無茶をする〙
「虎穴に入らずんば・・・ってヤツね。お陰でニーニャと直接話せたし設立メンバーもこの目でしっかりと見れたわ」
〘設立メンバー?あの部屋に全員?〙
「ええ、居たわ。一言も喋らなかったけどね」
乗り込む前に通信道具にマナを流しローグも話が聴こえるようにしていたけど上手くいって良かった。事前に話せば止められるかも知れないと思ったからローグには話さず一方的に彼に聴こえるようにしただけだから彼が返答してきたらアウトだった・・・私の意を汲んでくれて黙って聴いてくれたっていうのが凄い嬉しい
〘喋らなかったか・・・意図的かそれとも喋るタイミングがなかったか・・・〙
「恐らく前者ね。1人とても喋りたそうにしている人が居たから」
オード・・・彼は本来口が軽いのかもしれない
何度か口を開きかけたがその度にニーニャを見て口を閉ざしていた・・・他の2人は端から口を開くつもりはなかったのだろう・・・ずっと口を真一文字に結びただ私とニーニャのやり取りを見ているだけだったし
〘意図的となるとそれなりの理由があるという事か・・・ふむ・・・〙
「私は下手な事を言って矛盾が生まれるよりも1人の人間が一貫して言う事を決めている・・・そうする事によって追求されても躱せるようにしているように思えたわ」
〘なるほど・・・裏を返せば一貫していない事が存在するって事になるな〙
「ええ。まだ確定ではないけど、もし『ブラックパンサー』が『タートル』の下部組織だとしたら・・・そして他の街で同じような事をしていたとしたら・・・他の街では組合長を代えてその人の方針に従う・・・私の聞いた話だと他の街では『マジシャン』と名乗り組合長はオードだった。今回は『ブラックパンサー』と名乗り組合長はニーニャ・・・エモーンズではニーニャの方針に従っているとか・・・」
〘ニーニャの方針か・・・そうかもしれないな。ニーニャが自分の力で解決出来るものはニーニャが解決する・・・そういう決まりがあるのかもしれない〙
「解決出来そうにない事は他の設立メンバーが・・・」
〘いや、『ブラックパンサー』ではない人物かも知れない〙
「え?」
〘ニーニャはサラに対して『幹部になれると思う』と言っていただろ?自分より高ランクの人間が無条件で加入してくれるかも知れないのに『思う』はおかしい・・・私がニーニャの立場なら手放しで喜び即幹部にするだろう。それに相談が必要だと思ったのならその場に設立メンバーが居る時点ですぐに相談すればいいだけ・・・ニーニャの口ぶりはまるで自分に決定権がないような言い方だったし他の設立メンバーも口を閉ざしている・・・それはその場に居る者達以外に決定権がある者が存在すると言うことにならないか?〙
そう言えばニーニャはそんな事を言ってた
初めは私を警戒して言っているのかと思ったけど・・・ニーニャ達にしてみれば『ダンジョンナイト』を吸収するのはメリットしかないはず・・・なので私を幹部・・・もしくは幹部候補にすると言った方がより吸収は実現しやすいと考えてもおかしくはない
なのにあの場で決められない理由は・・・私の実力を疑っているかローグの言うように決定権がないか・・・
もしニーニャに決定権がなく、決定権がある組合外の人物と言えば・・・『タートル』
憶測の域は出ないけど十分ありえる話しね・・・さすがローグ・・・そこまで私は頭が回らなかった・・・
「・・・でも、たとえそうだとしても私達は何も出来ない・・・やっぱり吸収されて内部から・・・」
〘いや・・・それだと組合の者に危険が及ぶかも知れない。望んで向こうの組合に加入した者は自己責任だが・・・〙
「・・・そうね。今現在『ダンジョンナイト』に残っている人も『ブラックパンサー』に加入する事になれば確かに危険かも・・・」
そこまで考えが至らなかった
ブラックパンサーの正体を暴くことも大事だけど組合員を守る事を優先しなきゃ・・・
〘・・・私が直接話をしよう〙
「え?」
〘一応は『ダンジョンナイト』の組合長は私となっている。私ならもう少し情報を引き出せるかも知れない〙
「いやでも!・・・いえ、そうね・・・ローグになら・・・」
危険・・・と言おうとしたけど私がやった事をローグがやろうとして危険って言うのもおかしな話よね。でもニーニャは頑なに加入してから話すって感じだったしどうなんだろう
〘やる前から悩んでも仕方あるまい。今出来ることをやろう・・・それでひとつ頼まれてくれるか?〙
「うん、なんでも言って」
〘言伝を頼みたい。『ブラックパンサー』組合長ニーニャにサシで話したい、と〙
「サシで?・・・ま、まあ他3人が喋らないならそうよね・・・居ても仕方ないし・・・」
なんかイヤだけど・・・
〘時間は向こうの都合に合わせるが、場所は──────〙
「行くのか?」
「そりゃあ行くよ・・・至上命令だしね」
「罠かも知れねえぞ?」
「ニーニャに罠?それはそれで面白いかも」
「あの場所にそのような場所があったとはな・・・久しく行っていないが驚きだな」
「訓練所・・・ねぇ。さてさて・・・そこで待ち受けるのは鬼か蛇か・・・楽しみだね──────」




