暁の大魔女 ドロテア
「ダンかドロテア、君たち黒魔道士二人のうち、どちらかにこのパーティを抜けてほしいんだ」
沈痛な面持ちでこれを告げるのは、「勇者」エルグランド様。
これまで多くの勇者を見出した選定の神のお告げ曰く、「歴代最も才覚にあふれし者」と言われた存在。
僕は彼の姿にあこがれて、追いつきたい一心で今日まで鍛錬を続けてきたのだ。
それでもこのパーティの中で僕が一番劣っている事実は無論わかっている。
僕と今並び立ち退職を迫られているドロテアだって、世間的には十分人間離れしている。
人間にとって魔法は本来、魔力を感じ取るための修練と、魔力を制御するための理論の理解がなければ扱えぬ技術だ。
いずれも後天的な修行で身に着けるものだが、ドロテアは生まれついて魔法が使えた。
3歳で魔力で浮かせた箒を乗りこなし、5歳になるころには魔術学校の卒業試験の水準を軽く突破するほどの才能の塊。
彼女の扱う魔術があれば、人類は今後百年のうちに全く新しい時代を迎えるとまで言われる。
こんなすごい人物を前に、「僕も鍛えればこんな魔法が使えるのかなあ」と考え、僕は浅はかにも魔道士を志したのだ。
「あたしはやめませんよ。魔王を止めるための魔術。あの発動役は、ダンよりあたしがやるべきです。」
ドロテアは続けた。
「魔道士としてダンは無能ではありません。あたしに小さなころからついてくるだけのことはあります。ですが、此処に置いていく人間に任せる役目は、あたしよりダンが適任です。
幼い私が魔法を捨てずに修行をしようと思えたのも、今の『暁の魔女』の異名をとり、勇者様のもとで戦う一人になれたことも、そして私の最高傑作『空気より豊穣をもたらす』大魔法を完成させられたのも、全てはダンが傍にいてくれたからです。」
エルグランド様はこの言葉に納得したようだった。
「僕が、辞めます。」
そういうより他、無かった。
勇者パーティは、この世界の最大の脅威「魔王」を止めるために修練を続けてきた。
「魔王」は、大地の大穴から現れる特大の闇の魔力の塊だ。
それが圧倒的な質量で生きとし生けるものを踏み荒らし、生けるものの死の苦しみを糧に荒れ狂うのだ。
神はこれに対抗しうる才能ある者たちに多くの武具や技、魔法を授け対抗する。
僕もまた、勇者を選ぶ神より魔王の肉体に痛撃を与えるための魔法を授かった。
これまでも幾度となく、勇者は見いだされ、有能な仲間と共に魔王の暴虐にあらがった。
しかし、魔王の脅威は幾千年の昔から、今も無くなっていない。
僕たちは明日、魔王に相対し、決戦を挑むはずだった。
しかし、その戦いに僕は不要とみなされた。
そして、別れの時、ドロテアは僕をマントの中に抱き寄せ、耳元にささやいた。
「これがきっと、最後になるから。言わせてほしいな。ダン、私は、あなたのことが好きだよ。
あなたといた時間すべてが、好きだった。……さよなら。」
「ドロテア、僕も君が好きだったよ。」
きっと僕もドロテアも、泣いていた。
これで最後の別れという事実に、僕は胸の痛みと涙を抑えられなかった。
「ご武運を」
特大の黒雲をうずたかく巻き上げる魔王の居所に飛び立つ皆に、お決まりの言葉を叫ぶより他に
僕にできることは、無かった。