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第5話 あたためまして



「……」


「えへへー、おはようございます、まじゅつ師さん!」


「……はぁ」



 今俺の目の前には、昨夜俺の部屋を訪れた女の子……アピラが、座っている。座布団を敷いてはいるが、その上に正座させている。だというのに、なぜかアピラ本人はにっこにこだ。


 どうしてこのようなことになっているか、説明するまでもないが……朝早くから、ドンドンとうるさく扉を叩かれては、他の宿客に迷惑だ。というか、実際に「うるせぇ!」とお叱りを受けた。


 なので仕方なく、部屋に招き入れ、反省を促すために正座をさせているのだ。というのに、口の端を大きく上げ、満面の笑みを浮かべている姿を見ると……反省など、していないらしい。


 むしろ、どうして正座させられているのか……いや、そもそも反省を促すために正座させられていること自体、理解していないように思える。



「なんの用……ていうか、こんな時間から訪ねてくるなんて、ちょっと失礼だと思わない?」



 俺は腕を組み、遠回しに怒っていることを伝える。小さいからと昨夜はやんわりと追い返したが、さすがにこんな朝早くから訪ねてくるなんて常識知らずもいいところだ。


 俺の言葉に、アピラはしゅんと肩を落とす。さすがに、少しは効いたかな。



「ご、ごめんなさい。でも、どうしてもまじゅつ師さんに会いたくて……」


「……どうしてそんな」



 そんなにも、俺に会いたいと言われると……どうしたらいいものか、わからなくなる。困ったな、そもそもこの子とは昨夜が初対面で、懐かれる覚えもないのだが。


 ……いや、もしかして、俺が覚えていないだけか? アピラという名前に覚えはない。だが、俺は三千年もの間、様々な人たちと交流してきた……人の名前をすべて覚えているわけではない。



「もしかして、俺と君、どっかで出会ったことあったりする?」


「? いえ、ないですよ?」



 もしも俺が忘れているのだとしたら、この子にはひどいことをしているのかもしれない……そう思って問いかけてみたが、返ってきた答えは、ない、だった。あっけらかんとした答えだった。


 ……そりゃそうだよな、この子はまだ七歳か八歳。対して俺は、この国には来たばかり……それ以前もこの国を訪れたことはあったが、その頃にはこの子は生まれていない。さすがに、直近会った人物を忘れるほど、記憶力は低下していない。


 ……以前もこの国を訪れたことがある。それはもう、何十年前の話だろう。三千年も経てば、世界中を回ることだってできる。そんな中で、以前訪れた場所に再び訪れるのも、一度や二度ではない。


 まあ、大抵は五十年くらい期間を置いて、訪れるんだがな。以前俺が知り合った人たちが、もう俺のことを忘れるようになるくらいの時間を置いて。



「会ったことはないです! けど、まじゅつ師さんのおはなしは、みんな、してますよ! この国に、やってきたまじゅつ師さんは、いろいろなことをしていったって!」



 正座したまま、手を広げ、体全体で表現するアピラ。そうか、みんなか……


 人々の記憶には残らなくても、記録には残っている、ということか。以前訪れた際、たとえば流行り病で人がなくなっていたとき、効能薬を作ってそれが語り継がれたのかもしれない。残念ながら、この国でなにをしたかは記憶にないが……あとで、手記を見直してみるか。


 "不老の魔術師"が行った功績が語り継がれ、こんな子供にまで知れ渡っている。そういえば、そういうこともちょくちょくあったな。昔、この国でうまい飯屋があっただの、造ってくれた家が未だ頑丈だの。



「あたためまして、アピラです! よろしくおねがいします!」


「はい、よろしく。レイです。あと、あたためましてじゃなくてあらためまして、な」


「あたためまして!」



 ……もしかしてこの子、見た目よりももっと幼いのではないのだろうか。ありえない話ではない。外見と中身は必ずしも一致しないのだ。


 俺が、いい例だ。



「で、こんな朝早くからなにをしに……」


「あの! まじゅつ師さん!」


「……レイだ」


「まじゅつ師さん! 質問いいですか!」



 ……話聞かねえなこの子。



「えっと、まじゅつ師さんの『すきる』って、なんなんですか!」


「なにって……昨夜自分で言ってたじゃない」



 質問、それは俺の『スキル』に関するものだ。しかし、それは問いかけるまでもないもののはずだ。昨夜、自分で"不老の魔術師"かと聞いてきたのだから。


 だが、アピラはわかっていないかのように、首を傾げる。



「……"不老"。それが俺の『スキル』だよ」


「"不ろう"……あ、だからまじゅつ師さんなんだ!」



 合点がいった、とばかりに、手を叩き嬉しそうに笑顔を浮かべるアピラ。もしかして、意味もわからずに"不老の魔術師"と単語だけを覚えていたのか?


 なんていうか、ある意味すごいな、この子。



「私、まじゅつ師さんに会いたかったんです!」


「それは聞いたよ。なんで」


「えっと、えっと……すごい人だから、です!」



 すごい人だから会いたい……有名人に会いたい、みたいなもんか? まあ、わからんでもないが。


 それにしても、こんな小さな子供に会いたいと思われる覚えは、ないと思うんだが。



「なんでもいいけど、こんな時間から親御さん心配してると思うよ。昨夜もそうだったでしょ?」



 昨夜と同じようなことを言っている。しかし、実際に注意をしなければいけないだろう。


 しかし、それを指摘されたアピラは、きょとんとしたままだ。なにか変なことを言ったか?



「お父さんとお母さんはいません。私、すてご……らしかったので」


「!」



 先ほどとなんら変わらない声色で、なんと重いことを言うのだろうか。捨て子……そのようには、見えないほどに明るい。


 どうやらアピラは、『アピラ』と名前の書かれた紙だけを握って、教会の前に捨てられていたらしい。教会とは、まあ神に祈ったりというあれだが、孤児も保護しているのだという。アピラも、そこで育った一人だ。


 教会にはたくさんの子供がいて、逆に神父などの数は少ないらしい。だから子供への教育が行き届かず、アピラは年齢のわりに幼いのだ。



「私、まじゅつ師さんに会うって言って、来たんです! 教会のみんな話してました。まじゅつ師さんは優しくて、強くて、かっこよくて……だから、一回会ってみたいなって!」



 優しくて、強くて、かっこいい? おいおい誰だそれは。そんな完璧な人間がいたら俺が会いたいよ。


 ……まあ、理由はわかった。アピラは、俺個人というよりは、有名な"不老の魔術師"に会いに来た。会いに来る際、ちゃんと教会の大人に行き先は告げている、と。


 ……こういうの、ファン、って言うのだろうか?

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