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「えっめっちゃおいしい」
ぼろぼろに崩れた肉の塊を頬張りながら彼が呟いた。
なんとも言えない気持ちでわたしは彼の目を見つめる。
「失敗したのに…」
「いや、崩れてるけど、味おいしい」
なんとも宇宙人のような喋り方だ。
次々と口に放り込まれていく肉を見ながら、少しだけ胸を撫で下ろす。
作るよ、と言って料理を作ったはいいものの、いかんせんわたしは得意なわけではない。
案の定ハンバーグになるはずだった物体は、つなぎが少なくうまく塊にならなかった。
けれど彼は、おいしいと言ってただそれを頬張る。まるで不思議な光景だ。
料理をしている間中、彼はわたしから離れることがなかった。
ずっと側で見守ったまま、話をしながら料理を作る、初めての感覚だった。
離れるべきだと思ってこの部屋に来たのに、まるでわたしは彼から離れられそうにない。
わたしたちの磁石は引き合っているのか反発しあっているのかそもそも求めてすらいないのか、彼かわたしがそもそも磁石や金属ですらなかったか。
もうそれすらわからない。
ただ、調理する間中、わたしを見つめる彼のまなざしがむずかゆくて仕方なかった。
そんな目で、見ないでほしい。
「サラダもおいしい…」
「だってドレッシングおいしいやつだもん」
ちょっと拗ねたようなわたしが言うと、彼はははは、と声をあげて笑った。
なんだか色んなことが、歯車が、いつもと違う噛み合い方をしている気がする。
ひととおり料理を食べ終わった彼は、
手を合わせてこちらを見た。
「ごちそうさまでした、ほんとにおいしかった」
にこりと笑われて、なんとなく自分が呆けてしまったのを感じる。
彼の綺麗な二重と長いまつげのこの目はよくない。
柔らかく歪んだ半月型は、わたしのよく知らない光を宿す。
その目をわたしはなんとなく知っているけれど、知らないふりをしている気もする。
だって、この関係性を変えるならわたしからしかないから。
彼がこの居心地の良さを自ら変えようとするほど、勇気のある人間ではないことを知っている。
何に対しても受け身で、柔らかく、居心地の良さを見つければそれ以上を望むことはない。
かわいい、と毎晩寝る前に必ず言われた。
呪文みたくいい聞かせるように。
茶化すことのないトーンで。
静かに揺蕩う海の水面のような声で。
まるでわたしを惑わそうとしている。
わたしの気持ちを、グラム数の表示されない秤で、計ろうとしている。
彼はいつだって、わたしの柔らかいところを狙って、煮崩れするまで弱火でことこと煮ようとする。
曖昧な、まなざしで。
「ねぇまた作って、
失敗していいから、おいしい」
付け加えられた言葉に、わたしはまたこの部屋に来てしまうのだろうと、口を歪めた。