表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/109

  Ch.4.40:糾明の、美少女

 天井から吊り下がる鎖がちぎれ、揺れている。

 床に落ちた鎖は断たれた運命のように所在なく沈んでいる。

 ユメカの存在は、隔絶された空間の内側に消え去った。

 クリスティーネは、心に穴が開いたような感覚に戸惑っていた。


「どうだ、見たか。魔法とはこう使うのだ!」


 ファッファッファッファッファッ。


「じきに、片付く」


 再び発したディリアの笑い声が、玉座の間を満たしていく。

 巨大な礼拝堂のような空間に、一人、高笑いを続ける老人の姿があった。

 その眼は偏屈に鋭く、吊り上がった口元は醜悪に歪んでいる。

 クリスティーネは師匠の姿を見ていた。


「お師匠様、どうしたのです?」


 ディリアは答えず、ゆっくりとした歩みで奥へと歩む。

 確かめるように段を上り、玉座に腰をおろした。

 所作は手慣れている。


「さあクリスティーネよ、ここに来なさい」


 クリスティーネは急に恐ろしくなった。

 何かが違い、何かが狂っているようだった。

 優しくて、時に厳しくて、それでも魔導師として導いてくれた師匠の姿が、霞んで見える。


「どうしたのだね、クリスティーネ。ここに来れば、よりよく世界が見渡せるのだよ」

「世界?」

「そうだよ、クリスティーネ」


 ディリアが魔杖で床を突いた。

 玉座の斜め上の空間に、魔力によって空間に幕のようなゆらぎが現れた。

 何かを見ているようだが、クリスティーネからは何も見えない。

 虚空を見つめるディリアの口元が嗤っている。


「くっくっく。バカどもが、わざわざ殺されに来るとは」

「どうなさったのです?」


 クリスティーネの声は小さく、掠れるようでディリアには届かなかった。

 不穏さを感じた。

 その理由は分からない。

 理解を超えた違和感に、クリスティーネは混乱する。

 不安を抱く心が縋るように、安らぎを与えてくれる存在を求めていた。


 オネーサマ――。


 事実と事実が紡がれる先を見極めろとユメカは言った。

 事実とはなにか。

 ひとつは、師匠ディリアの言動である。

 ひとつは、ユメカの言動である。


 誰が魔王城に向かってきているのか分からないが、バカと断定し、殺そうとしている。

 相手を見下し、高みから見おろす姿。

 ユメカは違った。

 重要なことを話すときは、しゃがんで目を真っ直ぐに見てくれた。

 辛いとき悲しいときは、抱きしめてくれた。


 ひとつの言葉。

 ひとつの仕草。

 ひとつの態度。

 ひとつの表情。


 ユメカと比べると、ディリアの姿はまるで違っている。

 不意に、涙がこぼれ落ちた。

 理由が分からなかった。

 ただ、孤独の寂しさと心の寒さを感じる。


 ユメカは敵でも人は殺すなと言った。

 ディリアは敵ならば人でも殺せと言う。


 味方である人間、敵である人間、その区別は主観的だった。

 伯爵の館で敵対的だった騎士は、今は味方になっている。

 出会ったときは好意的な味方だったジョンは、ゴルデネツァイトをさらって敵となったが、また味方のような位置にいる。

 現れたときは憎たらしい敵であったユメカは、心から憧れ頼れる味方となり、その後で敵となった。


――本当に敵なのでしょうか?


 腹部に痛みを感じた時、刺したのはユメカだと思った。

 刺した瞬間を見てはいないが、ユメカに刺されたと思った時に生まれたのは、「なぜ?」という疑問だった。

 ユメカを敵と認識したのは「聖騎士を惨殺しクリスティーネを刺して逃げた」とディリアに告げられたからだった。

 人を殺してはいけないと言っていたユメカが大量殺人を犯した事実に、裏切られたと感じ、置いて行かれた絶望が加わり、それが憎しみに転じて怒りとなり敵と見なしたのだ。


――でも、事実は少し違う。


 クリスティーネが見たのは、横たわる聖騎士の死体と、剣を手にして全身血まみれになっていたユメカの姿だった。

 血まみれであるから、殺人を犯し、返り血を浴びたと直感した。

 殺した相手はそこに倒れていた聖騎士だと連想したのである。

 事実と状況から、行為を推測したに過ぎない。


――あの視線の先。


 ユメカから向けられた視線は、敵意が剥き出しだった。

 聖騎士の死体と血まみれの姿を見て、ユメカの殺人を連想し、その敵意は自分に向けられたとクリスティーネは感じた。

 もう一度記憶を振り返る。

 少し違っていたように思えた。

 ユメカの視線は、自分を通り越した後ろにあったのかもしれない。


――そう言えば、黒幕と言っていた。


 クリスティーネはユメカの発した言葉を思い出す。

「明かりは点けるな!」

「どういうこと?」

「あんたが黒幕か!」

「動くな。少しでも動いたら――」


 ユメカは何者かがいたと言っていた。

 黒幕と言った相手が自分の背後に立っていたらとクリスティーネは想像する。

 明かりを点けるなと言ったのは、黒幕に居場所が知られるからなのか。

 背後に現れた黒幕を見て、ユメカはどんな疑問を抱いたのか。

 黒幕に向けた敵意と怒り。

 聖騎士を殺したのが黒幕だとユメカが思ったのなら、しっくりする。

 動くなと言ったのは、背後から狙っていた黒幕に向けて、守ってくれようとした言葉だとしたら納得できる。


 ユメカは、タース・リディルプスを黒幕だと思ったようである。


 なぜそう想ったのか。

 断定はしていなかった。

 フードで顔を隠すなどして、顔が見えなかったのだろう。

 だが、本当にタース・リディルプスがいたなら、ディリアが見逃すはずはない。

 実在しない何者かの幻影があったとすれば、もうひとつの可能性が見えてくる。

 タース・リディルプスは、魔石を用いて自分の幻影を作り出す魔術を使った。

 その魔術を教えた師匠なら、同じことができるはずだった。


 クリスティーネは、痛みも傷口も癒えた右腹部をさする。


 ユメカから放たれた敵意が自分に向けられていると思って恐くなり、クリスティーネは目を閉じた。だから刺される瞬間は見ていない。

 ただ、前から刺されたと感じた。

 前に立っていたユメカに刺されたと思ったが、何かが違う。

 ユメカは右手に剣を持っていた。

 立っている位置からなら、まっすぐ剣を突き出して刺されるのは、左腹部になる。

 それに、絶対無敵美少女剣士のユメカが本気で殺そうとしていたなら、その時点で殺されているはずなのだ。


――どうして気づかなかったの?


 ユメカに置いて行かれたという絶望が、ユメカを敵にし、ウソつきの殺人犯と認め、自分さえも殺そうとしたという、筋書きを受け入れてしまったのだ。

 大公の別邸でニンナが殺された後、ディリアと再会した。

 その時は嬉しかったが、ユメカとの約束を思い出して別れを予感した。

 ディリアだけが必要としてくれるのだと思っていた時、ユメカに誘われた。

 それなのに、一緒に行こうと言ってくれたのに、見捨てて立ち去った。

 その後ろ姿は両親に捨てられた幼い日の記憶と重なり、絶望となった。

 やはり、頼るべき存在はユメカではなく、ディリアだと確信したのだ。

 また捨てられたくないという思いが、ディリアの言葉を疑う心を封じていたのだ。


 そういえば昨日――、

 クリスティーネは聞かされていなかった事実を、ディリアは語っていた。


 ディリアは、「心配しているなら、なぜ立ち去った」と言った。

 ユメカは、「助ける代わりに二度と会うなと言われた」と言った。

 ディリアは、「意識を取り戻すまで側にいてくれと引き留めた」と言った。

 ユメカは、「引き留められてない」と言った。

 ディリアは、「真犯人を捜すと言って見捨てた」と言った。


――矛盾している?


 クリスティーネは魔杖を握る手に力を込めた。

 事実と事実の間に見えてきた真実に、疑うのを拒絶してきた現実が見えてくる。

 ディリアは、「なぜ立去った」と尋ねながら「真犯人を捜す」ためと知っていた。

 断片的な事実から、ディリアは理由を知っていたことになる。

 言葉の綾というのはあるが、会話の中で瞬時についたウソの可能性が見えてくる。

 ただし、不確定な可能性のひとつに過ぎない。

 断ち切るためには、確実な証拠が必要だった。


 クリスティーネは改めて師匠のディリアを見る。


「ダショウ・ティン、いるか?」


 ディリアが誰かの名を呼んだ。

 玉座の間の壁だと思っていた場所が、開いた。

 隠し扉だった。

 中から何者かが現れた。

 人のような姿をしているが、肌は鎧のような鱗に覆われている。

 目は鷹のように黄色く鋭く、手には鋭い爪を持つ。

 それでいて、胸当てや脛当てといった防具を身につけ、長剣を腰に下げている。

 間違いなく、魔人だった。


「お呼びですか陛下」

「外のクズ虫どもを駆除してこい」

「御意」


 魔人の姿が、隠し扉の中に消えた。

 すぐに玉座の間の外から無数の足音が響いてきた。

 振り返って、クリスティーネは驚いた。

 魔獣の何百という群れが外へと向かっていく。


 クリスティーネは幻だと思った。

 そう、想いたかった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ