Ch.4.39:忍耐と、美少女
ユメカは耐え続けた。
ゴーレムの鞭打ちはまだ終わらない。
ユメカの服は破れてボロボロになっている。
肌が傷つき、血が滲んでいる。
それでも、胸や腰の部分は破けていない。
絶対に見せないとユメカが強く想っているからである。
朝になり、クリスティーネがまた姿を見せた。
伝わるまで何度でも、事実を訴えようと決めている。
事実の一致点と認識が異なる点を整理して並べ、なぜ誤解が生じているのかを突き詰めていけば、必ず理解してもらえるとユメカは信じている。
だから、気力を振り絞った。
「黒クリちゃん、もう一度――」
カツン!
魔杖で床を突く音が玉座の間に響いた。
入口で立ち止まっていたクリスティーネの背後にディリアが現れる。
まるで人形遣いのように見えて、ユメカの心は苛ついた。
「これは見物だな。ゴーレムよ、もう良いぞ」
嫌らしいディリアの声が気色悪い。
ゴーレムの鞭打ちを止めてくれても、感謝する気にはなれない。
ユメカは一息ついてから、目障りな存在をにらんだ。
「しかし、なぜ服が残っているのだ。恥辱と屈辱にまみれさせて殺してやろうというのに」
「絶対美少女の絶対領域は鉄壁ガードなのよ」
「ふざけるな! ゴーレムよ、打て!」
ディリアが命じると、疲れを知らないゴーレムの鞭打ちが再開された。
一度気を抜いたせいか、イージスを発現させる集中力が鈍ってしまった。
時折、鞭の先端が肌を引き裂いて行く。
「これほどまで鞭打っても死にもせず服が残るなど、やはり悪魔なのだよ。もはやこれで、悪魔と証明されたのだ。そうではないかね、クリスティーネ」
「はい。お師匠様。この人は悪魔です」
ディリアは一晩の間に、クリスティーネ洗脳を強化したのだ。
昨夜から何度か姿を見せてくれたクリスティーネに語りかけた言葉も、作為的に解釈して悪魔の言葉と教え込んだのだろう。
それでも、事実と事実を結び付ける推測に含まれる悪意に気づいてくれたなら、クリスティーネも真実に気づいてくれるとユメカは信じている。
「違う! 黒クリちゃん、もっと事実を見定めて!」
「クリスティーネ・シュバルツです! もう変な名前で呼ばないで」
「ごめん。でも――」
ユメカだけが呼ぶ特別な名前がいいと言ってくれたのは、クリスティーネなのだ。
その時の気持ちさえ捨て去ったのかと思うと、辛くなる。
拒絶され続けると悲しくて泣きたくなってくる。
だがそれでも泣かないと、ユメカは心を強く保った。
「では、クリスティーネの魔法で、ヤスラギ・ユメカを殺しなさい」
「わかりました。お師匠様」
クリスティーネが魔杖を構えて目を閉じ、精神を集中しはじめる。
ユメカは気力を振り絞って集中する。
一晩、鞭に討たれながら考えていた。
無敵の盾イージスで鎖を伝わる電気を防ぐ方法はないのかと。
そして鎧のように全身を防御する形に変容させればいいと想った。
盾をイメージするより、困難だった。
成功するまで試したから、服が破けてしまったのだ。
「世界を包みし大いなる根源たる力、我は今それを欲する。
無辺の彼方より我が元に集りて我が力となれ。
我は命じる。
神々の怒りをもって、悪しき者を裁き滅ぼせ。
【裁決の懲戒】」
「絶対防御!」
ユメカはイメージする。
全身を守る鎧を。
雷撃が走る。
無敵の盾イージスが鎧へと変容し、感電を防いだ。
雷鳴と雷光が弾け、【禁断の獄舎】の鉄格子の一部が溶けて歪んでいる。
それでもユメカは生きている。
クリスティーネが放った渾身の【裁決の懲戒】を凌いだのだ。
「ど、どうして――?」
「死んだら、黒クリちゃんが人殺しになる。だから、あたしは絶対に死なない」
「そんな力があって、どうして鎖を引きちぎらないのです?」
「あたしを鎖で縛ったのは黒クリちゃんだから」
「い、意味不明です」
「黒クリちゃんがあたしを信じてくれないのに、鎖と檻を破壊しても意味がないからね」
「ウソです。壊せるなら、わたくしを打ちのめし認めさせればいいのです」
「そんなことして認めさせても、あたしは嬉しくないの」
「ですがあなたは、聖騎士を皆殺しにして、わたくしを刺して逃げた」
「あたしじゃない。真犯人は別にいる」
「でしたらその真犯人を、捜したのですか?」
「捜したよ。でも見つからなかった」
「どれくらい捜したのです?」
「二日くらい――」
「たった? たったそれだけで、捜したと言えるのですか?」
ユメカは自分の浅はかさを悔いた。
本気で無実を証明する気があれば、徹底的に調べて真犯人を捕まえているはずなのだ。
――いや、違う。
「昨日黒クリちゃんに会うまで、あたしが黒クリちゃんを刺したと思われているなんて、知らなかったから」
「そんな言い訳、醜いです」
「でもこれが、事実だから」
クリスティーネに魔杖を向けられた。
「そんなこと、信じない。
【煌めく火箭】、
【輝く光弾】、
【憤怒の吐息】、
【氷結の魔女】、
【地獄の業火】、
【裁決の懲戒】、
どうして、効かないのです――」
クリスティーネが詠唱も魔法陣も省略して魔法を連続で発現させる。
ユメカは「絶対防御」をイメージして、すべての魔法攻撃を防いだ。
クリスティーネは魔杖を降ろした。
項垂れ、肩で息をしている。
「どうして――」
顔を上げようとしてクリスティーネはよろめき、魔杖を床に突いて体を支えた。
「――どうしてわたくしの全力魔法を防いでしまうのです?」
「あたしが、絶対無敵の美少女剣士ヤスラギ・ユメカだからよ」
「オ、オネーサマ……」
ユメカは微笑む。
前のように呼んでくれたなら、洗脳は解けつつあると思えた。
だが、カーンと甲高い音が響いて、緊迫した雰囲気が戻った。
ディリアが魔杖で床を突いたのだ。
「もう十分だよクリスティーネ。よくやった。この先は私がやろう」
「お、お師匠様?」
「私がとどめを刺す」
「ですがもしかすれば、オネ、この人は本当のことを言っているかも知れません」
「よく見なさい」
「え?」
「バカにされているのだよ、我々は」
「どういうことでしょう」
「一晩鞭に打たれ続け、服が破けているのに、大事な部分だけは隠している」
「ですがそれは、美少女の固有魔法で――」
「いいやそうではない。クリスティーネの全力魔法によって【禁断の獄舎】の鉄格子すら溶けたというのに、天井と床から伸びる鎖は、傷ひとつないのだ」
「あ、そう言えば――」
「悪魔だからこその余裕なのだ」
ユメカはディリアをにらむ。
どこまで精神支配し続けるのかと思えば、怒りが満ちる。
かといって、どちらの言葉を信じるかは、クリスティーネ次第なのだ。
「黒クリちゃん。事実と事実が紡がれる先をしっかりと見極めるのよ」
ユメカは最後にクリスティーネへと告げて、目を閉じた。
心の奥底にある、クリスティーネの魂の輝きを信じる。
「ファッファッファッ。最後にいいことを言ったではないか。そうだクリスティーネ、師匠である私が悪魔を滅ぼすところを見届けなさい。それが事実。現実なのだよ」
ディリアが魔杖を構える。
魔杖に嵌め込まれた魔石が光を放ち始める。
外世界から魔力を導くための、呼び水のように使ったのだ。
「世界を包みし大いなる根源たる力、我は今それを欲する。
無辺の彼方より我が元に集りて我が力となれ。
我は命じる。
万物を生みしあまねく虚ろよ、我と世を隔てよ。
【虚無の狭間】」
ユメカは周囲の空間から断絶された――。




