Ch.4.33:死闘の光
イーブは土塁の上に跳び乗った。
見回して、愕然となった。
島に押し寄せてきた魔獣は土塁の周囲を駆け回り、あるいは土塁を跳び越えようとしてくる。
また斜面の樹を頭突きで倒し、橋を架けようとしている。
湖畔で魔獣の親玉の背に乗る、魔人が操っているようだった。
「守り切れるか?」
「イーブ殿のお力があればあるいは――」
「もし【白金の閃光剣】に期待しているなら、先に詫びておこう」
「ですが我々も、殿下のためならば命を賭して戦う覚悟なれば――」
「隊長の言う通りです。折角魔術騎士になったのですから、全力を出してみましょうぞ」
会話は続けられなかった。
四本角の魔獣が、仲間の死体を踏み台にして駆け登ってくる。
イーブは剣で閃光を放ち魔獣の目を眩ませる。
土塁に掛けた前脚を切り落とすと、アダセンとオーズィキャもそれに倣う。
魔剣の炎で焼かれ、あるいは魔剣の風で吹き飛ばされ崖下に落ちて行く。
魔獣たちは恐れたのか、一度後退していった。
二人が持つ魔剣の威力は、すさまじい。
普通に使うには、【白金の閃光剣】よりも優れているようだった。
「ディリア殿はいないのか?」
「クリスティーネ殿を連れて、魔王討伐に向かわれました」
「まさか二人だけで?」
「はい」
イーブは顎をさすりながら思案した。
「そうか――」
「どうかなさいましたか?」
「なに、些細な疑問だ。もし、ディリア殿とクリスティーネ殿のお二人だけで魔王討伐ができるなら、我らはなぜ魔王軍と戦わねばならなかったのかと思ったまで」
「ここに魔王軍を引きつけているから魔王城周辺が手薄になる、とディリア殿は言われました」
「戦略的にこの地は必要か?」
「この火口の底を陣とし、外輪山を城壁に見立てれば」
「なるほどな」
この地を城とするには兵が少なすぎる、という考えをイーブは告げなかった。
まずは目先の問題、この危機を乗り越えなければならないのだ。
「アダセン殿、この窮地を脱する策はあるか?」
「魔獣は、魔人がいなくなれば散っていきます」
「所詮は獣というわけか」
「巨人や怪鳥がいない分だけ、戦いやすいですね」
「ならば俺が魔人を倒せばいいのだろうが――」
イーブには自信が無かった。
正直なところ、国宝の【白金の閃光剣】を使いこなせないのだ。
剣の使い方が、秘伝とされたまま失伝となったからである。
知っているのは、王家に伝承されていた方法を、王から口伝で教えられた使い方である。
それは、閃光の槍を放つ【閃光必滅の槍】と、光で目を眩ませる【閃光の幻惑】だけだった。
一直線に貫く威力に優れる【閃光必滅の槍】は、多くの敵に囲まれた状態で戦うには向かない上に、連続して使えば威力が極端に下がるのだ。
光ってきれいな見かけで驚かせて圧倒できればいいが、魔獣には通用しないだろう。
そもそも宝剣とされてきただけに、練習などしたことはない。
加えて、魔獣相手に戦うのは今日が初めてである。
「まあ、やってみるしかないか」
湖岸で魔獣をけしかけてくる魔人を見据える。
魔獣の中で他より一回り大きな四本角魔獣の背に乗っているだけに、すぐに見分けが付く。
「届くか?」
イーブは国宝の【白金の閃光剣】を構え、【閃光必滅の槍】を放った。
瞬間、閃光が魔人を貫いたかに見えた。
だが魔人は、とてつもない敏捷性を発揮し、直前に大きく跳んで避けてしまったのだ。
魔人は反射神経も優れているようだった。
「外したか」
イーブは舌打ちした。
すると魔人は、遠目に狙われたのが気に障ったのか、魔獣を駆って島を登ってくる。
次善の策として、魔人を挑発して直接対決に持ち込むことには成功したようだった。
だが――、
「果たして勝てるか?」
イーブは唾をゴクリと飲み込む。
魔人を守るように、魔獣は一群となって斜面を登ってくる。
目くらましの光を放つが、怯まずに迫ってくる。
その怒濤のような圧力に危険を感じて、イーブたちは土塁から飛び降りる。
ドン、ドン、ドン、という鈍い音が次々と響いた。
勢いを緩めず、魔獣たちが土塁に激突している音だった。
おそらく激突死した魔獣が多かったのだろう。
後から来た何匹かが軽々と土塁を跳び越えてくる。
仲間の屍を踏み越えてきたのは明らかだった。
左右に立つアダセンとオーズィキャが斬り捨てる。
イーブが振るった普通の斬撃は、一匹を倒すのがやっとだった。
魔人は魔獣を操り、土塁の上に立った。
二人の騎士が他の魔獣を引き受けて戦ってくれているが、任されて平気なのかとイーブは自嘲していた。
「お前か、私を狙ったのは」
「暇そうにしていたようなので、ちょいと挨拶をしようと思ったのだ」
「外から突然乱入してきた、お前は何者だ? 名乗れ」
「魔人が流暢にも人の言葉を話すのだな」
「当然だろう。人間を超越した存在なのだから」
「人間より優れていると? その割には礼儀知らずだ」
「挑発のつもりか? 愚かしい。だがいいだろう。こちらから名乗ってやる。我こそは魔王軍独立遊撃部隊隊長イコット・タムーヌだ」
「士族の長の成れの果てか」
「吠えるな下等な人間よ。こちらは名乗ったのだ」
「俺はイーブ・ウィギャ。アマタイカ王国の白の騎士を拝命していた者だ」
「ほう。その名は知っているぞ。ならば、直々に討ち取ってやろう」
魔人は背負っていた幅広の曲刀を抜いて構えた。
同時に魔獣の腹を鐙で蹴った。
魔獣が土塁から飛び降りて迫り来る。
その速さに圧倒され、イーブは地面に身を投げ出して避ける。
転がって受け身を取って立ち上がる。
魔人はアダセンとオーズィキャには見向きもせず、土塁の出入り口を塞ぐ巨石に向かっていき、曲刀でたたき割った。
入口が開き、魔獣が入り込んでくる。
「イーブ殿、砦まで撤退しましょう」
「先に行け。俺は魔人を倒す」
殿下を頼むと想いを込めてアダセンを見る。
魔剣による炎や風に比べ、少なくとも一撃の威力は【閃光必滅の槍】の方があるのは間違いないようなのだ。
意図を悟ったらしく、魔獣と戦いながら石垣で囲まれた砦まで後退していく。
「ほう。勇敢だな。さすがは白の騎士。だが、蛮勇だ」
魔人が突進してくる。
剣で突かれるというよりは、魔獣の四本角に貫かれそうだった。
イーブは剣を引いて突きの構えをする。
間合いを計り、剣を突き出す。
「【閃光必滅の槍】!」
剣から閃光が放たれ、魔獣の頭を吹き飛ばす。
背に跨がる魔人は鞍を蹴って跳び、避けられてしまった。
魔獣は前脚を折って倒れるが、勢いのために突っ込んでくる。
イーブは頭上を飛び越えて背後に回ってくる魔人の攻撃に備え、身を反転する。
体を捻りながら着地しつつ魔人は、上段から曲刀を振り下ろしてくる。
イーブは剣を頭上で横に構えて受けた。
ガキーン。
鈍い音と共に、骨が軋むような衝撃に襲われた。
同時に、足元がすくわれた。
滑ってきた魔獣が当たったのだ。
背中から倒れそうになる勢いを利用し、魔人を蹴り上げる。
死した魔獣の背の上でくるりと受け身を取って立つ。
魔人は飛び退いて距離を取り、余裕の表情で着地した。
魔獣の死骸を間に挟み、対峙する。
腕が痺れていた。
誤魔化すようにイーブは、マントを外して投げ捨てる。
これが魔人の力。
絶望的な力の差をイーブは感じた。
それでも剣を構える。
刃こぼれはない。
剣は素晴らしいが、それを扱う者の問題が大きいようである。
魔人には、膂力に加えて技もある。
単なる魔獣との違いが、絶望的な強さの違いになっている。
接近戦は分が悪かった。
「【閃光必滅の槍】!」
不意を突いて大技を放つ。
だが易々と躱されてしまう。
魔人の俊敏性は異常だった。
素早さに長けた魔獣であっても躱せないと見た瞬間だったが、違った。
身体能力の差を見誤っていたのだ。
いや、【閃光必滅の槍】の威力も弱まっているのだろう。
「人間にしては、やるではないか。だが、もう見切った」
魔人が地を蹴った。
そう見えた時には眼前に迫っている。
咄嗟に斜め前方に身を投げ出す。
地面で受け身を取ってくるりと反転して剣を構えるが、魔人の間合いだった。
曲刀を横合いに薙ぎ払ってくる。
イーブは剣を立てて受ける。
その衝撃に吹っ飛ばされた。
手が痺れ、剣を落とさずに持っているだけでやっとだった。
「ふっ。まあここまでか――」
イーブは限界だと悟った。
死ねばアヤガの元へ行けると思うと、恐ろしくない。
ただあの世があったとして、会わせる顔はない。
魔人に殺された後、サヒダが無事か分からないからである。
それは、嫌だと思った。
とはいえ為す術がない。
魔人が剣を大上段に構えてくる。
剣を持ち上げる力は残っていなかった。
イーブは死を覚悟した。




