Ch.4.28:決意の、美少女
飲み込まれるほど大きな魔力波動が目の前に迫る。
クリスティーネにはその威力が分かる。
背後にある砦も破壊されるだろう。
「前段省略!
【干渉の障壁】!」
クリスティーネは詠唱をはしょって空間を断絶させる盾を作り出す。
ギリギリのタイミングで発現した魔法の盾に閃光が当たる。
まばゆい光が炸裂し、周囲を白く焼く。
爆風が広がり回り込む。
その猛烈な風が魔法の盾の後ろで吹き乱れる。
風に煽られ体が浮き上がりそうになり、クリスティーネは慌てて地面に魔杖を突く。
不意に体に重さが戻る。
ジョンが背後から被さるように体を押さえてくれたのだ。
魔石で身体強化をしている騎士たちは風によって吹き飛ばされている。
「なんつう危ないオモチャを作ったんだ」
「武器ではないのですか?」
「ドヤ顔で自慢するような危ない道具は、実際には使えないオモチャにしておくべきなんだ」
「少し言葉の意味が分かりませんが、主旨はなんとなく分かりました」
少し首を傾げながらもうなずくと、クリスティーネは魔法の盾を消して空を見上げる。
恐るべき破壊力の魔術兵器を肩に担いだままの魔人を乗せた怪鳥は、再び島の上空で旋回を始めている。
この距離なら魔人に魔法が届く。
攻撃するなら今しかない。
さっきは真っ正面からの攻撃だったから魔法の盾で防げたが、次は分からない。
危険を強く感じながらも、魔人も元人間だからと殺すのを迷う。
クリスティーネは魔杖を握り締める。
人に戻せるかもしれないという曖昧な理由で反撃をためらっていいのか。
今と同じ攻撃でも、別の角度から砦を直接狙われたら防げない。
ディリアには、別働隊を守れと言われている。
指示を守るためには、次の攻撃をさせないようにするのが最も確実なのだ。
殺さずに効果的に反撃する魔法は何が最適なのだろうか。
そもそも魔人の強さが分からない。
どの程度の威力なら殺さずに済むのか。
どうすればいいのかと悩み迷うと、何もできずに手が止まってしまう。
「これを防ぐか。だが、次はどうだ? そのザコどもは守れまい」
「もう一発撃つつもりか、やな奴だ」
ジョンは魔人の宣告に愚痴を言うだけだった。
何の魔法をどう使えばいいか、教えてくれなかった。
「ジョン、どうすればいいでしょう」
「あの鳥はでかすぎて、ホバリングはできないようだ」
「ほばりんぐ?」
「だから、上昇気流を受けて高く昇り、旋回して遠くからまっすぐに滑空しないと狙いを付けられないってことだ」
「それで、どうすれば?」
「やるかやられるか、それが難しい問題だ」
ジョンが左右に指を振って決めかねているらしい。
肝心なところで役に立たないのは、駄犬だからだろう。
その間に、魔人は怪鳥を操り外輪山の外側へと向かっていく。
魔人は攻撃が届かない距離まで離れてしまった。
正直なところ、ほっとした。
攻撃魔法が届かないなら、防御魔法で全員を守ることに集中するだけである。
問題は、吹き飛ばされた騎士たちが魔法の盾で防げる範囲から外れていることだった。
もっと魔力を集めてもっと大きな【干渉の障壁】を作れば全員を守れるかもしれない。
魔杖を構えて外世界から魔力を導こうとする。
異変に「あれ?」と焦る。
「ジョン、大変です。魔力が集まりません」
「一時的に疎になったのか?」
「魔力の流れは感じますが、あの魔人の道具に吸い込まれていくようです」
「まずいな。よし、逃げよう!」
「え?」
クリスティーネは、ジョンにすくい上げられるように、抱きかかえられていた。
抵抗する間もなかった。
またしてもお姫様抱っこである。
ジョンが砦に向かって走る。
砦の周囲に仕掛けた魔石を利用して作る防御壁の存在が脳裏に浮かんだ。
それを発動させれば全員が助かる可能性が高いとジョンが思いついたのだろう。
アダセンたちも立ち上がり、理由を悟ったように砦に向かって駆け出す。
クリスティーネはジョンの肩越しに後ろを見た。
怪鳥の背の魔人が、魔術兵器を構えている。
防御壁は間に合わない。
非常手段を使うしかない。
日々魔杖の魔石に溜めている魔力を使おう。
何度も使えないが、外世界の魔力を引き込めなくても、さっきよりも大きな魔法の盾を作れるはずだった。
クリスティーネは魔杖を両手で持ち、七つの魔石と魔力経路をつなぐ。
その時だった。
「【裁決の懲戒】」
カルデラに響く声を打ち消すように、閃光と共に雷鳴が轟いた。
空気を揺るがす爆音が響き、雷撃が魔人を直撃した。
焼け焦げた魔人と怪鳥が落下していく。
「なんだ?」
ジョンが急停止して振り返る。
向きが変わったのでクリスティーネも頭を回して前を向く。
外輪山の中程に、魔法陣の輝きが広がる。
遠く朗々と響く声が聞こえてくる。
「世界を包みし大いなる根源たる力、我は今それを欲する。
無辺の彼方より我が元に集りて我が力となれ。
我は命じる。
まばゆき閃光を放ち、悪しき魂を浄化せよ。
【輝く光弾】」
外輪山の合間から閃光を放つ球が飛んだ。
湖面に落下していく黒焦げの魔人と怪鳥を飲み込んで大爆発が起きる。
白い光がカルデラ全体を覆うように広がり、弾けた爆風が広がり、轟音が鳴り響く。
爆音がカルデラに反響し、山全体が揺れる。
土塁の向こうに何かがぶつかり、飛沫が降ってきた。
「すげー威力だ」
「あの飛沫は何です?」
「爆発で湖に波が起きて、そこまで登ってきたんだろうな」
「でしたら、筏に乗っていた人は?」
「やばそうだな」
ジョンが土塁へと駆け戻っていく。
クリスティーネは、お姫様抱っこされたままである。
土塁に駆け登ると、島の周囲が見渡せる。
クリスティーネが降りようとすると、ジョンは優しく立たせてくれた。
湖面は激しく波立っている。
砕けた筏の残骸が大きく揺らぎながら漂っている。
筏の上にいた人も巨人も姿が見えない。
湖岸の一部もえぐられている。
誰の魔法か、クリスティーネには察しが付いている。
余韻のように根底に響く魔力の波動に、術者の系統に特徴的な振動が含まれている。
魔法を発現させるための作法のように、魔力を織り成し紡ぐ手順で生じる振動である。
流派によって異なるが、クリスティーネはその違いを感じとれる。
間違いない。
姿は見えないが、よく知った人物である。
「お師匠様です!」
「真打ち登場とは、恐れ入るね」
相変わらずジョンは、意味は不明の言葉を口にする。
意味を問いたいとの思いは、複雑な感情によって覆い隠されていた。
ディリアが助けてくれた喜びと、魔人が消滅し助かったと安堵するのは、瞬間駆け抜けるひとときの上澄みのような感情だった。
なんとも言えない感情の波に、重苦しく心が沈む。
ディリアは何の躊躇もなく、魔法で人を殺した。
カシーシ市を攻めた時にも見ているが、クリスティーネの心の置き場所が変わったのだ。
人を殺さずに済んだと、ほっとしている自分がここにいる。
それでも人は死んだ。
人から姿を変えた魔人も巨人も死んだ。
自分が直接殺さなければそれでいいと考えるのは、何かが違うと思えた。
ディリアの指示通り、湖上の島の砦と別働隊を守り抜けたことにはほっとしている。
これで価値を示せたと思った。
そう確信したかったが、ディリアが現れなければ守れなかった可能性を見ていた。
一人では何もできない役立たずと判定された可能性に気づいて、不安が芽生えてくる。
「どうした、クリス。嬉しくないのか?」
「そんなことはありませんが――」
「納得いかない感情があるんだろう?」
「さあ――」
「正直になればいい」
「正直?」
「心の奥底から望むのは何か。探り出せるのは、自分だけさ」
「わたくしは――」
どうしたいのか。
どうなりたいのか。
なにをしたいのか。
改めて問われると、分からなくなっていた。
研鑽を積めば千年後に大魔導師になれると語ったディリアは、とても嬉しそうだった。
だから、大魔導師になると決めた。
だが、一番の夢かと問われると即答できなかった。
何かが心に引っかかっている。
答えを出せないまま、目の前で繰り広げられる湖岸の情景を見ていた。
まるで呪縛から解き放たれたように、魔獣たちは動き回る。
統率者である魔人を失ったからだろう。
知能のある魔獣はカルデラから逃げ出そうとする。
知能が程々にある魔獣は、事態を探るように見回している。
知能の低い魔獣は湖畔に沿って駆け出して他の魔獣の群れの間を抜け、混乱を生み出す。
視界の片隅に、魔法陣が現れた。
外輪山南西の中腹辺りである。
魔法陣は間違いなくディリアの模様である。
再び【輝く光弾】が放れた。
闇雲に駆け回る魔獣を吹き飛ばした。
光が周囲を包み、大地を砕き森を粉砕し、爆音が響く。
南側の湖畔に群がっていた魔獣は消滅した。
生き残った魔獣は、外輪山を越えて逃げ去っていく。
しばらくして魔獣の姿は消えた。
「やはり――」
ディリアはすごいと改めて尊敬する気持ちが生まれた。
迷いのない魔法は至高だった。
敵が人間由来かどうかという判断がない分、魔法効果の発現が速く、効果を増幅させる魔力供給も洗練されている。
もし人間だからと手加減しても、敵は構わず攻撃してくる。
攻撃を控えて防御に徹しても、反撃しなければ攻撃が繰り返される。
守ってばかりいるだけでは、結局味方すら守り続けられなくなるのが現実だった。
「――敵は躊躇なく殺すべきですね」
これが正しいのだとクリスティーネは思った。
当てつけで人を殺さないようにしようと考えるということすら、見透かされていたのだろう。
人を殺してはいけないという思想の種を植えつけたことが、ユメカの呪いなのだ。
迷わせ、ためらわせ、弱くする。
大魔導師になるのを阻止するために、悪魔か魔王か魔神か知らないが、悪の権化がきれいごとを口にして惑わせようとしたのだ。
ディリアの教えは正しかった。
そう悟ってクリスティーネは、敵は倒せる時に倒すと心を定めた。
しばらくして魔獣が去った湖岸に、人間たちが姿を見せた。
全部でざっと一〇〇人くらいの集団だった。
数頭の馬を連れている。
その先頭。
長い魔杖を持ったまま馬に乗るローブを纏ったディリアの姿が見えた。
出迎えに行き、考えが間違っていたと告げようと思った。
誤った思想に感化されていた愚かさを悔い、ディリアの教えに従おう。
改めて師事を誓うと、クリスティーネは決めた。




