表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/109

  Ch.4.23:火炎の剣

 風の口。

 それは外町の北側にある。

 王族の庭園とされた領域の一画の、風車のことである。


 水の口は、かつてあった水門の出口だが、今は水位の上がった堀によって封じられている。

 地の口は、外町拡張工事の際に崩落して塞がってしまったという。

 そのため、風の口が隠し通路の唯一の出口である。


 イーブは宿舎の涸れ井戸に潜った。

 両手両足で壁を突っ張らなければ降りられない穴である。

 途中の横穴に入り、迷路のような狭い通路を進むと、国が備蓄する穀物倉庫街の一角に出る。

 路地裏を駆けて四区画進み、一軒の家に入った。

 王から拝領した白馬を、預けている家だった。

 信頼できる、馬の調教師が暮らしている。

 まっすぐに厩舎に向かうと、外の騒動に怯える馬を落ち着かせている調教師がいた。


「イーブ様、この騒ぎは?」

「陛下が大公の養嗣子に殺された」

「なんと――」

「北西の草原に、俺の馬を運んでおいてくれないか?」

「かしこまりました」

「俺は仕事を片付けてくる」


 言い置いてイーブはすぐに走り去った。


――騒ぎがどうも一方的だな。


 首都に集まっている諸侯の大半が、大公側に付いているとイーブは読んだ。

 諸侯の多くは、騒動が起きても兵を敷地内に留め置く密約を結んでいるのだろう。

 それでいて、機会があれば恩を売ろうと狙っているはずだった。


「風車小屋か――」


 巡回する兵士が多いため、道を行けばすぐに大公の手の者に見つかる。

 人通りの少ない貴族の屋敷区画を抜けようとすれば、手柄を上げて恩を売ろうとする貴族の手勢に襲われるだろう。

 イーブは人目を避け、丘の上の城壁内に至る坂道の脇から下に降りた。

 丘の外周に堀があるが、南側は空堀だからである。

 堀の外町側は石垣で壁面補強されてたほぼ垂直の壁だが、城側は丘の岩盤が剥き出しになってはいる。その下側の傾斜は緩く走れる縁がある。

 そこをイーブは北に向かって走った。

 途中に作られた堰を境に、水堀となる。


「まず風車小屋を確かめ、できるならば――」


 イーブ丘の下の斜面、堀の水との境界を走りながら、城を見上げる。

 状況によっては、アヤガを助けるために崖をよじ登ろうと考えていた。

 それは未練であったが、優先事項はすでに決まっている。


「本物の【白金の閃光剣(シャインブレード)】はないが、今の俺の心には、輝く熱い剣が備わっているのだ」


 熱い心を抱き、湧き立つ想いを胸に宿し、イーブは走った。

 堀の向こう側に、黒い大きな影が動いている。

 風車小屋である。

 その隙間に、松明の燃える火が動いている。

 養嗣子とはいえ大公家ならば、風の口がどこか知っているのだろう。


「いたぞ、白の騎士だ」


 唐突に大声が聞こえ「しまった」と思った瞬間、イーブの背に冷や汗が伝った。

 声がした方を見る。

 堀の反対側で、巡回していた兵士がこちらを指さしている。


「――ならば囮となって風車から引き離すか」


 そう決意した時、愕然として足を止めた。

 左手の方向で、火の手が上がったのだ。

 風車小屋のすべてから、火の手が上がったのだ。


「くっ、酷いことをする」


 無意識で左手は、鞘を強く握り締めていた。

 走れば揺れる鞘を、抑えていたのだ。

 背後から慌ただしい足音が聞こえた。

 振り返る。

 追いかけてきた炎騎士が一人、不意に立ち止まった。

 間合いが遠い分だけ、警戒しているのだと分かる。


「巨大な白ネズミとは、やはり白の騎士のことだったようですね」


 他人を蔑むことで優位に立っていると心を鼓舞しているのだ。

 下劣な思考だとイーブは思う。

 だがそれだけ、臆しているのだ。


「炎騎士のエクソーナ・アイル殿だったかな」

「我が名をご存じとは、光栄ですな」

「仕事柄、詳しくなったのだ」

「それは、密偵ですかな?」

「事実の確認作業だ」

「まあ、細かな事情はいいでしょう。それよりも、王子と侍女はどこです?」

「知らないな」

「ところで、あの風車小屋に、王族しか知らぬ抜け穴の出口があるという話、ご存じですか」

「さあ、初耳だ」

「では忠告は不要ですか」

「忠告? 妙なことを言う」

「見ての通り風車小屋に火を付けました。第二王子が抜け穴を出て風車小屋に潜んでいたならばと、想像してはいかがかと思いましてね」

「生死は問わぬ、という訳か」


 イーブは右手を剣の柄に掛けた。

 逃がすくらいなら、確実に王子を殺そうというのだ。


「アショ家は、終わらせる」

「生かしもしないか。残酷だな」

「ならば居場所を教えることだ。そうすれば、少なくともイーブ殿に生きる道ができる」

「それを聞いて、陛下より白の騎士の銘を与えられた俺が教えると思うか?」

「思わぬが、新たな王に従う道もあろうと思ってな」

「なぜ、叛逆した」

「イムスタが、黄の魔導師を使って大公閣下を暗殺したのが先だ」

「そうか――」

「どちらに大儀があるか、イーブ殿ならば分かるだろう」

「弑逆の罪が重いに決まっている」

「やはりそう考えなさるか。では、炎騎士の名を上げるために、一役買って頂こう」


 炎騎士エクソーナが剣を抜いた。

 一般的に火炎剣と呼ばれる、魔石の力で火炎を生み出す魔剣である。

 正式には【火炎烈風剣(フレイムブリンガー)】と言うようだが、その銘は厳密には隊長ギシュボ・ダナースが持つ剣だけを呼ぶという説もある。

 詳しい実体は、秘匿されていて不明である。


「押し売りではないか」


 イーブも剣を抜いた。

 ただ長大な剣というだけで、普通の剣である。

 次の瞬間、炎騎士が踏み込んできた。

 右側が堀、左側は断崖の斜面。

 ほぼ、前後にしか動けない。

 上段から振り下ろしてくる火炎剣の間合いは浅い。

 だがイーブはあえて踏み込み、下段から剣を擦り上げ、弾き飛ばした。

 炎騎士エクソーナは体勢を崩しそうになり、大きく飛び退いて着地する。


「後ろに退かぬとは、さすが」

「退いていれば火炎に焼かれるではないか」

「やはり、欲張ってはいけませんか」


 次からは剣ではなく、剣から放たれる火炎によってじわじわと攻撃するという宣言だとイーブは悟った。


「名を上げたいなら、そのような魔剣に頼らずに勝って見せたらどうだ」

「隊長ならば酔狂でその挑発に乗っただろうが、こちらには応じる理由はない。炎騎士が白の騎士を討った事実があれば、それで十分」

「実利主義か。風情がない」

「過程では評価されないのですよ。結果がすべて物を言う」


 炎騎士は遠い間合いで剣を振った。

 イーブは滑るように後方に大きく飛び退いて身を沈める。

 火炎剣から発した炎が頭上を通り過ぎる。

 そのまま炎騎士は間合いを詰めて来ると、剣を返して袈裟に斬ってくる。

 イーブは受けずに足元の石を拾って投げて、飛び退く。

 火炎剣の軌道が変わり、投げた石が払われたが、火炎は放たれなかった。


「石を投げるとは卑怯な」

「よく言う。結果がすべてではなかったのか」

「その通り。だが、敗者の結果にそれは、汚点となりましょう」

「まあ、一理ある。勝てば事実を変えて吹聴できるからな」

「そこまで邪道はしないつもりだ。これでも騎士なのですからね」

「それはいい心がけだ」

「では、覚悟はよろしいか」

 炎騎士が上段に構える。


「いつでも」


 イーブは深く腰を落とし下段に構える。

 長大な剣先が水に浸かっている。

 初手と同じような構えとなった。

 炎騎士が動いた。

 剣を振る間合いを計る。

 イーブは腰を落としたまま、先に剣を振り上げた。

 間合いはやや遠い。

 剣先が掻いた水飛沫が舞う。


「なに!」


 火炎剣から生じた炎が、水を瞬時に水蒸気に換える。

 蒸気によって視界が閉ざされる。

 イーブは巨体に似合わず俊敏に斜面を駆け上がり、身を翻しながら炎騎士の背後へと飛び降りつつ、剣を脳天に振り下ろす。

 炎騎士はとっさに剣を戻して頭上に上げた。


 ガキーン。


 背後に剣を振り下ろしたイーブが着地している。

 勝った、はずだった。


「残念でしたな。腕の差はイーブ殿でしたが、剣の差で、私の勝ちですよ」


 イーブの長大な剣は折れ飛んでいた。


「まったく、弱ったなあ」


 イーブは左側を見る。

 堀の向こうに立ち並ぶ風車小屋の火の手は、大きくなっていた。

 強大な篝火に照らされながら、イーブは炎騎士との間合いを測る。

 ふと、名を呼ばれた気がして、見上げる。

 裏宮殿にある、北側の塔が聳えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ