表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/109

  Ch.4.22:交錯の剣

「痛っ――」


 アヤガが苦痛に顔を歪めた。

 テーブルに座らせたアヤガの足首をイーブが触れたからである。

 大きく腫れ上がり、熱を持っている。


「これでは走れないな」

「ですから私に構わず、行ってください。サヒダ様をお守りください」

「そなたを置いていけるか」

「お構いなく。そもそも、私など助けて頂く必要はないのです」

「それはなんというか。まあ、いいではないか」

「なぜです。白の騎士ならば、優先順位が違うでしょう。やはりイーブ殿はサヒダ様を嫌っておられたのですね」

「嫌いというか、どうもほわっとした感じが、苦手なのだ」

「それなのに助けようとされたのは、ユメカ様に頼まれたからなのですね」

「まあ、そういう面もあるのだが――」

「宿舎暮らしなのに外街に部屋を借りたのも、堅苦しいのが嫌いという理由だけでではなかったようですし」

「まあ、事情があってな」


 イーブは頭を掻いた。


「それでも、ユメカ様のような美少女が好きなので、嫌われたくないからと、サヒダ様を助けようと危険を冒して城に入ってきたのですね」

「まあ、好きと言えば好きだが――」

「イーブ殿が縁談を断り続けた理由が、そうだと分かっただけで十分です」

「今の話で分かったのか、弱ったなあ」

「分かります。先日も金髪のかわいらしい少女を連れ込んだとか、噂ですし」

「おお、そこまで俺のことを知っているとは!」


 イーブは嬉しそうに笑った。


「やはりそういう趣味でしたか」

「俺の性分だ。どうもそうしてしまうのだ」

「ですが、サヒダ様もユメカ様を気に入られておいでですので、その点気遣って頂ければ嬉しいです」

「そうなのか。あのませガキ、いや、サヒダ王子はお目が高い」


 ふう。


 アヤガが呆れたようにため息をついた。

 向けられる眼差しに蔑みの色を感じて、イーブは軽率な言葉を恥じた。

 結局は自分の言動がこうした結果を招いているのだと、今更ながらに気づいて悔いる。


「ならばユメカ様の頼みを果たされますよう。私一人なら、どうにかなります」

「無理だろうな。俺が守らねば、アヤガは殺される」

「サヒダ様が無事なら、構いません。白の騎士イーブ・ウィギャ殿ならば、託せます」

「しかしなあ、隠し通路を行ったなら、サヒダ王子は無事だろう」

「ですが、その後は誰がお守りするのです?」

「決まっている。アヤガだ」

「手負いの私は足手まとい。取るに足らぬ侍女の私など構わず、サヒダ様をお願いします」

「そう卑下するな。そなたには美しさがある」

「気休めは要りません。どうか、サヒダ様を」

「断る。惚れた女を救えずして、どうして騎士と言えよう」

「惚れた?」

「アヤガ、そなたは美しい」

「からかうにもほどがあります。怒りますよ。私はずっとブスだと言われ続けて来たのです」

「確かに美人ではない。が、美しいのだそなたは」

「失礼なことを」


 怒ったようにアヤガは横を向く。

 振り返ればばこれまで、何度となく彼女を怒らせてきたように思う。

 良かれと思ってしたことも、本音のつもりで話した言葉も、なぜか怒りを買ってしまう。

 言葉足らずだったのだと、あとで反省したこともあったが、違うのだ。

 誤魔化しだった。

 ずっと、本心を誤魔化し続けてきた。

 正直な気持ちを、ウソを纏って隠してきたのだ。

 人見知りの恥ずかしがり屋だった幼少期のある日に、おどけて豪快に笑って強がって見せたことがある。

 すると人前でも緊張しなくなった。

 それから、臆病で小心な自分を笑って鼓舞するように、本音を誤魔化し続けてきた。

 ユメカに言われた言葉を、改めて思い出す。

 もう誤魔化しは止めようと決めた。

 自分を偽るのも止める。

 イーブは偽りの笑いを捨てた。


「そなたは心が美しい。サヒダ王子に向ける慈愛の眼差しが、美しい。惚れ惚れした」

「そうやってからかわれるのはもう、うんざりです。ユメカ様のお気を惹くためにも、サヒダ様をお願いします」

「ん? ユメカ殿の気をどうして俺が惹かねばならんのだ?」

「ですから、お好きなのでしょう」


「好きなのは人間性であって、美少女ではあるが、子どもだぞ」


「え?」

「俺は大人の女が好きなのだ」

「では金髪の少女は?」

「助けただけだ。例の事件の生き残りだ。背景が分からぬから、密かに匿ったつもりだったが、気づかれていたとは、そなたはすごい」

「え? その、そういう訳では――」


 視線を逸らしたアヤガの頬が赤みがかっているのを見て、イーブ悟った。

 もっと早く正直になれば良かったと気づいた。

 遅いが、遅すぎたかもしれないが、進もうと決める。


「俺はな、生き方は不器用だが、器用に物事をこなし、腕も立ち、賢く、気立てが良い女が好きなのだ。他人の子をかいがいしく面倒を見て、愚鈍で覇気もないと言われる子を優しく、時に厳しく教え導く女が好きなのだ。だが、その女に頼まれてその子を逞しく鍛えようとして、嫌われてしまった。まだ体力のない子どもに何をさせるのかと、激しい剣幕で叱られた」

「それは――」

「つまり俺は、アヤガが好きなのだ。何度も伝えたつもりだったが、軽くあしらわれる俺の心は傷ついていたんだぞ」

「イーブ殿……お戯れを」

「どうしてそうひねくれているんだ」

「美しい貴族のご令嬢におモテになるイーブ殿にとって、私などに取るに足らぬ女でしょうに。死に行く身を案じて励ましてくださるお気持ちは嬉しいですが、無用です」

「はあ、まだ分からぬか。俺は強引なのは好まんのだが、非常時だ、許せ」


 イーブはアヤガを抱きしめて唇を奪った。


「な、なにを――」

「俺は本気だ」

「わ、私など――からかわないでください」


 アヤガは頬を赤く染め、俯いた。


「貴族の令嬢など、鼻につく。気位ばかり高くて、役に立たぬ。俺は、見たいのだ。アヤガが自分の子を抱き、サヒダ王子に向けるよりもずっと深い愛情を注ぎ慈しむ姿を見たいのだ。その子が俺の子でもあって欲しいと願うのだ。子とその母親を、俺は守りたいのだ」

「イーブ殿――」


 アヤガの目に涙が浮かんだ。


「本気なのですか?」

「ここまで言わせて、まだ信じてくれぬのか」

「私のことなど誰も見てくれないと思っていました。何度からかわれ、騙されたことか」

「そいつらは、俺がしごき倒した」


 プロポーズの練習役として、本命に嫉妬も誤解もされない無害のアヤガを利用する連中が多かったのだ。すぐにそれは遊びとなり、彼等は愛を告げられたアヤガがその気になって浮つく姿を観察して、笑いものにするようになった。男が本気ならばと遠くで見ていたイーブだったが、心を弄んだと知るや強引に修練に誘い出し、ことごとく打ちのめしたのだ。

 そうして激しく打ちのめされた連中からは、なぜイーブ・ウィギャが白の騎士なのかと、激しい反対意見が出されたほどである。


「噂は聞きましたが、それが理由とは――」

「安直な復讐を誇るのは好まぬし、それを知ってそなたが喜ぶとは思っていなかった」

「そうですね。喜びはしません。ですが、今知りましたら、なぜか嬉しい――」

「それはなにより」

「イーブ殿、あなたは白の騎士だから、私を気遣ってくださるのだとばかり思っていました」

「愛しておるのだ。だが、一方的に想いをぶつけて迫り、そなたを悩ませサヒダ王子の侍女としての役目に差し障っては困ると思っていたのだ」

「とんだ、すれ違いでしたね」


 アヤガはイーブの首に手を回した。


「つまり?」

「ここまできて、言わせるのですか?」

「言葉で聞きたいのだ」

「好きです、イーブ殿。ずっと見ていました」

「がーはっはっは。では相思相愛ではないか」


 内から湧き起こる笑みを浮かべるとイーブは、アヤガを強く抱きしめる。

 改めて、口づけをする。

 アヤガも求めてくれた。

 だが、すぐに胸に手を突いて押しのけようとしてくるので、イーブは放した。

 強引すぎたかと反省する。


「どうした? 嫌いになったか?」

「このような時だからです、イーブ殿」

「ならば嫌われてないのだな」

「も、もちろんです」

「はっはっは。このような時でなければ、褥の上でアヤガをじっくり隅々まで堪能させてもらっていただろうな」

「そのようなことを、これまで何人の方とされてきたのでしょう」

「知りたいか? アヤガになら、教えても構わんぞ。俺のすべてを受け入れて欲しいからな」

「知ると、嫉妬に狂いそうです」

「嬉しいことを言ってくれる。なら俺の妻になれ」

「はい。ですが、二つ約束してください」

「なんだ?」


「一つは、サヒダ様が自立できるまでお守りすること」

「分かった」

「もう一つは、私が生きている間は、私以外の女と関係を持たないこと」

「もちろんだ」

「では、行ってください。私はここに身を潜めていますから」

「しかし――」


 イーブの心が一抹の不安に揺れる。


「幼いサヒダ様とケガをした私を連れて、炎騎士から逃げ切れるとお考えでしたら、白の騎士の称号を返上しなくてはなりませんよ」

「さすが騎士の家に生まれただけのことはある。よく分かっている」

「白の騎士に託されし【白金の閃光剣(シャインブレード)】ならば、炎騎士の【火炎烈風剣(フレイムブリンガー)】にも打ち勝てるでしょう。サヒダ様をお連れして逃げるのは容易かと」


「そうだな。分かった。では、隠れて待っているのだ。必ず助けに戻ってくる」

「はい。ですが、結婚してすぐに未亡人になるのは嫌ですよ」

「妻にした女を抱かずに死ねるか」


 もう一度口づけを交わし、イーブはアヤガと見つめ合う。

 くりっとした目の愛らしい女性である。

 美人ではないが、とにかく美しい輝きがにじみ出ている。

 いますぐに愛を深め合いたいと思う欲情を、理性で内に閉じ込める。


「サヒダ様は、風の口に」

「分かった。アヤガは、とにかく、隠れていろよ」

「はい」


 イーブは官舎を出た。

 サヒダ王子を助けるために――。

 解説しましょう。

 またまた突然ですが、みなさんお待ちかねのミトー・マヤです。


 さあ、ここまで読めば読者の皆様は、以前の伏線に気づいたことでしょう。

 あれ、気づけませんでした?

 そうかもしれません。

 いえ、難しいですから気づかないのも当然です。


 だからこそ、私の解説が必要だという証明になるのですよぉ!


 ではでは、解説のスタートです。


 その伏線は、『 Ch.3.19:美少女の、置土産 』にあったのです。


 イーブが裏道を行ったり来たりしていたのは、やっぱりストーカー疑惑が高いのです。

 サヒダ王子の侍女アヤガは、普段は王宮に寝泊まりしているのですが、たまに王子の使いで買い物に行くことや、私用で外出することがあるのです。その場面にばったり偶然出くわす、というシチュエーションを期待して、イーブはうろついていたんですね。


 ちなみに、ユメカに見つかって話しかけられた時、イーブが大声で話していたのを、近くにいたアヤガが聞いていたんです。

 年の行った女より少女が好みだと誤解したアヤガは、微かな期待を恥じるように駆け去ったのです。それでも気になって、動向を探るようになったのです。

 そうしたところ、聖騎士シーラ・デ・エナを助けて密かに部屋に連れ込むのを見て、少女趣味だと確信した訳です。

 それでも想いを断ちきれずにいたのでした。


 みなさん、気づきましたか?

 やっぱり、気づく訳ないですよね?


 マンガやアニメだと、一コマや一カットや背景の片隅でチラ見せできるのですが、文章だとそうした細かい描写ができないから、分かり辛いらいのです。


 え?

 書いてないのに分かる訳がない?

 おっしゃる通りです。

 書かずに書く。それが表現だったりします。


 小説の場合はよく、行間を読むと言われますが、書いていない部分に含みを持たせてあるのを、読者が解いていくのがある種の醍醐味。まあ、言ってしまえば妄想の類いなのですが、そういう楽しみ方も少しだけフォローするために、私ミトー・マヤはがんばりますよ!


 ではでは。

 ミトー・マヤの解説コーナーでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ