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  Ch.4.21:衝迫の剣

 騒ぎを聞いて、イーブは剣を手に外に出た。

 外町に借りている家の外である。

 足がふらついている。

 少し酔っているのだ。

 剣の鞘をベルトに吊るし、両手で頬を挟むように叩いた。

 気合いを入れ直し、表通りに向かう。

 通りを覗くと市内を兵士が動き回っている姿が見えた。

 兵士が身につけている軽装鎧の印は、首都配属の兵士のものではない。


「嫌な予感がする」


 イーブは倉庫街に向かった。

 国家直轄の備蓄倉庫である。

 その一角に秘密の地下道があり、これまた極秘の隠し戸を開けると、隠し通路がある。

 城壁が築かれた丘を囲む堀の下を通り、内町にある官舎に通じている。

 最後、階段を上ってから一度降りると、涸れ井戸の横穴に出る。

 両手両足を突っ張ってよじ登れば、官舎の一角にある使われなくなった修練場の隅に出る。


 イーブは官舎の敷地を壁に手を掛けて外を見る。

 周囲の通りには人の姿はない。

 だが、路地を抜けた先の表通りを宮殿へと向かう兵士の姿が見えた。


 謀反か? ならば――


 陛下を助けねばならぬと、イーブは壁を乗り越えて通りに出る。

 表からでは敵兵が多いと予想できるので、王宮の裏口へと向かう。

 裏口の扉は開け放たれていた。

 中にいた何人かは逃げ出した後のようである。

 迷わずに踏み込み、王宮へと入った。

 状況を理解していない侍従を見付け王の所在を問うと、謁見の間に行ったと教えられた。


 謁見? ありえん――


 イーブは謁見の間へと駆けつけた。

 明け放れた扉から見えた光景に、愕然とした。

 床に倒れて血を流す王の姿と、玉座に座る若者の姿が見えた。

 若者が挑発してきた瞬間、イーブは身を伏せた。

 直後、頭の上を火炎が吹き抜ける。

 髪の毛が焦げる匂いを嗅ぎながら、床の上をくるりと転がって立ち上がると、イーブは謁見の間に背を向けて駆けた。


――魔剣を使う炎騎士に勝てる訳がなかろう。


 謁見の間から聞こえる嘲笑を背に、外へと向かって走る。

 王が存命であれば命を懸けるのは厭わないが、そうでなければ命を捨てる理由はない。

 イーブは逃げることに決めたのだ。

 酒のせいで少し動きが鈍っているという自覚もあった。

 だが、決断した瞬間、脳裏に別の目的が浮かんだ。

 イーブは外へ出る扉を勢いよく開く音を立てたが、外へは出なかった。

 身を転じて階段へと走った。


「アヤガは――」


――無事か?


 第二王子サヒダの教育係として付けられた侍女の姿をイーブは想った。

 謁見の間があるここは表宮殿。

 一体となり偉容を示す尖塔があるこの裏手に、王族の居住区となる裏宮殿がある。

 中庭を囲う回廊で繋がっている。

 片隅に見える宿舎をちらと見ながら、イーブは駆けた。

 そこには既に火の手が上がっていた。

 焼き討ちにして、あぶり出そうというのだ。


――炎騎士の好きな戦法だな。


 イーブは裏宮殿に入った。

 中は、一度案内されただけでは覚えきれない迷路のように廊下が入り組んでいる。

 戦乱時代に籠城戦を想定して作られたからである。

 勝手知ったる廊下を、イーブは第二王子の寝室へと真っ直ぐに向かった。

 部屋は三階にある。

 扉は開け放たれていた。


「アヤガ、いるか?」


 部屋の中は無人だった。

 当然、第二王子の姿もない。


「そういやあ、ユメカ殿に頼まれていたっけなあ」


 城から立去ると挨拶しに来てくれたユメカから、サヒダを守って欲しいと言われたのだ。

 言葉尻はともかく、意図はそうだと理解している。

 だがその時イーブは、サヒダと言われて侍女のアヤガを連想していた。

 イーブは本音を誤魔化したくて、生返事をしただけだった。

 それでも、応じた以上は義務が生じるとイーブは考えていた。

 忘れていたが、思い出したら全力を尽くすまでである。


――ついでだしな。


 アヤガは男勝りで武芸が好きだった。

 騎士の家に生まれたからというのもあるが、男児が生まれなかった父親が、子どもが興味を示すままに教えたからである。

 彼女の性格はさばさばしており、ずけずけと物を言う。

 誰であっても同じ態度で接する姿に、イーブは好感を抱いていた。

 顔立ちは不細工と言うほど崩れてはいないが、美人ではなかった。

 だが、ブスだと評判だった。


 幼少期をアヤガは、貴族の子弟などの男子と共に遊び学んでいた。

 だが、並の男はアヤガに口で言い負かされ、武芸ではねじ伏せられたのだ。

 彼等にはアヤガに勝てる要素がなかったため、容姿をけなしたのだ。

 ブスという噂だけが誇張されて広がり、アヤガも意地になったらしい。

 化粧もせず髪もとかさずぼさぼさで、馬に乗ったり武芸の稽古をしたりと、たいていは埃まみれだったと聞いている。


 ただ、そうしたやんちゃでいられたのは、少女時代までだった。

 大きくなると武芸に於いて体格に勝る男には勝てなくなり、荒削りの礼儀作法はしとやかさに欠け、学問への興味も学者には劣っていた。

 何もかも中途半端な人物になってしまっていた。

 ブスでなんの取り柄もないと、蔑まれるようになっていた。

 妻としてもらいたいという者は現れず、親でさえ持て余していたところ、第二王子の養育係に任じられたのだ。


 言うなれば、厄介事の押しつけだった。


 第二王子のサヒダは病弱で、声も小さく、ひどく人見知りをする性格だった。

 部屋に閉じこもってカーテンを体に巻き付けて隠れて、見付けられると何を思ったのか急に窓から飛び降りようと突発的な行動をしてしまう。

 感性が鋭く、感情が連鎖的に爆発して衝動となり、行動の結果を予想する前に突発的に行動してしまう特性を持っていたのだ。

 窓から飛び降りるのを止めようとして代わりに落下して死亡した者もいたと聞く。

 それでも王子に何かあれば責任問題に発展するからと、養育係の引き受け手がなかったという事情がある。

 だが、適任というのはあるもので、サヒダ王子はアヤガによくなついたのだ。


 どこに逃げたのだろうかと考えながら、イーブは廊下に出る。

 外が騒がしい。

 窓を開けて身を乗り出して下を覗く。

 宿舎が焼ける炎の明かりに照らされて、屋根の上を走る侍女の姿があった。

 薄暗く遠目だが、アヤガだとひと目で分かった。


「アヤガはあそこか。王子を連れているな」


 回廊の屋根の上を走るアヤガは、腕に白い布に包んだ何かを抱いている。

 大きさからしてサヒダ王子のようだった。

 だが、アヤガの走る動きに俊敏性が欠けていた。


――手負ったか?


 アヤガは回廊の屋根を表宮殿へと向かって駆けている。

 表宮殿からも空中庭園に出られるが、そこは一階分上にある。

 だが、その壁には、偽装された非常用の階段があるのだ。

 それを使えば、空中庭園に登れる。

 宮中庭園からなら、表宮殿に隣接する庁舎へと繋がる橋があるのだ。

 前方の表宮殿から兵士が回廊の屋根に降りようとしていた。

 行く手に兵が現れ、アヤガは引き返してくる。

 中庭では兵士たちがお互いを踏み台にして、仲間を回廊の屋根に上げている。

 アヤガは前後を塞がれてしまう。

 イーブは廊下を駆け、窓を開けると回廊の屋根の上へと飛び降りた。


 とおー!


 アヤガを追う兵士を踏みつけて、イーブが降り立った。

 剣を抜き、すぐさま三人を斬り伏せた。


「敵だ、強いぞ!」

「分が悪い、引け引け」

 逃げようとする兵によって、踏み台の兵が崩れてゆく。


「無事かな、アヤガ。殿下も一緒とは上々」

「イーブ殿、どうして」

「なに、ちょいとユメカ殿に頼まれたのを思い出してな」


 照れ隠しに第二の理由を告げると、イーブはアヤガを庇うようにして立ち、表宮殿から回廊の屋根の上を駆けてくる兵士に向かって斬り込んだ。

 手に持つ長大な剣によって瞬く間に五人を斬り、あるいは衝撃で屋根の上から払い飛ばす。

 ようやく事情を悟って手前の兵が止まろうとするが、後続の圧力受け、押し出されてくる。


「白の騎士イーブ・ウィギャ見参! 死にたい者は前に出よ」


 肩書きとはこのような時に役に立つ。

 名を聞いて動揺し浮き足立つ兵士に、イーブは斬り込んだ。

 長大な剣が唸り、屋根の上に集まった兵士達を薙ぎ払う。

 押し出された先頭の者は、生き延びるためにすすんで屋根から飛び降りていった。


「さあ、付いてこい。活路は俺が開く」


 イーブは怒濤の如く突進し、大公にくみする兵士を薙ぎ散らして行く。

 多くはイーブの迫力を恐れて逃げ出して行く。


 表宮殿に辿り着くと、中から出ようとしてくる兵士を斬り伏せ、アヤガに目配せする。

 すぐに意図を理解したアヤガは、空中庭園へと隠し階段を上った。

 狭い通路に出てくる兵士を突き刺して倒し道を塞ぐと、イーブはアヤガの後を追った。


 巨体に似合わぬ俊敏さで、わずかなとっかかりを蹴って空中庭園に登ると、隠し階段の途中にいたアヤガの体を引き上げて、抱きしめた。

 見回せば、城壁内の内町の至る所で火の手が上がり、外町でも数カ所火の手が見える。

 抱きしめたアヤガが胸に抱く物に違和感があり、イーブは覗き込む。

 そこに王子の顔は無かった。

 ただ布を丸めて人のように見せかけた人形だった。


「殿下、ではなかったか」

「はい。私は囮です」

「ならば、少し荒っぽく行くぞ」


 イーブは剣を鞘に収めると、アヤガの体を抱き上げる。

 空中庭園の奥まで駆けて、飛び降りた。

 一段低くなっているだけである。

 空中庭園の先が空と繋がっているように見せながら安全を考慮した仕掛けである。

 そのため、周囲からは死角となる。

 一箇所柵が扉となっている場所でアヤガを降ろした。

 壁に隠された縄梯子を取り出し、先端の輪を突起に引っかけ、外に向けて垂らす。

 アヤガを先に降ろし、すぐにイーブは追う。

 二階の高さを降りると、縄梯子に付けられていた紐を引く。

 縄梯子先端の輪が解かれ、下に落ちる。

 追っ手が縄梯子を使えないようにするためである。


「こっちだ」


 イーブはアヤガの手を引いて、壁に向かって走る。

 表宮殿と裏宮殿を隔てる壁のある行き止まりだった。

 そこには巧妙な目の錯覚を利用して作られた、抜け道があった。

 壁と壁の間の、わずかな隙間である。


「このようなところに、道が――」

「陛下から教えられた。おそらく他に知る者はいないだろう」


 イーブとアヤガは、そこから市内へと抜け出した。

 城壁に囲まれた内町では、攻め込む兵士、逃げ惑う市民、訳も分からず防戦する衛兵、混乱する状況に混沌とした争いが各所で繰り広げられている。

 城壁の門に殺到する人の流れを見て、イーブは逆を目指した。

 すでに逃げ出して人がいなくなった官舎にイーブは一度身を隠した。


「サヒダ王子は?」

「逃がしました」

 王族専用の逃走用隠し通路を使ったのだとイーブは悟った。


「一体、なにが起きたのです?」


 アヤガの問いに、驚いてイーブは凜とした顔を見つめた。

 事情を知らずに、状況で判断して王子を逃がし、自らは王子を連れていると見せて囮になったのだ。

 アヤガの判断は的確だった。


「謀反だ。ほむら騎士がいた」

「では大公が――なぜ?」

「うむ。初見だったが玉座に座る男が、大公の養嗣子オノイ・ユイモだったのだろうな」

「どういうことでしょう」


 イーブはかいつまんで、知り得た状況を話した――。

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