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  Ch.1.4:美少女と、助言


「こんな霧、あたしには通じないわよ」


 ユメカは気合いを込めて剣で霧を払う。

 瞬時に魔法によって生み出された霧が消える。

 先程まで立っていた場所に、クリスティーネの姿がない。


 風が吹いた先に、ユメカは視線を向ける。

 クリスティーネが泣きそうな顔で杖を構えている。

 いい子だ、とユメカは思った。

 視界を奪って無差別に大魔法を使うような、狂乱さは持っていなかったのだ。


「覚えてなさい。絶対に復讐してやる! 倍返しです!」

「ダメだよ、復讐なんて」

「後悔しても遅いわ。マザーの力を思い知らせてやる! 待ってなさい」

「分かったわ。今日はイムジム・タウンに泊まる予定だから、そこで待ってるわ」

「いい覚悟ですわ。でも、泣いて謝って、わたくしのおカネを三倍にして返してくれるなら赦してあげてもいいですからネ!」

「その前にあんた、他人に迷惑かけちゃダメよ!」

「あなたに言われたくないです!」

 再び詠唱をしたクリスティーネを、魔法によって生み出した風が包む。


「あ、ちょっと待って」


 ユメカは呼び止めたが、クリスティーネは風を受けて走り去ってしまった。

 一度も振り返らなかった。

 目に涙を溜めていたのを、見られたくなかったのだろう。


「ちょっとかわいそうなことしたかな。でも、取りに来るならその時返せばいいか。元々半分だけのつもりだったし」


 ユメカは剣を鞘に収め、金貨の入った革袋をベルトの右側に括り付ける。

 ふと、なんとなく、いつもとは違う感じがした。

 腕組みをして考え込む。

 世界の何かが変わったようだった。


「ま、いいか」


 気のせいかもしれないし考えても結論は出ないからと、ユメカは割り切った。

 ポニーテールにしていたヘアゴムを取る。

 戦闘終了である。

 長い赤髪が風に舞って顔にまとわり付くのを、髪をかき分けて耳に掛けた。





 夕日を背に、ユメカはイムジム・タウンに通じる道を歩いていた。

 腰まである赤髪が背中で揺れる。

 左腰に下げた細身の長剣さえ、優美に見える。


 時折、家路を急ぐ周辺の農村に住む者とすれ違う。

 彼等から向けられる好奇の視線が気になる。

 無意識の中でユメカは、右手の指先に髪をくるくると巻き取るように触っていた。

 なめらかで艶やかな髪は、絡まることなく指先から逃れて行く。


「あたしが美少女だからか、この髪のせいか――」


 気にしてはいけないと、ユメカは前を向く。

 ほどなく、イムジム・タウンの街並みが見えてくる。


「ずいぶん栄えたなあ」


 ユメカにとっては、見知った町だが初めての街でもある。

 だが郷愁を抱くほどには懐かしくもない。

 湖の畔にあり、かつては湿地と原生林が広がる、寂れた場所だった。

 それが、町の外周を板塀で囲うまでになっている。

 宿場町として人と物が行き交うだけに経済も回っているようである。

 町の入口にある丸太を束ねた門扉はロープで吊り上げられており、その両側に立つ門柱の前に歩哨が立っている。

 見知らぬ者は見咎められるかもしれないと思いながら、ユメカは変わらぬ歩調で近付いた。


「やあ、いらっしゃい。君初めて見るね」


 門柱の右側に立つ歩哨に声を掛けられた。

 特筆することもない、ありふれた田舎の青年の風体である。

 拍子抜けするほどに、その歩哨は笑顔だった。


「君、どこから来たの?」


 門柱の左側に立っていた歩哨も近付いてきた。

 同じくモブキャラのような青年だったが、職務放棄をした二人の歩哨によってユメカは前を塞がれてしまった。


「南の方からよ」

「てことは、ウォイク聖国? さすが都会だ。こんなかわいい子がいるなんて」

「うん。すごくかわいいね、君」


 軽薄な褒め言葉に、ユメカの心はそよとも揺れ動かない。

 友好的に話しかけてくる目的の下に心があるのが見え透いている。

 これも宿命だとユメカは諦めている。


 ただ――、

「美少女よ」

 とひと言、認識の訂正を要求する。

 二人の歩哨は驚いたように目を見開き、顔を見合わせた。


「うん、そうだ。君は美少女だ」

「そうそう。すごい美少女だよ」


 同調と共感の表明こそが友好的関係を築く第一歩だと、二人は体得しているようだった。

 その言葉にユメカは、感激も感動もしない。

 上辺の快楽を求めるナンパに遭遇してしまっただけなのだ。


「あたしが美少女なのは当然よ。それより、二人は何を見張ってるの?」

「魔物さ。たまに強盗も現れるけどね」


 ユメカは少し興味を持って二人を見る。

「魔物は、たくさん出る?」

 無数の魔物を無双することこそ、生き甲斐なのだ。


「いいや。町には出ないね。西のミューニム大森林の奥には、ゴーレムが巣くっているという噂があるくらいだ」

「そうなんだぁ」


 ユメカにとっては残念なことだが、世界にとって魔物は出ない方が幸せなのだ。


「北のアミュング国が魔王に侵略された話を知っているかい? そのせいで最近魔物が出ると噂があって、領主様から命令されたのさ。領民を守るという態度を示すためらしい」

「こうして歩哨に立っているのも形だけだ。それでも町民は安心だと言ってくれる」

「なんだ。人気取りのパフォーマンスでアピールしているだけなのね」

「だから君も、安心して町に滞在できるよ。それに、もし魔物が出ても、俺たちが退治してやるから心配しなくていいんだ」

「そうそう。俺たち、毎日厳しい訓練してるからな、魔物なんて恐くない」

「ふうん。そうなんだ。すごいんだね」

「そうだろう。ところで君、一人?」

「一人だったら、なに?」

「この町初めてなんだろう? 俺たちもうすぐ交代なんだ。案内するよ」


 よくあるパターンに、ユメカは飽き飽きしている。

 何度も経験して慣れているが、適当にあしらうのも時に面倒くさい。

 面倒を避けるにはフード付きのマントで顔を隠すのが最善なのだ。

 ただし、時と場合によっては、相手が勝手に向けてくる打算的なサービス精神を、ほどよく受け取るようにしている。

 無視して拒絶するより、お互いにハッピーのまま終われるという効果もある。

 思わせぶりにいなせば、相手は淡い期待を抱いたまま時を過ごしてくれるのだ。


「そうねえ。どうしようかなぁ――」

「おいしい食事を出してくれる宿とか、紹介するからさあ」

「それより、少し前に荷馬車に乗ったむさ苦しい男がどこにいるか、知らない?」

「そいつの連れか?」

「ちょっと契約があるからって言えば、分かる?」

「なんだ、そういうことか。むさい男は来たが、行き先は知らないね」


 二人の歩哨は急に素っ気ない態度になった。

 予想と違う展開に、困惑したのだろう。

 それで手を引いてくれるなら構わない。

 かえって鬱陶しくないとユメカはうなずく。


「そう。ありがとう」


 ユメカは二人の間をすり抜けるようにして、門の内側へと進んだ。

 ところがすぐに、一人が慌てて前に回り込んできた。

 軽度の失望は、欲望の妄想によって克服できたようである。


「ちょっと待って。そいつの次に俺、というのはどう?」

「うーん。どうしようかなあ」


 ユメカは顎に指を当て、考えるフリをする。

 どういう理解をしたのか想像できるが、確認するのも否定するのも億劫になる。

 欠如した想像力を気の毒に思うだけだった。

 すぐにもう一人も妄想の虜になったらしく、慌てて前に回り込んでくる。

 世の中にこういう男は多いらしい。

 というより、軽薄に声を掛けてくる男は、そもそもこういう人種なのだ。


「あ、そういうことか。だったら、こいつより先に俺だ」

「お前は妻子持ちだろう」

「てめえこそ、彼女いるだろうが」

「まあまあ、ケンカはやめなさいよ。そもそも、あたしは高いわよ」


 美少女剣士であるユメカが契約を結ぶ相手は、危機に直面している人だけだった。

 そして、一度救って求める対価は、常に命の値段としている。

 その価値は、助けられた当人に査定させるのがユメカの流儀である。


「こう見えても、そこらの連中より給料はいいんだぜ。なんたって領主様直属だからな」

「ふうん。まあいいわ。その時が来たら声かけてよ」

「お、やりい。なら代わりにいいことを教えてやる」

「それはご親切にどうも」

「人捜しなら、裏通りの酒場のマスターに聞くといい」

「酒場ねえ――」


 ユメカは初めからその予定だった。

 自慢げな顔をされても反応に困るのだ。


「そこで、裏メニューを頼むんだ」

「あたし、お酒飲まないよ」

「だったら、ブラック炭サーンに、陰月リモネンを入れてもらうのがおすすめだ」

「それって、普通に飲めるよね?」

「国王は解禁したが、領主様は禁止したまま。だから裏メニューにしかない」

「そう。ありがとう。試してみるわ」


 少しは価値のある話にユメカは微笑む。


「うまくいったら、サービスしてくれよ」

「そうね。覚えておくわ」

「期待しているぜ」


 ユメカはうなずいて手を振り、歩哨に別れを告げた。

 何を勘違いしてどう妄想したのかについて、ユメカは責任を持つ気はない。

 美少女の笑顔を見せただけでも、プライスレスの大サービスだからである。

 町に入り、しばらくは華やいだ雰囲気のある表通りをユメカは歩いた。

 少しほこりっぽいのは、道が舗装されてないからである。

 土が剥き出しで凸凹している。

 雨の日はぬかるみになるだろう。

 両側には商店が並んでいる。

 日が落ち、夜闇が訪れようとしていた。

 町は、昼の顔から夜の顔へと変貌を遂げて行く。

 表通りの店先にはランプが灯され、通りを照らす。

 子どもたちの声は消え、仕事を終えた大人の男女の声が賑やかになる。


 表通りに並ぶ店の間に路地を見付けると、ユメカは裏通りへと抜けた。

 表と異なり、さらに道は悪く、日当たりの悪い場所は少しジメジメしている。

 しかも裏通りは、足元が分からないほど、ひっそりして暗い。

 月明かりだけが頼りだった。

 表と違って闇を好む領域のため、店先にランプを灯さないのだ。

 酔っ払った連中がランプを放り投げて、火事になるのを防ぐためでもある。

 裏には裏の掟があるのだった。


「さて、あのウソつき男、見付けたら割り増し料金請求しようかな」


 そもそも、トドロキ・ハリケーンというのは偽名だろう。

 落とした袋に金貨五〇〇枚入っているとウソも言った。

 ウソつきの偽りに満ちた人物は、正面から探しても見付けられないのは想定済みである。


「とはいえ、何か出そうな雰囲気ね」


 暗がりの濃い裏世界へと踏み込む。

 用心しながらユメカは歩いた。

 月明かりの影に踏み込むと、妙な気配を感じた。


「お嬢さん、占いはどうかね」


 横合いから声を掛けられ、少しだけ鼓動が高鳴る。

 建物の裏壁と思っていたそこは、路地の隙間の陰だった。

 ぼんやりと白い姿が見えてくる。

 目が慣れるに従い、折りたたみテーブルを置き椅子に座る老人だと分かる。

 頭髪は長く真っ白で、頬から口と顎にかけて長いヒゲを伸ばし、さらに白いローブを身につけている。更に言えば、白い眉毛も長く目を覆うほどに伸びている。


 妖しげな雰囲気を纏っている。

 只者ではないと、ユメカの心が警鐘を鳴らし始める。

 そっとユメカは、左手を剣の鞘に乗せた。

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