Ch.4.19:追奪の剣
アマタイカ王国の首都、アデュオイ・シティ。
日が落ちた頃、その中心となる丘の上の城に、開門を叫ぶ一団が現れた。
大公の養嗣子オノイ・ユイモと、五人の炎騎士である。
「陛下に火急の用件がある。開門せよ」
「日没と同時に閉門し、日の出までは開けられぬ規則にございます」
門の上の楼閣から兵士の声が降ってくる。
だがすぐに、門が開けられた。
馬に乗り、数名の兵士を連れた男が門の内側にいた。
「閣下、どうぞ」
「貴公は?」
「お初にお目に掛ります。ミショイ・ナウカ、男爵にございます」
「首都の防衛役か」
「さようにございます」
「皮肉な物だな」
「長い目で見れば、正当かと」
「そうだな。しばし門を開けておけ。後続が来る」
「かしこまりました」
オノイは炎騎士を率いて王の居城へと向かった。
その後ろ姿を、男爵は見送った。
「よろしかったのですか?」
部下の問いに、男爵は口元を緩めた。
「構わぬ。もう夜明けだ。新しい……な――」
裏宮殿に乗り込んだオノイは、王との謁見を求めた。
取り次ぎの侍従に初めは拒絶された。
「ならばこちらから伺おう」
強引に押し入ろうとしたが、職務に忠実な衛兵数名が行く手を塞ぐ。
「大事にしたいのか?」オノイは睨んだ。
「滅相もございません」
困惑しながらも誠実な侍従の視線を見て、オノイは微笑んだ。
「こちらも急ぎ過ぎた。だが、火急の用だと陛下に伝えよ。謁見の間で待たせてもらう」
オノイは「案内せよ」と強引に衛兵の一人に案内させ、謁見の間に入った。
慌てたように、使用人達が現れ、ランプと燭台を用意して謁見の間を明るくする。
その作業を尻目に、オノイは真っ直ぐに玉座に向かい、座った。
驚く使用人達の息遣いを気にすることなく、オノイは玉座の座り心地を味わい、笑った。
しばらく待っていると、近衛騎士を一〇人引き連れた王が下手から現れた。
「どういうことか」
王が発した声に怒りが含まれていると感じ、オノイはニヤリと笑む。
応えずにいると苛立ちを露わに、玉座の下の段に迫ってくる。
「どうしてそこに座っているのかと、問うておるのだ」
「少しばかり急いでおりまして」
肘掛けに肘を突いてオノイは階下の王を見おろす。
「そこを退け。今ならまだその無礼、赦してやろう」
「これは寛大な。恐れ入る」
オノイは立ち上がったが、段からは降りなかった。
段の下で立ち止まる王を見た。
「大公は、いや、父上は殺されました」
「なに?」
「おや、ご存じない。妙ですねえ。陛下の任じた黄の魔術師によって、暗殺されたのですが」
「予は知らぬ」
「まあ、そうでしょう。あのバカ王子の命令でしょうから」
「まさかそのようなこと――」
「大金貨騒動もあり、諸侯はすでに陛下を見限っているのですよ」
「バカバカしい。謀反でも起こす気か。魔王と戦っている最中だというのに」
「では、禅譲の宣言を」
「愚かなことを言うな。大公の養子になったからと、図に乗るな」
「まあ、そうでしょう。普通はそう思うでしょう。ところで、そのお飾りの近衛騎士と、大公家の誇る炎騎士と、どちらが強いか興味はありませんかな、陛下」
「座興か?」
王が問う間に炎騎士は動いており、近衛騎士が柄に手を掛けるのを待たず、火炎を纏う剣で次々と近衛騎士を斬り捨てる。
近衛騎士が床に崩れ落ちる。
「出合え、反逆者だ」
恐怖に引きつった顔で王は叫んだが、誰も入ってこない。
「どうした、衛兵は控えていないのか?」
少しして、後方の扉から隊列を保った兵士が数十人、入ってきた。
「おお、やっと来たか。この謀反人を殺せ」
だが、兵士たちは動かない。
王に対する不満を溜め込んだ諸侯たちの兵士たちだった。
「では、遠慮無く」
オノイは段を飛び降りると、剣を抜きざま王の胸を貫いた。
「あなたが国民を裏切った。よって、これより私が王だ」
「愚かな――」
王は床に崩れ落ち、血が赤絨毯を染める。
「ご命令を、陛下」
炎騎士が跪くと、慌てたように他の兵士も跪いた。
玉座の前に戻って振り返ったオノイは、高みから一同を見回す。
全員が跪く様子を見て満足げに笑み、深く息を吸う。
「城内を制圧し、第二王子を連れてこい。刃向かう者は殺せ」
声が謁見の間に響き渡り、兵士たちは威勢良く応え走り去って行く。
炎騎士の二人だけが残った。
オノイは改めて玉座の座り心地を確かめた。
しばらくして、開け放たれたままのドアの向こうに人が動くのを感じた。
「陛下!」
唐突に謁見の間に声が響いた。
当然、骸となった男はぴくりとも動かない。
顔を向けたオノイは、現れた大男が何者であるか知った。
白の騎士イーブ・ウィギャである。
炎騎士の二人は壁沿いに移動し、入口の扉の脇で剣を抜いている。
白の騎士は無造作に踏み込んでこようとしている。
オノイは笑みを浮かべる。
次の瞬間に、白の騎士が床を血に染めて倒れる場面が目に浮かぶ。
だが、あと一歩踏み込めばという寸前で、白の騎士は足を止めた。
殺気を感じたのか、あるいはぬか喜びを気取られたのか。
さすがは称号持ちと、おだてて失策を封じたオノイは招くように手を向ける。
「これは白の騎士の称号を持つイーブ・ウィギャではないか」
「誰だ貴様は」
「いま呼んだであろう」
「なに?」
自分が王になったのだと、宣言したのだ。
王位簒奪の勝利宣言である。
白の騎士は、すぐに理解したようである。
「我が炎騎士と白の騎士、どちらが強いか興味はないか?」
言い終えるや瞬時に炎騎士は左右の壁から飛びだし、白の騎士に斬りかかる。
火炎が二筋宙に舞う。
斬ったと見えたが、白の騎士は床に伏せるように避けて無傷だった。
そのまま玉座に向かってくるかとオノイは身構える。
初太刀を防げばいいと思えば、気楽である。
白の騎士が迫り来れば、その背後を追って来た炎騎士が斬り捨てるだろう。
だが、違った。
炎騎士の二人も玉座への進入を防ごうという意識が強かったのだろう。
白の騎士は床を外へと転がって立ち上がり、背を向けて走り去ったのだ。
虚を突かれた行動に唖然としたが、一方で助かったという思いをオノイは抱いていた。
炎騎士隊長に一対一で勝つのは難しいと言わしめた白の騎士が本気で向かってくれば、初太刀を防げなかった可能性が高いと今さらながら思い至ったのだ。
安堵の息を吐きながら、浮かした腰を玉座に戻した。
後から湧き出た動揺を隠すように、声を上げて嗤う。
「はっはっは。あの名高き白の騎士が逃げていったぞ」
「追いますか、閣下。いえ、陛下」
「捨て置け。まずは城の制圧が先だ」
「すでに城内にいる諸侯の大半は、先代の大公閣下に賛意を示しておりました」
「貴族は日和見だ。確実に掌握するまで油断はできぬ。王権を示す冠と王笏、そして宝剣を手に入れねばならぬ」
オノイは改めて屍になった先代の王に侮蔑の視線を向ける。
「それと、その生ゴミを片付けさせよ」
静かに告げて心を落ち着かせる。
必要なのは個別の勝利ではない。
全体としての、勝利である。
王宮の制圧は前哨戦に過ぎず、すべてはこれから始まる、いや始めるのだ。
オノイは新たな治世を想った。




