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  Ch.4.17:黎明の夢

 その前日の昼過ぎ。

 イーノット川を舟で渡った男が一人。

 土手を上り、アマタイカ王国軍の橋頭堡となる、川近くの台地にある砦を見ていた。

 茶色の髪が風にそよいでいる。


 オノイという名の青年である。


 先日大公ガルカ・イ・ユイモの養嗣子となったばかりである。

 成人を迎えて数年経ち、体つきからも幼さが消え、膂力に於いても大公家騎士にさほど劣らないほどに力を付けていた。


「まったく、閣下、いや父上にも困ったものだ。式典もなしでいきなり息子を戦場送りにするとは」


 オノイの口元には笑みがこぼれている。

 かねてからガルカの愛人の子で、血の繋がりがあるとされていた。

 正妻の子が娘のニンナ一人だったことから、いずれこうなるだろうとは、オノイも予想していた。実母だけでなく、ガルカも想定していたのだろう。幼少期から大公家を継げる教育を受けさせられてきた。

 学問は嫌で仕方なかったが、武芸は好んだ。

 だからこそ、真価を発揮できる舞台を与えられた今を、楽しんでいた。


「ですから、我ら大公家の精鋭騎士がお迎えに参上したのです」


 下から声が聞こえた。

 土手を上ってくる騎士が一人。白地に赤い線と装飾の入った服を着ている。その模様が燃え上がる火炎のように見えることから、ほむら騎士と俗に呼ばれている、大公家に仕える騎士の中から選別された、特に優秀な騎士である。

 赤銅色の頭髪をしているが、光の加減で赤く輝いて見える色は、まさに炎騎士を体現しているようだった。


「ギシュボ・ダナース殿か。久しいな」

「貴方は我らの主筋になられたのです。これよりは、家臣として扱いください」

「そうであったな」


 オノイは周囲を見渡す。


「父上は不在のようだが」

「今朝方、出立致しました」

「気が早いな。俺と同行すると思っていた」

「閣下から、オノイ様を案内するようにと仰せつかっております」

「どこを案内してくれるのだ?」

「砦の陣容はいかがでしょう」


 オノイは笑った。

 表情からギシュボが冗談を言っていると分かったからである。

 逆に冗談でなければ、即刻解任すべき事案となるだろう。


「本気か?」

「一般論としては、査察して兵士の前で偉ぶってみせるのも貴族の仕事にございます」

「暇つぶしには良さそうだが――」

「意義深くはございません」

「その通りだ。このような開けた場所で砦に籠もっていても勝てないからな」

「では――」

「地図では分からぬ地形を見ておきたい」

「西と東、どちらに回りましょう」


「西に魔獣がいるとでも?」


「噂にも聞きませんな」

「ならば愚かなことは聞くな。炎騎士の力は、魔獣を撃退すべき力。並の兵士との戦いに関わるようでは、そもそもこの戦、負けるぞ」

「いやはや、ご達観。頼もしい限りにございます。ですが、我らとて魔獣との実戦は無いに等しいのです」

「ゴーレム狩りでは、不足か?」

「あれはいい鍛錬になりましたなあ。ですが、倒しても倒しても起き上がるゴーレムが相手では、強くなったとの実感は得られません」

「それでも魔導武具を使わずに生き延びたのだろう?」

「それが選抜条件ですので」

「趣味かと思っていた。とはいえ、直に嫌でも腕試しができるだろう」


 オノイは土手を降り、用意されていた馬に跨がった。

 合わせて一〇騎の出迎えだった。


「マヤン山城の様子を遠目に見ておきたい」

「ではそのように」


 馬を走らせ、イーノット川に注ぐ支流をふたつ渡り、マヤン山城を望む場所に出た。

 湿地の多い場所であるため、南方平原とはいうものの、兵を動かせる場所は限られているようだった。

 現に、アッカンイナ村に集まる荒くれ者達は、マヤン山城の南東側に布陣し、散発的に攻め込んでは撤退を繰り返している。迂回して進軍する道がないのだ。

 イグイチョ王国南西部の領主が率いる軍は、マヤン山城から少し離れた西部に布陣している。山城の兵を牽制し、アッカンイナ村の荒くれ者が西に攻め込む際の蓋になるという名目だった。

 だが、すぐに撤退できるような位置に布陣していることからも、様子見なのだ。

 アマタイカ王国軍と合流して首都攻略に参戦することはなかった。


「結局、同盟とは名ばかりだな」


 アビク国とイカルア王国の兵が南方平原に攻め込むには、アッカンイナ村を通らなければならない。通ればそこを牛耳る荒くれ者と戦わなければならないし、その荒くれ者がマヤン山城にかけている圧力が失われることになる。それを理由に、軍を動かさないのだ。

 かといって大軍の渡河を許可しアマタイカ王国領内を移動させることは、大公を含め周辺の領主である貴族が反対した。同様に、イグイチョ王国も他国の兵に領内通過を認めなかった。

 そのため対魔王軍のために集まった人類解放軍は、アマタイカ王国の兵がほとんどである。


「いかが致します?」

「深入りしては身の破滅ということだ」

「閣下もそのようなお考えでした」

「俺を呼んだ理由とは、そうしたものだろうな」


 馬首を転じてカシーシ市へと向かう。

 北側にイギャカ山が見える。

 日が傾く頃、カシーシ市が近くに見えてきた。

 途中に森が広がっており、そこが魔物や魔獣の通路となっているのだろう。


「あのような鬱陶しい森など、焼き払ってしまいたいな」

「確かに、戦には邪魔でしかありません。魔王軍の残兵も潜んでいるでしょうから」

「明日にでも焼き払うか?」

「魔導師殿が魔法で燃やしてくださるならともかく、兵を使うのは良くないでしょう」

「そうだな」


 藪をつついて蛇を出して噛まれては無駄な死者が出る。

 逃げ込んだ連中が逃げ場所を失えば、撤退できずに決死の戦いを挑まれるのだ。

 殲滅戦などは、圧倒的兵力差をもって蹂躙できる場合に道楽ですべきことである。

 今は、カシーシ市を守り通せれば戦略的に十分なのだ。


「おや?」


 オノイは異変を感じて視線を転じた。

 森が揺れている。


「ギシュボ・ダナース、あれは何だ?」

「さて、風、というわけでもなさそうですね」

「急ぐぞ」


 オノイは馬の腹を蹴った。

 即座に馬が駆け出す。

 近付くと、魔獣の群れがカシーシ市に向かって駆けている姿が見える。

 馬より一回り大きい、四肢で駆ける異形の獣だった。

 真っ黒く四本の角があり、凶暴な顔つきをしている。

 市壁と魔獣の群れとの間に、公爵家の紋章旗を掲げた部隊がある。

 二〇騎が魔獣へと向かい、残りが大公を守りながらカシーシ市の東門へと逃げ込もうとしている。


「大公閣下が襲われています」

「蹴散らせ」

「二騎、オノイ様をお守りせよ。残りは続け」


 炎騎士隊長ギシュボ・ダナースが剣を抜き天に向けて突き上げ、魔獣の群れへと向ける。

 八騎の騎士がさらに速度を上げ、魔獣へと突進していく。

 装備するのは魔石の力を宿した火炎剣。剣を振るえば火炎を放つこの魔剣は、火の魔術であればその発現する魔力を奪い去る力もある。


 大公の護衛騎士が魔獣に向けて矢を射かけ、魔獣の群れの足止めしようとしていた。

 だが矢程度では、全力で駆ける魔獣の勢いを止められない。

 しかも真正面からぶつかっては、騎士であっても突進する魔獣に跳ね飛ばされてしまいそうなほど、体格差がある。

 魔獣一体で、馬に乗った騎士よりも大きいのだ。


 正面から矢を射かけて脇に抜け、魔獣の群れと速度を合わせ、横合いから槍で突く。

 それも致命傷を与えられなければ槍ごと体が持って行かれてしまう。

 数騎が落馬して地面を転がった。

 そこに、横合いから炎騎士八騎が突撃する。

 火炎剣で魔獣を焼き払う。

 魔獣といっても獣であるため、本能的に火を恐れたのか、動きが遅くなる。

 炎騎士は火炎剣で足に斬り付ける。

 先頭の魔獣が転び、続く獣も躓いて転倒する。


 だが、魔獣の表皮は分厚く、火炎剣が生み出す炎では焼き尽くすほどの火力はない。

 すぐに起き上がろうとする。

 それでも足止めとしては有効だった。


「大公は無事に市内に入れそうだな」


 オノイが距離を取って戦況を見渡す。

 護衛騎士が散開して戸惑っているのを見付けると、馬を寄せた。


「炎騎士が足止めしている内に、護衛騎士の諸君は、態勢を立て直せ」


 オノイの指示に反応は鈍かった。

 従っている二騎の炎騎士を見て、ようやく何者か悟ったようである。


「魔獣とまともにぶつかっては、体重差で突き飛ばされる。だが真正面から槍と剣を投じれば、奴らの駆ける勢いもあって、深く突き刺さるだろう」

「おう!」

「続け!」


 オノイが先頭に立って魔獣へと馬を向ける。

 剣を抜き、逆手に持って突進してくる魔獣へと投げる。

 眉間に当たり、魔獣が転げる。

 その弾みで足を折ったのだろう。後からくる魔獣に踏みつけられてしまう。

 オノイはすぐに馬を転じて横に逃げる。


 続く騎士達もどうように一撃離脱で魔獣を転がせる。

 だが、剣まで失えば、もう投じる武器はない。

 突如、猛烈な火炎が横合いから走った。


「なんだ?」


 魔獣たちが火だるまになる。

 火炎が放たれた方から駆けてくる騎馬があった。

 そこで何かが光る。

 つぎに、魔獣の群れの中で爆発が起きる。

 爆炎によって砂塵が舞い、吹き飛ばされた魔獣が空から落ちてくる。

 魔獣は全滅した。

 視線を転じたオノイは、白のローブを着た人物が馬に乗って近付いてくる姿を見た。


「魔術師――」


 オノイは馬を止め、救援者が来るのを待った。

 初めて見る顔だが、大公から話は聞いていた。


「そなたがタースか」

「さようにございます。オノイ様でいらっしゃいますかな?」

「助太刀、助かった」

「間に合って何よりにございます」

「だがどこへ行っていた?」

「大公閣下の密命で、北西の山間に行っておりました」

「川の上流か」

「はい。ですが、予想外の邪魔が入り、無様ながら撤退してきました」


 不意にカシーシ市の方から爆発音が聞こえた。

 振り向くと、大公を入れて閉めようとした門が、破壊されていた。


「魔術のようですな」

「皆付いて参れ!」


 瞬時にオノイは馬を走らせた。

 壊れた門をくぐり、中に入る。

 市内に入ると、異様な雰囲気になっていた。

 護衛の騎士達が輪になって周囲を警戒している。

 輪の中心には、大公が倒れている姿が見える。

 路上には大量の血が流れ出ていた。


「何があった?」

「突如何かが飛来し、大公閣下の背中から胸へと貫きました」

「魔力の残滓が漂っていますな」


 タースの言葉にオノイは頷く。


「すべての門を封鎖し、誰一人として外に出すな。これは大公代理としての厳命だ。即座に各所に伝えよ」


 馬車が用意され、大公の遺体を乗せて、公邸へと向かった。

 馬車を追って、オノイは司政官公邸へと入る。

 傷口は大きく、大公はすでに、絶命していた。

 すぐさまオノイは全権の掌握を宣言し、大公暗殺犯の捜索を命じた。

 東門周辺を重点的に捜索させたが、犯人は見つからなかった。

 オノイはタースを執務室に招き、随時上がってくる報告を元に議論していた。


「義姉上が亡くなられた状況に似ているとは思わないか?」

「魔術師でしょうな」

「タース殿は痕跡を追えるか?」

「今となっては難しい。ですが、再び魔術を使ったなら、見付けられるでしょう」

「ならば、誘い出すか」


 オノイは、犯人が隠れているだろうと想定される東門近くの区画の巡回を減らすようにした。

 代わりに西側の区画に行けないように、封鎖したのだ。

 そして夜、罠に掛かったのだ。

 逃げようとする犯人をタースと炎騎士が捕らえてきた。

 連絡を受けたオノイは、犯人を引き据えている公邸の前庭に行った。

 タースが耳元でその正体を教えてくれた。噂は聞いていたが、初見であるその犯人は黄の魔術師アカッシャ・アムノだった。

 実行者は予想外だったが、指示者は想定内だった。

 アカッシャは口を割らなかったが、オノイは拷問して口を割らせる無駄を省いた。

 そして捕らえたアカッシャの首が地面に転がっている。

 斬首したのが、ギシュボ・ダナースである。

 見事な腕前だった。


「その首、王子に届けてやれ」

「ついでに王子も?」

 ギシュボ・ダナースの問いに、オノイは微かに笑みを浮かべる。

「そなたに任せる」


 オノイはふと事態の背景に気づき、「ああ」と一人納得した。

 タースが大公から命じられていたのは、イーノット川の上流にある堰を魔王軍から奪うことだった。魔王軍の戦術を利用し、シャビア・シティー攻略戦をしているイムスタ王子を、水攻めにしようという計画だったのだろう。魔王軍の戦術を利用し、恣意的に王子の戦死を演出しようとしていたのだ。

 ところが逆に王子に先手を打たれ、大公が暗殺される結果となった。

 用心深くあった大公だが、魔王軍と戦う際に大きな戦力となる黄の魔術師を暗殺に差し向けてくると、想定していなかったのが敗因となったようである。

 オノイはだが、欲張っていなかった。

 首を王子に届けたついでに王子を殺害できたとしても、それはおまけだと考えていた。


「私は戻る。陛下に公爵家継承の報告をせねばならぬからな」

「その後、攻めるのですか?」

「ああ。アデュオイ城をな」


 オノイ・ユイモにとって、アミュング国の制圧は、急ぎではなかった。

 足元を固めるのが、万事に於いて最優先だからである。

 まもなく、陽は昇るだろう。

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