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  Ch.4.15:岐路と、美少女

 ピーヒョロロロピーヒョロロ。

 笛の音がだんだん近付いてくる。


「父さまにゃ」

「え? この笛?」

「まだ遠いにゃ。けど、山の主様を鎮める笛を持っているのは、父さまだけにゃ」


「ふぉっふぉっふぉ。赤い蛇が出てきそうじゃのう」

「そんなの出てこないにゃ」

「他に緑と黄の蛇も出そうじゃ」

「マーリャ、それなんの話? 信号機みたいな色だけど」

「こっちの話じゃ、ふぉっふぉっふぉ」

「へんなジジイにゃ」

「そだね。でもシーラよりマシよ」


 ちらとシーラを見るが、まだ落ち込んでいるらしく、しゃがんで俯き、両手で頭を押さえている。

 巻き貝のように内に引きこもってしまっているので、脳内ゴッドに人生相談しているのかも知れない。


「でも、主様がおとなしくなったにゃ」

「よし、じゃあ、御神木の回りの木を斬って、丸太橋を作れば渡れるかな?」

「この島の木はダメにゃ」

「なら、向こう岸ならいいの?」

「いいけど、木によるにゃ」

「ケナニュンが、いいって言う木はどれ?」

「父さまに聞くにゃ。いま向こう岸に来たにゃ。匂いがするにゃん」

「じゃ、行こう」

「にゃ?」


 ユメカはケナーニュの手を取ると、岸に近い島の縁へと駆けた。

 クリスティーネよりも瞬発力と走力がある。

 ユメカは跳んだ。

 反射神経も優れているらしく、ケナーニュの踏み込みタイミングは完璧に合っていた。

 一気に湿地帯を飛び越えて岸に着地する。


「お、驚いたにゃ」

「ケナニュンもすごいよ。一緒に飛び越えられたじゃん」

「ユメにゃんに手を引かれたからだと思うにゃん。一人じゃ無理だにゃん」

「ケナニュンなら、すぐにできるようになると思うよ」

「おお、ケナーニュだガァ。無事だっだガア?」


 木立の奥から五人の獣人けものびとがあらわれた。

 劇団フォーシーズンのミュージカル獅子王のような格好である。


「父さま、心配させたにゃ」

 ケナーニュが駆け寄って抱きついた男は、ライオン人間のようである。

「おおよしよし。いい子だ。とこでおこの者はなんだガア?」

「ユメにゃんなのにゃ」


 ケナーニュが説明してくれた。

 言葉よりも感性で会話するタイプのようで、まるで獣が吠え合っているように聞こえてくるから不思議である。

 ひとしきり吠え合っていると納得してくれたのか、協力して丸太橋を作ることになった。

 といっても、ほとんどユメカの仕事だった。


「あたしは美少女大工じゃないんだけどね」


 ユメカはケナーニュの父親が見定めた木を三本斬り倒し、湿原に運んで島までの橋として渡した。グラビティーソードを使えば、重い木も運ぶのは楽ちん。おまけに丸太の両面をスライスして平面を作り、端材を枕木のように並べた上に乗せもしたのだ。木組みしておらずただ乗せただけなので偏った荷重を乗せるとバランスが崩れるが、気を付ければ渡れる橋だった。

 ついでに言えば、三人の兵士が付けた大蛇の傷は、マーリャが魔法で癒やしたのである。


 全員無事に湿地帯から脱出した頃には、日が暮れていた。


 近くの温泉場に案内され、野営することになった。

 獣人の湯治場として使われている秘湯だという。

 硫黄泉なので匂いは気になるが、久しぶりの温泉というのは気分がいい。

 慣れない匂いに悪魔の湯だと入浴を拒絶するシーラを突き落としたのは、また別の話である。

 それでもいつまでも泥まみれでいるよりは良かっただろうし、シーラも体を洗ってさっぱりすっきりしたようだった。

 とはいえ、硫化水素臭にいつまでもつきまとわれるのは嫌なので、入浴後にユメカはグラビティーソードで臭いを斬り払ったのだった。当然、シーラは逃げ出したのでそのままである。


 その後、ささやかな宴が開かれた。

 獣人の食事は肉ばかりだと思っていたが、意外にも木の実をあく抜きした煮込み料理や、餅のようなものもあり、ユメカも食べることができた。後で聞いた話では、マーリャが調理方法を指南したそうである。

 正体不明だが、気の利くジジイである。

 焚き火を囲での食事は、キャンプを思い出して少しユメカはわくわくした。


「ユメカ殿、改めて名乗らせて頂きますガァ。それがしはケナーニュの父ウルナムと言うだガア。此度は、娘と主様を救って頂き、感謝するガァ」

「シーラの導きと、マーリャの治癒魔法があったからよ」

「わたしは何もしていません」


 大蛇を殺そうとし山を削った負い目を感じているのか、シーラは焚き火を囲む輪から少し離れた場所に座っている。


「謙遜しないでよシーラ」

「わたしは神に仕える者。事実を否定はしません」

「でもさあ、シーラの脳内ゴッドが囁いて湿原を突っ切ったから、ケナーニュたちがいた島に行ったんじゃない。そうじゃなきゃ、湿原の縁を回っていたから素通りしてたわ」

「そ、そう?」

「うん。そうだよ」

 ユメカが大きく頷いて見せシーラに微笑みを向ける。

「ではやはり、わたしの頭の中のゴッドは、正しいお導きをしてくださるのですね」

 唐突にシーラは立ち上がり、天に向かって祈り始めた。


――面倒だから、自己陶酔は放っておこう。


 ユメカはマーリャを見た。


「そういえば、占い師なのに魔法使えたんだね」

「昔取った杵柄じゃ。今は売らない占い師じゃ」

「占い師だガァ? ではそれがしの運命を占ってくれんだガァ?」

「お前さんの運命は、自分で切り拓いた先にあるのじゃ」

「やはりそうだガァ!」


 商売占い師の万人に該当する言葉に、なぜかウルナムはえらく感動したようである。

 事情は分からないが、精神カウンセラーとして役立ちそうだった。

 これも年の功なのかとユメカは思うのだった。

 その後、明日の方針を話し合った。

 魔王軍に追われて逃げてきた三人の兵士は、ウルナムたちが山を降りてユオキン街道まで案内してくれることになった。

 また、ユメカが目的地は魔王城だと告げると驚かれたが、途中まで案内するとケナーニュが申し出てくれた。


 方針が決まると、疲れているのかほとんどの人が寝入ってしまう。

 起きているのはユメカと、火の番をするウルナムだけのようだった。

 ユメカは揺れる焚き火をぼんやりと眺めながら、魔王軍との戦争のことや、クリスティーネの安否を想っていた。


「ユメカ殿は、魔王を倒せるんだガァ?」

 先程から何か言いたげだったウルナムが聞きたかったことなのだろう。

「どうだろう――」

 人間の成れの果てが魔王だとしたらどうするのか、ユメカは決めかねていた。


「我ら獣人が参戦しないのが、不満だガァ?」

「ううん。違う。戦争なんてくだらないから、参戦しないのが賢いのよ。それよりさあ――」

 ユメカは気持ちを切り替えて、ウルナムの頭についた耳を見つめる。

獣人けものびとの耳って、どうなってるの?」

「実は、こういう仕掛けだガァ」


 あっさりと、ウルナムはカチューシャのように獣耳を外してしまった。

 頭髪で隠していた人間の耳も見せてくれた。


「付け耳コスプレ?」

「獣化変身装備というだガァ」


 獣のような能力が付加されるのだという。


「そんな秘密、あたしにネタバレしても良かったの?」

「ユメカ殿なら、信頼するだガァ」

「そう。ありがとう。さて、あたしも寝ようかな」

 ユメカは手を組んで体を伸ばした。

「そうするといいガア」

 言葉に甘えて、ユメカは用意されていた天幕に入った。


 翌朝。


 霧の立ちこめる中、ケナーニュの案内で峠越えをし、アミュング国へと入った。

 獣道だが、シーラでも安全に歩ける道であり、昼過ぎには谷筋の扇状地に着いた。

 ケナーニュの案内はここまでだった。


「ユメにゃん。この先は魔物の匂いが強くて行けないにゃ」

「ううん。ありがとう。ここまででも十分助かったわ。ケナニュンは、気を付けて帰ってね」

「分かってるにゃ。でも、ユメにゃんと分かれるの寂しいにゃ」

「魔王をどうにかしたら、会いに行くわ」

 その時は、クリスティーネとゴルデネツァイトを連れて行けるようにとユメカは願った。

「嬉しいにゃ。待ってるにゃ。すぐ来るにゃ」


 何度も振り返りながら、獣道を戻っていくケナーニュを見送ってから、ユメカはマーリャとシーラを交互に見つめた。

 この先に谷筋を流れる川が合流する地点がある。

 そこを北に向かえば魔王城のある山岳地帯、南に向かえば南方平原の方に向かうことになる。


「あたしは魔王城に行くけど、二人はどうする?」

「儂は歴史の傍観者じゃから、ユメカと一緒に行くぞい」

「わたしは、悪の道には行きません」

「聖騎士は、悪の魔王は見逃すの?」

「悪魔のあなたと、魔王城なんかに行ったら、わたしは生け贄にされてしまいますから」

「あたしは悪魔じゃないし、生け贄なんてしないけど」

「ま、まあ、悪魔のわりにはいい人でしたわ」

「そう? ありがとう」

「え、ええと、聖剣も研いでくれたし、感謝はしておきます。わたしの信仰心が磨かれ、聖剣は新たな輝きを得たのです。これも神の導き」

「シーラのその都合のいい解釈が、素敵に思えてきたわ」

「エナよ」

「エナ?」

「そう。わたしの名前はエナ。シーラはあだ名みたいなものだから」

「そうなんだ。ありがとう。じゃあ、友達だね、エナ」

「いいえ。悪魔とは馴れ合いませんし、同志を殺した罪は許しません」


 ユメカは頑ななエナの精神性に困惑し、小さく息を吐き出すと、左手を腰に当てた。


「改めて言うけど、あたしは聖騎士を一人も殺してないわ。これが事実であり、真実よ。ただ、あの場には他にも人がいた。魔術師タースなんたらという奴もいたようだけど、後からディリアも来たし、元伯爵の騎士も来た」


「タースといいました?」

「知り合い? 偽大金貨造りの黒幕だよ」

「タースに続く名を、覚えてないのですか?」

「なんだったかなあ。タース・リディなんとか」

「タース・リディルプス?」

「たぶん、そんな感じだったと思う」

「――そう、ですか」

「どうかした?」

「いいえ。ですが、調べなければならないようです」

「そう。なら、エナの頭の中のゴッドが、真実に導いてくれるように祈るわ」

「一応、今は感謝しておきます。ですが、あなたが悪魔でないと証明するなら、少なくとも魔王くらいは倒してみせなさいよ」

「あたしは絶対正義の美少女剣士だから、悪魔でないという証明は不要よ。でも、魔王は倒すと決めたわ」


 倒すと殺すはイコールではないとユメカはうなずく。


「ではまた、いずれ」


 シーラ・デ・エナは、背を向けて去って行った。

 しばらく見送っていたが、エナは振り返らなかった。

 ユメカは決意を胸に、進むべき道へと向き直る。


「じゃあ、行きましょう」


 ユメカはマーリャと共に、山岳地帯の奥の奥にあるという、魔王城を目指した。

 魔王を倒せば戦争をする理由はなくなる。

 それだけで戦いが終わるという楽観をユメカは抱いていないが、人々が戦わない理由を見つけやすくなると想った――。

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