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  Ch.4.14:獣少女と、美少女

 ユメカは毛皮の少女を見つめる。

 何者なのか。

 害意を抱く存在なのか。


 あれ?


 ユメカは改めて毛皮の少女を見つめる。

 毛皮を着ているだけだと思ったが、耳が頭の上についているように見える。

 いわゆるネコ耳である。


「もしかして獣人けものびと?」

「いえ、そのぅ。あのぅ――はいですにゃ」


 少女は俯くようにうなずいた。

 照れているのか恥ずかしがり屋なのか。

 いずれにしても敵意は感じられない。

 それよりも何よりも、初めて会う獣人に、ユメカは興奮した。


「わあ。会えて嬉しいわ。あたしは美少女剣士ヤスラギ・ユメカ。初めまして、よろしくね」

「あ、あのアタシはケナーニュというにゃん」

「ね、ねえ、ちょっとだけ頭を撫でていい?」

「だ、ダメですにゃ!」


 ケナーニュは頭を手で覆って飛び退いた。

 動物でも人間でも、誰でもそうだろう。

 初対面で、いきなり頭上に手を乗せられるのは、恐いものである。

 ユメカは毛並みの手触りを感じたい衝動を抑えた。


「そっか。ごめんね。なら、話の続きをお願い」

「その前に、その獣の悪魔を成敗しましょう。この方たちが怯えています」


 泥だらけのシーラが聖剣に手を掛けるのを、ユメカは制した。


「シーラって人の話聞かないのね」

「聞いています。それが獣の悪魔だと、わたしの中でゴッドが囁くので間違いありません」

「シーラは獣人を知らないの?」

「知っています。人の姿を捨て、悪魔に魂を売った者のことです」

「違うよ、こういう種族なんだよ。ね」

「そうですにゃ」

「わたしはそうは思いません」

「とにかく、話を聞くのが先だから」

「ですが、このお三方は怯えています。このような絶好の勧誘チャンスを逃すなと、わたしの中のゴッドが囁くのです」

「勧誘のチャンスって、それ本気?」

「すべては神様の御心のままです」

「まあ、いいわ。だったらあたしがこの子から話を聞いている間守ってあげると、その三人は神を信じてくれるんじゃない?」

「そ、そうですね。神様の偉大さを身に染みて感じさせるにはもったいぶるようにと、ありがたい教えがありますから」


 突っ込み所満載の言葉を大らかに受け流すと、ユメカは獣人の少女に向き直る。

 ケナーニュはきょとんと目をまん丸にしている。

 意味不明の不可思議な出来事だったのだろう。


「そいつ、にゃんですにゃん?」

「ごめんね、気にしないで」

「うん。にゃら、気にしないにゃ」

「それより話の続き、何があったか教えて」

「ええとですにゃ、その人たちが山の主様に襲われてたから、助けてあげたにゃん」


「いやいや、あの獣人に吠えて追い立てられたのです」

「違うにゃ。その人たちを安全な場所に導いたのにゃ」

「意見の食い違いは、事実の確認からよ。あなたたちは、何をしたの?」


 ユメカは会話に入ってきた三人の兵士を見た。

 シーラに守られているから強気になっているらしい。

 借り物であっても威があれば、強がれるのだ。


「あの大蛇が突然襲ってきたから、身を守っただけだって」

「そうそう。大蛇を槍で突いてやったのさ」

「それでも大蛇はくたばらず逆に襲ってきたんで、体勢を立て直すため一時撤退したんだ」


 フーッ!


 ケナーニュが威嚇の声を上げた。


「山の主様にゃ!」

「い、いやいや。まさか山の主とは知らなかっただけで」

「そう。なのにそいつは、山の主を傷つけたと逆切れして――」

「そいつが牙と爪を剥き出しにして行く手を阻み、後ろからは大蛇が木をなぎ倒して暴れながら襲ってくるし、仕方なくこの島に逃げ込んだというだけで」

「違うにゃ。この島は聖域だから、山の主様も入れないから安全だと案内したにゃ」

「いやいやいや。そいつは、にゃあにゃあフーフー威嚇して来ただけだ」


「そいつらがワーワーギャーギャー騒いで端を聞かないからにゃ」


「違うって、ものすごい剣幕で吠えて、鋭い爪の手で襲ってきたから、逃げたんだ」

「そしたら、幸運にもこの島に渡れたんだ」

「でも、そいつがずっと追いかけてきて。この石で囲まれた結界の中に追い立てられたんだ。出ようとすると、牙をむきだして爪で引っ掻こうとしてくるから、出られなくて」

「そこに美少女剣士ヤスラギ・ユメカ様が現れたので、助かりました」

「違いますわ。わたし、聖騎士シーラ・デ・エナが助けるのです」

「そうよ。あなたたちは、シーラが助けてくれるわ」

「当然です」


 兵士たちの反論を封じるため先んじてユメカが告げると、シーラは胸を反らせて顎を上げる。

 シーラが守ることにしておかないと、話が面倒でややこしくなるのだ。

 ユメカは途切れた話を戻そうと、ケナーニュを見た。


「それで、話はあってる?」

「違うにゃ。主様はこの結界には入れにゃいから、島に渡れと言っただけにゃ。でも言葉が通じなかったので、身振り手振りで案内したにゃ」

「ここから出られないようにしたのは?」

「この結界の外に出ると、主様に襲われるから危ないにゃ」

「ところで、山の主って、あの大蛇?」

「そうにゃん」

「ということは、山の神は?」

「お姿を見た者はいにゃいのですが、その気配は感じるにゃ」


 山岳信仰か何かなのだろう。

 神かどうかの真偽はともかく、事実として崇めているならその価値観は尊重しなければならない。


「山の主の大蛇が大人しくなった内に、島から抜け出さなかったのはどうして?」

「主様が浮橋を壊してしまったからにゃ。島にいてもこの御神木の側から離れると、主様に襲われるのにゃ」

「浮橋があったんだ」

「はいにゃ」

「さて、どうしようか」


 ユメカは意見を求めてマーリャとシーラを見る。


「簡単なことです。あの大蛇は悪魔の化身です。いますぐに退治しましょう」


 言うなり賛否を聞かずにシーラは聖剣を構え、祈りの言葉を唱える。

 聖剣が光り輝き魔力の波動が空間に伝播し耳鳴りのような甲高い音が鳴り響く。


「【神聖なる光の一閃(ライトセイバー)】!」

「あ、ダメにゃ!」


 ケナーニュが叫んだ。

 ユメカは一瞬で間合いを詰め、グラビティーソードを抜くやシーラが構える聖剣を下から擦り上げて弾いた。

 瞬間、聖剣から放たれた光は大蛇から逸れ、遠くの山肌を焼いて彼方へと消える。


「何をするのです!」

「無闇に生き物を殺すんじゃないの!」

「フギャ――ッ! なんということを! 神のおわす神聖な山ニャ――」


 ケナーニュがユメカとシーラの間に立ち、光の飛んだ先を指さした。

 山の稜線の形が少し変わっている。

 剣だというのに、恐ろしい破壊力の遠距離兵器である。


「わたしじゃないですよ。この悪魔のブ少女ヤスラギ・ユメカがやったのです」

「うん。ごめんね。半分はあたしのせいだ。やっぱり加減が難しいなあ」


 ユメカはグラビティーソードを見ながら、聖剣を弾き上げたときの力加減と気合いの入れ方と感触を思い返す。


「全部あなたのせいです。何もしなければあの山は無傷でしたから」

「いや、ユメにゃんは主様を助けたにゃ」

「おお、ユメにゃんて呼んでくれるんだ。じゃあ、あたしはケナニュンて呼ぼうかな」

「嬉しいにゃん。でも、そっちの悪いのは赦せないにゃん」


「ええ――っ。わたし、聖騎士ですよ。悪を倒すのは当然の義務ですから!」


「でもシーラ、山を削っちゃったのは事実だから、謝ろう。あたしももう一回謝るから、一緒に謝ろう、ね!」

「い、嫌です。だって、わたしの頭の中のゴッドは正しい行いだったと囁いていますから」

「うん。じゃあ、分かった。とりあえずあたしがもう一回謝る。ごめんね、ケナニュン」

「ユメにゃんに謝られたら、全部まるっとさくっと許したくなったにゃ」

「ありがとう、ケナニュン。心が広くて優しいんだね」


 ユメカがケナーニュに抱きついた。


「ユメカはいい匂いするにゃあ」

「そう? それはたぶん美少女だからよ。美少女はお風呂に入らなくても汗臭くならないのだ」

「あっちは汚れた匂いがするにゃ」


 ケナーニュがシーラを指さす。


「ダメよ。それが事実でも男の人が居る前で指摘しちゃ。シーラだって女の子なんだし」

「その獣少女の鼻がおかしいのですわ」


 フーッ!


 ケナーニュが唸った。

 ユメカはケナーニュの両肩に手を置いて、目を見る。


「それじゃあこうしよう。削れた山はいくら謝っても元に戻せないから、代わりにケナニュンたちをこの島から向こう岸まで連れて行くってことで、償いにならないかな」

「ユメにゃんの提案なら、それでもいいにゃ」

「じゃあ、シーラ、それでいいかしら」

「よく分からないけど、いいわ。なら、さっそくあの悪魔の化身の長物を倒し、沼に敷いて橋代わりにしましょう」

「あんたは学習しないのか!」


 バシッ。


 思わずユメカはシーラの頭をはたいていた。

 べちっと音を立てて、シーラが顔面から地面に激突した。

 スルメイカのように倒れている。


「あ、ごめん。つい、聞き分けのない駄犬のように扱ってしまったわ」

「い、痛いです――ぐすん」

「ええ、どうしよう。じゃあ、仕方ないからあたしの剣でその痛みを斬り取ってあげるわ」


 ユメカはグラビティーソードを構えた。


「こ、殺す気ですか!」


 シーラが地面を転がってユメカから離れると、頭と鼻をさすりながら立ちあがる。

 涙目になっている。

 相当痛かったのだと思うと、ユメカは本当に悪いことしたと反省する。


「殺さないわよ。痛みを斬り取るだけだから」

「それを殺人というのです! やはりあなたは悪魔ですね。もう絶対に許しません。神の名の下に葬ります」

「あ、でも元気そうで良かったわ」

「良くないです! すごく痛かったのですから。わたしが神の加護を受けたこの聖騎士服を着ていなかったら、死んでいましたよ」

「でも殺そうとしてないから、さすがに死なないと思うけど」

「いいえ! 絶対に死んでました。もういいです。堪忍袋の緒が切れました。神の赦しのバーゲンプライスは終わりです」

「どこでそんな言葉覚えたのよ」

「悪魔に教える義理はありません。では、終止符を打ちましょう」


 シーラが体の正面に聖剣を立てる。


「まあ、仕方ないか。ならその聖剣、色々危ないから壊すことに決めたわ」


 ユメカは改めて剣を構える。


「そのようなこと、神がお認めになりませ――、あ――っ!」


 シーラが震える指先で聖剣の刃に触れた。

 そこには大きな刃こぼれがあった。


「オーマイガー! 聖剣が欠けてる」


 がっくり。

 シーラは聖剣を落とし、地面に膝を突いた。


「おお、本当じゃのう。一ミリほど欠けておるわい」

 マーリャが聖剣を拾い上げ、刃の状態を確かめた。

「すごいのお。この聖剣に刃こぼれさせるなんて」


「そうなの?」

「そうじゃよ。神の裁きの炎で鍛え、聖水で焼き入れし、神の御言葉を刻み、聖なる加護を宿したと言われている。厚い信仰心と神の敬愛を受けた者でなければ扱えない剣なのじゃ」

「そんなすごそうな物には見えないけど」

「ま、そういう設定じゃからな」

「なんだ、設定か」

「だがすごい業物であるのは間違いないし、奇跡的に魔石と融合させ、日の光を浴びて魔力を再生させる優れものじゃ」

「ふうん」

「だがこの剣はコピーでな、オリジナルは【白金の閃光剣(シャインブレード)】という話じゃ」

「なんだ、模造品か」


 どれどれ、とユメカがマーリャが持つ剣を覗き込む。


「これ、研いだらいいんじゃない」

「そうじゃのう。少し細くはなるが、斬れ味と美観は戻るじゃろうな」

「なら、あたしが研いであげるよ。いい?」

「ご自由に。わたしの信仰心は、傷物だったのです」

 シーラはいじけて地面を突き回している。

「これくらいで挫折するくらいなら、まあ、そうなのでしょうね。マーリャ、ちゃんと持っててよ」


 ユメカはグラビティーソードを抜きざま、聖剣の刃に向けて剣を振り抜く。

 往復二回。

 刃こぼれした聖剣の刃に沿って剣を振るう。


「どう?」

「いいようじゃのう」

「じゃ、シーラのことはこれでオッケーとして、次行ってみよう」


 ユメカが改めてケナーニュと話そうとすると、微かに妙な音が聞こえた。


 ピーヒョロロロピーヒョロロ。


 不気味な笛の音のようだった。

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