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  Ch.1.3:美少女と、対価

「油断した。また反応が遅れちゃったよ」


 ユメカは何も持たない右手を数回、握って開いて感覚を確かめる。

 見れば子ゴーレムの手は、固い地面と同化するようにめり込んでいる。

 地面ごと剣の柄を握ったのだ。


「これでわたくしの完全勝利ですわ」


 クリスティーネの高笑いにユメカが顔を向けると、黒ローブの姿が見えた。

 ゴーレムの上に立ち上がったのだ。

 頭身比率から、背が小さいのだと分かる。


「いや、それはないから」


 ユメカは軽く否定して、剣に視線を戻し、改善策を考える。

 全力ダッシュで剣を取ろうとすればゴーレムとぶつかりそうで、痛そうだから躊躇した結果である。これから剣を取り戻そうとしても、ゴーレムと力比べになってしまう。そういうのは美少女の主義に反する。

 ふと考えて、剣の方から来てもらえばいいんだと気付いてユメカはポンと手を叩いた。

 だがそれは、別の機会に試すことになる。


「負け惜しみかしら? そういうのは、死んだ後で後悔すればいいのよ!」


 クリスティーネがブンブンと杖を振る。

 それが命令でもあったらしく、ゴーレムが剣を持ち上げようと腕に力を込めた。

 ギシッとゴーレムから軋む音が聞こえた。

 だが剣は持ち上がらない。


 ドゴッッ。


 ゴーレムが踏ん張る地面がめり込んだ。

 クリスティーネが身を乗り出して状況確認し、驚いた顔をしている。

 当然だというように、ユメカは満足そうな笑みをクリスティーネに向けた。


「ちょ、ちょっとどういうこと!」

「あんたのゴーレムが、非力すぎるのよ」

「そんなことない。わたくしのゴーレムちゃんは、こーんな大岩だって持ち上げられるのよ」

 黒ローブの幼女は手を大きく広げた。

「へえーすごいんだね。あたしには無理かな。だってあたし、か弱い女の子だもん」

「もう、訳分からないわ。もういいから、ゴーレムちゃん一号、踏ん張って持ち上げなさい」


 ウガガー。


 圧縮された土が擦れ合う音のような咆哮をすると、ゴーレムは腰を落とし力を込めた。

 踏ん張る地面はさらに窪み、ひび割れる。

 ゴーレムの腕が持ち上がった。


 バキッ!


 勢いよくゴーレムは立ち上がり、掲げるように両腕を空に突き上げる。

 だが、その両腕の肘から先が失われていた。

 肘から先は、剣の柄を握ったまま取り残されている。

 腕がちぎれたのだ。

 その腕は、生気を失ったように乾いた色の土塊となり、砂となって崩れ落ちた。


「へ?」


 クリスティーネが呆然とし固まっている。

 目の前に起きた現実を受け入れられないのだ。

 その様子を、ユメカは見ていなかった。


「ああ! あたしの剣、埋めないでよね」


 ユメカはタンッと地面を蹴って間合いを詰めると、両手で子ゴーレムを突き飛ばす。

 先頭の子ゴーレムはよろけ、体勢を崩す。

 後ろに倒れかかると、そのまま将棋倒しになって包囲の外までゴーレムが倒れた。


 包囲の輪に間に道ができ、ようやくユメカはクリスティーネと正対した。

 騎馬戦の馬のように組んだ三体のゴーレムの上に、黒ローブを着てフードを被った小柄な少女が立っている。

 両手で握り締めている長い魔杖は背丈の倍近くある。

 魔杖の上側に瘤のような膨らみがあり、柄にかけて幾つもの魔石が埋め込まれている。

 魔導師というが、魔導師コスプレをしている幼女にしか見えない。


「な、なんて怪力、いえ、バカ力なの!」


 ユメカは人差し指を顔の前に立てて左右に振る。

 チッチッチ。

 フードの影から見えるクリスティーネの口が屈辱を噛み締めているのが見える。


「バカ力美少女なんて呼ばないでよ。美少女の部分しか合ってないんだから」

「呼んでないわ!」

「なら、超絶美少女剣士ヤスラギ・ユメカと呼んでくれていいわよ」

「呼ばないわよ!」

「どうしても?」


 ユメカは不敵な笑みをクリスティーネに向ける。


「ど、どーしても呼んで欲しいなら、ゴリ美少女と呼んであげるわ」


 ブンブンと長い杖を振り回すクリスティーネの姿は、可愛らしいとユメカの表情が微笑みに変わる。

 幼女の負け惜しみなのだ。


「ゴリって、ゴリラみたいってこと?」

「そうよ!」

「この細い腕と締まったウェストラインを見て、本当にゴリラみたいって思う?」

「それは――」


 言い淀むところを見れば分かる。

 本心をごまかせない、根は正直ないい子なのだ。


「自分の心に嘘をついちゃダメよ」

「――そ、それはまあ、ゴリラとは似ても似つかないかも知れないけど、イメージよ、イメージが大切なのよ」

「でも――美少女とは認めてくれたんだね」


 ユメカが満面の笑みを向けると、クリスティーネが口を尖らせて横を向く。


「ものの弾みで口が滑っただけだよ」

「素直じゃないんだから」

「それより、どうして剣がそんなにめり込んでいるのよ」

「そんなの、この剣に聞きなさいよ」


 ユメカは屈んで剣の柄に手を伸ばすと、気合いを入れ、柄を摘まむようにして拾い上げる。

 ひょいと放り上げる、くるくると回転しながら落ちてくる剣を受け取る。


「ど、どうして?」

「練習したのよ。一回だけ」


 ユメカは自慢顔をクリスティーネに向ける。


「そうじゃなくて! どうしてわたくしのゴーレムちゃんが持ち上げられなかったのに、あなたはそんなに軽々と持っていられるのよ」

「そりゃあ、あたしの剣だから当然でしょう」

「どう当然なのよ!」

「もう、疑り深いなあ」


 ユメカは右手の剣を下ろし、左手を腰に添えた。


「理由なんてあたしが美少女剣士ヤスラギ・ユメカだってこと以外に、何があるって言うのよ」

「意味不明よ!」

「論より証拠。ロンの前にはテンパらなきゃいけないし、テンパったらリーチするのが筋なのよ!」

「な、なんの話よ!」

「あたしの前でダマテンは許さないわ」


 ユメカは剣をクリスティーネに向けて突き出す。


「うっ。意味不明ですけど、すごい自信な気がするわ」

 クリスティーネは怯えたように騎馬となる先頭のゴーレムの頭を叩き、後ろに下がらせる。

「でも、ゴーレムちゃんは強いのよ。さあ、みんな立ちなさい。立ってやっつけなさい」


 倒れたゴーレム達がのそのそと起き上がってくる。

 ユメカは全員が立ち上がるまで待った。


「じゃあ、折角だから無双してあげるわ」

 ユメカが斬り込む。


 やあ!


 気合い一閃、剣を振り下ろすと子ゴーレムが真っ二つ。


「え、ちょ、ちょっと待った」

「だれがトンマだ!」

「なんでそれを今言うのよ!」


 黒ローブの幼女の言葉を、ふふっと微笑みで受け流してユメカは他の子ゴーレムへと剣を向ける。

 一閃、一閃、また一閃。

 ユメカは包囲するゴーレムを次々と斬り捨てる。

 ゴーレムは人の形を失い、砂となって崩れる。


「もう手加減なしよ。ゴーレムちゃん達、全員でやっつけちゃって」


 全周囲から、ゴーレムが一斉にユメカへと襲いかかる。

 ユメカは包囲するゴーレムに向け剣を水平に構えると、一回転する。

 回転する剣が、群がるゴーレムを斬り裂く。

 周囲のゴーレムが砂となって崩れ落ちる。

 感情のないゴーレムは恐れず、仲間だった砂を踏み越えてユメカに迫る。

 ユメカは包囲の中心で待たずに、斬り込んだ。


 斬る。

 斬る、斬る。

 斬って斬って斬りまくる。


 核を壊せば砂になる。

 最後に残ったのは子ゴーレムの騎馬と、それに跨がるクリスティーネだけだった。

 無双でストレスを発散したユメカは、恍惚とした満面の笑みを浮かべた。


「うん。快感!」

「だから、何なのよお!」

「あたしの神剣に斬れぬ物なし! 魔物なら、死して屍拾う必要なしなのよ!」


 ユメカは大きくジャンプすると、騎馬となる子ゴーレム三体の頭を斬り飛ばした。

 魔術の核が破られると砂となって崩れる。

「きゃ」と小さく叫んで、クリスティーネがお尻から落ちる。

 手から魔杖が落ちて地面に転がった。

 ユメカは崩れたゴーレムによって作られた砂山に跳び乗ると、頂に剣を突き立てる。


「どうだ! あたしの勝利だ!」

「く、悔しい」

「さあて、あんたはどうしてあげようかな?」


 ユメカは砂山の頂上から黒ローブの幼女を見おろす。


「わ、わたしの負けです。降参です」

「なら、顔を見せなさい」

「わ、わかったわ」


 フードを取ると、銀髪の幼女だった。

 目も輝くような銀色である。

 愛でるのにはいいが、未成年者は保護者に返さなくてはならない。


「やっぱり、子どもじゃない」

「ち、違うわ」

「いくつ?」

「千十三歳」

「ああ、十三歳ね」


 よくいる痛い子なのだとユメカは納得してうなずく。

 だが、降伏を宣言したのに、クリスティーネの目には力がある。

 心の内では負けを認めていないらしい。

 つまり、まだ全力を出していないのだ。


「だから、千十三歳よ」

「はいはいわかった。それなら、幼女じゃないし、少女でもないわね。いうなればBBA」

「わたくしのどこを見ればそうなるのよ!」

「じゃあ、ロリババア?」

「違うわよ!」


 ユメカは腕組みをして考え込む。


「よし、決めた!」


 手を打ってユメカが視線を戻すと、クリスティーネは這って逃げようとしている。

 その先に、落とした魔杖が転がっている。

 今度は魔法で反撃をしようというのだろう。

 口先ばかりの降伏宣言だったのだ。


 ウソつきは大人の始まり。

 ごろつきは魔人の始まり。


 そういうのが、ユメカは嫌いだった。

 前言撤回してからなら許せる。

 だが不意打ちを狙うような姑息な考えをしているなら、断固として打ち砕く。

 自分が偉大だと過信しているなら、その力が世界基準のどのくらいかを知るのが、人生の道筋を決めるには必要なのだ。

 弱さを知って挫折するか改めて高みを目指すのかは、クリスティーネ次第である。

 とはいえ、無節操に魔法を使われるのは、環境破壊になるので避けたかった。


「じゃあ、あんたは、黒クリね」

「な、なにかしら?」


 少し声が大きかったらしい。

 クリスティーネは怯えた表情で振り向いてきた。


「あんたの名前よ」

「ですから、わたくしはクリスティ――」


 ユメカは剣を引き抜いて跳ぶと、クリスティーネと杖の間に立ち、剣を地面に突き立てる。

 ひっと小さく悲鳴をあげてクリスティーネが見上げてくる。

 言行不一致を、許す気はない。

 降伏の意志があるなら、形で示さなくてはならない。

 態度で示せないなら、物で示してもらうことになる。


「それより、いくら?」

「な、何がですの」

「あんたの命のお値段」

「きょ、恐喝かしら?」

「お値段以上のゆとり教育よ!」

「な、なんなのよぉ!」

「だから、教育的指導なの。わかる?」


 ユメカが睨むと、クリスティーネは怯えたように体を震わせる。

 教育と指導には対価が必要なのだ。

 悪い子にお仕置きした分だけ割増料金となるが、そこは子ども料金の半額にしてあげよう。

 ユメカは寛大な心で笑みを向ける。


「どどど、どういう意味かしら?」

「あなたは本心では降伏してないようだから、あたしはまだ攻撃中なの。わかる?」

「つ、つまり、わたくしを殺すのね」

「うん賢い。でも、ちょっとおバカさんかな」

「わ、分かったわ。これでどう? わたくしの全財産よ」


 クリスティーネがローブの袖から腕を中に入れてごそごそと探ると、革袋を差し出してきた。


「素直でよろしい」


 ユメカは革袋を受け取ると、中を開いた。

 金貨一〇枚が入っている。

 子どもが持ち歩くには多すぎる。


「ねえ、こんな大金さあ――」


 革袋の中から視線を上げた。

 ユメカ基準で換算すると一〇〇万円相当になる。

 さっきいた場所に、クリスティーネの姿はなかった。

 五メートルほど向こうで、クリスティーネが魔杖を構えている。

 金貨を数えている隙に魔杖を拾うのを、ユメカはあえて見逃していたのだ。


「こ、これで勝ったと思わないことね!」

「降伏したのはあんたじゃん」

「関係ありません。最後に勝てばいいのよ!」

「そういう考え、良くないよ」


 ユメカの言葉を無視するように、クリスティーネが呪文の詠唱を始めた。


「大地に潜みし潤いよ、彼我を遮る幕となれ。【隠遁の濃霧(フォギーエスケープ)】」


 突如周囲の地面から霧が立ちのぼる。

 あっという間に視界が閉ざされてしまう。

 白濁した世界に包まれる。

 自分の姿さえ見えない。

 濃霧の中、ユメカは剣を構えて警戒した。

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