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  Ch.4.8:聖なる闇討ちと、美少女

 聖騎士シーラ・デ・エナの踏み込みは鋭かった。

 閃光のような突きを受け流すとユメカは、間合いを取ろうと前に跳びつつ反転する。

 聖騎士は離れずに追ってくるのでユメカは驚いた。

 連続した剣撃が繰り出される。

 ユメカは受け流し続けながら、守勢から転じる隙を探していた。

 間違いなく、相当な修練を積んだ達人の技量がある。

 途切れない攻撃に、焦ってはいけないと自重を続ける。


 でも、あたしは負けない!


 達人同士の戦いは一瞬で決し、それは生死によって色分けされるという。

 それでもユメカは、殺すという選択肢を捨てている。

 いかにして命を生かすかであり、どのように人生を活かすかであって、死出の旅路に逝かすための研鑽は積まない。

 一瞬、聖騎士の踏み込みが見えなかった。

 強烈な一撃が来るという予感が明瞭に意識を占める。


「ウェイトリフレクション!」


 ユメカが剣を払うと、聖騎士の少女が放った斬撃を弾き飛ばした。

 三〇メートルほど飛んで着地した相手を見つめる。

 わずかに首を傾げたように見えたが、冷静すぎるほどに感情が見えない。

 白地に青い縁取り線と装飾の入った騎士服。


 ユメカの脳裏に嫌な記憶が蘇る。


 アマタイカ王国首都南東にある森。

 そこで遭遇した聖騎士の一団。

 シーラ・デ・エナとは、その時の生き残りなのだろう。


 ユメカの脳裏に辛い記憶が蘇る。


 あの日――、



 アデュオイ・シティを立去ると決めた日の夜……。



 空は期待を裏切り、雲で覆われ星々の輝きが届かない重苦しい圧力をかけてきていた。

 晴れやかな気分が暗くなるような嫌な雰囲気に、ユメカは芽生える不安を打ち消すのに苦労していた。

 それでもユメカは、空中庭園でクリスティーネが来るのを待っていた。

 夜は更け、もうじき空が白み始めそうな頃合いになっても、クリスティーネは現れなかった。

 夜だからクリスティーネが寝てしまったとも思えた。

 だから、少しくらいの遅刻は許容するつもりだった。

 仮にクリスティーネが同行しないと考えを変えたとしても、それでも一度面と向かってその意志を告げてもらいたかった。正しい考えと自分の意志によって決めたのか、確かめたかった。

 でも、もしディリアの精神支配によって意志が曲げられているなら強引に救い出すと、決意さえしていた。


「陽が昇りきるまでは――」


 待とうとユメカは決めていた。

 しばらくして、足音が聞こえて喜びが溢れそうになったが、違った。

 明らかに大人の足取りだった。

 現れたのは、ディリアに仕える侍女だった。


「ユメカ様、クリスティーネ様からのご伝言です」

「黒クリちゃんから?」

「城の南東の森に待ち合わせ場所を変更したいとのことです」

「南東の森? ちょっと遠くない?」


 五キロくらいはある。

 違和感がユメカの心をざわつかせる。


「ディリア様の許しが得られなかったので、早朝の散歩を装って外に出るそうです」

「あれ、おかしいな。あの人許してくれたはずなのに」

「魔王を倒したら、との条件を付けられたそうです」

「あいつ、狡いな」


 ユメカからやり場のない怒りが漏れ出たのを恐れたのか、侍女が後ずさる。


「では、失礼します」

「あ、待って。黒クリちゃんは今どこ?」

「ディリア様の講義を受けておられます。ユメカ様はどうか、誰にも気づかれぬように、とのことです」

「分かったわ」


 逃げるように侍女は足早に去って行く。

 後から思えば不審に思える言動だった。

 だが、この時のユメカはそれらを麻痺させる喜びに満ちていた。

 クリスティーネが自分の意志で師匠の束縛から抜け出す決意をしたのが、嬉しかったのだ。

 ユメカは見張りにあえて姿を見せながら、部屋に戻った。

 ジョンには会ったしイーブにも一声掛けた。アカッシャとも話したが、相変わらずまともな会話は成立せず、マントを返すと言ったが仲立ちの恩があるからもらってくれと言われただけだった。

 ともかく、すでに旅立ち前の義理は果たしているので憂いはない。

 ユメカは窓から飛び降りて、外へと抜け出した。

 グラビティーソードがあれば、羽根のようにふわりと着地ができるのだ。

 引き続いて城壁を飛び越えると、真っ直ぐに森へと駆けた。

 南東に広がる森。

 空は雲に覆われて星明かりさえ見えない。

 森の中の闇はクリスティーネが怖がるだろうと、人目を避けるために近くの茂みに入り、待つことにした。


「あれ?」


 森の奥から何やら殺気立つ気配があった。

 見張られているような視線も感じる。

 害意を向けられているのは間違いない。


――人間なら、まずいな。


 クリスティーネと合流してから襲われるのは、避けたかった。

 やばい橋なら一人の方が渡りやすいのだ。


――先に片付けるか。


 ユメカは森の奥に入った。

 暗闇の中目をこらし、整備されていない道を進む。

 小川が流れる音が聞こえてきた。

 ガチャガチャと武具が鳴る音が近付いてくる。

 音は全周囲から聞こえてくる。


 ビュン


 三方から弦が唸る音が響く。

 ユメカの剣の間合いから離れた周囲の地面に突き刺さる。

 ボゥっと矢が燃えて周囲を照らし出す。

 魔石火箭で、刺さると燃える魔術が込められているのだ。

 火の明かりに照らし出されたのはユメカの姿だが、周囲を取り囲んだ者達の姿も見える。

 白地に青い縁取りがされた重装鎧に盾を持つ者たちだった。

 構えられた盾の隙間から、後方に立つ者が、槍の先端を突き出している。

 攻守を考えた包囲陣である。


「もしかして、聖騎士?」

「物知りだな」

「何の用?」

「悪魔退治だよ」

「あたしが絶対正義の美少女剣士と知ってのことかしら?」


 敵意に押しつぶされそうになるが、ユメカは大地を踏みしめる。

 目的は分かったが、理由を確かめる必要がある。

 ただ、首謀者が誰かを話してくれると思うほど、ユメカは楽観的ではない。


「お前が魔王の手先、あるいは魔王を越える脅威であると知っている」

「御冗談を」

「試してみれば分かること」

「横暴ね。間違いだったらどうするの?」

「我等は天の秩序を守る代理執行者。万が一過ちを犯したとしても、懺悔すれば神は過ちを赦してくださる」

「間違って殺された方はどうなるのよ」

「まこと正しき者ならば、聖人として天に招かれ復活し、天の御座が与えられるだろう」

「理不尽ね」


 ユメカは左手を鞘に添える。

 殺された方は殺され損になる。

 合法殺人の方便でしかないのだ。


「地上より疑惑は払拭され、聖人となれば天より地を統治する位を得る。誰も損はしないのだ。潔く殉じるがいい」

「本気?」

「拒むのは、悪しき者のみ。悪は肉体が死して魂となっても永劫の獄舎につながれる罰を受けるのだからな」

「正気で言ってるなら、あんたたちは狂人よ」

「さにあらず。真のことわりを理解できぬ者は、すなわち悪しき者。天に代わりて我等が清浄へと導かん。いざ!」

「アホくさ。付き合ってられないわ」


 ユメカ右手を剣の柄に掛け、抜きざま仕掛けようとして、止めた。

 包囲の輪を飛び越える、包囲する聖騎士をグラビティーソードの力で弾き飛ばす、そのどちらの初手が通用しても続かないと読めたのだ。

 聖騎士が身につけている武具は、魔力を帯びた特別な装備だった。

 それがざっと五〇人もいるのだ。


「ああ神よ、蒙昧なる者をまことに導けない我等の罪をお許しください」


 聖騎士たちが一斉に戦闘態勢をとる。

 森の中が緊迫の雰囲気に張り詰める。

 勝利を得るのは簡単だった。


 本気になればいいだけ。でも――、


 彼等を殺すことになる。

 今のところそれは、禁じ手にしている。

 だからこそ、殺さずに戦意を奪うための加減を見極めなければならない。

 聖騎士の鎧と盾がどの程度の耐久性があるかを探りながら戦うには、相手が多すぎるのだ。


――持久戦で、削るしかないか。


 フラストレーションが溜まる戦術だった。

 それでもやるしかなかった。

 クリスティーネが来る前に片付けなければ、巻き込んでしまうことになる。

 地面に突き刺さった火箭の火が消え、闇が戻った。


 ビュン。


 真正面から矢が飛んでくる。

 ユメカは剣を抜きざま払った。

 外れても味方は盾で防ぐからいいという荒っぽい考えなのだろう。


 ビュン、ビュン。


 左右後方から音が聞こえた。

 ユメカは振り返らずに前方に駆け出した。

 矢はユメカが立っていた場所を通り抜け、左右前方に向かうが、聖騎士が構えた盾に当たって無駄な火の手が上がる。


「グラビティーソード、風圧!」


 ユメカが剣を振ると斬り裂いた空気が猛烈な風を生みだして聖騎士に襲いかかる。

 風圧によって動きが止まった聖騎士へと迫る。連動する聖騎士の動きはそつなく、ユメカの突進に合わせて側方から槍が突き出された。

 突如、槍の先端から雷撃が放たれる。

 バチンと空気が弾ける音と閃光が走る。


「避雷針!」


 ユメカは跳びながら振って雷撃を纏わせた剣を地面に突き付け電気を逃がす。

 大地に走った雷撃が、地面に立つ聖騎士の鎧に伝わる。

 聖騎士が少し感電して動きが鈍った。

 ユメカは着地するやダッシュして、防御で構える盾を踏んで大きく跳びあがる。

 木の枝に跳び乗る。

 そのまま枝から枝へと渡って包囲の外へと逃げた。

 聖騎士との距離を十分に引き離したユメカは、最後大きく跳んだ。


――このくらいかな?


 次の枝に跳び移って止まるや、剣を振って風を放つ。

 風が先々の木を揺らして吹き抜ける。


――これで向こうに行ったと思ってくれるといいけど。


 息を潜め、気配を絶つ。

 振り返ると、すでに追っ手の姿が見える。


――噂通り、精鋭ね。


 一番に追いついた聖騎士は風で枝葉を揺らした先まで向かったが、すぐに立ち止まった。

 聖騎士達は魔力で視力を強化しているらしい。

 暗闇の中でもナイトビジョンのように見えているのだろう。


「気配を消し潜んでいるぞ」

「警戒しつつ散開!」


 報告を受け即座に指示したのが隊長のようだった。

 真っ先に追い掛けてきた五人の聖騎士は皆軽装で、長剣ではなく短剣を身につけている。追跡や攪乱など俊敏性が必要な任務を担当していると分かる。

 視力強化をしているのは彼等だけのようだった。

 全員が同じように視力強化をしていれば、唐突に明かりを点けられると全員の目が眩むことになる。役割を分担し、組織としての能力を万能化しているのだ。一人を相手にする戦法なら、それは一般論として正しいだろう。


――なら、勝ち目はある。


 ユメカは木に茂る葉に隠れている。

 白い服を着ているため、角度によっては見えてしまうだろう。

 それでも、動かなければ知覚されるリスクは減る。

 相手に向けた視線が感知されやすいのは、意識の波動が伝播するからである。

 視線に気づかれやすいのは、目のような模様を見付けると脳が自動処理して危険通知をしてくるからだろう。

 しばらく目を瞑り、音で状況を探る。


――後続から減らすか。


 ユメカは暗闇の中、そっと目を開く。

 目をこらせば闇の中、聖騎士の姿が浮かび上がる。

 魔力を帯びた聖騎士が着ている鎧や騎士服が、ぼんやりと光を放って見えるのだ。

 集中するほどに、闇の中でも見えてくる。


――あまり時間もないわね。


 まもなく夜が明ける。

 待てば、クリスティーネが来てしまう。

 クリスティーネならユメカを助けるため、聖騎士に向かって魔法を使ってしまうだろう。

 人に向かって攻撃魔法を使う状況を、作り出したくなかった。


――やっぱり不利か。


 殺さずに済まそうという主義は、困難を招く。

 それでもユメカは聖騎士の動きを探った。

 木の上から見るとよく分かる。

 散開したとはいえ、数十メートル以内に味方がいるように連携して動いている。



――聖武具を壊し、気絶スタンの打撃で戦力を削ろう。



 聖騎士が聖武具を身につけていれば狙い所は分かりやすい。

 ユメカはざっと見渡して、周囲の聖騎士の位置を把握する。

 一人、連携が不十分で、不用意に他の聖騎士と離れている者がいた。


――よし!


 真下に来ると、ユメカはそっと飛び降りる。

 聖騎士が茂みを払う槍に向け、ユメカは剣を振り下ろす。

 槍を両断した返す剣で盾を割る。

 更に切り返して、気絶スタンの気迫を込めて鎧の上から胴に打ち込んだ。

 聖騎士が小さく呻く声を上げて崩れ落ちる。


「いたぞ、こっちだ。一人やられた」

 聖騎士の反応も素早かった。


――三手か。掛かりすぎる。


 物音に他の聖騎士が振り返る前に、ユメカは次のターゲットへと間合いを詰めていた。

 次は槍を砕くと盾を両断しつつ胴を薙いだ。

 二人目を気絶させたが、そこまでだった。

 聖騎士はすでに態勢を立て直している。


「しかたない。ごめんね」


 木に謝ると、ユメカはグラビティーソードで薙ぎ払う。

 ひと抱え以上ある幹を、紙のように切断する。

 連続して周囲の木を次々と倒し、聖騎士の行動を分断する。


「避けろ、木が倒れる」


 鎧兜に盾を持つ重装備の聖騎士ほど動きは鈍い。

 木を切り倒した混乱に乗じて、ユメカはルート上の聖騎士を攻撃する。

 気絶させることも狙ったが、聖武具の破壊を優先した。


――これで九人。


 聖武具を失えば、普の一流騎士となり、脅威は減る。

 ユメカは立ち止まり、周囲を探る。

 包囲を抜けたようだが、距離を開けて追ってくる気配がある。

 まだ四〇人はいるはずだった。


――黒クリちゃんが来る前に、早く片付けないと。


 本気を出せば逃げるのは簡単だった。

 それだと、あとから何も知らずに来たクリスティーネが巻き込まれてしまう。

 迎えに行ったとして、クリスティーネと行き違いになっても同じことになる。


「少し、強引に攻めるか」


 そしてユメカは状況を打開するための覚悟を決めた――。

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