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  Ch.4.7:混濁の道と、美少女

 はぁ……。


 ユメカは数え切れないほどのため息をつく。

 出るのはため息ばかりだった。


「やっぱり、あたしは、仲間を作っちゃダメなんだ」


 結局、一人になった。


 クリスティーネと出会い、押しかけペットのジョンにつきまとわれたが、今はお互いに別の道を歩んでいる。しばらく一緒にいられると思っていたのに、世情に巻き込まれたことで唐突に別れの時が訪れたのだ。

 イーブは元々王に仕える騎士だし、アカッシャは王子一筋だから、そもそも一時的だとは思っていたから痛みは少ない。


 それでも少しは寂しいと感じていた。


 せめて魔術師タースなんたらの行方を捜して真実を究明しようとしたが、手掛かりはなかった。情報が何一つ得られず、ユメカはすぐに挫折した。復讐心を燃やすように追い続ける執着心を、ユメカは抱き続けられなかったのだ。

 転生してから感情が淡泊になったと、ユメカは自覚している。

 家族や学校や近所という人間関係の束縛がなくなり、他人の顔色を覗いながら村八分のような爪弾き者にならないようにする必要性もなくなり、偽りの協調性によって自分を殺し波風立てない凡庸な人生を送る枷から解き放たれたからなのだろう。

 だからもう、別の目的に向かっている。


「あたしは一人がいいんだ」


 ユメカは全力疾走からの幅跳びでイーノット川を飛び越え、イグイチョ王国の街道を北に向かっている。

 獣人けものびとの国と言われているが、南側はこれまでいたアマタイカ王国と大きな違いはない。獣人は北限の区域から滅多に出てこないと言われている。国を統一しながら一部は人間に統治を委ねている獣人の考え方に、ユメカは惹かれていた。

 人間は争ってばかりだが、獣人なら違うだろうという期待が持てたのだ。


「お嬢さん、悩みごとかね」


 ユオキン街道を歩いて二日目、宿場町から一〇キロ以上離れた場所で、路傍に座る老人に声を掛けられた。

 名前は聞いていなかったが、なぜか見覚えがある。

 イムジム・タウンで、酒場の場所を教えてくれた老人だった。


「あ、売れないジジイ」

「せめて占いジジイといってくれないか」

「売れない占いをするお爺さんでしょう? 略したら売れないジジイじゃない」

「ふぉふぉふぉ。だが、占いは無料だと言っただろうに。よって、売れないのではなく、売らないのだよ」

「そう。じゃあ次会った時に覚えていたら、そう呼ぶわ」


 ユメカは歩き続ける。

 老人が折り畳みの椅子とテーブルを担いで、追い駆けてくる。

 見かけよりも健脚だった。


「元気がないようだな」

「そんなの、気の持ちようなのよ」


 耳元でうるさいハエを追い払うように、ユメカは耳元を手で払う。

 ただ、足を速めたり、走ったりして老人を置き去りにする気力は、湧いてこなかった。

 疎ましく思いながらも、心の枷を引き摺るように、重荷が増える苦役を心のどこかで求めている。


「足が重そうだな」

「急いでないだけよ」

「そうか。なら、儂のような老人でも並んで歩けそうだ」

「散歩なら、一人でしてよ」

「旅は道ずれ世は情けじゃ」

「人生誰もが一人旅よ」


 生きて見て感じて思って行動するのは、すべて一人称の自分視点。

 人生の主人公は自分以外の何者でもない。

 成功も過ちも喜びも悲しみも苦しみも、過不足なく得られるのは自分一人だけでしかない。


「未知の国一人旅か。それも良かろう。生きていたならいつかは逢えるじゃろうし」


 ユメカは足を止めて、老人に向き直った。

「あなた、何者なのよ」

 転生人てんせいびとだろうとユメカは直感したが、真偽はどちらでも構わなかった。


「売らないジジイじゃよ」

「新手のナンパ師?」

「生涯現役でも、お嬢さんのような美少女を喜ばせるのは難しいのお」

「なんの話をしているんだか」


 ジョンとは気が合いそうだと思ったが、何も言わずにユメカは再び歩み始める。

 老人が並んで歩くるのを、あえて拒もうとは思わなくなった。

 しばらく、無言が続く。

 ひとつ丘を登ったところで、老人の息が上がってきたので、ユメカは休憩しようと告げた。

 二人は道端に転がる石の上に腰かける。

 老人はタオルで汗を拭い、水筒の水を飲んだ。

 水筒を差し出されたが、ユメカは断った。

 美少女は人が口を付けた物を口に入れないのだ。


「――戦争が起きたそうじゃな」


 ぼそっと呟いた老人の言葉に、ユメカは開きかけた口を閉ざした。

 アマタイカ王国を中心とした人類同盟と魔王軍が、生存を懸けて戦争を始めようとしていたのは知っている。そこに、クリスティーネとジョンが関わっていると思うと、全くの他人事として無関心でいられない自分に、苛つくのだ。


「バカなのよ、人って」

「そうじゃな」

「殺しまくったって、世の中変わらない。押しつけの正義で作った抑圧の平和は偽りなのよ」

「重い言葉だのう、お嬢さん」


「ユメカ。あたしの名前、ヤスラギ・ユメカよ」

「そうか。なら、儂も名乗っておこうか。マーリャ・バイパだ」

「ふうん。変な名前」

「お互い様じゃ」

「かもね」


「ところで、マーリャは、どこに行くの?」

「正しき未来へ」

「どうやって?」

「地道に歩いてじゃ」

「死んでも辿り着けないかもよ」

「そうなったら、その先はユメカが代わりに歩いていってくれないかな」

「イヤよ。自分の人生、自分で歩きなさい」

「ふぉっふぉっふぉっふぉ。その通りじゃ」

「へんなジジイ」

「それでも駄々を踏んだりはせんよ」

「踏むのは地団駄で、駄々はこねるもの――ってあなた、何者よ」

「ユメカと同じじゃよ」


「なら、悪魔?」


「そう見えるか?」

「見えない。ただのジジイよ」

「ヒッヒッヒ。そうかそうか」

「あたしは、何に見える?」

「迷子の子猫ちゃん」

「そっかあ」


 ユメカはなんとなく正しいと感じてうなずく。


「ひとつ、話をしよう」

「ご自由に」

「千年先に理想の未来が作られると知っていて、そこに至る道を歩む者は、賢者か愚者かいずれであろうかのう」

「それ、質問じゃない」

「一人でしゃべっとったら、ボケ老人と間違われるからな。若者は、年寄りの冷や水につきあうものじゃ」

「冷や水なら、やめなさいよ」

「冷たいのう。人肌で温めてくれる優しさは、若者にはないのかのう」

「あたしは温燗製造機じゃないの!」

「カッカッカ。ヒートアップしてきたようじゃ。会話が弾むのう」


 ユメカは心の内で降参して、答えを考えた。

 人間は千年も生きられない。だから手に入れられない幻を求めて歩むのは愚かでしかない。だが、初めから諦めて千年の道筋を歩き始めなければ、手に入れられる可能性はゼロである。どちらを選んでも手に入らないと知っていて、求めるのか求めないかを選ぶのは、生き様の問題となる。


「答えは、賢者よ」

「だが、賢者タイムは長続きしない。人は普通、千年も生きられないのじゃからな」


 何の話をしているのだとユメカは睨むが、マーリャは哲学でも論じているようにすました顔をしている。


「途中で倒れても、誰かが追い抜いていけばいいのよ」

「自分が辿り着けないなら、無駄じゃろう。愚者の行いだ」

「そんなの、物の見方で変わるわ。誰も目指さないと、道筋が分からなくなる。道筋が消えたら誰も辿り着けない――。いずれ誰かが辿り着けたなら、その人生に価値はあったのよ」

「そうじゃのう」


 ユメカはため息をつく。

 本意はどうか知らないが、諭されたのだろう。

 他人の思惑に流されるのは断固拒否したいが、流されてしまったなら、流れ着く先を自分の目的地へと変える力がユメカにはあるのだ。


「お節介ジジイ」

「お説教ジジイとどっちがいい?」

「勝手に二択にして、人の選択肢を減らさないでよ」

「なら、自由回答でよいぞ」


「マーリャ・バイパという友達ができた」


「嬉しいのう。この年で美少女の友人ができるとは」

「あたしが美少女じゃなかったら、嬉しくない?」

「愚問じゃよ」

「それでも答えなさいよ」

「ヤスラギ・ユメカが美少女なくてなんだというのかね」


 答えとしては誤魔化しでも、それが真実だった。

 ユメカは納得して大きくうなずく。


「そう。そうよね。あたしは絶対美少女ヤスラギ・ユメカ。この事実は変わらない。揺るがない。貫き通すのよ!」

「なら、しばらく道は一緒のようだ」

「どこへ行くの?」

「それこそ愚問じゃ。ユメカはどこへ行きたいのかな?」


 問われて瞬時にユメカの頭の中に目的地が思い浮かんだ。

 今からできる最善の方法だろう。


「そうね。あたしは、魔王城へ行く」

「ほほう。魔王を倒すのかな」

「必要があればね。でも、魔王城を乗っ取って、そこにお泊まりするのよ」

「魔王城でおやすみしようとは、粋じゃな」

「ただし、寝具が魔物の毛皮というのはNGよ!」

「その時は、この毛布を貸してやろう」

「ジジ臭いのも却下よ」

「ふぉふぉふぉ。ならばその時は、どかで見繕ってやろう」

「ありがとう。そしたら、囚われの美少女を助けに来るナイトを待ってみようかしら」

「寝込みを襲われないように気をつけんといかんよ」


「はーはっはっはーっ。それは大丈夫なのよ。美少女の聖域は結界で守られているわ」


「それは頼もしい。明るい未来の展望が開けたわい」

「どういう意味?」

「明るい家族計画じゃ」


 困ったジジイだと、ユメカは額に手を当てた。


「SWジジイの称号を贈るわ」

「光栄じゃ。理力が共にあらんことを」


 通じないので皮肉は諦め、ユメカは笑った。

 世の中すべて、ことわりに基づいて動いている。ことわりとは、法則である。自然の摂理とも言えるが、人間の行動は必ずしもそこに一致しない。心の状態や感情や情動などによって、揺らぐ。精神が想い描きほとばしる夢の先は無限に広がるが、法則に沿う道筋は狭く細い茨の道かもしれない。

 心が揺らぐ振れ幅を故意に導いて、それが正しいことわりだと論じて導く者たちが跋扈する世の中である。

 ことわりの力を正しく理解しなければ歩めず、茨で体は傷だらけになるかもしれない。


「こういう時たまに、あたしは万能美少女になりたいと思ってしまうのよ」

「ユメカならなれるじゃろう?」

「お断りよ。その先は虚無に落ちるから――」

「ふぉっふぉっふぉ。ええのう、ええのう。美少女は」


 相好を崩すマーリャは、エロジジイか好好爺の境界を歩んでいるようだとユメカは思う。

 得体の知れない人物だが、嫌いにはなれなかった。


「なんか、今周は変な人に会う巡り合わせね」

「らしいのぉ。またお客さんが来たようだしな」

「客?」


 街道の南から、駆けてくる人影があった。

 段々と近付いてくる。

 丘を一気に駆け登ってくるが、十メートルほど手前で立ち止まった。

 かなり息が上がっている。

 金髪に青い目の、きれいな少女だった。

 だが、偏向した思想を愚直に信奉する揺るぎない眼差しを持つ者は、ユメカの基準では美少女ではない。

 背中には大きな荷物と、布に包んだ細長い棒を背負っている。


「あ、あなハァハァ、たは、ゼーゼー」


 待ったというように掌を向けてくる。

 息が整うまで待ってくれと言うのだろうが、どうも何かがズレているようにユメカは思った。

 一分くらい待っていると、ようやく落ち着いたようである。

 服に付いた埃を叩いて払い、襟首を整えて向き直った。

 凜とした佇まいは出自の良さを感じさせるが、ユメカは何かが気に入らなかった。


「失礼いたしました。お尋ねいたします。あなたはヤスラギ・ユメカですか?」

「どうしてそう思うの?」

「その長く憎悪が燃えたぎるような禍々しい赤い髪。美少女と自称する過信に満ちているように高慢な顔。そして禍々しいオーラを放つその腰の剣。すべてが噂通りです」

「ちょっと、違うかな」

「違いますか?」

「あたしは、絶対正義で無敵の美少女剣士ヤスラギ・ユメカよ」

「おお、神よ。私をお導きくださり感謝致します」


 金髪の少女が両手を組んで空を見上げた。


「それより、あんた誰よ」

「は、これは失礼を。ですが、少々お待ちください」


 金髪の少女は道脇の木立の中に駆け込んでいった。

 しばらく待っていると、服を着替えて出てきた。

 白地に青の縁取りがある騎士服。

 天に祈るのを見てユメカは予想していたが、間違いなく聖騎士である。


「待たせしました。わたしはウォイク聖国の聖騎士シーラ・デ・エナと申します」

「わざわざ正装しての挨拶に、感謝すればいいのかしら」

「それには及びません。わたしどもの流儀ですので」

「人を無駄に待たせる流儀って、二天一流かしら?」

「不埒な。我らの神が主座におわす天は一つしかありません」


 こういう相手をからかうのは藪蛇のようだった。

 ユメカは気持ちを切り替えて、ゆっくりと立ち上がり、聖騎士と正対する。

 いつ不意打ちしてくるか分からない相手だからである。


「それで、用件は?」

「忘れたとは、言わせません」

「アデュオイ・シティ南東の森の一件のこと?」

「覚えておいでのようですね。では、尋常に勝負願います」


 シーラ・デ・エナは不敵な微笑みを浮かべ、剣を抜いた。

 剣は白く光っているように見える。


「色々と事情を聞きたいんだけど――」

「真実はわたしの聖剣が明らかにします」

「剣で語り合うとか、拳で語り合うとか、そういう野蛮なのはあたしの趣味じゃないんだけど。でも聖騎士の流儀は、そうなのかしら」

「神は、偽り人には死をお与えくださるのです」

「あんたの神は、街道の真ん中で斬り合いをする迷惑を承認するの?」

「あなた次第です」

「だったら、丘を下った先の平原に移動しようよ」

「いいでしょう」


 ユメカは平原に降りると、街道脇の平原にグラビティースラッシュを放ち、テニスコートくらいの範囲の藪を払い飛ばした。


「そのような魔導を使って脅しても、無駄ですよ」

「美少女の肌が藪蚊に刺されるのはお断りなのよ」

「そのお気遣い、神の御心にかなっておりましょう」

「いや、自分のためだけどね」

「では強欲な振る舞いに、天罰を与えてくださるでしょう」


 面倒な相手だと思いながら、ユメカは藪を払った平原に踏み入れる。


「勝てるのか?」

 マーリャの声にユメカは振り返る。

「難しいわね」

「なら懺悔なさい。そうすれば神は苦しみから解き放ってくださいます」


――苦役の解放イコール死ってオチだろうが!


 ユメカは不毛な会話を嫌い、聖騎士の言葉を無視した。

 聖騎士も一方的に言っただけのようで、手を組んで何やら呪文を唱えて祈りを捧げるフリをしている。


「絶対無敵美少女ではなかったのかな?」


 よっこらせと、ジジ臭い声を発しながらマーリャが街道の道端に腰を下ろす。

 他人事だからとマーリャは興業の出し物を楽しんでいるようだった。


「常勝無敗美少女じゃないってことよ」

「ほほう。その心は?」

「相手を殺して勝ちなら、簡単なんだけどね」

「難儀じゃのう」

「だから、普段なら逃げるが勝ちよ」

「逃がしませんわ。神の名の下に、地の果てまで追い詰めます」


 祈りを終えた聖騎士が平原に入って、前に立った。

 聖剣の先を突き付けてくる聖騎士を、ユメカは見向きもしなかった。


「逃げるのは恥ではないのかのぉ?」

「そんな考え役に立たないわ。価値ある勝ちじゃなきゃ、無意味よ」

「ほほう。見物じゃのう」

「見世物じゃないんだけど、見物人が来たら見物料をもらいたいわね」

「それより、どっちが勝つか賭けた方が儲かるぞ」

「美少女を金儲けに使うんじゃない!」

「絵になると思うがなあ」

「でも、賭けにはならないわ。あたしの勝利は決まっているから」

「なら胴元の総取りじゃな」


 無名の美少女と一騎当千と噂の聖騎士では、オッズはユメカが高くなる。

 大穴狙いの強欲者か酔狂人が現れなければユメカに賭けないだろう。


「友達が違法賭博で捕まる前に、賭け不成立で終わらせないといけなくなったわ」

「では真実を神の名の下に明らかにします。裁きを始めましょう」


 聖騎士が神の加護を祈る言葉を呟きながら聖剣を持つ手に力を込めた。


「逆にあたしが、偽りの真実を削り取ってあげるわ」


 ユメカは聖騎士を真正面に見すえ、剣を構えた。

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