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  Ch.1.2:美少女と、幼女

 去りゆく者に背を向け、ユメカは迫り来る魔物に意識を向ける。


「あっちは後でお仕置き決定――」


 ユメカの意識から男の存在が急速に葬り去られて行く。

 土煙を上げて接近するゴーレムとの距離を測る。

 その数ざっと三〇体。


 一対多数。

 数の論理では圧倒的な不利な状況。

 だがこの状況シチュエーションに、ユメカは奮える。


「ふふ、久しぶりだわ!」


 言うなればただの土人形。

 男は子ゴーレムと呼んでいたが、それでもユメカより頭一つ分以上背が高い。

 倒せば親が出てくると言っていたが、概念的な話だろう。


「だって、ゴーレムだから――」


 人間ではない。

 いつかどこかで読んだ記憶がある。

 額に『真理』と書いた文字があってその一字を消して『死』とすれば体が崩れるというのだ。

 役に立たない蘊蓄なのは、日本語ではないその文字をユメカが知らないからである。


「ま、どーでもいいわ」


 わさわさと三〇体のゴーレムが、土煙を上げて迫ってくる。

 逃げずにいれば、その重量と速度の前に、跳ね飛ばされるか押しつぶされるだろう。

 緊迫する状況が、ユメカの心には緊張の代わりに喜びとして満ちる。

 自然と堪えきれない笑みが溢れる。


「ザコ一〇〇匹くらい、余裕なのよ」


 ユメカは長剣を鞘から抜き放つ。

 水平に構えたが、ふらっと、剣の重さでユメカはよろけそうになる。


「軽い軽い、こんな剣、軽いんだから」


 気を取り直して剣を構え直す。

 気合いを入れ直すと、剣は羽のように軽く感じられるようになる。


「ぶっ殺してやる。あ、失礼、野蛮ね。じゃ、改めて。ぶっ壊してやる!」


 深呼吸。

 スゥっと吸って、ハッと吐き出す。


「じゃあ、行くよ!」


 睨み付けて群れに駆け込む。

 先頭のゴーレムを剣で薙ぎ払う。

 はずだった。


 ガキーン。


 鈍い音がして、剣を持つ手が痺れた。

 ゴーレムの動きが止まる。

 ユメカの体重よりも遙かに重い土の塊が馬車に追いつこうという速度で走っていたのだから、動きを止めた一撃はかなりの威力があったといえる。

 それでも、剣は表面を軽く削っただけだったのだ。


「え、ウソウソ」


 ゴーレムが反撃に転じて殴りかかってくる。

 ユメカはとっさに剣を放して飛び退いた。


 ズサッ。


 重い音を立てて剣が地面に落ちた。

 距離をとったユメカは、痺れた手をさする。


「あ~あ。落としちゃったか。寝起きは気合いが鈍っちゃうのよね」


 ユメカは大きく深呼吸すると、腕組みをしてゴーレムの群れをにらむ。

 およそ三〇体のゴーレムの群れは馬車の追跡を止めたらしい。

 ユメカは完全に包囲されるまで動かなかった。

 これで馬車の男が逃げおおせたなら、契約達成である。


 だがピンチ到来!


 絶体絶命のか弱き美少女が、魔法によって生み出された無数の土人形ゴーレムに取り囲まれている状況。

 圧倒的な不利を目の前にして怯えるいたいけな美少女。

 というような演出は、ユメカの趣味じゃない。

 だから、

 勝利を確信して揺るがない不敵の笑みをユメカは浮かべている。

 ゴーレムが再び攻撃してくる様子はない。

 ユメカは腰に手を当てて状況の推移を待った。


「あら、妙な乱入者が勇んで出てきたから強いのかと思いましたら、ゴミクズのような腕前ですのね。それとも、あいつの仲間かしら?」


 ゴーレムの群れの後方から声が聞こえた。

 群がるゴーレムの頭の上に、魔石の埋め込まれた杖の先端が見える。

 魔法使いか魔導師が持つ、魔杖である。

 ゴーレムを作り出したヤツだろう。


「親玉から登場してくれるなんて、感謝してあげる!」


 ユメカは不敵にして無敵の笑みを向ける。

 この状況を楽しんでいるのだ。


 クスクスクス。


 忍び笑う声をユメカはにらむ。

 笑うのは好きだが笑われるのは好きじゃない。

 もちろん、ギャグを言った場合を除いての話だ。


「わたくしのゴーレムちゃんに手も足も出ないくせに、偉そうですね」

「偉そうじゃなくて、スゴイのよあたしは!」

「はあ? どこがどうスゴイと言うのかしら」


 声はキンキンと甲高く、幼女のようだった。

 だが、包囲するゴーレムの陰で姿は見えない。


「そういうあんたは、誰よ何よ何様よ何歳よ」

「無礼者。人に尋ねるなら、自分から名乗りなさい」


 ぷ、ぷぷっ。

 思わずユメカはふき出した。


「何その、やられキャラテンプレなセリフは!」

「はぁ。ザコキャラに言われたくないですわ」


 溜め息交じりの声からは、余裕を感じる。

 問答無用で攻撃してこないのも、勝利を確信する過信があるのだ。

 知らないのも無理はないと、ユメカは不敵に笑む。


「まあいいわ。あたしの名を聞いてビビっちゃあ、ダメよ!」

「チビリもしませんわ。どうぞどうぞ」

「下品なヤツ。いいわ。名乗ってあげる。耳を澄ませて静聴するがいい」

「長話は眠くなるから、早くしてくださいな」


 包囲するゴーレムの頭の上で魔杖がくるくると動いているのが見える。

 ゴーレムを操って通行人を襲う悪いヤツは、会話に飽きているようだった。


「失礼なヤツね。まあいいわ。あたしは寛大だからネ! じゃあ、言うわよ」

「さっさと言いなさいよ」


 ふぁあと、あくびをする声まで聞こえてきた。


「あたしは絶対無敵の美少女剣士ヤスラギ・ユメカよ!」


 決めポーズをとってユメカは指さすが、奥のゴーレムの頭の上で揺れる魔杖には、効果はなかったようである。


「どう? 驚いたようね」

 すぐには反応がない。

 突き上げられていた魔杖が降ろされるのが見えた。


「プ、ププププッ。なにその痛いネーミング」


 バタバタと何かを叩く音が聞こえる。

 すぐに、ゲラゲラと笑う声に変わった。

 笑い転げているようなら気分は悪いが、ユメカからは見えない。


「笑わないでよ!」

「だって、無敵の美少女って、どこがですの?」

「あ、そこ?」


 てっきり名前の方だと思ったユメカは、気を取り直した。


「そうよ、だって美少女というなら、わたくしの方ですから」

「あ、そうなんだ」

「そうって、スルーしないでよ!」

「いや。だって、どーでもいいし。自称美少女なんて腐るほどいるから」

「あなたに言われたくないわ!」

「あたしは正真正銘の純血美少女だから」


 ユメカはすまし顔で包囲するゴーレムの向こう側にいる相手の方を見る。


「すでに肩書きが変わってますわ」

「細かいこと気にしていると、オバサンになるわよ」

「失礼ね。あなたいくつよ」

「あたしは永遠の十五歳」


 どうだ、とユメカは腰に手を当てる。

 胸を張って示威しても、取り囲むゴーレムは無反応で面白くない。


「はん! ギリギリ少女って年齢ですわ。しかも永遠なんて、いかにもサバ読んでいるって宣言している証拠でしょうね」


 再び長い魔杖の先端がゴーレムの頭上に現れた。

 ぐるぐると大きく輪を描くように振っている。

 やはり言動が幼い。

 自称美少女で十五歳をギリギリと言うなら、年下に間違いない。

 世間を知らない子どもだと思えば、ユメカに怒りは芽生えない。


「まあ、お子ちゃまと口論する気はないから、さあ、あなたの番だよ」

「何が?」

「名乗りなさいよ。それとも、ザコらしく名乗らずに消え去る?」


「しかたありませんわ。ザコにザコと言われて黙っていられるほどわたくしはお人好しではありませんの。やられたらやり返せと師匠から言われていますから」


「だったら、あたしは名乗ったんだから、あなたもとっとと名乗りなさいよ」

「分かってるわよ。言われなくても名乗るわ。まったく、これだからザコは節操がなくて困りますわ」

「はいはい。負け犬の遠吠えは心に響かないから」

「でしたら、わたくしの名を心に刻み込んであげましょう」

「どうぞどうぞ」


 ユメカは手を差し出して黒ローブの幼女の行動を促す。


「よくお聞きなさい。わたくしは偉大なる魔導師クリスティーネ・シュバルツです」

「は? 何それ。バッカじゃない」


 即座に一刀両断。

 ユメカは断定した。

 ゴーレムという魔物を使って人を襲うという悪行をしたので、評価はマイナスから始まっているという事情もある。


「あなたに言われたくないわ。それに、偉大なのは事実なのですから」

「いやそこはどーでもいいから」

「じゃあ、なによ」

「その名前よ。それって闇落ちの悪魔ってことでしょう?」

「あなたこそ、抜け落ちのトンマだわ。どこをどうすれば悪魔になるのよ」


「何言ってるかわかんないし」

「あなた、バカね」

「そう。あたしはバカ強いのだ! はっはっはっは――」


 ゴーレムの陰に隠れているくらいなのだ。

 実際はすごく弱いのだろう。

 本気を出すまでもないとユメカは思った。


「わたくしのゴーレムちゃんに手も足も出ないくせに」

「だから、ウソだって、言ったよ」

「何よそれ。どんな強がりかしら」


 はーはっはっはっ。

 ユメカは不敵に大笑いする。


「あたしは無敵。あたしは最強。あたしの剣は何でも斬れる。そしてあたしは無双する!」


「バカなの、バカでしょ、バカ過ぎ決定よ!」

「人をバカ呼ばわりするバカに言われても、あたしの心は明鏡止水よ!」

「無自覚のバカって、困るのよね」

「あたしは天才美少女なのだ、わーはっはっはっは!」

「バカの高笑いね。いいこと、あなたは剣を落としたのよ」

「だからなに?」

「なにって、そこまでバカなの? 仮に万が一もしかしてその剣がすごくても、落とした剣はもうこちらの物ってことよ」

「どうしてよ。あたしの剣はあたしの物。そう決まってるのよ」


 はあ。


 クリスティーネは露骨にため息をついた。

 ストレスが溜まっているのだろう。

 幼いのに気の毒な境遇にあるようだった。


「大丈夫? 悩みごとなら相談に乗ってあげるよ」


「無用よ。第一、あなたのバカさ加減をどう納得させるかなんて、簡単なのよ」

「ストレス解消には、無双が一番!」

「は?」

「気分爽快、無双豪快よ」

「もう、いいわ。頭痛くなってきたし、疲れたわ」


 クリスティーネの声からも疲労度が分かる。


「具合悪いなら、帰って寝た方がいいよ」

「誰のせいよ」

「それは当然、あんた自身の問題だよ」

「ふざけないでよ! あなたよあなた。あなたがすべての元凶よ。だから、滅ぼしてやる」


 クリスティーネは長い杖を振りまわしている。


「さあ、死になさい」


 クリスティーネが長い杖をゴーレムの頭越しに突き向けてきた。

 その杖の先から魔法がほとばしる可能性を予想して、ユメカは微笑む。

 じゃれてくる子猫を片手であしらうような感じだった。


「どうやって?」

「もう、会話は終わり。言葉の通じない相手に何を話しても無駄ですから」

「えー。もっとお話ししようよ」


 反応が「かわいい」とユメカは想った。

 もっと話せば仲良くなれそうである。


「さあ、自分の剣で殺されなさい。死ぬ瞬間に自分の愚かさを自覚できれば、幸せな死を迎えられるわ」

「無理無理。あたしは絶対無敵美少女だから」

「ふん。だから、もう話は終わり。さあ、ゴーレムちゃん一号、その剣を拾いなさい」


 ウガー。

 答えるように咆哮すると、地面を殴りつけるような勢いでゴーレムの手が剣へと伸びた。


「あ、ダメ!」


 ユメカは慌てて手を伸ばす。

 だが、剣までの距離は遠かった。

 剣に届かないまま虚空にある拳を、ユメカは握りしめた。


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