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  Ch.3.21:美少女の、直談判

 ジョンを殴り飛ばした翌日、ユメカは侍女に案内され、地下への階段を降りている。

 王宮魔導師ディリアに呼ばれたのだ。


「テンプレ展開か、それとも――」


 通されたのは研究室とされる、地下室だった。

 湿気を帯びた臭いに息苦しさを感じる。

 魔術師タースなんたらといい、師弟そろって地下の暗闇が好きなようである。

 薄暗い室内は、書棚と机と作業台があるこぢんまりとした空間だった。

 様々な色の魔石があり、魔杖や腕輪などの加工を行っているらしい。

 ただ、クリスティーネの姿はない。


――品定めか。


 一番奥の机の向う側に座るディリアに、ユメカは視線を向けられた。

 クリスティーネに向けていた眼差しとは違う。

 初めて家に連れてきた友達を、悪友ではないかと疑う過保護な親の目つきのようでもあった。


「呼び出して悪いね」

「構わないわ。あたしも用があったから」

「クリスティーネのことかな」


 瞬時にユメカは警戒した。

 地下に閉じ込められるとか、結界魔法に閉じ込められるとか、害意や悪意のある言動を想定していただけに、クリスティーネの話が持ち出されるとは予想していなかったのだ。

 敵を滅ぼせとか、やられたら倍々返ししろなどといった、物騒な思想を子どもに教える師匠など、まともな人間性は持ち合わせていないと思い込んでいた。だから、話し合いでどうこうするより、強制的に監禁して関係を断とうとしてくると想定していたのだ。


「あなたは、黒ク、いえ、クリスティーネをどうするつもり?」

「どう、とは?」

「戦争に駆り出すつもり?」

「必要ならば」

「ダメよ。子どもを戦争の道具にするのは」

「クリスティーネは魔導師として、強大な力を持っている。だからこそ、個人の感情で力を行使してはいけないのだとは思わないのかな?」

「でも、他人の道具じゃないわ」

「だからこそ、王に仕え、国と王のために力を使うべきなのだ」

「私利私欲で動かない王なんて、いるの?」

「王には国を守る意志がある。魔王軍と戦うには大儀もある」

「滅私奉公なんて、時代錯誤の考えだから!」

「ならば強大な力を持つ者が、嫌いだという理由だけで相手を滅ぼすのは良いとするのか?」


「違う!」

 ユメカは拳を握り締める。


「その個人の倫理観は、誰が正しいと判断するのだね」

「自分で判断すべきであって、他人の判断の受け売りはダメ」

転生人てんせいびとの価値観を押し付けられても困るのだよ」

「……なぜそれを――」

「長生きしていると、様々な出会いがある」

「それで、何を悟ったのかしら?」

「ヤスラギ・ユメカ。そなたの行動は正しいのか」

「あたしは絶対正義の美少女剣士だから――」

「その正しさが、この国の国民にとって、いやこの世界にとって正しいと?」


 ユメカはため息をついた。

 危うく話術の罠に落とし入れられるところだったと、気持ちを入れ替える。


「やめなさいその論法は。正しさというのが絶対普遍という考えをしたら行き詰まるから」


 ディリアが苦笑を浮かべた。


「ならば、正邪は入れ替わることになる。絶対正義などありえん」

「世界を形作る法則に基づいた、バランス感覚よ。偏った考え偏った見方はいけないの」

「つまり、極論を言えば、今日の行いと明日の行いが真逆になることもあると?」

「表面だけを見れば、そうなることもあるでしょう」

「それが正義というなら、誰も受け入れられぬな。独り善がりの妄想だ」

「あたしの考えをあなたは認めてくれないし、あたしはあなたの考えを否定する。でも、あなたの考えを押し付けるのは止めて。あの子を洗脳しないで」

「師として弟子を教え導くのはダメというのかな?」

「もし、あなたの考えが正しいなら、広い視野と多くの視点で物事を見られるようにしてから、自分の元に導きなさい。情報を遮断して盲目的に従わせているのなら、それはあなたの考えと理屈と指導に誤りがあるってことよ」

「ふっふっふ。面白い少女だ」


「美少女よ!」


 ユメカは鋭くにらみ付ける。

 少し強引になっても、師弟の絆というパワハラめいた洗脳状態から一度解脱させなければいけないと決意する。

 だが向けた敵意をいなされるように、ディリアがふっと気を抜いたような笑みを浮かべた。


「――そうだったね」


 突然の賛同。

 いきなりの理解。

 敵意さえ優しく包み込まれるような穏やかな口調に、ユメカは引き込まれそうになる。


「別に構わないよ。クリスティーネがそなたと共に行きたいと言うのなら、連れて行きなさい。私は引き留めたりしない」


 ユメカは混乱した。

 悪意があるはずだと直感しながら、その根底にある悪意を見いだせない。

 かといって、見定めようとすれば相手の術中に嵌まりそうだと思えた。

 これ以上の長居は避けたかった。

 クリスティーネをディリアから遠ざけられるなら、ユメカの目的は達成できるのだ。


「そうさせてもらうわ」

 ディリアの魔性から逃れるように、ユメカは地下室を出ようとする。


「ただし――」

 後付けで条件を提示するのかと、ぬか喜びをさせて落胆させる悪意を疑ってユメカは顔だけ振り返ってディリアをにらむ。

「そなたがクリスティーネを絶対に守ると誓うなら、だがね」

「守るわよ。絶対に」

「ならばお気の済むように――」


 どろりと粘つくようでざらつくようなディリアの声を振り払って、ユメカは地下室を出た。


「息が詰まる」


 急いで階段を駆け登り、外に出る。

 王宮の中庭に出ると、クリスティーネの姿があった。


「オネーサマ、お久しぶりです」


 クリスティーネから声を掛けてくれたが、駆け寄ってきてはくれなかった。

 数メートルの隔たりが、間に地割れが走っているように感じられた。


「元気にしてた?」

「はい」

「なら、良かったけど――」


 今すぐここを出ようと誘う言葉は、口に出せなかった。

 何か違う雰囲気が感じられからでもある。


「オネーサマ?」

「なんていうかその、本当に久しぶりだね」

「はい。それで、オネーサマは、お師匠様とのお話はどうでした?」


 ハッとしてユメカは改めてクリスティーネをみつめる。

 会談の場が設けられたと知っていたのだというのが、予想外だったのだ。

 秘密裏に会い、クリスティーネと会うなと命じられる可能性ばかり考えていたのだ。

 ユメカは戦闘態勢にしていた髪を解き、頭を振った。

 ディリアから心理戦を仕掛けられたのだとようやく気づいたのだ。

 あまりにも無防備だったと、ユメカは反省した。


「どうしたのです?」

「思い返したら、ムカついてきた」

「お師匠様に?」

「それもあるけど、あたし自身にも」

「何があったのです?」

「要するに、戦争よ、戦争。人間同士争うのよ」

「いけないのですか?」

「いけないの。どこへ行っても、何年経っても、人間って変わらない」

「そうなのですか?」

「いっそ、人間なんて滅んだ方がいいのかもね。せめて、言っても分からないヤツらは、皆殺しにした方がいいのかも――」


「オネーサマ?」

 クリスティーネが怯えたような顔をしている。


「冗談よ、冗談。例え話。美少女は大量虐殺なんてしないのだ」

「はい、安心しました」

「ふふ」

 ユメカはクリスティーネを見て微笑む。

「どうかしましたか?」

「会った初めの頃は、黒クリちゃんが、復讐とか全滅させるとか言ってたなって思ってね」

「――それは、わたくしの考えが幼かったからです。ですが、オネーサマに会って少し変わりました」

「黒クリちゃんは、どうしたい?」

「どう、というのは?」

「戦争に参加して人を殺すか、逃げるかよ」

「逃げるって、どういう意味です?」

「あたしは、逃げると決めた。この場所、この状況から」

「オネーサマ?」

 クリスティーネが不安そうな顔を見せた。


「あたしは、もうこの城を出るわ。軟禁状態とはさよならよ」


「では――」

「黒クリちゃんも一緒に行こう」

 クリスティーネが輝いたような笑顔を見せたが、すぐに陰が差した。

「お誘い頂いて、嬉しいです」


「じゃあ、決まりね」

「ですがオネーサマ。わたくし、お師匠様にお許しを頂かなくては」

「さっき話したら、黒クリちゃんが行きたいと言えば、連れて行っていいと言われたわ」

「本当ですか?」

「そうだけど、どうかした?」

「いえ。お師匠様は、ダメだとおっしゃると思っていましたので」

「あたしが黒クリちゃんを悪の道に引き込むとでも言ったのかな?」

「――はい」


 クリスティーネに心理戦を仕掛けたディリアに、ユメカは怒りが芽生えた。


「魔導師ディリアの目的って、なに?」

「この世の悪を倒し、世界を平和にするのだとおっしゃっています」

「そのために黒クリちゃんは、何をさせられるの?」

「魔王軍を滅ぼすために、力を貸して欲しいといわれています」

「どんな風に?」

「南方平原の拠点となる三市を魔法で制圧することをお考えのようです」

「でもそこは、人が暮らしているんだよね」

「はい。ですが、もうじき魔人になると」

「魔人になってない人もいるよね。それに、魔人だって元人間だし。魔物や魔獣とは違うのよ。だから、黒クリちゃんには、そんな戦争には参加して欲しくない」


 ユメカはクリスティーネに手を差し伸べる。

 前のように、駆け寄ってきて欲しかった。


「だから、一緒に行こう」

「オネーサマは何者なのでしょう」

「どういう意味?」

「どうしてそんなに強いのでしょう」

「強さの秘密か。なんだろうね。あたしが転生人てんせいびとだからかもしれないわ」

転生人てんせいびととは、なんです?」

「別の世界で、別の人生を生きてきた記憶があて、こっちの世界で別の人間として生まれた存在のこと、かな。信じる?」

「では、わたくしとは違うのですか?」

「どうなんだろう。詳しくは分からないわ」

転生人てんせいびととは、魔神になるのでしょうか」

「魔人?」

「魔王を越えた、悪しき神だそうです」

「それはない。人間は神にはなれないから」

「本当ですか?」

「そうよ。それにあたしは、絶対正義の美少女剣士ヤスラギ・ユメカだから」


「はい!」

 クリスティーネが弾ける笑顔を久しぶりに見せてくれたのが、ユメカには嬉しかった。


「今夜、空中庭園で夜明けまで待つわ」

「必ず行きます」


 力強い返事に、ユメカはほっとした。

 悪いことばかり想像していた無駄な苦労を笑い飛ばす。

 明日は晴れやかな日になるようにと、ユメカは願った。

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