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  Ch.3.19:美少女の、置土産

 ユメカにとっては意外な申し出だった。

 想定外というほど突飛ではなかった。

 サヒダからそこまで想われるほど優しい言葉はかけていなかったからである。

 息を吐くように場所と相手を構わずプロポーズする節操なしは老若男女問わずにいる。

 ただ、サヒダの声は、固く、緊張に震えている。

 本気なのだ。

 だからユメカは、本音で告げなければならないと思った。


「気持ちは嬉しいけど、断るわ」


 ユメカは遠くを見たまま告げた。

 好意を抱かれるのは一般的には悪い気はしない。

 おそらくサヒダは直感的に最良の選択をしたといえる。世界で一番の美少女とユメカは自負しているのだから、その選択は当然である。

 だが、視野は狭い。

 最高の結婚相手にはなり得ないと気づいていないのだ。


「どうして? ぼくが嫌い?」

「あなたはいい子だから、好きになったわ。でも、あたしが目指す道に、サヒダは付いて来られないでしょう」

「ぼく、がんばる」

「あたしは、待たないわよ。それでも本気でそう思うなら、あなたは必死に追い掛けて来て、あたしの心を奪いなさい。でも、奪えなかった場合にどうするか、考えておかないとダメよ」

「どういうこと?」

「あたしに頼って生きるなってこと。自分の人生、自分で立って歩みなさい」

「よく、分からないよ」

「そのうち分かるわ」

「うん――。なら、約束して」

「何の約束かな?」


 結婚の約束なんかしないと拒絶の態度を示す。

 守る気もなく守れないと分かりきっている約束をするのは、ユメカの流儀ではない。

 仮に励まし勇気づけ生きる気力を与えるとしても、ウソをつきたくないからである。


「ぼくは今日ユメカと会って話したことを忘れない。だから、ユメカもぼくのことを忘れないで欲しいんだ」

「それ、約束じゃなくて、あたしへのお願いじゃない?」

「だめ?」

「いいわ。あたしはサヒダのことを忘れない」


 夕焼けを見てから、塔を降りた。

 侍女が待っており、そこでサヒダと別れた。

 おそらくサヒダは、塔の上から空中庭園を見ていたのだろう。侍女はサヒダの希望を叶えるために、お膳立てしたのだ。戦争へと向かう殺伐とした雰囲気が日に日に満ちて行く城内にいては息苦しいので、息抜きとなるような機会を与えようとしたのだろう。

 最後に侍女が会釈した姿が、そう物語っていた、

 まあ、美少女に恋心と錯覚する憧れを抱くのは、幼児も少年少女にとっても、普遍の真理なのは間違いない。


 ユメカは再び一人になった。


 なんとなくじっとしていたくない気分なので、城壁の上をのんびりと歩いた。

 夕日に照らされて歩く美少女は、絵になるのだ。

 太陽が西の山脈の影に入ろうとする頃、久しぶりにジョンが姿を見せた。

 毎日見ていると苛つくのに、なんとなく懐かしくほっとしてしまう。

 政治的な駆け引きがなく、体面やプライドを保つ虚栄心を感じないからなのだろう。

 だが、そんな自分の心理が、癪に障る。


「ジョン、カム!」

 ユメカが呼ぶと、ジョンはすぐに駆け寄ってきてユメカの前に犬座りをする。


「あんた、どこほっつき歩いていたのよ」

「マイハニーは、オレがいなくて寂しかったか?」

「べ、別にぃ。あんたなんかいなくても、あたしは困らないのよ」

「そうか。残念」


 ジョンはあぐらを掻いた。


「な、なによその態度」

「マイハニーにとって、オレは何なんだ?」

「あ、あんたは駄犬よ。あたしのペットであり下僕」

「本気でそう思ってる?」

「もちろんよ」

「そっか」


 ジョンは手を後ろについて逸らした状態を支え、空を見上げた。


「な、なによ!」

「ごっこは好きだが、マジなら困るんだ」

「意味不明よ」

「構わないさ」

「駄犬のくせに。まあいいわ。あたしはここを出て行くと決めたけど、あんたはどうする?」

「オレは、王子から仕事の依頼を受けた。受けた以上は完遂する義務があるが、マイハニーがオレにずっと側にいて欲しいと思うなら、オレは地獄の底まででも付き合うぜ」

「地獄への道連れはごめんだわ」


 ユメカは自嘲するように微笑んだ。

 これまでの態度から、無条件で同行を希望すると予想していたからである。

 美少女だからといって、誰も彼もが好意を寄せてくる訳ではないのだ。自惚れてはいけないのだと自省させられた気分である。


「いやあ、そう言われると反論できないが、それでも精一杯守るぜ」

「はあ? なんで駄犬に守ってもわなきゃならないのよ。あんたなんか要らないわ」

「そうか。ニンナさんにあげるなんて言ったくらいだからな」

「そ、そうよ。あんたはあたしのステイの命令を守れない駄犬だから、他に飼い主が見つかったなら、良かったじゃない」

「本気でそう思う?」


「もちろんよ。あたしは元々一人だった訳だし」


「そっか。なら仕方ない。オレも商売してカネ稼がなきゃ生きていけないしな」

「あ、そうだ!」

「何か思い出したか?」

「――でも、もういいわ」

「オレをゴーレムから助けた対価か?」

「そう。でももう要らない。時効ってことでいいから」

「オレは借りを返す主義だ」


 ジョンがポケットから出した革袋を投げてきた。

 受け取ると、カチャリと鳴り、中身の軽さが伝わってくる。


「何よこれ」

「オレの命の対価だ。オレが真っ当な商売で稼いだカネはそれしかないが、マイハニーと出会って、少しインフレバブルになって値上がりした」


 袋を開けると、銀貨三枚と銅貨七枚が入っていた。


「要らないわよ、おカネなんて」

「おや? マイハニーはおカネの亡者かと思っていたが」

「必要だけど、執着はしないのよ。あんたが稼いだおカネなら、あんたが使いなさい」

「マイハニーが付けてくれた額には遠く及ばないから、まだオレには借りがある。だからまあ、利子だと思ってくれ。返す意志はあるという証拠だ」

「よく分からないけど、あんたがそうしたいというなら、もらっておくわ。でも、人の価値に値段は付けられないっていうのがあたしの本心だから、そこは覚えていて欲しいわ」

「分かったワン。残りはオレの体で払うから、自由にしてくれ」


「却下!」

「そんなあ。夜な夜なペットなオレを使ってくれ」

「使わないわよ!」


 ユメカは背を向けてジョンから離れた。


「それなら、ピンチの時はジョンカムヒーアと呼んでくれ。いつでもどこへでもデリバリーするぜ」

「犬だから犬笛の方が似合いよ」

「マイハニーのご用命なら、魔笛でも参上するワン」

「あんたは首輪に銀の鈴でも付けてなさい。夜中に無音で現れたら斬り捨てるわよ」

「それならマイハニーが先にオレを見付けたら、金のリボンでロックオンしてくれ」

「何の話よ!」


 ユメカは振り返ってジョンをにらむ。


「オレのハートはディスティニーテンポラリーに留まっているのさ」

「意味不明!」

「そんな訳で、ユメカはここから立去った方がいい」

「ジョン!」

「呼んだ?」


 満面の笑顔で駆け寄ってくるジョンを見て、ユメカは不快な苛立ちを覚えた。


「気安く名前を呼ぶな!」

 殴り飛ばすとジョンは城壁を越えて飛んでゆく。

「照り焼きに隠し味のハニー。照れ隠しに殴るハニー」

 妙なジョンの呟きが耳に纏わり付くのをユメカは手で払った。


「まったく。なんなんだ、あいつは!」

 ユメカは歩き去る。

 ただ、その口元には、久しぶりに屈託のない微笑みが浮かんでいた。


「さて、ここを出ていく前に、お世話になった人に挨拶して、黒クリちゃんとじっくり話さないとね」

 出て行くと決めると心は軽くなる。

 浮かれる足取りで城壁の上を進むと、暗がりを動く人影に気づいた。


「あ、イーブだ」


 城壁の内側はもう夜の世界である。

 王宮を囲む壁の西側にあるひと気のない通りを、のしのしと大股で歩いている。なぜか道を通り過ぎて角を曲がっても、しばらくして戻ってくるという不審な行動を繰り返している。薄闇でも目立つ白い服を着ているので、闇討ちや暗殺などの悪事を企でいるのではないだろう。


「怪しいなあ。ストーカーかな?」


 ユメカは城壁から近くの建物の屋根に飛び降りると、屋根から屋根へと跳び移り、イーブが歩く通りに降り立った。


「イーブ久しぶり」

「わ、こ、これは、ユメカ殿、久しぶりだな」

「何度か会いに行ったのに、門前払いされたからよ」


 イーブは図体の割になぜかびくついている。

 もう少し豪胆な性格かと思っていたが、繊細な面もあるのだろう。

 とはいえ、そうした個人的な部分はユメカにとってどうでもいいことだった。


「ユメカ殿のような美少女ならば大歓迎だが、人目に付くのはまずいのだ」

「どうして?」

「美少女に想われるのは男冥利に尽きるが、嫉妬されるのだ。がーはっはっは」

「違うわよ」

「だが夜陰に紛れて褥を訪ねてくれば、無粋な衛兵も察してくれように」

「しないわよ!」

「だーっはっはっは。結構結構。ユメカ殿はそれでこそ美少女」

「ちょっと意味分からないけど、あたしが美少女なのは揺るがない事実なのよ」


「それでユメカ殿、何か用かな?」

 イーブが真顔になった。


「お世話になったから、出ていく前に挨拶しときたくて」

「うむ。そうか。だが、愛を育む前に別れ話を告げられるとは、俺にとってはフラれたようなものだな、あーはっはっは」

「そんなんじゃないし、そもそもイーブはそういう趣味なの?」

「五年後なら、ユメカ殿も適齢なのだ」

「そうなったらイーブはジジイじゃん」

「わっはっは。愉快愉快。ユメカ殿からすればジジイだな。がーはっはっは」


 相変わらず妙なノリだが、少女嗜好ロリコンのおっさんでないことは間違いないようだとユメカは安心した。

 下手な冗談で笑い飛ばそうとしているのだろうが、セクハラまがいのゲスネタを口にするくらいなので、品性はよろしくないのも確かである。

 だが、イーブなりの気遣いなのだと分かる。

 思った通り、信頼はできそうだった。


「ところでイーブは、どうしてこんな裏道を歩いてるの?」

「はっはっはー。これは秘密だが、例えば角を曲がって美しい女性とぶつかるとか、悪い男にからまれている美しい女性を助けるとか、上から落ちてくる美しい女性を受け止めるとか、そういう偶然を期待していたのだ」

「声デカ! 秘密なんでしょ?」

「暗がりでコソコソしては、怪しいではないか」

「そうだけど、イーブって、ベタなテンプレ展開が理想なの?」

「ユメカ殿が現れたのだから、可能性はあると自信が持てた」

「あたしは特別だけどね」

「がーはっはっは。目の保養なのだ」

「勝手な妄想をするのは放置するけど、変な妄想をしていると知ったらあたしは、そいつの妄想をぶった斬るわよ」

「だーはっはっは。悪いがユメカ殿には色気がない。健全な美少女だ」


「純血美少女よ」


「なので友達止まりだ」

「まあ、面と向かってはっきりと言われると清々しいけど、なんか釈然としないわね」

「そういやあ、街で金髪碧眼美少女を見かけたぞ。数年後が楽しみだな、がーっはっはっは」

「なにそれ、青田買い? 光源氏計画?」

「よく分からんが、買うなら店に行くし、計画なら連敗記録だ。のわっはっは」

「イーブ、笑って本音を誤魔化すの、止めなさいよ。誤解されるわよ」

「さすがはユメカ殿、美少女だな」

「事実と洞察を混同しないの!」

「だが街で見かけた金髪美少女も甲乙付けがたいぞ」

「どうでもいいわ、そんなこと」

「興味ないのか? どっちがより美少女か、確かめたいと思わないのか?」

「別に。あたしが美少女ナンバーワンなのは揺るがない事実だから」

「がーっはっはっは。その絶対的自信には、惚れ惚れするなあ」

「まあ、そんな話はいらないから、本題に入るわよ」

「おお、なんだ? 告白か?」

「しないわよ。それより、もうすぐ、戦争になるでしょう」

「だろうな」


 イーブは身を正して、表情を引き締めた。

 こうした時の意識転換は、さすがだとユメカも思う。

 軽薄な人間とは、人間性の深みに違いがあるのだ。


「イーブは戦場に出るの?」

「いや、俺は白の騎士を拝命しているからな。陛下の剣だ」

「護衛とは違うの?」

「近衛は別にいる。だがそっちは国の予算で、俺は陛下の私財で雇われている。だから、名誉はあれど、給料は安い」

「待遇の愚痴をあたしに言っても無駄よ。でも、それなら城に留まるのね」

「勅命がなければ、そうなる」

「なら、サヒダ王子を気に掛けてくれると嬉しいわ」

「ユメカ殿の好みは、年下かな?」


 ニヤリとイーブが冗談めかした笑みを向けてくる。


「あたし、ショタコンじゃないわよ。ただ、いい子だとは思うわ。王には向かないと思うけど」

「サヒダ王子は繊細な子だ。それだけに、俺は嫌われている」

「なんだ、自覚あるんだ」

「ああ、やはり事実だったか。そのせいか――」


 イーブが肩を落とした。

 一回り小さくなったように見える。

 なんとなくユメカは事情が見えたが、触れないことにした。


「ピンチの時に助けてあげれば、好かれるわよ」

「いやあ、サヒダ王子から好かれたいという訳ではなのだが」

「同じことだと思うけどね」

「そうか?」

「うん。だから、どちらか迷う場面があったら、サヒダを守ってあげてね」

「うむ。心得た」

「それともう一つ、聞きたいことがあるの」

「なんだ?」

「アカッシャには、どこに行けば会えるかな?」

「ん? そうだなあ。日が落ちたから王子の護衛と称して、夜這いだろうな」

「……」


 アカッシャに話をするのは明日にしようとユメカは決めた。

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