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  Ch.3.15:美少女の、鬱鬱記

 アマタイカ王国の首都のアデュオイ・シティ。

 中心の丘陵は城壁に囲まれ、城と呼ばれている。

 内部は旧市街地の内町と王宮がある。

 到着して、五日が経つ。

 ユメカは城内の逗留が認められていた。

 というより、強要されていた。

 朝食を終えたユメカは、やることもなく部屋で寝転んでいると、王の侍従の訪問を受けた。

 しかも、またしても謁見の延期を告げる内容だった。


「美少女を五日も待たせるなんて、何様よ!」

「申し訳ございません」


 反射的にユメカは不満をぶつけたが、侍従はただ頭を下げてくるだけだった。

 王子救出の謝意を直接伝えたい、という理由で謁見を設定したのは王の側だった。

 ユメカにとって、王との謁見は栄誉でも名誉でもなく、煩わしくて嫌で厄介な半強制イベントでしかない。

 侍従は詫びの言葉を繰り返すだけで、決して前向きな改善提案には至らない。そもそもユメカにしてみれば、王の都合や侍従の事情など関係ない。何日も待たされるよりは、立ち話でおざなりで済まされた方がありがたいのだ。


「あたしに礼を言うだけなら、一分もかからないでしょう。隙間時間に設定しなさいよ」

「恩人のユメカ様にそのような非礼な扱いはできません」

「あたしは構わないわ」

「ですがそれでは、王は礼節も示さないとそしられます。何卒ご理解くださいますよう、お願い申し上げます」


 最後に侍従は恭しくそう言う。

 格式を重視するばかりで本質からずれていると、気づいていない。

 下っ端というには失礼だが、権限を持たない者にいくら言っても無駄である。

 せめて納得できる事情を聞き出すくらいが関の山だった。


「昨夜来たのは誰?」

「大公閣下にございます」

「てことは、ニンナのお父さん?」

「さようにございます」

「何しに来たの?」

「ご息女の仇討ちをすると、ようやく大公閣下が兵を率いて参集くださいました」


 改めてみれば、執事の服には喪章が付けられている。


「大公はこれまでは兵を出さなかったんだ」

「後背の憂いをなくすため、不穏分子を押さえる重しになるお考えでございました」

「この国も、一枚岩じゃないのね」

「偽大金貨が広まりすぎたために、疑心暗鬼が広まっておりました。ですが、犯人が死んだことで、王への疑惑は晴れるでしょう。これにもユメカ様が関わっていらっしゃるとか」

「イーブの手柄よ」

「さようですか。いずれにせよ、そのようなことがございますので、おざなりに済ませる訳にはいかないのです」

「せめて、城壁の外に出る許可をしてよ」


「イシャイルクにおける、魔獣襲撃事件もございます。お招きしたお客人に万が一の事があっては我が国の威信に関わります。どうしてもということでしたら、先日も申し上げましたが、護衛を一〇〇人ほど手配致しますが――」


「要らないわよ。あたしは絶対無敵美少女なんだから、魔獣なんて敵じゃないわ!」

「お客人のお手を煩わせるような事態になどなれば、大問題にございます」

「大名行列や大学病院の教授回診じゃあるまいし、そんなことしたらはた迷惑じゃない」

「ユメカ様の御懸念には及びません。諸事こちらにて整え致します」

「分かったわ。今日は止めておく。でも、明日の予定はずらさないでよ」

「ユメカ様のご意向は、陛下にお伝え致します」


 侍従は立去った。


「まったく。とんだ軟禁生活ね」


 今までのユメカなら、既に首都から去っていただろう。

 王に会う必要があれば、謁見など待たずに乗り込んだだろう。

 そうした強硬手段を控えているのは、クリスティーネが師匠とともにいるからだった。

 王宮魔導師ディリアの弟子であるクリスティーネの立場を考え、迷惑を掛けるような事態にならないようにしているのだ。


「けど――だんだん嫌な方に向かっているなぁ」


 大公息女の死を悼むための延期。

 臨時軍事会議による延期が二日。

 魔王軍と戦争はすぐにでもはじまるという緊迫感が日々増している。

 そうかと思えば、大公が登城したことによる延期である。

 陣容が変わるため、戦術も変える必要があるのだろう。

 防戦主体とした戦術から、積極的に侵攻して魔王を討つように方針転換されたらしいという噂は、城内を歩いているだけでユメカの耳に入ってきていた。


――情報セキュリティーはザルね。


 一人ユメカが皮肉ったところで、事態は変わらない。

 そして、ユメカが留まる状況も変わらなかった。


 六日目の午後。


 ようやく国王との謁見となった。

 案内されて謁見の間の前まで行くと、正装して着飾り身ぎれいにしたイーブが待っていた。

 見知った相手と久しぶりに会うと少しだけほっとした気持ちになるが、粗野な雰囲気は隠され、白の騎士としての品格さえ備えているようだった。


「まるで別人ね」

 イーブは照れくさいらしく、頭を掻いた。

「ユメカ殿は、お変わりないようで」


 発言者がイーブでなければ、ユメカは皮肉と受け取っていただろう。

 謁見に相応しい衣装を用意すると言われ、職人が来て採寸されそうになったのを、ユメカが拒絶したのは何日前だったか。部屋をひとつ使用不可になるほどに破壊し、職人も侍女も恐れを成したことで、今までの服装での謁見が黙認されたのだ。

 それでも、アカッシャが気を利かせて持ってきてくれたマントを身につけてきたので、少しばかりは粗は隠せているはずだった。


「貴族趣味のオートクチュールは、美少女には合わないのよ」

「ユメカ殿は剣士ですから、確かにドレスは不向きですな」


 謁見の間のドアの前に立つ衛兵の一人が進み出てきた。


「では、帯剣をお預かりします」

「不要だ」

 ユメカが拒否する前に、イーブが答えてくれた。

「ですが、規則です」

「帯剣を認める代わりに、私がここにいるのだ」

「は、失礼致しました」


 イーブが色々と裏で段取りを組んでくれたのだろう。

 ユメカは感謝の気持ちを笑顔に込めて向けた。

 照れくさそうにイーブは頭を掻いたが、すぐに表情を隠すように背を向けた。

 それを待っていたように、ドアが開けられた。

 ふわふわの赤い絨毯が正面の玉座まで続いている。

 公式謁見の間である。

 居並ぶのは国王とその重鎮、そして貴族と騎士隊長クラスの姿がある。

 下手は左右に騎士が居並び、上手には着飾る貴族が好奇な視線を向けてくる。


 国王としては、謁見者に対して偉容と権威と武力と財力を見せつけ、また臣下に対しては力と名声を持つ者を跪かせて威光を示すためのイベントである。誰も倒せなかった巨大ムカデという魔物を倒し、誰も為し得なかった王子の救出を成し遂げた立役者を、威厳を高めるために利用しようという狙いがあるのだ。

 意図が見え透いているだけに、ユメカにとっては楽しくない。


――バカバカしい。


 偽らない本音は、価値観の違う相手には全く理解されることはない。

 すべてを破壊しまくりたくなる衝動を抑えながら、ユメカは玉座に近付いた。

 イーブが立ち止まり、跪く。


「陛下に謹んで申し上げます。イムスタ殿下を救出した功労者にして、かの巨大ムカデを倒した偉大なる剣士、ヤスラギ・ユメカ殿をお連れ致しました」

「美少女剣士よ!」


 ユメカが腕組みをして言い放つと、頭を下げたままのイーブは肩で笑い、貴族達からはどよめきの声が上がった。

 見渡すが、関係者であるはずのイムスタ王子とアカッシャの姿が見えない。

 王宮魔導師ディリアの姿もなかった。


「なぜ跪かぬ。陛下の御前であるぞ」

 玉座の脇に立つ男が大声を上げた。


「あたしは、この世界にある階級社会の外側で生きているからよ」


「ぶ、無礼な」

「そういうあんたは何よ何者よ何様よ」

「私はこの国の宰相のオ――」

「まあ、そんなのどーでもいいわ」

「田舎の小娘が、侮辱するのか!」

「別にぃ」


 ユメカはそっぽを向いた。


「この小娘風情がバカにしおって――」

「宰相よ、この場は抑えよ。あの者はイムスタを助け出した功労者だ。その感謝を伝えるために招いたのだからな」

「は。失礼致しました。陛下の広大なる御心、愚臣には到底及びませぬ」

「愚臣と自覚があるなら、辞職した方がいいわよ」


 ユメカの揶揄に失笑が漏れ聞こえる。

 一人宰相は顔を赤くして握り締めた拳を震わせている侮辱屈辱への耐性がないのだろう。

 公然と追い詰めると、陰湿な復習をされそうだったので、ユメカは王に視線を転じた。


「それより、王の用件を早く言ってくれない?」


 王は苦笑したようだった。


「あの巨大ムカデを、一人で倒したそうだな」

「違うわ」


 ユメカの即座の否定は、どよめきを生んだ。


「イーブよ、どういうことだ?」

「ゆ、ユメカ殿、正直に話してくれ。巨大ムカデをやっつけたのはユメカ殿ではないか」

「はあ」

 ユメカはため息をつくと、左手を腰に手を当てた。

「あの場にいたのは、イーブもアカッシャも黒クリちゃんもいたのよ。皆で協力して王子を助けたんだし、ムカデを倒したのもそうよ」


 イーブはわざとらしく咳払いをした。


「陛下に謹んで申し上げます。ユメカ殿は功を誇らない殊勝な方なのです。確かにクリスティーネ殿やアカッシャ殿と私もその場に居合わせておりましたが、巨大ムカデを一刀のもとに両断したのは間違いなくユメカ殿なのです」


 驚愕と感歎の声が大臣と貴族達の間から漏れた。


「だが、死体の一部も持ち帰らなかったそうだな」

 宰相が反撃の糸口を見付けたように嬉々とした表情を浮かべた。


「ですから、何度も申し上げましたように、死体は光になって消滅したのです」

「バカバカしい。魔王の勢力圏にあって調査できないからと、ウソはいかん」

「いえ。紛うことなき真実にございます、宰相閣下」

「どうだか。人は砂粒の功績すら、山のように大きく言うものだ」


 宰相の実体験なのだろうとユメカは想像したが、そんなことはどうでも良かった。


「ねえ、ちょっといい?」

「なんだね」


 宰相は勝利を確信しているような笑みを湛えている。

 証拠がない以上、巨大ムカデを倒した功績を消し去れると確信しているのだろう。


「巨大ムカデを倒したかどうかなんて、どーでもいいのよ。王子が無事に戻った事実が重要なんじゃないの?」

「そうではない。巨大ムカデがいるかいないかで、今後の戦略が変わるのだ」

「人の話を疑うなら、見に行って調べればいいでしょ!」

「調査隊を送ったとして、それが嘘だったならば、全滅する。今の発言、利敵行為だな」

「あたしは無敵美少女だから、敵なんていないのよ!」

「は! バカバカしい」

「宰相、少し控えよ」

「ですが陛下――」

「分かっておる」


 王は宰相に向けていた視線を転じて、ユメカを見た。


「もし、そなたが巨大ムカデを倒したなら責務が生じるのだと、自覚はあるかな」

「ないわよ、バカバカしい」

「何を言うか。それだけの力があるなら、人類の存亡を懸け、魔王と戦わなくてはならない。それが力を持つ者の使命であり責務なのだ」


 またしても補足した発言者は宰相だった。

 表向き王の発言に相応しくない言葉を代弁するのが、宰相の役割らしい。

 王は黙ったまま宰相の言葉に頷いている。


「魔王がこの国を侵略しようが、あたしには関係ないわ」

「な、なんという凶悪な思想。もしや、魔王の手下なのではないか? それならば、巨大ムカデを倒した偽装ができる。陛下、この小娘、魔王の手先に違いありませんぞ」


 宰相は勝機を得たとばかりに懸命に王へと訴える姿は、滑稽だった。


「相手にしてられないわ。あたしは帰る」

「逃げるか。それは魔王の手先だと認めたということだ。いいか、もし巨大ムカデを倒すだけの力があるならば、魔王と無関係だという証拠を示すまでは、立去ることは認められん」

「あたしに命令するな!」

「なんたる無礼、凶悪な思想。捕らえよ。不敬罪だ」

「イーブ、あんたなんとかしなさいよ」

「宰相閣下、どうか落ち着いてください。王子を救出した功労者を罰したとあっては、士気に関わります」


 カン、カン!


 王は手にしていた王笏を床に突きつけた。

 甲高い音が謁見の間に響き渡り、集まる人々は口を閉ざした。

 洋画で見た裁判官が使う木槌ガベルのように、王の権威を示したのだ。


「ヤスラギ・ユメカよ。いずれにせよ、イムスタの救出には感謝する。ゆえに、今しばらくの逗留を許す」


 王は玉座から立ちあがり、脇のドアから出て行った。

 険悪に張り詰めた空気も、それで抜けたようだった。


――まったく、一方的ね。


 ユメカも背を向けた。

 逗留が許されたのではなく、命じられたのだ。

 拒んで立去れば、王が直接命じなくても、王の権威を守ろうとする連中が何かと嫌がらせをしてくるに違いない。

 鬱々とした気分を纏いながら、ユメカはドアへと向かう。


「白の騎士イーブよ、あの小娘から目を離すではないぞ」


 宰相の忌々しい声を聞きながら、ユメカは退室した。

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