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  Ch.1.-1:ヤスラギ・ユメカ誕生!~後編~

「私はもう、死ぬ運命なんです」


 血の気が失せた痣の少女からは、生きる気力が感じられない。

 治癒の聖水を失い、希望を失ってしまったようである。


「もしかして、魔物を追い払おうとして聖水を使ったの?」


 痣の少女は首を振った。


「いいえ。急に痣が痛み出したからです。治癒の聖水を泉に数滴混ぜて浸かれば、全身が浄化され、数ヶ月は痛みを抑えられると聖導師様に教えられたのです。そこで私はお父さんに見張ってもらい、服を脱いで泉に浸かりました。ですが突然魔物が現れて――」

「泉から魔物が?」

「襲ってきたのです。私は慌てて岸に上がり布を巻き岸に置いていた聖水を取ろうとしたのですが、魔物に布が破かれてしまいました。そこに父が助けに来てくれたのです」


 痣の少女が父親の方を見た。

 父親は怒りを堪えるように拳を握り締めている。


「だが、魔物が聖水の瓶を割りやがった」

「私はもうすぐ死ぬでしょう。また痣が痛んできました」

「聖水を垂らした泉に浸かったんだよね」

「はい」痣の少女が頷く。

「それなのにもう痛み出したの?」

「泉に浸かっている時間が短かったからでしょう」

「でもさあ、聖水が入った泉から魔物が出るって、変じゃない?」

「天罰なのでしょう」

「この事実を、天罰と片付けるの?」

「やはり神様を偽った罰なのです。聖導師様の勧めを断ったのもいけなかったのでしょう」


「そうかなぁ」


「間違いありません。聖言教の教えを知り、神様に祈りを捧げるようになってから、神様の祝福を受け、作物はよく育ち、収穫量も増えたのですから」

「娘の言う通りだ」

「そのお祈りで、痣は癒してくれなかったの?」

「悪魔の呪いが強いからです。私の信仰心は、悪魔の呪いよりも弱かったということでしょう。ですから私はもう、死ぬ運命なのです」


「それ、違うと思うけど」


「いいえ。違いません」

「だってさあ、そんな痣、神に頼まなくたって、消せるよ」

「嘘です。ありえません」

「できるよ。あたしがこの剣で、斬り取ればいいのよ。もちろん、タダじゃないけどね」

「娘を斬るというのか? 冗談じゃない殺す気か? それとも、痣を削ぎ落として傷痕に変わるだけというんじゃないだろうな」


「痣と痛みの元を斬り取るだけよ」

 美少女剣士の言葉に、父親は懐疑的だった。

 だが、猛反発する父親と異なり、痣の少女は考え込んでいる様子だった。


「お父さん、私、この人にお願いしたいです」

「おい、気でも違えたか?」

「違うわ。生まれながら悪魔に呪われた私は、唯一の救いだったはずの神様に偽大金貨を渡し、知らなかったとは言え騙そうとしまいました。今思い返せば分かります。修道女になる道は、神様からの最後の救いの手だったのです。ですが、それも拒んでしまった。そんな私は、もう死ぬしかない。だから、この人に賭けてみるわ」


「しかし、こんな誰とも知らない少女に――」

「美少女よ!」

「ん? まあ確かにそうかもしれんが、娘だって痣がなければもっと美人だ」

「別にこの子がどうこうという話は、してないわよ」

「ん? ああそうだったな。だが、目の前で娘が殺されるのを見ていられない」

「だけどお父さん、他に方法を知ってる?」

「しかしなあ――」

「どうかお願いします」


 痣の少女が頭を下げた。


「ダメ元って考えでのギャンブルなら断るわ」

「では、信じます」

 手を組んだ痣の少女に、美少女剣士は祈るように見上げられた。


「何を信じるの?」


「神様を。信じる者は救われるという教えがありますから」

「あたしは神様じゃないわよ」

「では、神様の御使いです」


「絶対に違うから」


「でも、信じます」

「だからあなたは、何を信じるの?」

「あ、そ、そうです。あなたは、魔物を光に換えて消し去りました。ですから、あなたなら私の痣も消してくれると信じます」


「本当に? あたしも騙しているだけかもしれないし、タダじゃないわよ」


「はい。魔物を光に換えて退治してくださった剣士様。そう、あなたは光の剣士様です」

「違う違う。美少女剣士よ」

「では、光の美少女剣士様です」


「まあ、そうまで言うなら、いいわ」

 美少女剣士は剣を抜いた。


「いい?」

「はい。お願いします」

「いい覚悟だ」


 美少女剣士は、痣の少女の肩口に向けて剣を薙ぎ払う。

 剣は痣の少女の体を両断するようだった。

 その一瞬の一〇〇分の一にも満たない瞬間の出来事。

 傍目には剣が消えたように見えた。

 剣を構える動作の次に見えたのは、剣を払い終えた残心だった。

 少女の肩口にあった痣は、朝霧が登り立つように、光となって消えて行く。


 父親が驚愕の表情をしている。


「おお、なんという奇跡」

「やはりあなたは神の御使いです」

「違うわよ。あたしはボランティアじゃないから」

「ですが痣が消えましたし、聖水でも消えなかった、疼くような痛みもなくなりました」


「そう。良かったわ。なら、報酬をもらおうかしら」


「あのう、いかほど必要でしょう」

「魔物から命を救われ、痣を癒されたその価値、あなたたちにとってどのくらい?」

「それはもう、一生掛かっても稼げないくらいの価値でしょう」

「重いなあ」

「どういう意味でしょう」

「あなたたちのこの先の人生なんて、どうなるか知らないから。そこまで保証はしないわよ。だから、今の出来事に対しての価値で査定しなさい」

「いや、いまお支払いできるのは、これだけです。これが精一杯。偽物ですが――」

 父親が差し出してきたのは、大金貨二枚だった。


「ふうん」

 美少女剣士は一枚を手に取って表裏を眺める。

「これが偽物なんだ」


「ウォイク聖国の商人に鑑定を願いしたところ、山羊金貨と言うそうです。斜めにすると透かし彫が見えるのですが、本物は羊なのですが、これは山羊が見えるのです」

「ああ、なるほど」

 似ているが角の形が違うのだ。

 山羊と羊を区別できない人なら、潜像があれば本物と思い込むだろう。

「これをくれた商人が、イムジム・タウンにいるのね」

「そうだ。あいつに騙されたんだ。あいつの目的は、うちの農地だったんだ。くそ、えげつない奴。絶対に復讐してやる。これは神の裁きだ」

「そうねお父さん。神様の裁きを与えましょう」


「止めなさいよ、復讐なんて」


「では、あなたが代わりに?」

「しないわよ。あたしはそんなことしない」

「お礼はします。あの商人を倒せば、騙し取られた土地の証文を取り戻せる」

「そういう考え、良くないわ」

「しょせんあなたも他人事なのですね、光の美少女剣士様」


「考え方の問題よ。いい? 大金貨三枚で痣を治そうとして、一枚は変な聖水を持ち出すために使って、もう一枚で命が助かり痣も消えた。そして一枚余った。偽物でも金を使っているでしょうから、無価値じゃないはずよ。だから得したと思わなきゃ。大金貨が本物だったら、全部司祭に取られていたじゃない」

「確かに、そうかもしれませんが――」


「考えを転じて福と成すべきなのよ」


「と、いうことは、娘の痣を治して魔物退治の報酬は――」

「うん。この偽大金貨一枚でいいわ」

 美少女剣士は偽大金貨を掲げてみせる。

「本当に?」


「正確には、この偽大金貨と、偽物を見分ける方法ね。そっちの価値の方があるわ」


 親子は驚いたような顔をしている。

 この世界の庶民には、情報の価値がまだ理解できないらしい。

 それでも、偽大金貨一枚で済んだので、得をしたと思っているようである。


「じゃ、交渉成立と言うことで、あたしは行くわ」

「あのう、せめてお名前を――」

「あたしの名前なんて、どーだっていいじゃない」

「ですが、あなたのお陰で私は、体が癒され、心が安らぎました」

「安らいだかあ。そっかあ」

「ですから、せめてお名前を」

「そうね。今は、安らかな眠りの中で見る夢が香り立つような人生だからね。いつか目が覚めて、なんだ夢かっていうオチはギャグにもならないけど、でもその方がいいかな」


「あのう――」


「うん。決めた! あたしは美少女剣士☆安眠ヤスラギ夢香ユメカよ!」


「ヤスラギ・ユメカ様」

「様はいらない。あたしはそんなに偉くないから」

「ですが」

「じゃあね。今度は詐欺商法に引っ掛からないようにするのよ」


 美少女は走り去る。

 旅の親子は、姿が見えなくなってもなお、見送り続けた。


 その後、親子二人は村に戻ると奇跡の出来事を住人たちに語った。

 また痣のあった少女が後に結婚し子どもができ孫ができても、語り継がれたという。

 話には、その後彼女が残してゆく功績が付け加えられてゆく。

 その始まりのエピソードがこれである。


 ここに、美少女剣士ヤスラギ・ユメカの伝説が始まる――。

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